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under ground  作者: 七瀬
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3rd chapter 記憶と追憶


真衣子は、どうなったのだろう。


死んだのか、それともまだ生きているのか。

分からない……


なぜアイツは笑っていたのだろう。なぜアイツはあんなとこにいたんだろう。なぜアイツは自殺なんかしようとしたのだろう。


いくら考えても答えは出ず、俺は呆然と灰色の世界に立ち尽くしていた。


3rd chapter start...


side:綾人


やあ、こんばんは。少し報告だよ。入学して間もないがさっそく友達が出来た。


葉山修平君に、加藤真衣子さんに、澤村明美さん。この3人だ。


では彼らの僕から見た印象について。


まず葉山修平君。


彼は人と関わるのがあまり得意ではないみたいだ。真衣子さんと明美さん、それに貴文さんは除いて。(これは僕の知る限りだけどね)。そして、2年より前の記憶が無いらしい。部分的な記憶喪失。だが別段日常生活には支障は無いらしいけれどね。まだ彼とは話も出来ていないからこんなところかな。


次に加藤真衣子さん。


彼女はどうやら修平君の幼なじみらしい。常に彼を気にしている様子だ。端から見たらカップルに見えなくもないかもね。つまりはそれぐらい仲が良いということだ。そして、彼女について僕は気になる事があるんだけど…………まだ確証は取れていないから内緒にしておこうかな。


最後に澤村明美さん。


彼女は賑やかな人物だ。陸上部に入部すると聞いている。運動神経は良さそうな感じがするね。修平君と真衣子さんとは中学校からの付き合いらしい。出会いについても聞いてるけどこれもまだ秘密にしておこう。


このくらい、だね。


じゃ、返信待ってるよ。


「ふう…………」


【彼女】にメールを送り、僕はソファに座った。


これは定期的に行っている事だ。報告しないと【彼女】がうるさいからね。


色々と理由があるのだけどそれはまた。


さて…………【彼】は今頃どうしているのかな。


side:修平


「え……………………?」


線路に飛び込んだ筈だった。


そのまま電車にぶち当たって死ぬ筈だった。

真衣子だけは助ける筈だった。


なのに俺はまだ生きていて、


真衣子は死んだのか生きているのかすら分からず、


電車の姿は消え、線路すらも消え、



目の前にあるのは灰色のあの【世界】だけだった。


「なんで…………このタイミングで…………」


最悪のタイミングだったのか、それともこれで良かったのか。


今の俺には考える事すら出来ない。


それぐらいには混乱していた。


だがここには俺以外の人間は、いない筈。


(助けを求めても無駄か……………それに真衣子が【死んだ】のは見ていないし………)


無理矢理にでも真衣子はまだ生きていると信じ込む。信じ込むしかない。少なくとも【死んだ】瞬間は見ていないのだから生きている可能性はある。


推測でしかないが。


しかしなぜあのタイミングでこの【世界】が生まれたのか。


(【世界】は自然発生するのか……?で、自然に自壊する……自然発生であるならば同時にいくつも生まれる事もあるだろうし…………まさか人為的な……………)


「はぁ…………………」


いくら考えても分からない。


(俺1人じゃ、どうしようもないし…………)


焦りは既に消えていた。


30分は経っただろうか。


未だ【世界】は壊れない。確か前回美鈴と閉じ込められた時は10分くらいで崩壊したが……


と、ピシッと何かが割れる音がした。


崩壊が、始まった。


目の前に色が戻る。


さっきまで焼けるような夕焼けだった空は暗くなっている。そして高層ビル郡が聳え立ち、視界を覆う。


「………………………?」


景色は戻った。だが何か違和感がある。そういえば俺が飛び込んだ踏切は……………


「ない……………………?嘘だろ……………?」


俺は踏切のど真ん中にいなくてはならなかった。移動してはいない。ずっと動かずに【世界】が崩壊するのを待っていた。いなきゃならないのに。なぜ踏切がない。


ここで俺はある結論に思い至る。


つまりだ。


『踏切なんて最初から無くて、俺が見た光景は夢だった』


そうだとしたら、俺は一体どうしてしまったのだろう。頭がおかしくなったのだろうか。そんな事あるはずがないだろう。俺は実際に踏切を見たんだ。真衣子も見た。あれが夢だとしたらそこにはどんな意味があるというのだ。


(いや、待て。まさか夢じゃなく、あれは…………俺の記憶?)


なぜそう考えたのかは分からない。でもこんな事が確かに昔あったような気がする。


だが朧気に浮かんだだけ。


やはり、思い出せない。


深呼吸して周りを見渡す。


そこに、いけすかないクラスメイト。


神崎綾人がいた。


綾人は一瞬驚いた様な顔を見せたが、すぐに人を食った様な顔に胡散臭い笑みを張り付け、


「やぁ。偶然だね修平君」


と片手を上げて言った。


「…………よぉ」


睨みながら言葉を返す。


「こんなところで何をしていたんだい?」

「散歩だよ、散歩。少し頭が痛くてな」

「散歩………ねぇ」


コイツはあの【世界】について知っているのだろうか。いや…言ったところで笑われそうだ。自分からは言わない方が吉か、と結論付ける。


「そういうお前は何してたんだよ」

「ん?あぁ、ちょっと調べ事がね…………遅かったみたいだけど」


(遅かった…?何がだ?)


気にはなったが、今はどうでもいい。そろそろ家に帰らなければ。


「まぁいいや。また明日学校でな」


そう言って別れようとした。


でも、


綾人のその言葉が、


強く印象に残ってしまって、


帰る事はできなかった。


俺を引き止めた綾人はこう言った。


「僕が調べていたのはあの【世界】についてだよ。修平君」


あの【世界】。つまりさっきまで俺がいた【世界】の事で間違いは無いだろう。しかし調べている?


綾人ならあの【世界】が何なのか、その見当がついているのか。


俺は、聞いてしまった。


好奇心に負けてしまったのだ。


「お前、あの【世界】について調べてるって言ったな」


好奇心には逆らえない。何事に対しても。


「僕は『UG』…アンダーグラウンドと呼んでいる。と言ってもまだ何も分かってないんだけどね」


アンダーグラウンド…………確か地下鉄という意味じゃ……それ以外にも意味があったか……


「ただのこじつけみたいなものさ。呼び方についてはね。僕らがいる現実とは別の世界。現実より下方の世界。だからアンダーグラウンド」

「語感だけで決めただろ」


確信を突いたようだ。別に呼び方はどうでもいい。しかし綾人は全然分かってないとそう言った。


まだ調べがついていないのか………


「語感……そうだね。それは否定しないよ。ちなみに君と真衣子さんの様にアンダーグラウンドに巻き込まれた事がある人達の事を、これもまたこじつけだけど『適合者』としている。ちなみに僕は『非適合者』。どうしてもアンダーグラウンドには干渉出来ない」


つまり綾人はアンダーグラウンド内には入れないという事だ。それなら調べようがないのではないか。だが綾人は、


「依頼してるんだよ。知り合いの『適合者』に」


なるほど、それなら知る事も可能だ。と、ここまで綾人の話を真剣に聞いていたせいで、真衣子の事を忘れていた。


綾人は知っているのだろうか。真衣子のあの行動を。


「なぁ。真衣子がどこにいったか知らないか?」


俺は、ゆっくりとその話を切り出した。


真衣子さん?どうかしたのかい?」

「実は、さっき…アンダーグラウンドに巻き込まれたんだ。巻き込まれる前に真衣子が踏切に…」

「ちょっと待って修平君。踏切?そんな物がここにあったなんて事は僕は知らないけど」「アンダーグラウンドが生まれる前には確かにこの目で見たんだよ。真衣子が踏切の真ん中に立っていて、電車が来て、轢かれそうになって、俺が飛び込んで、電車にぶち当たる瞬間に…」


俺は一気にさっきの出来事を話した。綾人は真面目な顔をして聞いていた。


「なるほど……やっぱりあの娘が言っていた通り、かな」

「あの娘?」


依頼をしていると言っていた娘だろうか。と、するとその娘もアンダーグラウンドについて調べている、事になる。


「これは直接会った方がいいかもしれないね。ついてきてくれるかな?」


携帯を取り出し、ボタンを打っている。メールをしているようだ。


「……………うん。彼女も会ってくれるそうだし、行こうか」

「どこに?」

「彼女の家だよ」


少し不安だが今は綾人の言う通りにした方が賢明だろう。俺は黙って綾人についていく事にした。


「彼女は僕の後輩でね。探偵…みたいな事をしているんだよ」


と綾人は語る。写真を見せて貰ったが、何のへんてつもない女子中学生で、探偵業を営んでいるようには見えなかった。


「実際、僕も初めて会った時は疑ってかかってたけどね。今じゃ一部の界隈では有名人さ。いつでも彼女の元に依頼が舞い込んでくる」


どうやらこの高層ビル郡の中に探偵事務所があるとの事らしいが、本当にあるのだろうか。ビルしかない地区だがまさかビルの最上階とかに……


「彼女の事務所はビルの最上階にあるんだよ…………あ、ここだ」


目の前には高層ビル郡の中でも一際高いビル。なんで中学生がセレブが住むようなビルに住んでいて、事務所などを構えているのか。多分お嬢様かはたまた地主か社長の一人娘とかなんだろうな………………


そういえば、妹の事を忘れていた。メールでも送っておこう。心配するだろうから。


『少し遅くなる。晩飯は適当に食べててくれ』


送信、と。


すぐに返事が返ってきた。


『了解~!何してるのかは知らないけど気を付けてね!』


一応は心配してくれているみたいだ。それと………真衣子にも送ろう。もし返事が返ってきたらやはり【あれ】は夢だったのだと確信できる。


なんて送ろうか……………取り敢えず、


『今日隣町にいなかったか?』


単刀直入に聞いてみる。送信ボタンを押して、しばらく待つ。


すると、メールが返ってきた。


(やっぱ夢、か………白昼夢……)


『隣町?行ってないけど………何かあった?』


『いや、ないならいいんだ。また明日な』


と返信。


「真衣子さんからかな?」


綾人が携帯を覗きこんできた。しかも笑いながら。キモチワリィ………


「あぁ。生きてたよアイツ」

「なら君が見た光景は夢か、もしくは過去の記憶ってところだね」

「単なる夢だったらいいんだけどな…」


引っ掛かる物があったのは事実だ。過去にあったような気はするのだ。だがまだうっすらとしか思い出せない。


いずれ分かるのだろう。


「まぁ、彼女ならその辺りの事も教えてくれそうだし早く行こう」

「頼れるのか?その後輩さんは」

「保証はするよ」


彼女が綾人の言う『適合者』ならば俺が置かれている状況についても説明してくれる筈だし、あの【世界】についても知る事が出来る筈だ。 淡い期待を胸に俺達はエレベーターへ乗り込んだ。


ビルの最上階はかなりの広さだった。まるで高級ホテルの様な造りだ。庶民的なそれではない。


「ここが彼女の事務所だよ」


綾人に連れられて、これまた荘厳な扉の前に立つ。妙な威圧感を感じる。入る事すら躊躇われるような、いや入る事が許されないと言った方がこの場合は適当か。


「なんか……すげぇな……」


率直な感想だった。誰もがそう思うだろう。こんなところに中学生が住んでいるなどという事がそもそもおかしいのだが、その理由は後に綾人によって判明する。


綾人は扉を軽くノックし、開いて中に入っていった。


恐る恐る俺も中に。


そこには小柄な女の子がいた。


俺より一回りは小さな女の子。肩にかかる程の髪はツヤツヤで、幼さが残っているが何処か気品に溢れたような顔立ち。更に驚くべきは服だ。お嬢様が着るような優雅な服だ。ヒラヒラしている。それも幼さの残った顔と合わせるとお人形っぽさもある。


その女の子はソファに横になって寝ていた。


「せっかく来たのに寝てるとはね………」

「夜だししょうがないだろ」

「そうだね………起きるの待ってみようか。それとも起こすかい?」

「寝てるとこ起こすのも悪いけど……起きるの待ってたらなぁ…………」


いくら時間があっても足りないだろうし、ここは起きてもらおうか。


綾人が肩を揺する。すると女の子は一、二度瞬きしてゆっくりと目を開けた。


「……………おはよう、ございます?」


寝ぼけた様な声色だった。


「改めて、自己紹介させて頂きます。月宮絵梨奈つきみや えりなと申します」


可憐な眼差しの女の子は俺達を真っ直ぐ見つめながら言った。


「で、綾人さん。隣の殿方は?」

「ん?あぁ、彼は葉山修平君だよ。絵梨奈さんに名前教えたよね?」

「お顔は拝見してなかったので…………なるほど葉山修平さんですか…」


はっきりとした声で話す娘だな、と思った。俺とは真逆だ。何もかも。


「名前教えたって……どういう事だよ綾人」「定期的に報告してるって言わなかったっけ?その報告の中で名前と僕なりの分析を書いただけだから、実害は無いさ」


(いや…害は無くても勝手に教えられるのはなんか、こう………むず痒い様な)


「まぁ、そんな事はいいから本題に入ろうか」


綾人の一言で空気が引き締まったような気がした。


「その本題とはなんですか?綾人さん」

「UGの事だよ」


絵梨奈が息を呑む気配が伝わる。俺の身体に汗が滲む。いよいよだ。あの【世界】の事について知れるんだ…


「UG…アンダーグラウンド。私と綾人さんはそう呼んでいますがそれはそれとして、修平さん」


真剣な眼差しで見つめられる。なかなかこういうのは慣れないものだ。真衣子には散々見つめられたんだけどな……さすがに中学生だと…こうムラムラして……


思考が危ない所に飛びそうになったが、抑え込む。


「貴方は適合者、なんですね」

「それは綾人が言ってるだけだし、そもそも適合者ってどういう事なんだ?まずそこから説明してくれ」


いきなり「適合者なのか」と問われて「はい、そうです」なんて答えられないだろう。【それ】が何なのかも分からないのに。


「綾人さん。説明省きましたね……」

「ごめんごめん。説明してあげてよ、絵梨奈さん」

「はぁ……分かりました。ではまず【適合者】と【非適合者】についてですね」


絵梨奈が姿勢を正し、より真剣な面持ちで説明を始める。


「【適合者】というのは、言わばUGに認められた人間の事を指すのです。認められ方には様々な要因があるのですが……そうですね。例えば、それは嫉妬や怨みといった感情であったり、辛い経験であったり…」


話半分に聞いていたが、絵梨奈の次の一言で俺は真剣に聞かねばならないと思ってしまった。


「過去の記憶、などですね」


過去の記憶。


もしこれが重要な意味を持っていて、UGに認められる要因なら、


俺は、思い出さなければならないのだろう。


そうすればあの時のあの光景が夢なのか記憶なのか分かる筈だから。


「過去の記憶と言えば…修平さんは2年前以上の記憶が無いと聞いていますがその原因は一体?」


少し躊躇った。だが答えなければその先に道は無い。


「交通事故の影響だよ。覚えてはいないけどな」


絵梨奈は目を伏せ、静かに言った。


「それがアンダーグラウンドに導かれた要因の一つ、かもしれませんね」

「交通事故が、か?」

「そうです。しかし貴方は覚えていないみたいですね。相当なショックを受けたか、あるいは…」


絵梨奈の表情に陰が射す。すると、綾人が話に割り込んできた。


「絵梨奈さん。そっちの可能性は無いよ。ショックで飛んだんだ」


そっち、とはなんなんだろうか。俺の記憶が飛んだのには別の可能性があるとでも言うのか。


もし、記憶が飛んだ原因が交通事故ではないとしたら、


【何】が原因だ?


と考えても心当たりなんてあるわけもなく、その考えは無いなと自己完結。


「少し考えすぎましたか…よくないですね、この癖」

「取り敢えず修平君。適合者の条件は理解したかい?」



・嫉妬や怨み、妬みといった感情が原因

・過去の記憶や辛い経験が原因


この2つが原因となって、アンダーグラウンドに認められた者。


それが綾人達の言う【適合者】という存在。今のところ該当しているのは、俺と真衣子と美鈴の3人だ。


と、綾人に話したところ彼は微笑み


「理解力が早くて助かるよ。じゃ、ここからの説明は僕が引き継ごう」


わざとらしく両手を広げながら話しだす。


「ここからが本題。つまりあの【世界】はどうやって生まれるのか。その条件は。そして、君の記憶の取り戻し方」


「取り戻し方…………?なんだよ、それ」


(俺の記憶が戻る?そんな馬鹿な話があるか。簡単に戻るのならとっくに戻している。コイツは、どこまで知っている…?)


やはり綾人は、怪しい。何を考えているのか分からない。だが今は黙って聞くしかない。

「少々荒療治だけどね。ま、まずはUGの生まれる条件から話すよ」


微笑んだまま、彼は話し始めた。


「UGは人間の怨みや妬み、辛い経験から適合者を選ぶ。これはさっき絵梨奈さんが説明してくれたね。適合者の事は置いておいて、UG自体はどうやって生まれるのか。多分疑問に思っている筈だ」


綾人の話し方はゆったりとしていたが、脳の奥深くまで染み込んでくるようだった。端的に言えば気持ち悪くて胡散臭い。だが人を惹き付ける様な節もあり、次第に気持ち悪さや胡散臭さは薄れていった。


「前提として、UGは自然発生はしない。これはまだあまり調べがついてない僕にも言える。そもそも自然にUGが発生してたら、日本の人口はごっそり減っている筈だからね」


「ちょっと待て。人口が減る?どういう事だ?」


「あぁ…それはね。UGに魅せられて、そのまま取り込まれてしまうんだよ。まぁ、過度に巻き込まれた場合だけどね」


取り込まれる。あの【世界】に。取り込まれた先には何があるのだろう。絶望か希望か……


「過度に巻き込まれる以外にもUGを現実だと思い込んでしまったりすると取り込まれてしまうんだよ。というのは、絵梨奈さんから聞いたんだけど」


絵梨奈の受け売りだったらしい。そういえば絵梨奈は【非適合者】だと言っていたが何故その事を知っているのか。


「絵梨奈はなんでその事を知ってる。それは内部に入らないと分からないだろう?」


少しの間を置いて、絵梨奈の口が開く。


「え…………………?」


耳を疑った。ここであの人の名前が出てくるとは思わなかったから。


絵梨奈はこう言ったのだ。


「貴方の母親。葉山美姫さんから聞いたんです」


葉山美姫。


俺自身は覚えていない俺の実の母親。真衣子からは凄く美しい人だったと聞かされていた。


確か、お袋は―――


「…………!?」


今何かを思い出した気がした。朧気な記憶の残梓。でもそれは以前と同じく儚く消えた。

「なんで、お袋の名前が出てくるんだ…」


俺は絵梨奈に少なからず不信感を抱き始めていた。一体お袋から何を聞いた?お袋と絵梨奈の繋がりは?お袋はアンダーグラウンドについて知っていたのか?聞きたい事は山ほどある。


「私の父が美姫さんとはかなり親しい間柄でしたもので。美姫さんはよく私に【夢の世界】のお話をしてくださいました。そこはなんでも自分の思い通りになる素晴らしい【世界】だと、まさに【楽園】だと」


楽園。素晴らしい世界。


それは今まで綾人や絵梨奈が説明してくれたものとは真逆の世界。


理想郷。


「今にして思えば美姫さんはアンダーグラウンドに魅せられていたのでしょうね。そのうち痛々しい程に美姫さんの様子が変わっていきました。譫言を呟きながらフラフラと歩き回り、時に狂った様に笑いながら暴力を奮ったり。それがアンダーグラウンドに魅入られた人間の末路です。そして美姫さんと貴方の父親・良輔さんは貴方を乗せた車ごと、果てない理想郷を夢見て、逝ってしまったのです」


あの事故はお袋がアンダーグラウンドに魅入られて起こした事故だったらしい。あくまで絵梨奈が言うにはだが。


そこまでアンダーグラウンドには強烈な物があるのだろう。


人間をいとも簡単に狂わせる様な何かが、だ。


絵梨奈の話は、一旦幕切れの様だった。未だに俺の記憶は戻らず、世界についても少しだけしか理解していないが、なんとなく分かってきた。


交通事故の話を聞いてもどこか他人事だったのは、気のせいだと思いたいが。


「あまり長い話をするのも酷でしょうから、またお会いしましょう。連絡先教えてください。それと何か異常があったらすぐに連絡を」


携帯を取り出し、赤外線で連絡先を交換。


「修平さん。アンダーグラウンドに魅入れないように気を付けて下さい。あの世界でどんな事があってもです。既に貴方は短時間に2回も巻き込まれています。そろそろ牙を剥く頃合いでしょうから」


「ああ、気を付ける。今日はありがとうな」

「えぇ。では、また。ごきげんよう」


荘厳な扉が閉まる。外はすっかり暗くなっていた。


「いい娘だっただろう?絵梨奈さんは」

「まぁ、な…」


話を聞いている中で、信じてみてもいい気がしていた。彼女だけは。


あの娘は嘘をつかないという確信が俺の心の中にあったからだ。だからこそ残酷な真実をつきつけたのだ。


今の俺には他人事だけど、記憶が戻ったら俺は………


自分を、保てるのか?


お袋みたいに壊れたら?


(取り戻したくは、ないかなぁ………)


今のままで良いのかもしれないけど、いずれは全部思い出すのだ。


それがいつかは分からないけれど。


絵梨奈の家を後にした俺と綾人は帰途に着いていた。


「そういえば、俺の記憶の取り戻し方がどうこうって言ってたよな?」

「言ったけど……やっぱりそれは自分で見つけて貰った方がいいかもしれないから僕は口を出さない事にするよ」


なんなんだよ、コイツ……………


俺には取り戻し方の検討も付かないっていうのに自分で見つけろなんて、無理な話だろう……


いや、アンダーグラウンドなら可能なのか………


だが、絶対に魅入られるのだけは避けなければならない。狂いたくはないし、ましてや死にたくもないし、まかり間違っても真衣子や明美や美鈴を殺したりもしたくはない。必要以上に干渉はしたくないが………いつ生まれるのか予測出来ないのは痛いな。


「まぁ、いいよ。大まかなところは分かったから」

「僕もまだ調査し始めたばかりだからさ。概要しか掴めていないんだ。何かあったらいつでも呼んでね」


絶対呼ばねぇ、と心に誓い、綾人と別れ自宅に向かった。


「ただいまー」


家の扉を開けると、水が流れる音がした。美鈴の姿は見えないが風呂だろうか?


「美鈴ー?」


「おかえりー。お兄ちゃん。ご飯作ってあるから~」


やはり風呂に入っていたようだ。俺はキッチンに向かう。鍋が置いてある。何を作ったんだろう…


蓋を開けてみると、そこには真っ白な……


「…………シチュー、か」


美鈴の得意料理シチュー。お袋が得意だったようで美鈴はそれをよく真似て作っていたらしい。味はまあまあ。


火を入れて暖めているうちに、美鈴が風呂からあがってきた。


「シチュー作ってみたんだ~」

「得意料理だもんなー………ん、あれ?前食べた時より美味くなってる…?」


少し味付けが変わったのか、普通に美味い。色々と研究しているのか。


「そりゃあね。何度も作ってるからさー。慣れたんだよ」

「腹減ってるから全部食うぞー」

「あたし食べたからいいよ。食べ終わったら洗っといてね」

「おーう」


予想以上に食が進み、あっという間に完食。食器と鍋を洗い、ソファに座る。


(明日からいよいよ授業開始か……)


本格的な学生生活が始まるのだ。少しばかり期待と不安があるが、心配はないだろう。


アンダーグラウンド以外には。


翌朝 左久良高校―


「おはようー」


昨日は家に帰ってシチューをたらふく平らげて、すぐに寝たのでかなり気分は良い。やはり人間に睡眠は必須だ。寝過ぎも良くはないが。


少し早い時間だったからかもしれないが、教室にはまだ数人しかいなかった。


真衣子は遅れて来るそうで、俺1人での登校だ。


「やぁ。修平君」


朝からコイツの顔を見ないといけないなんてな…


関わりを持ってしまった自分が恨めしいがそれも今更だ。


「よぉ。綾人」

「今日から授業始まるね。といってもガイダンスだろうけど」


そうだった。今日から授業なんだ。


「ガイダンス、ねぇ…めんどくさそうだなぁ」


鞄を机に置き、椅子に座る。


「まぁ、適当に聞きながしてれば終わるよ」「だろうな……」


これがこれから毎日が続くと思うと、憂鬱になる。苦行にも等しいが乗り越えれば……


「おっはよ~う!」


うるさい奴が来たようだ。


いつものテンションの明美だ。相変わらず元気な奴だな…


「おはよう。明美」

「おはよう。明美さん」

「2人ともおはよう!…って真衣子は?」

「遅れて来るってさ」


アイツが遅れるというのも珍しい気がするが、何かあったのだろうか。メールの文面を見る限りはいつもと変わらないようだったが……


「遅れるのかー。まー、まだ早いからねー」

明美はクルクルと回りながら、椅子に座り、そのまま眠ってしまった。昨日寝れなかったのかもしれないが、起きるのか?これ……


教室が静かになったところで、綾人が話しかけてくる。


「修平君。ちょっといいかな」


何かを気にしている様な感じで。


「あぁ……いいけど、どうした?」


大方察しはついていた。どうせアイツの事だろうと。


「真衣子さんの事なんだけど……」


ほらな。


予想通りだよ…


「で?なんだよ」


不機嫌さを隠さないまま、綾人と廊下へ。


「真衣子さんからのメールの文面を見せて欲しいんだよ」


文面?大して重要な事は書いてなかったが……


携帯を取り出しメール画面へ。一番最初に表示されたのが真衣子からのメールだ。


「これだけど……」

「……………」


内容は「少し遅れるかもしれないから、先に行ってて!」という何の変哲もないものだ。だが綾人はその文を見て、


「遅れる、かもしれない……か」


どうやらその一文に何かを感じたらしい。確かに俺もそこは少しおかしいと思ったが、違和感は無い、筈。


アイツにも何かあるのだろう。


「……………すまない。思い違いだったみたいだよ」


結局そういう事だったらしい。携帯をしまい、教室に戻る。


もうすぐ授業が始まる。担任が来る前に席についてないとドヤされるからな。


小走りで席へ向かう俺に綾人が小声で耳打ちしてきた。


「アンダーグラウンドの事については僕と絵梨奈さん以外には話さないでね」


今更忠告か。明美はともかく、真衣子は【適合者】だ。いずれ感付かれそうだけどな……


「あぁ。分かったよ」


まぁ、言う事は聞いておく方が良いだろう。


真衣子は結局午後になってから学校に来た。何をしていたか問い詰めると、笑いながら


「いやいや、月宮さんの家に朝突然お呼ばれしてさー。間に合うかどうか分からなかったから、遅れるかもしれないって」


と言った。なるほど、つまり何の心配も無かった訳だ。いや待て……月宮って…


「絵梨奈さんの家に呼ばれたって…どういう事だい?」


俺が聞く前に既に綾人が聞いていた。


「あー。えっとね………なんだったかな……」


忘れてるよ………………


「ま、まぁ、いいじゃない!ほらご飯食べよう!」


真衣子はそう言って食堂へ向かった。釈然としない感じだ。


誤魔化した、とは考えたくないけれど、俺はその考えを捨てきれなかった。


学校が終わった。しかし6時間というのは長い。途中何度も寝たような気がする。授業の内容すら覚えていない。真面目な授業態度とは言えないな。


「寝過ぎでしょ…修平」


ほら、引かれてる。昨日気持ちよく寝たんだけどなぁ…


寝過ぎたか?


授業を終えた俺達は、部活に向かった明美を置いて、下校していた。ちなみに綾人は既に教室にいなかった。何処に行ったのだろう。


「あのさ……修平」

「ん?どした?」

「ちょっと時間ある、かな…?」


上目遣い。少しだけ染まった頬。これは何か危ない発言でもする気だな…?中3の頃にも1回だけこの顔を見た事がある。絶対に何かをしでかすんだよ、この顔した時…


「あるけど、なんだよ?」

「……………………ト、しよ」


声が小さくて聞こえづらい。


「すまん。もう少しはっきり言ってくれ」


一拍置いて、真っ赤になった顔の真衣子はこう言った。


「デート、してくれないかな」





は?


「デート、してくれないかな」


赤面しながら小声で言う真衣子。それなりに勇気のいる事だったのか、若干身体が震えている。一声かけてあげるか。


「お前、頭打ったのか?」


(……………………………………はっ!)


「いやいやいや、すまん!!!俺がどうかしてた!!!今のは忘れてくれ!!!」


咄嗟にフォローはしたが言ってしまってからでは遅い。完全にやらかした。というか頭打ったかも…………


「……………私変な事言った?」

「へ?」

「なんだろう……忘れて今の!」

「あ、あぁ…」


あれ?何だか一方的な展開に……


気まずい沈黙。こういう時はどうすればいいんだろう。今までこういう事なかったから対処方が全く分からないのだが…………


結局、その後は一言も話さずに帰宅した。


今にして思えば、この時デートに誘っておけば最悪の事態は免れた筈だったのだが、そんな事に気づく訳も無かった俺は、妙な蟠りを抱えながら1日を終えた。


翌朝 左久良高校―


「真衣子さんがいない…?」

「朝家に見に行ったけどアイツいなかったんだよ。メールしても返って来ないし、電話も通じない」


朝っぱらから異常事態。真衣子が消えた。それを綾人と明美に話す。


「いないって……行方不明ってこと?」

「そうだろうね…………メールも電話も通じないのなら連絡の取りようがないか……修平君、何か心当たりは?」

「そんなもんある訳ないだろ…………!」


あったらとっくのとうに見つけてる。どうすればいい。くそっ…!


「なら町じゅうを探し歩くしかないね。幸いこの町はそこまで広くない。きっと見つかるさ」


それしか方法がないならそうするしかないが、見つかるのだろうか。保証はどこにもない。


「探さないで諦めるよりは必死に探した方が良いだろう?」


コイツの言う事は至極もっともだ。精一杯足掻いてみるしかないようだ。


「よし。明美、綾人頼んだ。手分けして探そう」

「うん!」

「分かった。僕は駅前を探す。明美さんは商店街の方を、修平君は市街地を頼むよ」


担任に許可を取ってから、校門を出る。空はどんよりと暗い。


「ひと雨、来そうだな…………」


どこか不吉な感じがした。


探し続けて30分は経っただろうか。未だに誰からも見つかったという連絡は来ない。市街地の方は大分探し終えた。


(この付近にいそうにないし……他の場所に行くか…)


しかし、駅前も商店街も既にアイツらが探し尽くしている。それ以外に真衣子が行きそうな場所は…………


脳裏に何かがチラつく。


(……………まさか)


思い出したのは、小さい頃によく遊んだ裏山。そこは真衣子と俺の秘密の場所だった。秘密基地を作って、2人であの山を冒険して――


その瞬間俺は駆け出していた。


真衣子は、そこにいる。


絶対にいる。


そう思いながら必死に走って、山道を登り、その場所に辿り着いた。


「変わってねぇなぁ………」


そこにあったのは俺と真衣子が作った秘密基地。綺麗に残っていた。そして、一番高い矢倉の上に、真衣子がいた。


だが何かが違う。後ろ姿はいつもの真衣子だ。何と言えばいいのだろう。まとわりつく雰囲気が違う?


あれは、本当に【真衣子】か?


いや、見間違えようがあるか。あそこにいるのは真衣子以外の何者でもない。確かに俺の幼なじみの加藤真衣子の筈だ。


でも、なんなんだ。この胸のざわめきは。

話しかけたら全てが終わるような気がしてならない。


携帯を取り出す。綾人と明美に「真衣子を見つけた。場所は裏山」とメールを送る。しばらく木陰で休んでいると、2人が息を切らしながらやってきた。


「真衣子さん見つかったのかい?」

「あの矢倉の上だ」


指を指す。時間はかなり経った筈なのに胸のざわめきは激しさを増している。


目の前にいるアイツは誰だ?


どうみても真衣子だろ?


なら、大丈夫じゃないか。


心配する事はないじゃないか。


なのに………


「真衣子さん。ここにいたんだね」


綾人が矢倉の上に登りながら真衣子に話しかける。


「…………………………?」


真衣子が振り向く。


怯えている…?何に…?


「真衣子さん。帰ろうか」


綾人が差し出した手を、真衣子が払う。そして、


「………近付かないで下さい」


と一言。


「真衣子さん?どうしたの?」

「近付かないで下さい!」

「おい……真衣子お前……!」


口を出してしまった。出さなければ良かったのに。


真衣子は他人を見るような目で、残酷な言葉をその口から放った。



「貴方は誰ですか………」



え…………………………?



「貴方達誰なんですか?何で私の名前知ってるんですか?」



今の言葉が本当なら真衣子は俺達の事を忘れている?



(どういう事だ。何で忘れてるんだ。1日で?あり得ないだろ………)


頭の中がぐちゃぐちゃだ。足が震え出す。汗が噴き出す。どうなってるんだ。一体何がどうなって…


「………………まさか、いや、そんな…」


綾人の声が耳に入る。


「修平君。多分真衣子さんは………」


その一言は真衣子の一言よりも強烈に頭に残った。







「真衣子さんは、記憶を消されたんだ」



3rd chapter end...next 4th chapter 壊れて 崩れて

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