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第三章 サーシャ・シロツメ 上

第三章 サーシャ・シロツメ


「ゼクさん、ゼクさん、まだお休みでしょうか・・・?」

 まだあたりが宵闇に包まれた時間、そう言ってアオイはゼクの部屋のドアをノックする。

「う・・・アオイか? どうしたんだよ、こんな時間に・・・まあ、用があるなら入ってくれ」

 寝ぼけながらも答えを返すゼクディウス。

 返事を受け、扉を開けるアオイ。しかし、その背後には意外な人物がいた。

「・・・このような時間に、すいません」

「サーシャじゃないか・・・何かあったのか? こんな時間に・・・」

「・・・お姉様以外の方に会うと、何を言われるか分からないので」

 そういうと、サーシャは部屋の中に入り扉を閉めた。

「・・・ゼクディウス先生は、いいお方だとアカネお母様も、アオイお姉様も言っています」

「そうなのか・・・? まあ、ありがとうといっておくよ」

 脈絡のないサーシャの言葉に戸惑いながらも答えを返すゼクディウス。

「・・・アオイお姉様は、わたしが信頼できた方です。アカネお母様も・・・もう少しで、信頼できそうな気がします」

 相変わらず何を言いたいのかはっきりとしないサーシャ。ゼクディウスもどう答えを返したものか悩み、とりあえず首肯して話を聞いていることを示す。

「・・・わたしが、信頼できた方と、出来そうな方・・・そのどちらもが信頼できるという、ゼクディウス先生・・・あなたに、お願いしたいことがあるのです」

 そういうと、サーシャはいったん言葉を区切った。

「・・・わたしの性格を直すために、協力していただきたいのです」

 その言葉の意味をゼクディウスは即座に理解する。

「それって・・・対人恐怖症を治したい、って言うことか!?」

 思わず立ち上がって叫ぶゼクディウス。それにおびえた様子を見せるサーシャ。それを見てあわてて謝りながらベッドの上に座りなおす。

「もちろん、協力させてもらうよ。そのために聞きたいんだけど・・・そもそも、どうして人間恐怖症に?」

「・・・私は、幼少のころ、いじめられていました」

 そう話し出すサーシャの言葉にそっと耳を傾けるゼクディウス。アオイも部屋の中に入り、二人の様子をじっと見ている。

「・・・わたしは、ご覧のとおり、アルビノです・・・稀有な外見が同郷の方々の目を引いたのでしょう・・・私の外見がいじめられる原因となったことは、分かっています・・・ですが、話はそれだけでは終わらなかったのです」

 そこまで話すと、何かにおびえるように自分の体を抱き、震えだすサーシャ。

「・・・っ、同郷の、方々は・・・わたしと同年代の方々だけでなく、大人の方々も・・・わたしのことを、いじめはじめました。わたしだけでなく・・・両親までも。わたしの外見を、不気味なものだと・・・悪魔との間に生み出された子だと、さげすんだのです・・・っ。それだけなら、我慢できました・・・人に石を投げられたり、何の理由もなく殴られたりするのは、わたしが痛いだけだった・・・から・・・っ。でも・・・それだけでは、終わりませんでした・・・両親が、争い始めました。わたしのせいだというのは・・・まだ幼かったわたしでも理解できました。やがて、私は家の中でも疎まれ始めました・・・父は母を悪魔と交わった不浄なる者と罵り、私のことを化け物の子と殴りつけました・・・母もまた、お前がいなければ、お前のようなものが生まれなければこんな目にはあわなかったんだといって・・・私のことを憎み、ました・・・っ」

 己の身の上を話すサーシャ。ゼクディウスとアオイはただじっとサーシャの話を聞いている。

「・・・ある程度自分の意思というものを持ったころには・・・わたしは、他人を極度に恐れるようになっていました・・・そして、本を読んで働くことや、売春という行為を知ったわたしは、わたしを知らない場所へ・・・わたしを蔑む人がいない場所へいこうと、生まれ育った村を、後にしました・・・ですが、子供一人が歩ける距離などたかが知れています・・・私は、やがて誰もいない場所で倒れました・・・このまま死ぬのだろうと思いましたが、そこに偶然通りかかったのが・・・アオイお姉さまでした。遠くまでアカネお母さまを送り届けた、帰りに偶然見つけてくださったそうです」

 そこまで話すと、サーシャはうつむいてしまった。

「・・・詳しい事情はわたしも初めて聞きました・・・ゼクさん、その後、シロちゃんはこの孤児院で暮らすことになったんです。ですが・・・やっぱり他人が怖くて、部屋に閉じこもってしまうようになって・・・」

 長い話であったが、ゼクディウスはその全てを理解した。アルビノというものは、ラ・クラディアに暮らしているような人間でも名前だけは知っている程度のものなのだ。それゆえ、田舎の村ではいまだに知られていないものだ。そのためにサーシャのことが起こってしまったことを考えると、とても知られていないのだから仕方ないとはいえないが。

 いや、このような目にあっているのはサーシャだけではあるまい。むしろ、行き倒れたときにアオイのような優しい人間に見つかっただけ幸福だったとすらいえるかもしれない。他の同じような人間は、下手をすれば、村の人間に殺されてしまっている可能性すらあるのだから。

「・・・事情は全部分かった」

 ゼクディウスがそう口に出すと、サーシャは顔を上げた。

「いろいろ、つらかったな・・・とりあえず、人と触れ合うために、まずは自分から人に触れるようになる、って言うのはどうだろう?」

 言いながらサーシャのほうへ手を伸ばすゼクディウス。サーシャはやはりおびえた様子を見せるが、そのまましばらく待つと、そっと手を伸ばして、指を触れた。

「よしっ! これだけでずいぶん成長したぞ。今のは手伝いをするって言う握手だ。だから・・・いつでも、何でも話してくれていいからな」

「・・・っ。はい、ありがとうございます・・・」

 そういうと、サーシャはゼクディウスと触れた指をじっと眺めた。

「さて、それじゃあ・・・今日の授業はどうする? 普通に受けてみるか?」

「・・・いえ。まだ、ほかの方に受け入れていただけるか分からなくて、怖いので・・・すいません、私は後で話を聞かせてください」

「そうか。なに、どうせ俺には授業以外やることがないんだ。気にすることはないぞ」

 そう言って力強く微笑んでみせるゼクディウス。

「・・・わたし、部屋に戻ります。本当に、ありがとうございます」

「ああ。相談があるときはいつでも来てくれ。ただ・・・もうちょっと遅い時間に来てくれるとありがたいな」

 苦笑いしながら言うと、サーシャもぎこちなく微笑んでみせた。その微笑みは、ゼクディウスが初めて見るサーシャの笑みだった。

「・・・はい、ありがとうございました。では、失礼します」

 そう言ってサーシャはゼクディウスの部屋を後にした。

「しかし・・・サーシャはいきなりどうしたんだ? どうしてまた、最近来たばかりの俺なんかに頼るんだ?」

「多分ですが・・・ゼクさんが大人の男性だからではないでしょうか? シロちゃんは他人との付き合い方を本でしか知らないので・・・大人の男の人には頼るものだ、という考えがあるのかもしれません」

「なるほど、ヒロインを主人公が助ける本って結構多いものだからな。まあ、どんな理由があろうといいことじゃないか? 人に近づかれることすら出来なかったのに、今日は俺の手に触れるなんてことまでしてくれたわけだし・・・」

 そういうと、アオイはクスリと笑った。

「なんだ? 俺、何かへんなこと言ったか?」

「いえ・・・ただ、つい最近来たばかりなのに、ずいぶんシロちゃんのことを心配してくれるのだな、と思いまして」

「ん・・・そうだな。なんていえばいいのか・・・アオイも含めて、家族みたいな感じがするんだよな。自分でもなんでそんな感じがするのかなんて分からないけどさ」

 てれたようにそう口にするゼクディウス。

「お父さん、というには若すぎませんか?」

 からかうようにして笑いながら口にするアオイ。その表情は明らかに分かっているものだ。

「いや、俺もお兄さんくらいでいたいけどさ・・・そういえば、アオイはサーシャとどうしてこんな時間に会ったんだ?」

「あ・・・そうだ、朝ごはん作らなくっちゃ。作ろうとして部屋を出たらシロちゃんが立っていたんですよ。ゼクさんはこれからどうしますか?」

「えっと・・・起きるには早い気もするけど、寝るには遅いな。俺も朝食作りを手伝うよ」

 枕元においている腕時計を眺めながら答えるゼクディウス。それを聞くと、アオイは喜びで顔をほころばせた。

「本当ですか! 今日は母さんが手伝ってくれそうになかったので・・・よかったです」

「え、アカネさん、どうかしたのか?」

「いえいえ。ただ単に起きたくないだけですよ」

「・・・はは、アカネさんらしいな」

 苦笑しながら部屋を出る二人。扉を開けてふと下を見る。

「・・・って、サーシャ!? 何してるんだ!」

 そこには、体育座りをしているサーシャの姿があった。

「・・・向かい合っているときはいいことを言って、そうでないときにいろいろ不平不満を言う。本ではありがちな展開なので・・・」

「・・・やれやれ、本当に本での知識が主なものなんだな」

 若干あきれた様子でそういうゼクディウスを見て、おびえた様子を見せるサーシャ。

「・・・聞いてしまったわたしは、本のようにいてこまされてしまうのでしょうか・・・?」

「そんなわけないだろ・・・大丈夫だ、俺はサーシャの味方だよ。何も心配しなくていい」

 そう言って手を差し伸べるゼクディウス。サーシャはそれにやはりおびえた様子を見せるも・・・今度は、しっかりとその手をとった。

「おお、どんどん成長してるじゃないか・・・よ、っと」

 ゼクディウスはそういいながらサーシャの手を引き、立ち上がらせる。

「・・・ありがとう、ございます・・・」

 礼を言いながら立ち上がるサーシャ。立ち終えると、何かを考え始めたように首をかしげた。

「・・・どうかしたのか?」

 ゼクディウスに聞かれ、傾けた首を元に戻すサーシャ。

「・・・わたしも、朝ごはんを作るのを手伝います」

「シロちゃん!? 本当にいいの? もう何人か食堂に集まっているよ?」

「・・・はい、ここでお二人の話を聞いている間に思いました。怖いと言って逃げていては、いつまでも、何も変わらないのだと・・・わたしは、変わりたい・・・だから・・・」

 その目は何を考えているのかよく分からない、ぼんやりとしているものに見える。しかし、その表情は真剣で、本気でそう思っているのだということが伝わってくる。

「それに、思ったのです・・・今までいなかった、お兄様に守っていただけるのなら、何とかなるかもしれない、と」

 お兄様、という言葉を聞いて思わず苦笑するゼクディウス。そういえば話を聞かれていたのだったな、と改めて思い返す。

「分かった・・・"お兄様”に任せておけ。なんか言うやつがいたとしても、俺が守ってやる」

「はい・・・ありがとうございます。お兄様」

 そういうサーシャの表情は、どこかほころんで見えた。

「それじゃあ、シロちゃん、ゼクさん。台所に行きましょう。そういえば、私から見てもゼクさんはお兄さんなのでしょうか?」

「んー・・・まあ、いいんじゃないか? 細かいことは・・・アオイの呼びたいように呼んでくれればいいよ」

 ゼクディウスがあえて呼びたいように呼べばいい、といったのは簡単だ。彼の主義として女性の年齢には触れない、というものがあったからだ。どちらが年上かという話になると、その主義にひっかかってしまうのだ。

「そうですね・・・いまさら呼び方を変えるのも妙な気がしますし、今までどおりゼクさんと呼ばせてもらいますね」

「分かった。アオイがそう呼びたいなら好きにしてくれ」

 そう言って笑いあう二人。その後ろをおずおずと付き従うサーシャ。その様子は兄と姉のあとを追う引っ込み思案な妹のようであった。

「おはようごぜえます、姉御! ダンナもご一緒で・・・おや、そちらの方は?」

 ガレイのその言葉に食堂に集まっていた数人の少年、少女達もゼクディウスたちのほうを見る。

「・・・うぅ」

 その視線を感じたサーシャはゼクディウスの後ろに隠れる。もっとも、多少距離をとって後ろに立っただけなので、あまり意味はなかったのだが。

「この子はサーシャ・シロツメちゃん。みんなにはまだちゃんと紹介していなかったね」

「となると・・・倒れているところを姉御が助けたっていう、あの子ですかい?」

「うん、その子。仲良くしてあげてね」

 アオイがそういうと、ガレイはサーシャの顔を覗き込もうとゼクディウスのほうへと歩き出した。

「・・・うぅ」

 それから逃げるようにゼクディウスの周りを歩くサーシャ。

「あっしは、ガレイ・インパチェンスと申しまさぁ!」

 それに気がついたガレイはゼクディウス越しに話すことに決めたらしい。サーシャもガレイから逃げると他の少年達に見られることに気がつき、その場から動くのをやめる。

「・・・ん」

「齢は十三、見てのとおりの男でさぁ! ところで・・・親しみを込めて、姉御と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか?」

「・・・ぅん」

 消え入りそうな声で返事を返すサーシャ。

「ありがとうごぜえます、姉御!」

しかし、それでもガレイは満足したらしい。そういい残すと自分の席へと戻っていった。

「アオイ姉さん、何はともあれ朝食だ。新入りさんの紹介も大事だが・・・」

「分かってる。みんな仕事があるものね。シロちゃん、ちゃんとした自己紹介は今晩っていう事でいい?」

「・・・はい。私なんかのことより、皆様のお仕事のほうが大切ですから・・・」

 一人の少年の声により、サーシャの自己紹介は終わりを迎えた。

「・・・お姉様、お兄様。調理を開始しましょう」

「うん、そうだね。ゼクさん、台所はこっちです」

「ああ、分かった。今日は何を作るんだ?」

 雑談を交わしながら台所へ向かう三人。

「しかし、本当に機材がそろってるよなあ・・・昨日も言ったけど、俺の実家にも負けていないよ」

 台所に入ると、真っ先にそう口にするゼクディウス。実際、彼がそう思うほどに調理用の機材はさまざまなものがそろっていた。

「・・・それが分かるということは、お兄様も料理をなさるのでしょうか?」

「ああ。一人暮らしをしていたから少しはな・・・機材のそろい具合は、俺の実家と比べただけだけど」

 それを聞くとサーシャは不思議そうに首をかしげた。

「・・・お兄様のご実家は、料理屋か何かなのですか?」

「ああ、そういえば俺の実家ってアカネさんしかまだ知らないんだっけ・・・」

 はたと気がついた様子のゼクディウス。確かに、考えてみれば自己紹介のさいも名前を名乗っただけで終わってしまった。もっとも、最初から金持ちの家の息子だ、と言うことは名乗っても仕方ないと思っていたので語るつもりもなかったのだが。

「まあ、うちはちょっと金持ちでさ。親が趣味で調理器具を集めてたんだよ」

 最初は母が己の趣味である料理を充実させるために調理器具を集めだしたのだとゼクディウスは聞いていた。

「・・・なるほど。金持ちの道楽、というやつですね」

「そういう言い方されるとちょっと違う気もするが・・・」

 微妙な表情をしながらも手際よく朝食の準備を整えていくゼクディウス。アオイも食材を次々に取り出す。それをぼんやりとした様子で眺めるサーシャ。

「それじゃあ・・・シロちゃんはこれの皮をむいて。ゼクさん、わたし達でほかの事をやってしまいましょう」

 手渡されたたまねぎをどこか不思議そうに眺めるサーシャ。一通り眺め終わると、よたよたと流し場まで歩き、ぎこちない手つきでたまねぎの皮をむき始めた。

「・・・これが、人に涙を流させるという魔性の実なのですね・・・」

 たまねぎをむきながらぼそりと呟くサーシャ。

「いや、別に魔性ではないと思うけどな・・・確かに涙は出るけど」

 思わずつっこみをいれるゼクディウス。

「・・・では、なぜ人はこの実を見ると、涙を流すのですか?」

「えーっと・・・たしか、たまねぎの刺激成分が目や鼻に入ってその結果涙や鼻水がでるらしいぞ」

 純粋な瞳のサーシャに見つめられながら、うろ覚えの知識をひねり出すゼクディウス。その頬にはうっすらと汗が流れている。

「・・・なるほど・・・刺激成分とはなんですか?」

「・・・すまん、そこまでは説明できん」

「・・・お兄様でも分からないことがあるのですね・・・先生なのに」

「すまないな・・・俺も万能って言うわけじゃないんだ。教えられるものなら教えてやりたいが・・・」

 そう言って頬をかくと、サーシャは納得したように頷いた。

「代わりって行ったら何だが、たまねぎは実じゃなくって鱗茎って言うらしいぞ。地下茎って言うものの一種だ・・・と、昔誰かに言われた覚えがある」

「鱗茎? 地下茎・・・?」

「今聞かれても説明できないが・・・植物学の授業までにはちゃんと説明できるようにがんばるよ。。さ、まずは朝食だ。皮、むいてくれ」

 サーシャはその言葉に頷くと、皮を一枚ずつペリペリとめくりだす。

 一方、ゼクディウスは、サーシャもまたよい生徒になってくれることだろうと考えていた。

 サーシャは、対人恐怖症ではあるものの、いろいろなことを知りたがる―すなわち、好奇心は強い。そして、好奇心が強いということはさまざまなことを知りたがるということだ。それが分かっているからこそゼクディウスは次のセリフを予想することも出来たのだ。

そして、対人恐怖症ということは、気になったことを聞く相手が限定されるであろうことも想像できる。つまり、今後彼女は何か気になったこと、知りたいことが出来ればそのたびにゼクディウスに聞きにくることだろう。しかし、理解力もある彼女ならば、さぞやいい生徒になってくれるだろうことは容易に想像がつく。

 そう考えながら、ゼクディウスはアオイの手伝いを黙々と続ける。そうしていると、あっという間に朝食が完成した。

「・・・わたしは、お手伝いできたのでしょうか?」

 自分がほとんど手を出せていなかったことを思い、そう呟くサーシャ。その言葉にゼクディウスはもちろんだと首肯を返す。

「よく手伝ってくれたね。それじゃあ、あとはみんなのところに持っていくだけだよ」

「・・・私も、持っていきます」

「そうだね・・・それじゃあ、このサラダ、運んでもらおうかな。転ばないように、気をつけてね」

 頷いてサラダボウルを受け取るサーシャ。

「・・・お兄様か、お姉様も一緒にもって行きませんか?」

 やはり、一人で人の大勢いるところに行くのは怖いらしい。サーシャはそう提案した。

「分かった。それじゃあ俺も一緒に持っていこう。それなら大丈夫だろ?」

「・・・はい、ありがとうございます」

 そう言って頷くと、サーシャは歩き出した。ゼクディウスもパンを持ってサーシャの後ろを歩く。万が一サーシャが転んだりしたとしても大丈夫なように気を配りながらだ。

「みんなー、待たせたな。朝飯できたぞー」

「おお、ありがとうごぜえますだ、ダンナ! 姉御、大変そうですな。あっしが運びましょう!」

 そう言ってサーシャに駆け寄るガレイ。

「・・・っ! いやっ・・・!」

 あわててガレイを止めようとするゼクディウス。しかし、そのときにはもう遅かった。

「来ないで・・・っ!」

 サーシャはそう叫ぶ。そして、まばたき程度の瞬間。それだけの時間でガレイの目前には押し寄せる結界が張り巡らされていた。

「うわっ!?」

 そして、その結界により吹き飛ばされるガレイ。そのあまりの速度にゼクディウスは壁に叩きつけられるガレイの姿を想像した。

 しかし、その予想は外れた。壁に激突する直前、ガレイは姿勢を変え、壁に着地したのだ。

 どういうことか分からないかもしれない。しかし、ガレイの足元には波紋のようなものが生まれており、それによって壁に張り付いている。

「姉御、一体どういうおつもりですかい・・・?」

 波紋が消え、地面に降りるガレイ。その体からは動揺と共に魔力が発せられている。

「ガレイ、ちょっと待て! ちょっと落ち着け! サーシャは対人恐怖症なんだ! そのせいで他人に近づかれるのを極端に嫌うんだ!」

 あまりの魔力量にあわてて口にするゼクディウス。

「あ、なんだ。そういうことだったんですかい。そりゃ失礼しやした。あっしが知らぬばかりに姉御を怖がらせちまったわけですね」

 そう言って魔力の放出を止めるガレイ。その笑みは、先ほどまで膨大な魔力を発していたことなどまるで思わせないものだった。

「・・・ごめん、なさい。私、まだ、お兄様と、お姉様と、お母様以外の人に、近づかれるのが怖いの・・・」

「いえいえ、あっしが知らずに近づいたのが悪いんでさぁ! どうぞお気になさらず! ところで・・・異性ではダンナだけが近づいても平気な人なんですね。ひょっとして、ダンナにホの字なんですかい!?」

 先ほどまで膨大な魔力を放出していたことなど感じさせない笑みで下世話な話をふるガレイ。ゼクディウスはあまりの変貌におどろいて口を出せずにいる。

「お兄様は・・・私なんかのために、優しく授業をしてくれました。それで、お兄様のことを信じてみたくなったのです・・それに、お兄様は私が平気な距離を保ってくださるので・・・」

「ああ、なるほど。平気なんじゃなくて、そもそもあまり近づいてくれないと・・・やっぱり寂しいんじゃないですかい?」

「・・・あなたの言っていること、よく分からないです・・・」

 二人のかみ合っていない会話を聞いてようやく我を取り戻すゼクディウス。

「おい、コラ・・・お前はなんという話をふっているんだ。俺とサーシャは教師と生徒だぞ。そういう関係になるわけがないだろう。邪推するんじゃない」

「いやぁ・・・ダンナも男ですから。そういう禁断の関係に燃えたりするんじゃないかなぁ、なんて思いやして・・・まあ、ダンナともあろう方がそんなことするわけ、ないですよね!」

 笑いながらゼクディウスの持つパンをガレイは手に取る。

「お、これはあっしが焼いたパンですね。あっしの作り方には癖があるんで、一目見りゃあわかりまさぁ。パンはあっしが持っていきますんで、ダンナは他の物をお願いしまさぁ」

 そういっているガレイはどこかあせっているように見えた。先ほどのことをごまかしたがっているのだろう。

「お、おぉ・・・そうか。なら頼んだ」

 先ほどのガレイの魔力量に一言言いたい気分ではあるものの、ゼクディウスは下手につっこむとまずいと判断した。そこで、サーシャとともに素直に台所のほうへと戻る。

「ゼクさん、何か凄まじい魔力を感じましたが・・・何があったのですか?」

「・・・私が、ガレイっていう子を弾き飛ばしてしまって。それで、その子が・・・」

「あー・・・なるほど。ちゃんと仲直りできたの? シロちゃん」

「・・・うん。謝ったら、許してくれた」

 またか、という様子で呟くアオイを見て、ゼクディウスは思わずおどろく。

「・・・よくあることなのか? というか、あの魔力量は一体・・・」

 先ほどガレイに聞きたかったこともまとめてアオイにぶつけるゼクディウス。

「えっとですね・・・実は、この孤児院の子ってなぜかみんな魔法に対して優れているんです。私も一級呪文師になれましたし・・・それで、ガレイは魔力量が凄いんです。それなのに制御がうまく出来ないから、感情が揺れると凄い量の魔力をうっかり出してしまうんですよ。殺し合いでも始まるのか、と思ったでしょう?」

「本当だよ・・・あんな魔力、そこらへんじゃなかなか感じられないぞ」

 半ばあきれながらそう口に出すゼクディウス。それも当然だ。アオイの言うように、先ほどのガレイの魔力量は本気での戦闘時でもないと感じられないようなものだった。

「まあ、そういうことならよかったよ。ガレイは怒ったりしたわけではなかったんだな」

「ええ。ガレイは自分の力が大きくて簡単に人を傷つけうる、ということを分かっている子ですから。めったに怒ったりしませんよ。だから、シロちゃんも安心してね?」

「・・・うん、よかった」

 本当にそう思っているか定かではない無表情で頷くサーシャ。

「それじゃあ、残りも運んじゃおっか。ゼクさんもお願いします」

「よし、任せろ。サーシャは軽いのでいいぞ」 

三人で全員分の朝食を運ぶとなるとなかなかそうも言っていられないのだが、一応は男ということを思わせるように重いものをまとめて持つゼクディウス。

「・・・はい、分かりました」

「すいません、重くないですか?」

 お盆を何個かまとめて持ちながらアオイはゼクディウスを心配する。

「俺はアオイのその状態のほうが心配だよ・・・呪文使ってるのか? そうでないとしたら凄いバランス感覚だな、としか・・・」

「ふふ、毎日三回食事を運んでいるんです。すぐにこれくらい出来るようになりますよ」

「そうか・・・大変なんだな。しかし、こんなこと出来るようになるなんて・・・昔からアカネさんは今日みたいに寝てたのか?」

 台所から出ながらつぶやく。すると、そこにはちょうどやってきたアカネの姿があった。

「あ・・・」

 驚いておもわずそう口に出すゼクディウス。

「・・・量が多いからね。往復回数を減らすためにアオイが自分で身につけたのさ」

「・・・すいません」

「おやぁ、何を謝っているのかねぇ? 私は何も怒っちゃいないよぉ? いつも娘に全員分の食事を作らせて自分は寝ていたのか、なんていわれたぐらいじゃ怒りゃしないさねぇ・・・」

「いや、その・・・すいません」

 謝りながら配膳を進めるゼクディウス。アオイはその反対側であきれたような表情で配膳をしている。サーシャはその後ろから隠れるようにして少し人から離れた位置に食器を置いている。

「まったく・・・今日は寝てしまったのだから説得力はないかもしれないけど、昔はちゃんと私が起きて全員分の食事を作っていたんだよ。いつの間にか、アオイがそれを手伝ってくれるようになって、私の作る料理より評判がよくなって・・・それで、食事はアオイがメイン、私はサポートにとどめる、ということになったのさ」

「なるほど・・・ですが、それは今日寝ていた言い訳にはならないような気がすいません」

 途中でにらまれ、尻つぼみに声を落とすゼクディウス。その様子を見て食堂に集まっていた少年達が笑う。

「お前らにだって分かるだろ? 雇い主の機嫌を損ねると・・・」

「はは、ごもっともですね、ダンナ。でも・・・おふくろぐらいだとわりとからかいやすかったりするんですよねぇ~」

「まあ、私だってちょっとからかわれたくらいでやめろ! なんていいだすような狭量な女じゃないからね。こんな雇い主に雇われてよかったと思いなよ」

 やめろ、という言葉に妙に気迫が込められていたため一瞬体をびくつかせるゼクディウス。その様子を見てまた笑う少年達。それに気がついたゼクディウスはやれやれ、と笑う。

 大勢が笑顔で囲む朝食。それを感じながら、こういうのもいいな、とゼクディウスは思うのだった。


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