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掌編小説/伯爵令嬢シナモン 『スープが冷めないうちに』

 レディーを昨今はご婦人あてに「~さん」という意味でつかっている人がいるが本来は違う。爵位を持った人の奥方である場合、あるいは、伯爵以上の貴族令嬢のことを意味している。オクスフォード大学に在籍していたレディー・シナモンは後者にあたる一人だ。

 大学が名をとった学園都市は、喧噪とスモッグに包まれたロンドンとは違って地下鉄もないような地方の田舎町で、静かなものだ。閑散とした街路に沿った住宅街には、大なり小なり学校に関係した者と学生ばかりが住んでいる。そんな町に、私・スコット・アンダーソンは弁護士事務所を開設していた。

 娘・メアリは、友人である女子寮に宿泊している若い貴婦人を、ときどき、わが家に誘ったものだった。

 秋の休日だ。この季節になると、鴨も脂がのって美味になる。

 事務所で私は、たまたま、狩猟から帰ってきた顧客から上等のそれを贈られ、跳びあがって喜んだのだものの、いざ帰宅すると、料理をしてくれるはずの家政婦が、身内に不幸ができ、しばらく休みをとったのだという。そのことを娘からきかされた私は憮然とした。家内を数年前に亡くしている。私にも娘にも鴨をさばくことは不可能だ。

 そこにたまたまレディー・シナモンが居合わせたのは幸運だった。セレブな伯爵家のお嬢さんとなれば、料理など家政婦がやるものだろうという考えは、愚かであることを痛感した。

 わが家は、荘園屋敷を模した二階建ての家で、猫の額ほどだが、友人たちを招いてささやかに御茶会ティーパーティーをする程度の庭があった。薔薇の垣根とアーチに囲まれた芝生の広場にテーブルをちょいと置き、スコーンをつまんで三人で紅茶を飲んだ。

 カジュアルな装いで遊びにきたシナモンは、事情をきいて、娘・メアリと一緒に、エプロンをして厨房に立ちましょうといってくれた。

「狩猟の楽しさは、狩猟をすること、絵をかくこと、そしてお料理をすることの三つがあります」

 狩猟してから料理というところは、誰でもすぐわく発想なのだが、絵を描くという過程を介在させるあたりは、平民である私や娘には全くない発想だった。そのあたりは植民地で財をなした成金どももおんなじだ。連中がインドで土地を取得すると、貴族を気取って、沢山の仲間とその家族、お供を引き連れ狩猟にでかける。狩猟が終わるや、バカ騒ぎをやって無駄な出費をし、つけは小作人から重く巻き上げて埋める。挙句の果ては叛乱を起こされるという図式ができあがる。

 そうそう、インドで思い出した。現地で一旗あげた紳士が、本国の金持ちの一人娘と結婚。直後に夫人が遺書を残し自殺した。どうにも気になる。シナモンはやたらに若いが聡明で、実家が領地をもつコンウォール州では、いくつかの事件を解決していたということをきいたことがある。名探偵ばりの女性なのだ。

 私は書斎から、依頼人の妻が残した遺書をもってくると、黄金の髪を後ろに束ねたその人に渡した。

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   遠い異国へと旅立つ人の背中を追いかけてゆきたい

   けれどそれはかなわぬこと

   身体を捨てて魂だけになれば

   きっと自由にゆけるはず

   この世に遺した私がもてる私のすべては

   彼に捧げます

   旅立つ私の心もあの人に……

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 若い貴婦人は十六歳になったばかりである。金縁のティーカップをソーサーに置いたその人は、手紙を読んで、何事かを感じたようだった。

 だが――。

「そのまえに、お料理しましょうか」

 といって十九になるわが娘に、案内させ、厨房に陣取った。

 完璧という言葉は存在しない。ハイスクールを飛び越して大学に入学したという才媛に高度な料理ができるのか、私は好奇心にかられ、ドアの隙間から調理の様子をのぞきこんだ。 

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 煉瓦壁がくすんだ厨房には、四角いテーブルがあり、そこに調理用器具と食材が並んでいた。石炭のくべられたカマドにはヤカンと鍋がかけられている。

 沸騰した湯を通すことで、羽を綺麗に剥がすことができる。

 娘を助手に、その人は、グリルやらパイの下ごしらえを瞬く間にやってのけた。鴨肉ずくしの料理を、友人庶子に配るパンフレットのような掌編小説に全部を書くのは長すぎる。ここでは、スープにだけ絞って紹介したい。

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 鍋にバターとオリブオイルを入れて溶かす。そこに鴨の臓物を突っ込んで、表面が固くなるまで炒める。これをいったん別容器に空け横に置いておく。空けた鍋で、賽の目に刻んだベーコンを入れて炒め、これも別容器に空け横に置いておく。つぎにバターを溶かしたオリブオイルで、刻んだ野菜を入れて炒め、しばらく、そのままにしておく。次に小麦粉を入れて木製しゃもじで三分かき混ぜる。

 そして、鍋に、別容器に空けていた臓物とベーコンとを戻しかき混ぜ、だし汁を加え、メース、ブーケ、ガルニといった香草の束を突っ込む。臓物が柔らかくなるまで煮込む。火が通る小一時間後、臓物をすくいあげ、賽の目に刻む。

 最後に、塩・胡椒、レモンのしぼり汁、シェリー酒、月桂樹の葉を入れればできあがりだ。

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 素晴らしい! 私と娘は、豊かな味わいの鴨料理を堪能することができた。

 レディー・シナモンと、同じテーブルで夕食をともにしたとき、私は先ほどの遺書についての見解をおそるおそるもちだした。

「一番早いのは依頼主の紳士の奥様が使われていたお部屋をみせて戴くことです。しかしそれがかなわないときは、周囲の方々に詩をかく趣味がおありだったかどうか、おききになってください。もしかすると、故人は、新聞社や出版社に投稿なさっているかもしれません」

 翌日、私は探偵を雇って、故人の関係者たちにききこみをさせた。

 結果は、若い貴婦人のいう通りだった。

 遺書だと思い込んでいた文書は、詩の一節だった。インドに赴任するとみせかけた夫は、実は現地にとどまって、妻を絞殺。首つり自殺にみせかける。彼女の部屋にある作品群から遺書のような詩をみつけだし、私によこしたというわけだ。

 詩は読みようによっては、情緒不安定の女性の手による文書にもみえ、犯人にとって、なお好都合。警察もコロリと騙された。ところが、詩人志望だった資産家の娘はせっせと自作を新聞社に投稿していた。遺書のような詩も投稿作品だ。そこが犯人にとって致命傷になった。

 警察の連中は、墓場から、ろくに検死もしなかった遺体を掘り起した。立ち会った医師が、首をつったときにできた紐によるものとは異なる、絞殺時の痕跡をみつけたのはいうまでもない。

   了

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引用参考文献

ファイニー・クラドック 著 成田篤彦 訳 『シャーロック・ホームズ家の料理読本』 朝日出版社 2012年 61-63頁 「鶏の臓物のスープ」

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ノート20130920

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