シマの犬
百合です。ご注意を。
「抱き合った所で、私とあなたが交じり合うことは永遠に無いのよね」
ベッドの上。悲しそうな声のシマに抱きしめられ、私は彼女の背中に腕を回した。
何かを問いたげなシマの声に、私は何も返さない。返す必要も無い。
甘えるように、シマのマシュマロみたいに柔らかい胸に顔を埋めすんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐと柑橘に似たシマの体臭が私の脳の奥を甘く痺れさせる。
ぺろ、と柔らかな肌を舐めると、シマは小さく声を漏らした。
「サノ、くすぐったいわ」
笑っているのか、怒っているのか、目隠しをされている私には解らないけれど、こうすることでシマの寂しさが紛れるのなら、私はいくらでもシマの体を舐めようと思う。
シマはとても頭が良いけれど、寂しさに束縛された人間だと思う。いくらでも他人と合わせ、笑うことが出来るのに、一番肝心な部分で他人を信用しきれない。
きっと私も信用されていない。でも、それでも良いと私は思う。
人間の私は信用されなくても構わない。
だから、私はシマの犬になろうと決意した。
「さぁ、今日はもうおしまい。寝る時間だよ」
頭の上を優しく撫でられ、そのままベッドの上に寝転がらされる。
シマの温もりを探して手を伸ばすと、またぎゅっと抱きしめられて安心した。
シマは私の救世主だ。
学も才も財も、親の愛も私にはない。
いつも死んだような日々を惰性で送っていたある日、シマは私に手を差し伸べてくれたのだ。
もちろん、無償の愛なんて代物では無くて、彼女は私の姿に惚れたらしい。
「骨格や肌、目の色の明るさ、どれをとっても最高に素晴らしい」
最初に聞いたときは、何だそれと思ったけれど、飛び込んでしまえばこんなに素晴らしい事は無い。
シマは私をあのロクデナシのアル中親の元から引き離し、私を手元に置いてくれた。
髪を染められ、爪を削られ、体の隅々まで垢を落とされた。
捨てられた野良犬から、血統書付きの犬に生まれ変わるよう、私は体を綺麗に整えられるほか、勉強を教えられ、そしてシマに決して逆らわぬよう叩き込まれた。
この家の中では、私はシマの犬であり、私はそれがとても嬉しかった。
けれど、それは私の嬉しさであり、シマの心が喜んでいるかどうかは解らなかった。私がどんなにシマに誠心誠意仕えても、シマのココロは埋まらない。
私はそれを知っている。
そして、シマ自身もそれを寂しいと思っていることも。
喉を鳴らしてシマの体に抱きつくと互いの皮膚がそれ以上くっつくことを拒絶する。
この小さな境界線が無くなってしまえばいいのに。
そうすれば、私は完全にシマの中に囚われて、永遠にシマの心を埋められるかもしれないのに。
なぜかとても悲しくなって、シマの肩に頬を擦り付ける。
「よしよし。甘えたがりな犬だね。君は」
優しいシマの声を聞いて、私は少しだけ悲しくなった。