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掌編小説/魔法童女とお隣の猫、ついでに悪魔執事 『三つ頭の堕天使』

 早春。

 空は青い。

 道路の真ん中にある軌道を走る、大学ゆきの市電。併走して駆け登ってきたミニパトが、ついにそれを追い越した。

「う~ん。か・い・か・ん!」

 ハンドルを握る婦警が大声をあげる。

 海に臨んだシオサイ市タニゾコ駅。その後背にある山城跡のてっぺんに、シロヤマ大学が造成されている。山頂にあるキャンパスに至る長い坂道が「停年坂」だ。洋風住宅が軒を連ねている通りには、スペイン・コルドバにあるアルハンブラ宮殿を切りとった感じの平屋住宅がある。スパニッシュ様式をとった洋館だ。

 ミニパトが正門前に停まった。


  SIONO


 青銅製格子にはめ込まれた表札にはそう刻まれている。

 ミニパトから降りてきたのは、スーパーモデルばりに背丈のある、顎と耳が少し尖った、ロングヘアの婦警だった。樋口水穂という。二十六歳になったばかりだ。

水穂がブザーを鳴らす。するとこの家では麻胡けない背の高い男が応対した。

「なにかご用ですかな?」

 水穂は警察手帳をみせた。

「私、麻胡ちゃんとお友達なんです。ちょっと前を通りかかったものだから、御挨拶というわけです。ところで貴方は?」

「ああ、私?」


  Butler Shiono Hause / Mephistopheles


 水穂は学校の第二外国語でドイツ語を学んでいる。もらった名刺には、「塩野家の執事・メフィストファレス」と書かれているのが判った。燕尾服にシルクハット、片眼鏡モノグルまでつけている。

(うわっ、麻胡ちゃんちって、やっぱ、セレブ!)

 ドイツ人だと思われる片眼鏡の男は笑った。けっこう日本語が堪能だ。

「塩野家の執事・メフィストファレス。メフィストとお呼び下さい」

 そういって、片脚を後ろにひいて、お辞儀した。

 水穂は、学生時代にドイツに短期留学し、ちょっとした旧家にホームステイしたことがある。ついついつられて、スカートの端をもって一礼してしまった。

 執事メフィストは、「ほお」とつぶやいた。

「おや、もう一人、お連れ様がいらっしゃいますね」

「え?」

 水穂は思わず後を振り向いたのだが後には誰もいない。タニゾコ駅ゆきの市電が停車場から発車しているのがみえるだけだ。

 きょろきょろしているので、燕尾服の男は苦笑して、こういった。

「仕方がない。樋口様のために、特別に憑いていらっしゃる御方をおみせいたしましょう」

 スーツの懐中から銀製シガレットケースを取り出し、葉巻を一本取りだしてくわえる。ライターも銀製でレリーフが入っている。それで火をつけた。

 左が牡牛と右が牡羊、真ん中に人間の男の顔がはまった格好の頭部がある、翼竜の頭にのっかっている。

 執事は片眼鏡モノグルをずり上げた。

「こちらアスモデウス様。いわゆる堕天使の肩書をお持ちです。ダンディーな方なのですが、若い子が大好きで、ときどきストークしてしまうのが玉に傷……」

 翼竜が舌をだし、水穂の頬をぺろりと舐める。

「てへ♡」

 アスモデウスの牛と羊の間に挟まった顔が赤くなっている。

 水穂は瞬時に固まった。それでもどうにか質問したのだが、声は上ずっていた。

「め、メフィストさん。せ、説明してください」

「私がやったのはエクトプラズム現象。煙草の煙を吐きだすとき、霊体はそれを利用して半物質化するというわけです。アスモデウス様は貴女様にとても好意を寄せていらっしゃる。交際をお望みとのことです」

 シルクハットを被った執事は水穂の容貌に沿って淡々と回答した。

 洋館の庭園内部で竜巻が起った。赤い薔薇が舞い上がり、エナメルを塗ったような黒い紙で包装され、金色の紐でリボンが結ばれる。それが、すとん、と落ちて若い婦警の二の腕に収まった。

「……で、樋口様。交際を了承なさるのですね?」

 執事がそういって水穂の顔に自分の顔を近づけた。

 ――い、いえ、あの、その。

 そのときだ。声がした。


"Oh my god ! It's me, what have my rose."


 若い婦警は、ゲートのむこうをのぞきこんだ。

 芝生の庭園と薔薇の庭が印象的だ。そこに声の主が腰の両側に手をあてがって立っている。相当におかんむりの様子。『不思議の国のアリス』みたいな、ふわふわ長いスカートにエプロン、赤いリボンの童女だった。英語ばかり話すのは、塩野家の子女に対する教育方針のためだ。

 その子が噂の塩野麻胡。魔法童女だ!  

 豪邸の塀は黄色くして明るい。姫君を守護するかのように、塀の上にいた灰色猫が大きく伸びをした。彼がお隣の猫・アンジェロだ。

「執事君、空気を読めよ。アスモデウス氏の身勝手で、姫が丹精を込めて育てた薔薇が何本も台無しになった。それに樋口婦警は嫌がっている。これは無理強いできぬというものだ」

 灰色猫は耳がやたら大きく、アーモンドのような目をしている。体毛は豹柄模様だ。そいつが、翼竜の頭に乗っかった紳士の前に立つと、地面をぴょんぴょんと跳ねてゆく。まだ固まっている水穂だが、灰色猫がある紋章を描いているのを理解した。

 そう、五芒星・召喚のペンタグラムだ。これを描く際、陵を基点に、一番目の線を左下にむかって引き、以下、続きを描いてゆくのだ。

 水穂の双眼は、灰色猫・アンジェロの前脚の動きを追った。あまりにも素早く動くので、錯覚なのか剣のようにみえてくる。

 灰色猫は、地面に、人の目にはみえないペンタグラムを描いている様子。そして厳かに呪文を唱えだした。


  IIIIIIII, AAAAAAA, UUUUUUU, EEEEEE.


 ついで南にむかって、同じく五芒星の形をつくる。


  AAAAAAA, DOOOOOO, NAAAAAA, IIIIIII.


 灰色猫の四肢・肉球がぺたりと地面に着いたたりに、まーるい魔法陣が現れた。円の内部はX形十字に四分割され、、上が北で以下右回りに東・南・西の順となり、それぞれ、黄・赤・青・緑で表される。

「わが前にラファレル!」

 黄色い衣をまとい、矢を携え、大鷲の翼をはためかせて大天使ラファェルが、猫のアンジェロと翼竜に乗ったアスモデウスの間に割って入るように舞い降りた。

 大天使と堕天使が対峙する。

 やがて……。

 左右を牛と羊の頭に挟まれた格好の顔をした紳士は、頭を掻き搔き、腕を上げる。すると「地獄の門」というのが開いて、翼竜は奥の暗闇に吸い込まれるように消えていった。

 すらりとした肢体のミニパト婦警がいった。

「執事さんに、麻胡ちゃんもだけど……。アンジェロ、貴男がいちばん変!」

 豹柄模様の灰色猫は、大きく伸びをして、天使召喚をやってなにが悪いとばかりに振りむいた。

 ――俺かい? 猫だよ。

     了

.

引用参考文献

真野隆也『四大天使召喚の魔術』新紀元社1995年 /同書所収「四大天使召喚の魔術」P44-45、「アスモデウス」P118より

.

ノート20140107

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