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四章 静かな午後

 授業を終えた後。サーシャの一人語りを聞いているうちにあっという間に昼になったことに二人は気がつく。

 アオイは昼食の準備をするために台所へと向かった。そのため、食堂にはゼクディウスとサーシャが残されることとなった。

 二人は何をするでもなく、ただじっとしている。サーシャはぼんやりとした様子で、ゼクディウスはどこか落ち着かない様子で。いくら相手が生徒の少女とはいえ、異性との交流が少ないことに変わりはない。そのせいか、沈黙が続く状態を気まずく思っているようだ。

「それにしても・・・サーシャは凄いよな」

 その気まずさが頂点に達したらしい。ゼクディウスはそう口走る。

「・・・凄い? 何がでしょうか」

「なんていえばいいのかな・・・さっき聞かせてくれた話、その中で誰か優しい人が来たら、部屋を出ようとしてみて、というところがあっただろう? 俺だったらそんな約束なんて出来ない。だって、周りの人が怖いんだから。俺にはそんなこと出来ないよ。なのに、サーシャはそれを実行している。だから・・・サーシャは凄いよ」

「・・・わたしは、言われたままにしているだけです。相手の言葉を全て拒否する勇気がないだけで・・・だから、凄くなんてありません」

 そういうサーシャの表情は相変わらず何を考えているのか分からない無表情。少なくとも謙遜を口にしたとは思えない。

 その顔色を見て、ゼクディウスは首を横に振る。

「だとしても、実行できたのは凄いことさ。だから、自分に自信を持ってもいいんじゃないか?」

 そう微笑みながら口にするゼクディウス。その表情をみてサーシャは頷く。

「よしっ! それじゃあ、今日からいっしょにがんばっていこうか! 大丈夫だ、俺がついているからな!」

 ゼクディウスはそう口にする。しかし、彼にも根拠があるわけではない。とにかくサーシャを安心させたい。その一心からの言葉だった。

「お昼ごはん出来ましたよー。二人とも、何か話をしていたのですか?」

 そういいながら台所から戻ってくるアオイ。食事を出す人数が少ないため、朝見せたような凄まじいバランス感覚は見せていない。

「ああ、外に出ることが出来たことについてちょっとな」

 そういうとなるほど、とアオイは頷く。

「あの約束を守ってくれるとは思っていませんでした。だけど・・・シロちゃんが部屋を出てきてくれて本当によかったと思います。シロちゃんはどうかな? 何か不安なことはない? 苦手な人とか」

 そういうと、ゆっくりとサーシャはアオイのほうへと向き直る。

「・・・双子の方は少しにぎやか過ぎて苦手です・・・ですが、ローザさんは良い方の様に思います。私がお兄様に負わせてしまった怪我を治してくださいましたし、そのあとの授業の中でも、なんとなくですが、心配してくださっていたように思います」

「そうだね。ローザは素直じゃないから・・・あんなこと言ってるけど、本当はシロちゃんのことを心配していると思う」

 サーシャに自分たち以外の信頼できる人が出来たという喜びを顔に浮かべながらアオイはうなずく。

「・・・そういえば、ガレイという方とも話しましたね。あの方もにぎやかな方ですが・・・私がしてしまったことを許してくださいましたし、良い方なのだろうと思います。あのようなことをしてしまったのですから、ちゃんと接して、もっとちゃんと謝ることが出来たらと思います」

「そっか! それじゃあ、まずはそれを目標に暮らしてみよっか! 凄いよ! このペースならあっという間に皆と話せるようになっちゃう!」

「・・・凄くなどありません。本来ならそれが当たり前なのですから」

 そう呟くように話すサーシャの顔は相変わらずの無表情で、自分が凄いなどとはかけらほども思っていないようだ。

「サーシャはそういうが・・・俺は凄いことだと思うぞ? だって、サーシャは対人恐怖症じゃないか。人が怖いのに人と話せるようになるなんて、十分凄いことだ。今俺たちと話せているだけでも、賞賛に値すると思うんだがな」

 ゼクディウスの言葉にアオイも同意する。

「そうですよ! シロちゃんは十分がんばっていると思うよ?」

 アオイがそういうと、サーシャは首を傾げる。

「・・・お二人とも、そう思われているのでしょうか? 私が、凄いと?」

 首をかしげたままサーシャはそう聞き返す。

「ああ、凄いと思ってるぞ。十分だ」

「私もそう思うよ、シロちゃん」

 二人のその言葉に、サーシャは少し考える様子を見せると、

「お二人がそうおっしゃるのなら・・・少しだけ、自分に自信を持とうと思います」

 と、首を戻しながら言うのだった。

「そうそう! シロちゃんは少しうぬぼれるくらいがちょうどいいと思うよ」

「確かに・・・サーシャはおとなしいからな」

「・・・うぬぼれ、ですか」

 そういうと、サーシャは先ほどまでとは逆の方向へと首を傾げる。

 その様子をしばらく黙って見守る二人。

 しばらくすると、サーシャは首を元に戻した。

「・・・控えおろう、下郎めが」

 そういうと反応を待つかのように再び首を傾げるサーシャ。

「・・・はは、サーシャの中でのうぬぼれのイメージが気になるところだな・・・」

 それに同意するように苦笑いをしながら、アオイは昼食の準備を進める。

「そういえば、ローザたちは呼ばなくてもいいのか?」

「ええ。ミウメとサクラは遊び疲れたら帰ってきますからご心配なく。ローザは・・・その・・・」

 いいにくそうに目をそらし、頬を指でかくアオイ。

「あー・・・もしかして、俺に関することだったりするか?」

 それでなんとなく状況を察したゼクディウスは、若干遠まわしに話を聞こうとする。

「すいません・・・なにぶん、男嫌いで・・・」

「分かってる。授業後の態度からして、本当は授業でだって俺の顔を見たくないんだろうってなんとなく察してるから」

「本当にすいません・・・本当はいい子なんです」

 そう言って頭を何度も下げるアオイに、ゼクディウスがまあまあと声をかける。

「あいつが本当はいいやつだってのも分かってるから。そうでないと俺の怪我だって治してくれなかっただろうし」

「・・・何はともあれ、お姉様が謝ることではありません」

 二人の言葉にアオイはようやく謝るのをやめる。

「そうなんだけど・・・はぁ。ゼクさんはいい人なのに・・・」

「まあ、少しずつでも信頼してもらえるようにがんばるさ。だから気にするな。そんなことより、まずは昼飯だ」

「・・・私も、少しおなかがすいてきました」

「そうですね・・・それじゃあ、食べてしまいましょうか」

 そういいながら席につくアオイ。それを見てから、ゼクディウスは手を合わせる。それを見てサーシャもゆっくりと手を合わせる。

「「「いただきます」」」

 三人そろって食事の挨拶をする。今日の昼食は動物性のものを中心としながらも、野菜も取り入れられており、全体としては非常にバランスの良いものとなっていた。

「しかし、ここに来てから食事が楽しいな。食堂が広いのは相変わらずだけど、故郷じゃあいろいろ話しながら食べるなんてしなかったからかな」

「きっとそうですよ。食べながら話をするのは行儀が悪いと言う考えもありますが、私は反対です。家族がそろって過ごせる希少な時間なんですから、いろんなことを報告したり、冗談を言って笑いあったりそんなことをしていいとおもうんです。もっとも、皆そろって食事の時間を迎えることも難しい家庭もありますが・・・」

「そうだな・・・」

 そう言って微笑みあう二人。その様子をサーシャがぼんやりと眺める。

「・・・それでは・・・ローザさんや、双子の方がいらっしゃらないのは残念だという事ですか?」

「ああ、そうだな。まあ、双子がいたら楽しいを通り越して騒がしくなりそうだけど」

 そう言って顔をしかめるゼクディウス。しかし、まんざらでもないであろうことはその口元がにやけているところから分かる。

「・・・私から頼んでみます」

 その言葉に今度は二人が首を傾げる。

 頼むとは何をだろうか。そう考えていると、サーシャは席を立ち、ふらふらとした足取りでどこかへと歩き出した。

「サーシャ、どこに行くんだ?」

 そのあとを追って立ち上がるゼクディウス。

「双子の方はどこにいらっしゃるのか分かりませんが・・・ただ、ローザさんは私のことを心配してくださっているようですから、頼めば来てくださるかもしれません」

「もしかして・・・一緒に食べてくれるように、と頼みに行く気なのか?」

「・・・はい、そのつもりですが」

 その言葉を聞いて、ゼクディウスは驚嘆を、アオイは感動を顔に浮かべる。

「シロちゃん・・・! 本当にいいの?」

「・・・それで、お姉様たちの楽しみが増えるのなら」

 そう言ってさらに歩みだすサーシャ。

 若干あわてながらゼクディウスはその後についていこうとする。

「お兄様はここで待っていてください・・・これは私が強くなるための試練です」

 そこに鋭く放たれる言葉。それでゼクディウスは体の動きを止める。

 それを見てサーシャは満足したように頷くと、相変わらずの頼りない足取りで食堂の外へと出て行った。

「思わず動きを止めてしまったが・・・大丈夫なのか? この孤児院のメンツとは大体あっているのだろうが、サーシャは対人恐怖症なわけだし・・・」

「大丈夫・・・だと思います。ゼクさんのいうとおり、ここの人とは大体会っていますし、皆良い人ですから・・・よっぽどのことがない限り大丈夫・・・だと思います」

「アオイも確証はもてないのか・・・本当に大丈夫だろうな?」

 心配そうに顔を見合わせる二人。確かに二人が心配するのも仕方ない。サーシャは二人以外には近づかれるのもだめなほど人が怖いのだから。それで心配するなというほうが無理というものだ。

「・・・ただいま戻りました」

「早い!?」

 しかし、その心配は無用だったようだ。あっという間に戻ってきたサーシャの後ろには、非常に不機嫌そうな表情をしているものの、ローザが立っている。

「・・・食堂の扉の前に立っておられました」

「ローザ・・・もしかして聞き耳を立てていたとか?」

「・・・んなわけねぇだろ。偶然だ」

 とても不機嫌そうにそういうローザだが、顔も見たくないような態度をとっている相手であるゼクディウスがいる食堂に近寄るとは思えない。

「でも、入ってきたってことは・・・いっしょに食べるの?」

「ふん・・・白いのに頼まれたからな。断っても良かったが、それで泣かれたりしたらオレの夢見が悪い」

 そういうローザは見るからに不機嫌そうだ。しかし、落ち着いて考えてみると、ローザは明らかにサーシャを心配していることが分かる。大嫌いなはずのゼクディウスがいる食堂の近くにやってきたのもきっとサーシャを心配してのことだろう。

「ローザは本当にいい子だよね。もっと素直になればいいのに」

「今でも十分素直になってるっつーの・・・とりあえず、いっしょに食ってやっから、オレの分持ってきてくれ」

 そういうと、ローザはサーシャが座る席の正面へと腰を下ろした。

「はいはい。じゃあ、作ってくるからちょっと待っててね」

 そう言って席を立ち、台所の中へと入っていくアオイ。その表情は明るく、微笑んでいた。

「なあ、ローザ」

 ゼクディウスはローザに声をかける。しかし、ローザはサーシャのほうを見続けていて、あからさまな無視の体勢に入っている。

「俺はお前にも信頼されるような教師を目指すよ。だから、少しだけでいい。俺のことを見ていてくれ。いつか絶対に、お前にも信頼してもらえるような教師になってみせる。だから・・・頼む」

 それはゼクディウスの心からの言葉だった。しかし、その声もローザはそっぽを向き、聞こうとはしない。

「・・・ローザさん、私からもお願いします。私のようなものでも、お兄様のことを信じることができているのです。私に出来ることがあなたに出来ないはずがない・・・と、私は思います」

 それを見たサーシャは、おずおずとそう口に出す。ローザはその言葉を聞くと、ようやく反応を見せた。

「オレにだって人を見る目ぐらいある。そいつが信頼に値すると思ったら信頼するさ」

「ローザ・・・! ありがとう」

 その言葉に喜びを隠しきれない様子でれいの言葉を口にするゼクディウス。しかし、その言葉にはローザは何も反応を見せない。あくまでサーシャと話をしているだけ、ということらしい。

「・・・ローザさん、趣味を教えてください」

「あぁ? 何だよ、急に」

「・・・話題の出し方をよく知らないもので・・・それで、ご趣味は?」

「特にねぇよ。まあ・・・強いて言うなら勉強と、トレーニングだな。お前は?」

 会話が弾みだしたらしい二人の様子を見て微笑むゼクディウス。もっとも、口を挟んだところでローザには無視されるだろうから何も言わないのだが。

「・・・私も、勉強は嫌いではありません。一人、窓を閉め切り、部屋にこもっている間は、本を読むぐらいしかやることはありませんでしたから」

「やれやれ。ずいぶんと不健康な日々を過ごしてたみたいだな」

「・・・私はアルビノですから。日光を浴びることはかえって健康に悪いのです」

「そうなのか・・・よく分からないが、日光を浴びられないとなると大変そうだな。日常生活の中で日光を浴びる状況なんて腐るほどあるわけだし」

 その言葉にコクリと頷くサーシャ。

「・・・もっとも、私にとって有害なのは日光の中の一定の波長の光だけだとお母様から聞いたので、結界術を応用してやれば日光の下に出られるかもしれないとのことですが」

「そうか。早くそれが出来るようになるといいな。不便だろ? 日光浴びられないのって」

「・・・そうですね。結界の応用が出来るようになったら、最初にひなたぼっこをして見たいと思います。そこに、あなたもいてくれるとうれしいです」

 その言葉に、ローザは照れたような笑いを浮かべる。

「よせよ、オレなんかといてもつまらないだろうからよ。でも・・・お前がどうしてもって言うのなら、別に、だめとは言わないぜ」

 そう言ってローザはサーシャに微笑みかける。

「・・・そのときが来たら、お兄様もいっしょにいてください。信頼できる方々と並んで日向でぼんやりと過ごすというのは、楽しそうですから」

「ちょっと待て! そいつを誘うなら、オレは」

 あわててローザが止めに入る。すると、サーシャは薄く微笑んだ。

「・・・やっとお兄様のことを意識してくださいましたね」

「う・・・お前なぁ・・・」

 見事にはめられた、という表情を浮かべるローザ。サーシャはなかなか知恵が回るらしい。

「分かったよ・・・はなしゃいいんだろ?」

「・・・はい、それでいいのです」

 薄く微笑んだままのサーシャ。ローザは表情を曇らせつつも、ゼクディウスのほうを見た。

「・・・あんた、趣味は?」

 ローザがそういったときに、ちょうどアオイが戻ってきた。

「あれ・・・お見合いでも始まった?」

「んなわけないだろ! 白いのの罠にはまって、こいつと話すことになっただけだよ」

 ばかばかしい、とそのあとにつぶやくローザ。

「こら、ローザ。ゼクさんは先生なんだから、こいつ呼ばわりは失礼だよ」

「知ったこっちゃないね。オレは尊敬できる相手しか敬称をつけたりしない主義なんだ」

「もう・・・すいません、ゼクさん。本当はいい子なんです」

「あー・・・気にしないでくれ。俺も先生って呼ばれるとなんとなく緊張するからな。こいつとかお前とか・・・気軽に話してくれたほうが気がらくだ」

 そう言ってゼクディウスは改めて気にするなと口にする。

「ゼクさんがそういうなら怒りはしませんが・・・」

 そういいながらローザの分の昼食を机の上に広げていくアオイ。

「でも、話してくれるだけ仲がよくなったらしいってことは憶えておくよ」

「けっ、あんたがそう思いたいならそう思っとけばいいだろ。事実とは違うけどな」

「はいはい。そういうことにしておくよ」

 ローザの言葉をいなしながら昼食を広げていくアオイ。

 広げ終えると、アオイは自分の席へと戻る。それを見終えてからローザは食事を始めた。

「いただきます。ったく、あんたみたいなのといっしょにメシくわねぇといけねえとはな」

「そう毛嫌いしてくれるなよ。お前が男嫌いだというのは聞いた。確かに俺は男だ。でも、それだけの理由で俺と話すのをやめるってのはやめてくれ」

「考えておくよ」

 そう冷たく答えを返すと、食事に戻るローザ。それを見て、ゼクディウスもしかたなく食事に戻る。

 その様子をアオイは心配そうに見守っている。サーシャも、感情の薄い瞳でその様子をじっと見ている。

「・・・ちっ」

 その視線に気がついたローザはしぶしぶといった様子でゼクディウスへと視線を向ける。

「さっきの返事・・・まだ聞いてないぞ」

「え?」

「お前の趣味! 何度も言わせんな」

 そういわれ、ゼクディウスは先ほど趣味を聞かれていたことを思い出す。

「俺の趣味か・・・特にないな。無趣味だ」

 ゼクディウスがそういうと、ローザは更にイラついたようだった。

「まあ、手伝い程度に料理ができるから、それが趣味といえば趣味かもしれないな」

 イラついたのが自分の言葉によるものだろうと考えたゼクディウスはそう付け足す。それでローザの表情が和らぐことはなかったが、イラついた雰囲気が若干安らいでいる。

「話したんだからこれでいいだろ・・・」

 そう言って目線をアオイとサーシャに向けるローザ。

「うん、いきなりじゃ無理だもんね。とりあえずはこれぐらいでオッケーってことで」

「・・・ローザさんならできます。きっと、いつか」

 二人はそう言って笑う。サーシャはかすかに。アオイはうれしそうに。

 それでローザはもういいと判断したらしく、ゼクディウスを気にすることをやめ、食事に集中した。

「やれやれ。まあ、少しだが話すことができてよかったよ。また話してくれよ」

 ローザはその言葉に反応は見せない。しかし、聞こえていないということはないだろう。そう考え、ゼクディウスもまた食事に集中する。

「うふふ。会話をしないためとはいえ・・・食べるのに集中してもらえると、私はうれしいな。その程度には美味しいと思ってくれているってことだろうから」

 頬杖をつきながらアオイは二人の様子を眺める。そのどことなく幼さすら残って見える顔は、口角が上がり、ニコニコと微笑んでいる。

「・・・あんたの料理がまずいとは言わないさ。それはうそになるからな。オレは、嘘は嫌いだ」

「うん、知ってる。うふふ・・・美味しいと思ってくれてるならよかったよ」

 そう言ってますます微笑むアオイ。それを見てローザはやれやれ、といったように表情を曇らせる。

 そんな二人を見てサーシャは小首をかしげる。不思議そうに、というより楽しそうに。表情もどこか安らかに見える。

「サーシャは表情に変化がないから雰囲気の変化を見極めるしかないな・・・なんとも、観察眼が必要だ」

 ゼクディウスがそういうと、アオイも頷く。ローザもまた、よく見ないと分からないような程度ではあるものの首肯する。

「・・・私、表情がないですか?」

「そうだな・・・もうちょっといろんな表情をできるといいかもしれないな」

 そういうと、サーシャは少し考えるしぐさを見せた後、頬を膨らませた。

「・・・怒ったぞー」

「いや、それは・・・怒ってるのか? なんというか、かわいく見えるが」

 笑いながらゼクディウスはそう口にする。

「・・・かわいい・・・」

 そう言ってサーシャは組んだ手を見下ろす。両手の親指をくるくると回しながら、何度もかわいい、と呟く。

「ふふ・・・シロちゃん、かわいい」

「・・・お姉様に言われても、お兄様に言われたほど心に来るものがありません。うれしいにはうれしいのですが」

「そうだね。やっぱりこういうのって異性にいわれたほうがいいよね」

「・・・そうですね」

 目を閉じ、納得したかのように頷くサーシャ。

「・・・今のはそういうつもりではありませんでしたが・・・これからはお兄様にかわいいといっていただけるようにいろいろな表情を浮かべることができるようになりたいです」

「そうか。相手が俺なんかでよければ、どんどんいろんな表情を見せてくれ。そうしてくれると、俺もうれしい」

 そう言ってニッコリと微笑むゼクディウス。それをみて、サーシャも笑みを返す。しかし、そこで何かを考える様子を見せる。

 少しすると、サーシャは何かを納得したように頷くと、両手を口の端へと持っていく。

 何をするのかと皆が見守る中、サーシャは人差し指を唇の端にあて、持ち上げた。

 つまり、笑顔を作ったのだ。

「・・・どうでしょう?」

 そういいながら指を離すサーシャ。

「感想を求められていますよ。ゼクさん!」

 アオイのその言葉で我に返るゼクディウス。

「え、ああ・・・うん、かわいかった。自然な笑顔を浮かべることができたら、きっともっと素敵な・・・可愛い女の子になるんだろうな、サーシャは」

 ゼクディウスがそういうと、サーシャはうれしそうな、それでいてどこか不満げな表情をうっすらと浮かべた。

「・・・今のままではだめですね・・・はやく、自然な表情を浮かべることができるようになりたいです」

 そう言って、気を引き締めるかのように握りこぶしを作るサーシャ。

「こんなこと言っておいてなんだが、急いだりあせったりする必要はないと思うぞ。今のままでもサーシャはかわいいし、ありのままの表情が一番かわいいと思うからな。少なくとも俺は、だけど」

 ゼクディウスのその言葉に、サーシャとアオイが反応を見せる。

「・・・お兄様、無意識?」

 そう言って首を傾げるサーシャ。

「ゼクさん、もしかして女の人にもてていました?」

 若干怒った様子のアオイ。

「え、褒めたつもりだったんだが・・・俺、何かまずいことでも言ったか?」

「女たらし」

 ぼそりとローザが呟く。

「それ、どういう――」

 どういうことだ、とゼクディウスが言い終える前にローザは席を立つ。

「・・・ごちそうさん。オレの分の食器は片付けておくからな」

 そう言ってローザは食堂へと姿を消した。

「女たらしって・・・どういうことだよ?」

「え、意味分かっていないのですか?」

「いや、意味は分かる。言われたわけが分からない」

 それを聞いたアオイはやれやれ、といったようにため息をつく。

「そのわけが分かるころには自分の言動を後悔することになりますよ」

「わけが分からないな・・・」

「・・・それが分からないからお兄様はお兄様なのですね」

「ふふ、そうかもね」

 楽しそうに笑う二人と戸惑った様子で首を傾げる一人。

 静かな午後はこうして流れていくのだ。

「やれやれ・・・教えてもらえないなら仕方ない。自分で一生懸命考えるとするか」

「がんばって考えてください。それが一番の薬です」

「・・・気付いたらお兄様はどんなことになるのでしょう」

「うふふ、きっと面白いことになるね」

 そう言って笑いあうサーシャとアオイ。その背後を無言でローザが歩いていく。

「片付けお疲れ様。かかった時間から考えて洗ってくれたのかな?」

「ああ・・・その間にあいつがいなくなってりゃよかったんだけどな」

「悪かったな、まだここにいて」

 苦笑いをしながらゼクディウスはそんな言葉を返す。ローザはその言葉に何も返さない。当然のようにそのような態度をとり、ローザは食堂を後にした。

「やれやれ・・・早くローザにも信頼されるような教師になりたいものだ」

「そうですね。私も応援してます」

 そういうとアオイは微笑んだ。

「ああ、ありがとう・・・っと、ご馳走様。二人は食べ終わったか? ついでだから持っていくが」

「それじゃあ、お願いします。洗うのは後で私がやるのでそのままにしておいてくださいね」

「・・・自分の分は自分で持っていきます。今まで動いていませんでしたから」

「そうか。それじゃあアオイの分をもらって、そうそう、サーシャは転んだりして皿を割らないように気をつけるんだぞ」

 ゼクディウスのその言葉にサーシャはどこか不満げな顔をする。

「・・・当然です、お兄様を傷つけてしまうような失敗、二度と繰り返しはしません」

 その言葉に、ゼクディウスは言ったことを後悔する。

「あ・・・まあ、そんなに気にしないでくれ。そのままでもすぐなおるような怪我だったし、ローザに治してもらったんだからさ。そんなに気にすることじゃない、うん」

 そう言いながらゼクディウスは心の内で自らを罵る。

 どうして今朝の事を思い出させるようなことを言ったのか。少し気にすれば分かることだったろう。

 そう後悔するゼクディウス。

「・・・お兄様がどう思うかではなく、私にとって後悔すべき事柄だという話です。ですが・・・お兄様が気にするなとおっしゃるのなら、出来る限り気にしないことにします。気にしすぎるのはお兄様が御嫌いなようですので」

「ああ、そうするといいよ。おまえは気にしすぎなんだからさ」

 その言葉を聞くと、サーシャは微笑を浮かべた。

「・・・はい、ありがとうございます。お兄様」

「そうそう。そうやって笑ってたほうがサーシャは可愛いよ」

 笑みを浮かべながらゼクディウスはそう答える。

 その言葉に二人は先ほどと同じような反応をするのだが、それはまた、別の話。


●   ●


「ふう・・・一休みするかな」

 昼食からしばし後。ゼクディウスは自室で伸びをしながらそんな言葉を漏らしていた。

 ゼクディウスの生徒と一口に言っても、年頃も性別もさまざまだ。それゆえ、各々のレベルや性格に合わせた文章などを考える必要がある。

「うーん・・・ガレイはもうちょっと難しい文でも平気だったりしてな・・・年のわりに妙なところに気が回るし・・・」

 休憩しようといいつつもゼクディウスは思考を休めない。それは彼の真面目さゆえだろう。

 ベッドに飛び込み、ゴロゴロと転がるゼクディウス。気分を変えるためにそれはもうゴロゴロと。

 ごろりごろごろみごろごろ、あわせてごろごろむごろごろ。

「・・・なにやってんだろ、俺」

 一通り転がり終えたゼクディウスはポツリと呟く。

「そうだ、生徒の顔と名前を結び付けれるようにならないとな・・・」

 そう呟くとゼクディウスはベッドから起き上がり、机の中から一枚の写真を取り出した。

「やれやれ、念のため集合写真をもらっておいてよかったな」

 彼が眺めているのはこの孤児院の面々が写された写真だ。もっとも、そこにサーシャの姿はないのだが。

 歌を口ずさみながらゼクディウスは机の中から更に物を取り出す。

 それは、ここに来てから数日の間に生徒達のことをゼクディウスなりにまとめたレポートだった。

「えーっと、フードをかぶっているのは・・・クフェア・アイルフィンだな。あいつのフードの下が気になるが、隠してるということは見せたくないんだろうな。次にこいつがカンパニュラ・ラナンクルスだったな。で、こっちが・・・えーっと・・・そうだ、ウブラリア・カークスだ。で、こっちが・・・」

 写真の顔を指差しながら、時折レポートを読んで生徒一人ひとりのことを完全に頭にいれようと奮闘するゼクディウス。

「ふぅ・・・だめだな。まだすぐに名前が出てこないやつがいる・・・教師としてもっとがんばらないとな」

そう言ってため息をつく。

「・・・はぁ、散歩でもするか。一日中家の中ってのは俺にはあってない・・・」

 レポートと写真を机の上におくと、ゼクディウスは部屋を後にする。

 ――ばあちゃんのところにでも遊びに行こうか。

 そんなことを考えながら孤児院の外に出るゼクディウス。

「おやおや、先生。お出かけですかな?」

 その背にゆるい声がかけられる。

「え? あぁ・・・クフェアだったのか。そのとおり、ちょっと気分転換に出かけようかと思ってな。お前はどうしたんだ? まだ仕事中だろう?」

 フードをかぶった少女にゼクディウスはそう答えを返す。

「ふひひ・・・サボり中ですよ」

「おまっ・・・お前なぁ・・・」

 とがめるような視線をゼクディウスが向けると、少女は首をすくめて笑った。

「やだなぁ、冗談ですよ。ちょっとここまでのお使いを頼まれましてね。それでここに帰ってきてただけです」

「そうか・・・それならいいんだが、本当だろうな?」

 一度冗談を言われたあとだからか、少し疑い深くなっているゼクディウス。

 それを感じ取ってか、クフェアはけらけらと笑う。

「もう、おかたいんですから・・・ほら、これ見てください。孤児院あての伝票。これで信用してくれます?」

「そりゃ、教師たるもの多少おかたくいかないとな・・・」

 若干あきれた様子でクフェアに歩み寄るゼクディウス。クフェアの手には確かに孤児院あての荷物に貼られていたであろう伝票が握られている。

「うん、確かに確認させてもらった。それじゃあ、仕事がんばれよ」

「もう、先生ったらドライなんですから・・・特に目指している場所があるわけでもないんですから、いっしょに来てくれたっていいじゃないですかぁ」

 言いながらゼクディウスの腕に抱きつくクフェア。それにゼクディウスは動揺する。

「こら! お前・・・あたってる!」

「ふひひ、わざとだって言ったらどうします?」

 年の割りに大きい胸を更に押し当てながら、悪戯気に笑うクフェア。

「ええい・・・こうだ!」

 多少動揺を浮かべながらも、ゼクディウスはクフェアにデコピンをくらわせる。

「おやおや、セクハラの次はパワハラですかぁ?」

「誤解されるようなことを言うな! 胸を当ててきたのはお前だし、デコピンぐらいどうってことないだろ!」

「分かりませんよぉ、デコピンをされた少女は大人になるまでそのことを気にし続け、デコピンをした教師に仕返しをするために権力、財力、そして暴力を手に入れ、世界をその手のひらで転がすことができるほどの大物に・・・! まあ、なるわけないですけどね。先生のことは憎からず思っていますから・・・」

 そう言ってあでやかに微笑みかけながら離れるクフェアに、ゼクディウスは頬を赤らめずにはいられない。

「おやぁ? 教師が生徒の冗談にそんな反応見せちゃっていいんですかね~?」

「う・・・悪かったな! 俺は異性との付き合い方がわかってないんだよ!」

 諦めたように叫ぶゼクディウス。それを聞いてからからとクフェアは笑う。

「いやぁ、先生はからかいがいがありますねぇ、付き合いの長い孤児院の面々はなかなかそういう反応を見せてくれないんですよねぇ」

「はぁ・・・お前って奴は・・・」

 諦めたように肩を落とすゼクディウスと、勝ち誇ったかのように胸を張るクフェア。対照的な二人の姿が村になじんでいく。

「ところで、なんだかんだで付き合ってくれるのですね、先生」

「まあ、お前のペースに流されてるだけだけどな・・・」

「む、私といっしょにいたくないとでも?」

 頬を不満げに膨らませると、クフェアは再び胸をゼクディウスの腕に押し当てる。

「そういうわけじゃない! だから胸を当てるのはやめろ!」

「ふひひ・・・顔真っ赤にして、可愛いですねぇ・・・」

 笑いながら再びゼクディウスから離れるクフェア。もっとも、その笑顔は先ほどのようななまめかしいものではなく、小女性を感じさせる楽しげなものだったのだが。

「まったく、お前って奴は・・・」

「そんなこというとまたあてちゃいますよ?」

 胸の谷間を強調するかのように胸を寄せ、そんなことを言うクフェア。

「勘弁してくれ。本当に反応に困るから」

「はいはい、分かっていますよ。先生」

「つかみどころがないというか・・・やれやれ」

 からからと笑うクフェアにつられたようにあきれた様子で笑うゼクディウス。

「ところで、先生は私とあっていなかったらどこに行くつもりだったんです?」

「ああ、ばあちゃん・・・アーバさんのところに遊びにいこうかなんて考えていたな。だが、自分の生徒達が仕事をしているところを見に行くのもいいかもしれないな。少なくともお前のことは今こうして見ているわけだし」

「先生、ラストもう一度お願いします。わりと殺し文句かもですよ?」

 そう言われてゼクディウスは自分の発言を振り返る。

 そして、最後の言葉が捉えようによっては口説きのように聞こえることに気がつく。

「・・・なあ。俺、もしかして普段からこういう発言してるか?」

「そうですねー、たまに口説き文句に聞こえることもあります」

「はぁ・・・アオイとサーシャが言っていたことが理解できた。そんな気がする」

 ゼクディウスがいったのはそれだけだったが、クフェアは何を言われたのか察したらしい。ニヤニヤとゼクディウスを見つめる。

「なんですか? 無意識に女の子をたぶらかすな、とでも言われました?」

「まあ、本当はそう言いたかったのかもな・・・どうも俺の言葉の選択はおかしいらしい」

 眉間に手をあて、ため息をつくゼクディウス。クフェアはそれを見てやはり笑う。心から楽しそうに、からからと。

「いいんじゃないですか? この村の女の子を片っ端からたぶらかして、先生のハーレムを作り上げてしまえば。あ、その時がきたら私もハーレムに入れてくださいね!」

「お前はそういう冗談好きだよなぁ・・・」

 そう言ってあきれるゼクディウス。

「あながち冗談ではないんですがね。先生は今まで出会いがなかっただけで、本当は結構もてる人だと思うんですよ。優しいですし、なんとなく一途に愛してくれそうな気がしますし。まあ、だからこそいい人止まりしそうな気もしますが」

 クフェアはそう言い返す。その言葉にゼクディウスは思わず苦笑する。

「いい人止まりか・・・サーシャにもそんなことを言われたよ。俺はよっぽどそう見えるんだろうな」

「おやおや、あの人もなかなか男を見る目があるようですね。先生に目をつけたあたりもそうですが、いい人で止まりそうだという評価を下すところもばっちりです」

 ゼクディウスのほうを見て、後ろ向きに歩きながらクフェアは喋る。

「お前なぁ・・・そういうこと言われると地味に傷つくぞ」

 その言葉に、クフェアの目が光る。

 後ろ向きに歩くのをやめ、ゼクディウスのほうに駆け寄り抱きつく。当然のように胸を押し付けながら。

「じゃあ・・・私は先生を特別な異性として見てもいいんですか?」

 戸惑うゼクディウスにかまうことなく、妖艶な笑みを浮かべながらそのようなことを言うクフェア。

 当然、ゼクディウスは硬直する。なんと言葉を返せばいいのか分からないから。これが冗談だとしても返す言葉に困るから。

「ちょ、おま・・・っ、冗談だとしても、限度ってもんが・・・!」

「先生は・・・冗談のほうがうれしいのですか? 私なんかに慕われるのは迷惑だとおっしゃるのですか?」

 追い討ちをかけられ、ゼクディウスは完全に硬直する。自分を抱いている腕を払うことすらできない。

 そのままゼクディウスが卒倒するのではないか、というタイミングでクフェアは離れる。

「冗談ですよ、半分ぐらいはね。先生のことを特別な異性と思うにはまだ出会って時間がないですから・・・でも、素敵な人だとは思いますよ」

 そういうとクフェアは一人ですたすたと歩き出す。

「私はもういいので、他のみんなのこと見に行ってあげてください。もう十分でしょう?」

 ゼクディウスが追いかけようとしたタイミングでそう言うクフェア。ゼクディウスの行動パターンは完全に読み取られているらしい。

「分かった、怪我とかしないように気をつけろよー」

 仕方がないので、ゼクディウスはそう答える。それに元気よく手を振って返すクフェア。

 静かな午後は、少しずつ賑やかになりだした。












四章 END

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