掌編小説/魔法童女とお隣の猫、ついでに悪魔執事 『白い馬』
冬でも花咲く常春のシオサイ市。
城山地区は、まちのセレブたちのいる住宅街だ。山の手を抜ける幅広の坂・テイネン坂を市電が登ってゆき、さらにそれを追い越して、白馬が駆け抜ける。なぜだか、乗っていたのは、ミニパトでこのあたりを巡回している婦警だった。
「きゃあぁぁぁぁ。とめてとめて」
海に臨んだシオサイ市タニゾコ駅。その後背にある山城跡のてっぺんに、シロヤマ大学が造成されている。山頂にあるキャンパスに至る長い坂道が「停年坂」だ。洋風住宅が軒を連ねている通りには、スペイン・コルドバにあるアルハンブラ宮殿を切りとった感じの平屋住宅がある。スパニッシュ様式をとった洋館だ。
――暴れ馬のようだな。
猫が振りむく。
屋敷から路上に飛びだしてきたのは、耳の大きな豹柄灰色猫アンジェロと、洋装御嬢様風・いわゆるゴスロリファッションをした女の子だ。長い髪を赤いリボンで結んでいる。その子が噂の魔法童女・塩野麻胡だ!
馬は対抗車線を走ってくる。
そこへ、大型ダンプが、坂道を下ってきたではないか。
婦警の名は樋口水穂。やや吊目、細面、長い四肢をした妖精・エルフ系女子だ。
「ああ、ぶつかる、ぶつかる~っ!」
ゴスロリ童女が呪文のようなものを唱えた。
y=f ′(x) ……f ′(a) = limΔx→0 f(a+Δt)-f(a)/Δt
しかし実際は数学の公式だった。
ダンプと馬が正面衝突する寸前、馬に翼が生えて宙に輪を描いて飛ぶと、塩野邸の庭に舞い降りた。
"You're not hurt?"
「大丈夫?」ときいている。塩野家の教育方針で、彼女は徹底的な英語教育をされている。もちろん日本語もできなくはないのだが、相手が言葉を理解すると、つい英語で話をしてしまうのだ。
波打った黄色い壁に囲まれた芝生の庭園は、薔薇の垣根で仕切られていた。
馬が着地したところにいたのは、シルクハットに燕尾服、片眼鏡をつけた執事メフィストことメフィストファレスだ。
「おや樋口様、馬での登場とは勇ましい」
「ご、御機嫌よう、メフィストさん。わ、私、春の交通安全運動で、小学生ウケを狙って馬をつかった指導しろって、上からいわれて乗馬クラブで練習してたの」
「はあ、なるほど。ちょうどお茶の時間です。ご一緒にいかがですか?」」
黒衣のメフィストが給仕しだした。すでに白い丸テーブルが置かれていて、なぜだか銀ポットと金縁カップが並べられていた。塩野家の令嬢・麻胡とお客の樋口水穂には紅茶を、アンジェロのためにミネラルウォーターを注いだ小蜂までだした。
パニックの収まりつつある若い婦警が、勧められた椅子に座った。彼女は隣に座った童女にきいた。
「麻胡ちゃん。さっき口にした、『y=f ′(x) ……f ′(a) = limΔx→0 f(a+Δt)-f(a)/Δt 』って、もしかして魔法?」
机の横にノートが開いてあった。それをみた灰色猫が口を挟む。
「y=f ′(x)とは、ある結果yがとある事象xにより引き起こされること。つまり関数のことをいっている。それを微分することによって導関数『f ′(a) = limΔx→0 f(a+Δt)-f(a)/Δt 』を召喚する。f (x) は x = a において微分可能で、極限を f ′(a) とするわけだ。 limΔx→0 は限りなく0に近い極限値を示している。……つまり魔法とは、0に限りなく近い微波動を、瞬間的に巨大エナジーに変換することといえる」
樋口婦警はなにがなんだか判らないといった顔だ。だがそれ以前に、なぜ、灰色猫が人の言葉を喋るのか、そっちのほうがよほど不思議になってきた。
いきなり、童女・麻胡がノートをひったくって閉じ、両腕で隠した。顔が真っ赤だ。
"You're disgusting!"
「エッチ!」といっている。
赤いリボンの童女は、微分方程式を解いていたのだ。
樋口婦警はつぶやいた。
「もし方程式が魔法だとして、世界中の学校の数学授業で、うかつに声をあげて呼んだりしたら、みんな空に舞い上がってしまうじゃない。危険過ぎる!」
片眼鏡の執事がさらに口を挟んだ。
「その点は大丈夫。この方程式は、うちの姫様にしか反応しませんので――」
「それじゃ、もしかして呪文自体はどうでもよくて、麻胡ちゃんがなにを口ずさもうとも、望み通りの効果が得られるってこと?」
「そういうことです」
"You're disgusting! You're disgusting!"
童女は、乙女の恥ずかしいところをみるなんて! といわんとしているようだ。よほどノートをみられたのが気に入らないらしい。
v=f '(t) !
雷撃が天空から襲い掛かり、テーブルを真っ二つに引き裂く。テーブルクロスに火がつき燃え上がる。
執事が灰色猫にいった。
「アンジェロ様、姫はご機嫌斜めになられました。ひとまず退却いたしましょう」
「賛成だ」
横にいた馬がかけだした。
ブレーメン!
呪文を唱えた執事が、走りだして黒い犬となり、馬の背に飛び乗る。
背中に灰色猫が飛び乗る。
さらにその背に、どこからともなく飛んできたカラスが舞い降りる。
馬・犬・猫・鳥……たしかに四匹のブリッジ。これでブレーメンの音楽隊というわけだ。
白馬の脇腹からまた、大きな翼が生えてきて、天に舞い上がっていった。
樋口婦警は、恐々、童女を抱きしめてつぶやいた。
「麻胡ちゃん、執事さん、あなたたち、どうして魔法がつかえるの? なににもましてアンジェロ、猫なのにどうして人の言葉をしゃべるの? いったいあなたって何者?」
ほかの連中とペガサスの背に乗っている灰色猫がいった。
――俺かい? 猫だよ。
了
.
引用参考文献
●真野隆也『四大天使召喚の魔術』新紀元社1995年 /同書所収、「四大天使召喚の魔術」 P44-45、「アスモデウス」P118より
ノート20140109




