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第一章 出会い

「ちょっと早く来すぎちまったかな・・・」

 先日の夜、仕事が決まったことを伝えに行った際に両親から受け取ったク・マキナ製の腕時計を見ながらつぶやくゼクディウス。その針は十一時半をさしている。

 ――まあ、仕事先の相手だし、早すぎるくらいでちょうどいいか。

 ゼクディウスは白髪をいじりながらそう思う。しかし、心のどこかで心配している気持ちがある。

 ――仕事内容は聞いたけど、いろんな条件は聞いてなかったな・・・。

 そう、先日の時点では仕事がもらえる、という喜びでそのことを聞き忘れていたことを思い出していたからだ。

 しかし、それでも合流場所である西門にやってきたのはとりあえず話を聞いてみて、あまりにも条件が悪かったりしたら断ればいいだろう、という考えがあったからだ。

「おや、待たせたかね? 最近の若者は時間にルーズだと聞いたけどねぇ」

「さすがに仕事先の人間を待たせるようなことはしませんよ。それより、実は聞きたいことが・・・」

 そこまでゼクディウスが口に出すと、全て分かっている、とでも言いたげに女性が指を振る。

「大丈夫、条件はよそよりいいよ。月3キールだそうじゃないか。泊り込みだから、それでかかるであろう経費はひいてあるけどね。これでいいかい?」

 そういわれて、ゼクディウスは考え込む。条件が悪いからではない。条件がよすぎるからだ。

3キール。それは一般的な家庭教師と同程度の給料である。また、ゼクディウスが送っていたような節約生活を送れば十分に一月過ごせる程度の金額でもある。

 それほどの好条件をなぜ泊り込みでかかる経費、食費などを引いた状態で出すのか? それが彼にとって不思議なのだ。

「なぜ、それほどの高給を・・・?」

「遠くまで足を運んでもらうからね。その手間賃だとでも思っておくれ。家庭教師を終えて、帰るときの足代と考えてもいいかもね。なにしろ、これから一緒に来てもらうラッカルッカは、近くに学校がない時点で分かってくれているだろうが、ど田舎でね。どれくらい田舎かって言うと・・・」

 藍色の髪を縛りながら言う彼女の言葉をよそに、ゼクディウスは条件について考えをめぐらせる。

 ――一般からしたら条件がよすぎるが・・・この人の言うことにも一理あるかもしれない。近くに学校がないというのは、よっぽどの田舎でないとありえないわけだからな。だとしたら・・・引き受けるか。

「分かりました。お引き受けします」

「それに・・・おや、そうかい。引き受けてくれるかい・・・それはよかった」

 そう言って嬉しそうに微笑む女性。

「そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたね・・・俺の名前はご存知のようですが改めて、ゼクディウス・カルーレンです。今後よろしくお願いします」

「こりゃご丁寧にどうも。あたしはアカネ・パークウェルだよ。よろしくね・・・さて、魔術師も待たせているし、そろそろ行こうじゃないか」

 アカネがそういったとき、遠くから女の呼び声がした。

「母さーん! まだですかー?」

 アカネたちに桃色の髪を揺らしながら駆け寄る年若い女性。彼女の額には魔方陣が刻まれており、アカネの言った魔術師だということが見て取れる。

「あ、あなたが家庭教師になってくださるという・・・えーと・・・」

「ゼクディウス・カルーレン。君は?」

「アオイ・パークウェルです。母さん・・・アカネさんの孤児院出身のものなので、アカネさんの姓を使わせてもらっています。お気軽に、アオイとお呼びください」

 そういうと、アオイはスカートの端を軽くつまみあげた。

「そうか。よろしく、アオイ。俺も、ゼクでかまわないよ」

 そう言って手を差し出すゼクディウス。顔を上げたアオイは少しあせった様子でその手をとった。

「おやおや。雇い主より先に雇い主の娘と握手するだなんて・・・惚れたのかい?」

「ブッ・・・! アカネさん、ただ単に状況がそうなっただけで! 決して色目を使っているわけでは!」

「はは、分かってるよ。あんたはあってすぐの女に色目を使えるような男じゃなさそうだ。アオイ、それじゃあ、移動しようか」

「はい、母さん」

 そういうと、アオイはゼクディウスとアカネの手をとった。

「風精よ、汝の吹かす風のごとく我らを迅速に運びたまえ!」

 アオイがそう叫ぶと、ゼクディウス、アカネ、アオイの三名の周りに青い半透明の膜のようなものが出来上がり、彼らの体をうかせ、アオイが叫んだように、風のような速さで彼らを運び出した。

「よ、っと・・・こんな上質な高速移動呪文、初めてだ。アオイって、結構凄い魔術師なのか?」

 言いながら青い膜にもたれかかるゼクディウス。

「ふふ、うちの自慢の一級魔術師。それがアオイさね」

「一級魔術師!? 毎年一人合格するかどうかっていうあの!?」

「一応、そういうことになっていますね。私が自慢できることとなるとそれぐらいです」

 そう言って微笑むアオイをおどろいた様子で見つめるゼクディウス。一級魔術師、それもアオイのような若年のものはそれだけ凄いことなのだ。

「ところで、ラッカルッカまではどれくらいかかるんだっけ? 一級魔術師様」

 茶化すようにそういうアカネ。

「そうですね・・・三時間はかかると思いますよ」

「一級魔術師の高速移動魔術でもそんなにかかるのか・・・・本当に田舎なんだな」

 思わず口に出すゼクディウス。しかし、それも仕方ない。一級魔術師の高速移動魔術もなると、ク・マキナ製の鉄の馬の数倍の速さを誇るのだから。それで三時間ともなると、移動距離がどれだけ長いか察しがつくというものだ。

「アオイがラ・クラディアまで送り迎えしたとしても朝と夕、往復で六時間。さすがにそんな距離を通うのは厳しいな」

「ええ、ですから私も学校というのは行ったことがないんです。ですから、私にもいろいろなことを教えてくださいね。ゼクさん」

 そう言って微笑むアオイ。その微笑を見て少し頬を赤らめるゼクディウス。

「おやおや、ずいぶんピュアだ事・・・」

「なっ・・・! これは、異性との会話経験がすくないだけで・・・!」

「そういうの、ピュアって言うんじゃないかね?」

 アカネにからかわれるゼクディウス。赤らめた頬を見られたのもまた彼の運の悪さゆえだろうか。

「母さん。あまりからかわないであげてください・・・落としますよ?」

「冗談でもやめておくれ、アオイ・・・こんなところで落とされたら歩きで何日かかることやら」

 周囲に町はおろか人の姿すら見えないのをみてあわてた様子でそういうアカネ。

「自由人のアカネさんを常識人のアオイが押さえ込む、って感じだな」

「はは、確かにいつもわりとそんな感じかもしれないね」

「自由人というところは否定しないんですね・・・」

 くだらない雑談をしながらアオイの術で移動していく三人。太陽が少しずつ移動していくのを感じながら、ゼクディウスはこれからの日々は楽しい物になりそうだと考えるのだった・・・。


●   ●


「二人とも、お疲れ様でした。もうすぐラッカルッカにつきますよ」

 アオイの言葉でゼクディウスは読んでいた小説から周囲の景色に視線を移す。

「へえ・・・いいところだな」

 それはゼクディウスの素直な感想だった。ラ・クラディアの町並みは装飾魔術によりきらびやかに飾られたものだったが、ラッカルッカの町並みはその逆のものだ。

 人の手が付けられていない自然、それはゼクディウスにとって初めて見るものだったが、それがゼクディウスには気に入った。

「そうでしょうか? 私はラ・クラディアのほうがいいですね。都会っていう感じで・・・ラッカルッカは、正直に言って何もないところですから」

「やっぱり、人によって感じ方ってのは違うもんだな・・・俺には、その何もないのが新鮮でいい感じだよ」

 そう話す二人の様子をアカネはにやにやと笑いながら眺めている。

「・・・アカネさん、何かいいたいことがあるのなら言ってくださいよ」

「う~ん? 別に言いたいことなんてないわよー。二人とも仲よさそうで何よりだなー、と思っただけで」

「この速度で落とせば変なこと言わなくなってくれますよね?」

 そういって速度を上げるアオイ。

「やめてください、死んでしまいます・・・ほら、もうついたでしょう? 速度落として!」

「まったく、もう。母さんはいつも私と男の人をくっつけたがるんですから・・・」

 そういいながら宙に指を踊らせるアオイ。すると、彼女達を覆っていた青い膜が徐々に速度を落としていく。やがて完全に止まり、地面へと降りた。

「う~ん・・・なんだか、空気の味が違う気がするな」

 青い膜が破れるとゼクディウスはそう口に出す。

「分かるかい? 装飾魔術の魔力による空気の変質がないからね。この空気ばかりはラ・クラディアにも負けないよ」

 そう言って笑うアカネ。ゼクディウスはそれを聞きながら深呼吸をする。思わずそうしてしまうほど、ラ・クラディアとラッカルッカの空気は違っていた。

「すー・・・はー・・・うん、この空気を吸っただけでも仕事を引き受けた会がある気がしますね」

「それはよかった。さて、それじゃああたしの経営している孤児院に行こうかね」

 そう言って歩き出すアカネ。ゼクディウスとアオイがその後に続く。

「アオイ、アカネさんが経営している孤児院って、どんな子がいるんだ?」

 自分の教え子となる子供たちのことなのだから、聞いておいたほうがいいだろう。そう考えてゼクディウスはその質問を口にする。

「孤児院の子達ですか・・・うーん・・・ちょっと暴力的だったり、イタズラ好きだったり・・・まあ、ちょっと問題がある子もいますが、私にとってはかわいい弟、妹達です」

「そうなのか・・・」

 ちょっと問題がある、と聞いて若干表情を固めるゼクディウス。

 ――まあ、そういう子と信頼関係を築くのが、教師冥利に尽きるってもんだろう。

 しかし、すぐにそう考え直す。そのあたりがゼクディウスのまじめさを表しているだろう。

「さあ、ついたよ。ここが私の経営する孤児院・・・パークウェル孤児院さ」

 アカネのその言葉にゼクディウスは正面を見る。

「ヘぇ・・・」

 思わず嘆息を漏らすゼクディウス。それほどにその建物は立派だった。それこそ、周りの建物とは不釣合いなまでに。

「ある物好きな貴族様から大規模な寄付を受けていてね。おかげさまでこんな立派な建物をたてることが出来たのさ。もっとも、ほとんどが空き部屋だけどね」

「親のいない子供はいないほうがいいのですから、そこはいいところともいえますけどね」

 そう言ってアカネとアオイは笑う。

「まあ、入った入った。話はそこからだよ」

 アカネに促され建物の中に入るゼクディウス。

「外見のわりに内装は質素なんですね」

「んー、あんま贅沢なふうにして、それが当たり前だって思われても困るからね。実際、部屋も一つ一つは案外狭いもんだよ。とりあえずは、あんたの部屋に案内するよ。ずいぶん荷物もってきたみたいだけど、運ぶの手伝おうか?」

「いえ、これでも力あるので、平気ですよ」

「そうかい、それは面倒がなくていいね」

 そう言ってつかつかと歩き出すアカネ。ゼクディウスもそれに従う。

「ゼクさん、本当にお手伝いしなくてもよろしいのですか?」

「こいつが大丈夫って言ってるんだから大丈夫だろう。それより、あんたは他の子達を集めておいておくれ。こいつの紹介をしなきゃならない」

「それもそうですね・・・分かりました。ゼクさん、あまり重たいようなら遠慮なく母さんに押し付けてあげてください」

 そう言ってアオイはどこかへと駆け出していった。

「アオイ、いい子ですね。初対面の俺にも親しく話しかけてくれて・・・仲良くやれそうです」

「それはよかった。さ、ここがあんたの部屋だよ」

 そう言って扉を開けるアカネ。ゼクディウスは礼を言いながらその扉の中に入る。

 いたって小さな部屋の中には机、本棚、クローゼット、そしてベッドだけが置かれている。

「他の部屋もこんな感じなのですか?」

「そうだよ。この部屋よりちょっとばかし小さいかもね」

「なるほど・・・確かに質素なもんですね。少なくとも贅沢を覚えるような部屋じゃなさそうだ」

 ゼクディウスが言うと感覚が違うだけでは、と思うかもしれないが、そのようなことはない。実際に、必要最低限のものしかおかれておらず、部屋の広さもそれらが何とか置けているような広さだ。

「まあ、あんたを紹介する準備が出来るまで時間あるだろうからさ。荷物を適当に整理しておきなよ。問題ないようならあたしも手伝うからさ」

「ありがとうございます。でもまあ、手伝ってもらうようなことはないですよ」

 言いながらもゼクディウスはテキパキと持ってきたものを整頓しながらいれていく。

「へえ、初等科から大学までの教科書全部持ってきたのかい。ご苦労なことだね」

「ええ。まあ、どれくらいの年代の子か分からなかったので・・・適当に全部持ってきました。まあ、孤児院ですからこれで正解ですかね」

「そうだね。それに、どの子も学校なんていったことのない子ばっかりだから・・・まあ、よろしくお願いするよ」

 扉のところに立っているアカネの言葉を背に受けながらテキパキと収納していくゼクディウス。本棚が見る見るうちに埋まっていく。それとは対称的に、クローゼットにはあまり物が入らない。

 それもそのはず。ゼクディウスは必要最低限のものしかもってきていないからだ。大荷物の大半が教科書と、プリント用の白紙。あとは一人暮らしを始める際に買ったいたって粗末な服程度しか荷物は持ってきていない。

「とりあえず、これは枕元においておくか・・・」

 いいながら、ゼクディウスは短刀を懐から取り出し、ベッドの近くの窓際に置く。

「それは・・・なんだい?」

「ああ、親父が買ってくれた護身用の短刀ですよ。ク・マキナの最新技術で精錬された金属をムル・クアリアスで一鎚一槌魔力を込めて打って、ルア・メクルイデスで神の祝福を受けたっていう、無駄に手のかかった短刀です。まあ、そのかいあってか無駄なくらいに切れ味はいいんですけどね・・・果物ナイフとして使ってますけど」

「はは・・・まあ、物騒なことがなくて何よりじゃないか」

「ええ。何事もない、平和な日常が一番ですよ」

 笑いながら荷物を一通り整理し終わるゼクディウス。

「母さん、ゼクさん。一応、みんなそろいましたよ」

 そこにちょうどアオイがやってきた。

「そうか、ちょうどよかったよ。それじゃあ、行こうかな」

 そういって部屋の外へと向かい、アカネ達とともに歩みだすゼクディウス。

――自己紹介か。どうしたものかな・・・。

 考えながら通路を歩むゼクディウス。しかし、考えをまとめる前に通路の終わりがやってくる。

「みなさん、こちらの方が本日から家庭教師をしてくださるゼクディウス・カルーレンさんですよ」

 言いながら扉を開けるアオイ。あまりに早すぎてゼクディウスが心の準備をさせてくれという暇すらない。

 そして、何とか止めようとしたなんとも間抜けなポーズのゼクディウスを扉の隙間から漏れる光が照らす。

「・・・思ってたより若いな・・・」

「へぇ、この人が私たちの・・・」

「それより、あのポーズなに?」

 部屋の中でざわめくのは数人の少女達。そして、幼い双子の片方が呟く言葉を聞いたゼクディウスはあわてて姿勢を正す。

「えっと・・・ゼクディウス・カルーレンだ。今日からみんなの家庭教師になることになった。よろしくな!」

 出来る限り親しみやすそうな喋り方を心がけるゼクディウス。

「・・・自己紹介は終わりだろ? オレは部屋に帰る」

 しかし、その心がけも赤髪の十代後半らしい少女には意味がなかったようだ。

「まあ、落ち着きなさいな。あんたも自分の名前ぐらい言っていきな」

「ちっ・・・ローザ。ローザ・カレデュイア。じゃあな」

 ローザと名乗った少女は不機嫌そうに部屋へと戻っていった。

「ごめんなさいね、ゼクディウスさん。ローザ姉さまは知らない人にはいつもああなの。気にしないであげて」

「そうそう。とりあえず、お茶どうぞ。長旅だったから、のど乾いたでしょう?」

 言いながら十歳になるかどうかといった外見の双子の少女がゼクディウスに歩み寄る。その手には彼女達の言葉通り湯飲みが持たれている。

「ああ、ありがとう。君達の名前は?」

「私はミウメ・カナタよ。サクラとは双子の姉妹なの」

「私はサクラ・カナタよ。ミウメとは双子の姉妹なの」

 同時に口に出され、一瞬どっちがどっちか分からなくなるゼクディウス。しかし、髪形が違うことに気がつき、どちらがどちらかを記憶する。

「えっと、俺のほうから見て右に髪を分けてるのがミウメで、左に髪を分けてるのがサクラか。うん、このお茶おいし・・・って、なんか変な味が・・・?」

 ゼクディウスがそう口に出すと、ミウメとサクラは笑いをこらえながらゼクディウスからはなれていった。

「ミウメ、サクラ! もしかしてゼクさんのお茶にイタズラを・・・!?」

「えへへー! ちょびっと洗剤を入れただけだよー!」

「ついでに雑巾の絞り汁も入れちゃったー!」

「ぶっ!?」

 ゼクディウスがその言葉を聞いてお茶を吹き出すのをみて二人の我慢は限界に達したらしい。二人そろって笑いながら逃げ出していった。

「こらー! 二人とも待ちなさーい! ゼクさん、すいません。あの子達が・・・」

「いや・・・まあ・・・かわいいイタズラじゃないか・・・はは・・・」

 若干困惑しながらそう口に出すゼクディウス。そういいながら、イタズラ者がいると言うのは本当だったのだと現実を確認していた。

「そういえば、サーシャがいないね。あの子はどうしたんだい?」

「あいかわらず・・・自分の部屋にこもって出てきてくれません」

「そうかい・・・それなら、こちらから出向くとするかい。ゼクディウス、付いてきな」

「あ、はい。了解です・・・」

 ゼクディウスは、アオイがおしとやかなのは、アカネの育て方によるものだと思っていた。しかし、無愛想なローザやイタズラ娘のミウメとサクラをみて、アオイのほうが特殊なのだと感づいていた。そのサーシャという子も一体どんな性格なのか・・・そう不安になりながらアカネの後を付いていく。

「サーシャ、いいかい? 家庭教師のゼクディウスってやつを連れてきたんだけど」

 ある扉の前につくとアカネはドアをノックしながらそう口に出す。しかし、部屋の中からは何も返ってこない。ゼクディウスは中は無人なのではないかと思ったほどだ。

「・・・まあ、本気でいやだったらなんか言う子だからさ。とりあえず、中へどうぞ」

 名前から察するに女の子であろうサーシャの部屋。そこに無断ではいるのはどうかとゼクディウスは思うものの、孤児院の子供達をみな知っているアカネが言っているのだからおそらく大丈夫なのだろうと考え、扉を開ける。

 部屋に入り、最初に目に付いたのは雨戸の閉められた窓だ。それ以外の光源もみな消されていて、部屋の中は扉から入る光のみで照らされている。

 その真っ暗だった部屋のベッドの上の毛布をかぶった人影に、ゼクディウスは声をかける。

「えっと、君がサーシャ・・・かい?」

 ゼクディウスが声をかけると、そのベッドの上の人影はゼクディウスのほうへ向き直った。

「・・・サーシャ・シロツメです」

 ゼクディウスはおどろいた。わずかな光源でも分かるほどに少女の肌が白かったからだ。また、瞳が赤いこともあり、アルビノなのではないかとゼクディウスは思った。

 そのほかの外見も驚きに値するものだ。アルビノのような外見に似合って髪色は純白で、体の線は細すぎるほどに細い。それでいて、その顔は美しく、それらしい服を着れば貴族の娘といわれても信じるほどだった。年のころは、ローザよりは年下程度だろうか。

「そうか。よろしくな、サーシャ。俺の名前はゼクディウス・カルーレンだ。よろしく」

 そう言って手を差し出すゼクディウス。しかし、サーシャはそれをみて悲鳴のように息を吸い込んだ。

「・・・? サーシャ?」

「・・・いで」

「何だって?」

 そう言ってもう一歩サーシャのほうへ足を踏み出すゼクディウス。

「来ないで・・・っ!」

「え・・・うわっ!?」

 サーシャが叫ぶと同時にゼクディウスのほうへ半透明の壁が押し寄せる。それは紛れもなく結界だ。しかし、ただ叫んで出したにしてには強すぎる結界だった。

 そして、その結界は部屋のものまで巻き込んでゼクディウスを部屋の外へと追い出した。ゼクディウスが部屋の向かいの壁にたたきつけられると同時に、扉は閉まり、鍵がかけられる音がした。

「い、いてて・・・なんて魔力だ、叫んだだけでこんな結界を生み出すなんて・・・」

「あの子はサーシャ・シロツメ。いまあんたが身をもって味わったとおり結界呪文の天才でね。それでいて対人恐怖症。おかげで、最近来たばかりとはいえ、あたしも十分な話を出来ない子さね」

「私には少し話してくれるのですが・・・あまり近くに行くと、今のゼクさんみたいに弾き飛ばされてしまいます」

「な、なるほど・・・いてて」

 腰をさすりながら立ち上がるゼクディウス。

「ところで、これで全員ですか? アオイとローザに、ミウメ、サクラ。それとサーシャ・・・五人だけ?」

「いまここにいるのはね。この村の中で働いていて今はいない子や、ちょっと遠くの村まで行って泊り込みで働いてる子もいるよ」

「なるほど・・・」

 アカネの言葉に頷くゼクディウス。

「で、みんな学校には行ったことがない、と・・・」

「そうだね。外で働いている子達は職場の人間からいろいろ学んじゃいるけど、学校教育まではさすがに・・・されていないだろうね」

 なるほど、と呟きながら頭の中で何から教えていくかをまとめていくゼクディウス。そこはさすが昔の国立大に入ろうとしていただけの人間に見合った頭の回転のよさを発揮している。

「了解しました。それじゃあ、今日は明日からの授業の準備をさせてもらいますね」

「うん、頼んだよ。アオイにも手伝えることがあったら言ってやっておくれ。家庭教師が来るのを誰よりも楽しみにしていた子だからね。手伝いが出来るとあれば大喜びだろうさ」

「こればかりは母さんの言うとおりです。よろしければ、作業をしながらでもできる範囲でいろいろなことを教えてください」

 そう言って微笑むアオイに、ゼクディウスは首肯を返す。そうすると、ただでさえ笑っていたアオイはさらにほほえみ、まさに満面の笑みというにふさわしい嬉しそうな表情をした。

「さて、それじゃあ・・・早速手伝ってもらおうかな。アオイ、よろしく頼むよ」

「はい! ゼクさん」

 先ほど案内された部屋へと戻りながら、ゼクディウスはこれからの日々が大変な物になりそうだと思うのだった。






一章END


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