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掌編小説/深淵なるもの

 坂道通りに沿った住宅街で、庭の奥が、雑木林になっている。その一棟に、ちょっと古いのではあるのだけれども、瀟洒な二階になった洋館があった。所有者は若い娘で、亡くなった両親の遺産としてここを相続している。白い壁に、寄棟となった山吹色の屋根が、庇を兼ねてやたらに長く延びた植民地洋式だ。

 本来は雨よけが目的だ。午後になると、ハニーは、そこに円卓と椅子をだして、冷やした紅茶を飲む。

 最近、彼女の「お友達」なるものがやってきた。俺が、アームチェアで寝そべっていると、「お友達」なるものは、珍しそうにのぞきこんできたものだ。はじめは戸惑ったものだが、最近は馴れた。

.

 地球に生命体がいるというのは、水惑星であることだ。いくつかの幸運な条件が重なってそれが誕生した。人類はそういう偶然をいくつか体験し、進化してきた。しかしだね、この世界にはかつて存在していたはずなのだが、人類が進出し、姿を消してしまった種族がいたとしよう。それらは古代遺跡の碑文や伝説の一部となって、わずかな痕跡を示していると想像している。

「――なあ、そうだろ?」

 彼ないし彼女は、首を傾げて俺をみた。

 俺は話を続ける。

 ときどき夢にでるんだ。地球じゃない別な地球があって、そこの地球上の文明も自然界も崩壊したとき、おびただしい光の矢みたいな感じで、宇宙空間というか時空間というか、そういう「道」を旅して、俺たちは、ここにたどり着いた。 

.

 彼ないし彼女。その存在は、横になった俺の手、あるいは、髭を小突いたり、引っ張ったりした。楽しくも感じるときがあるが、過ぎるとウザい。

 御茶の時間になった。ハニーがスコーンとポットをもってやってきた。

「助かった」

 ようやく俺は、彼ないし彼女のおもりから解放された。さて、出かけるとしよう。

 薔薇の生垣と芝生の庭にでる。洋館からハニーの声がする。それから屋敷の前にミニパトが停まる。ブザーが鳴ったのでハニーが出迎える声がした。

 防犯のため、若い娘一人が棲むこの家によく出入りするようになった婦人警察官が、やってくることがある。

「へえ、白文鳥を飼い始めたんだ~。カレは襲わないのね」

「カレって紳士だから」

「仲良しさんね~」

「うん、とっても~」

 女というのは、どうしてそう簡単に決めつける。彼ないし彼女が、パタパタ羽ばたく音がした。

 ――俺かい? 猫だよ。

    了

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