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under ground  作者: 七瀬
3/4

2nd chapter 生まれゆく世界と壊れゆく世界


またひとつ【世界】が生まれた。


僕は微かにその音を感じ取った。


いつも僕は外側にいる。内側には、入れない。


絶対に。


感知出来たとしても、関与出来ないんじゃ意味がない。


更に悪い事に案外【世界】は脆く、すぐに崩壊する。



ほら、また【世界】が生まれ始めたよ……



2nd chapter start...


何が起きたのかすら分からなかった。突然世界から色が消え、人も消えた。


明らかに異常。異質。


これが夢なのだとしたら醒めて欲しかったが、そんな筈がなかった。紛れもない【現実】だ。


いや、俺にとっての【現実】はもう……


「何?なんなのよ!?」


美鈴は怯えていた。誰だって怯えるだろう。普通に生きていたらこんな事は経験しないのだから。


ふと時計を見る。時計は、昼の1時半で止まっていた。


どうやら時間は止まっているようだ。一体ここは何処だというのか。既に【現実世界】で無い事は分かった。だが【現実世界】では無いとしたならそれは【異世界】・【別世界】なるものなのだろうか。


違う気がする。


「美鈴。取り敢えず落ち着くんだ……」


そういえば真衣子や明美はこの世界にいるのだろうか。学校はどうなっている…


どうしても気になってしまう。だが美鈴を家に1人で置いておくのは心許ない。


「うん……」


深呼吸。焦りは消えたようだ。


「美鈴。俺は他の人間がいないか探しにいく。お前も来るか?」

「行くに決まってるじゃない」


ふてぶてしい態度は崩さない。美鈴のスタンスだ。


「よし……行こう!」


目的地は学校。多分真衣子や明美がいるとしたらそこだ。



なぜ俺は冷静に思考を巡らせていたのだろうか。だかその疑問はすぐに消え失せた。


それが【異常】であることも知らずに。


「着いた………」


左久良高校正門前。不気味な程に静かだ。昼間だというのに。


そういえばまだ試していない事があった。


「なぁ、美鈴」

「ん?どうしたのお兄ちゃん」

「携帯もしかしたら使えるんじゃないか?」「試してみる価値はありそうだけど………」

俺はズボンのポケットから携帯を取り出す。

「畜生………圏外か…………」


携帯は通じないようだ。やはり隔離されているのか。


電話やメールといった方法は使えない訳だ。学校の中に入るしかないが、今は私服だ。いや、問題ないか……


「中に入って探すしかないな…」


と、足を踏み出したところで、


何かがひび割れる音がした。


亀裂。


それは段々と広がりそして―



「…………………戻った?」


目の前にはいつもの賑やかな学校の姿がある。携帯も繋がる。


どうやら戻ってきたらしい。


結局真衣子や明美があの世界にいたのかは分からなかった。またあの世界に巻き込まれる事があるのなら、次こそは…………


あれ?


俺は今何を考えた。


次こそは……?


馬鹿じゃないのか……?


徐々に自分がおかしくなっていくような気がしていた。楽しめるようになったらおしまいだ。もうまともな人間としては生きられなくなる。多分、混乱しているんだ。


そういう事にしておこう。


と、携帯が震えた。


『着信:真衣子』


「もしもし?真衣子か?」

『うん、私。あのさ修平』


どこか焦っているような声。何かあったか?

「どした?」

『さっきまで、変なとこにいたんだけど…あれなんなの?』


変なとことは……変なとこ……!?


「色はあったか?それと時間はどうなってた?あと、携帯は通じたか?」

『色は…灰色で………時間は止まってて、携帯は通じなかったけど……」


俺がさっきまでいたあの世界と同じだ。やはり真衣子もいたのか。


「俺もさっきまでいたんだよ。そこに」

『え!?修平も!?…………どういう事なんだろう……』


真衣子にも同じ現象が起きた。法則でもあるのだろうか。だがそんなものは感じられない。あるのはただ無機質な…………


無機質な………………………………


突如、俺の脳裏を何かが掠めた。


(病室……?これは……機械か……?チューブ……………俺はこれに繋がれて…………)

それは、病室の光景。1人の女性がベッドに横たわり傍らである機械から伸びるチューブに繋がれている赤ん坊を見つめている。


(生まれた時の記憶……?なんでこんなものが…?)


その光景は一瞬で消えた。


何か意味があったのか。まず何故生まれた時の記憶だけ思い出したのか。赤ん坊の頃なんて理性は無い筈なのに。


まるで【異常】じゃないか。


『どうしたの?』

「いや、なんでもない。取り敢えず真衣子にもあの現象は起こったんだな。それについては今度ゆっくり話そう。じゃあな」


一方的に電話を切った。



「美鈴。帰るぞ」

「え、あ…うん」


あの世界が無くなったのなら当初の目的は消え失せた訳で、こうなると家に帰るしかないのだった。


家に帰ったところで特にする事もなく、暇を持て余した俺は美鈴を家に置き、真衣子と話をする事にした。


真衣子の家は俺の家から少し離れたところにある普通の一軒家だ。辿り着いた俺はチャイムを押す。


「はーい」


聞き慣れた声。


「よぉ」

「修平か…どうしたの?」

「さっきの事について話をしたくてな…」

「取り敢えず入って」


案内されるがままに真衣子の部屋へ。何回か来た事はあるが女の子らしいシンプルな部屋だ。


「じろじろ見ないでよ……」

「幼なじみだからいいだろ……」

「うっ…!こういう時だけ……」


無駄な話はここまでにして本題に入る。俺は真衣子にさっきまでの出来事を詳しく話した。すると、


「妹いたんだ。知らなかった」

「食い付くとこそこかよ……まぁ、言ってなかったからな。今度紹介するよ」

「でさ、その灰色?の世界ってなんなの?」「分かってたら話に来ないだろ。多分あれは現実じゃない。だったら異世界か別世界かと考えたんだけど………」

「それもなんか違う、と」

「ああ」


あの世界は異世界という雰囲気ではなかった。あくまで目の前の光景は俺達がいたこの町な訳で……


「もしかしたら夢、だったのかもね」


真衣子がふと呟いた。


夢………は起きている時に見るのだろうか……


「起きている時に見る夢なんかあるのか?聞いた事はないけど」

「白昼夢とか明晰夢ってやつかもね」


白昼夢…………


聞き慣れない単語だった。調べてみるか。


「真衣子。パソコン借りるぞ」

「うん。いいけど変なサイト見ないでよ?」

webを開き、白昼夢で検索。すると


『白昼夢:目覚めている時に見る現実味を帯びた非現実的な体験』


と、出てきた。


さっきまでの状況はまさにこの白昼夢という言葉に合致する。非現実的な体験…その通りだ。


「白昼夢?…あれが?」

「それを俺達は同時に体験した事になるな……」


偶然、なのだろうか。同じ時間に場所は違えど白昼夢を体験するなんて……


事例などを色々調べてみたが、そのような記述は見つからなかった。


「珍しい事に立ち会ったってだけだねー。生きてればこんな事もあるんだね」


気楽そうに真衣子は言うが、俺は何か特別なものがあの状況を作り出したのではないかと疑っていた。確証は取れないが、多分。


そういえば、明美は体験したのだろうか。


「明美に電話してみる」

「え?なんで?」

「体験したかどうか確かめるだけだ」


要するに気になって仕方なかっただけなのだ。


「もしもし。明美か?」

「あれ?修平どうしたの?」

「聞きたい事があってな…」


俺は明美にさっきまでの出来事を話した。


「へ?何それ。マジで言ってるの?あはははは」


笑われてしまった。どうやら当てが外れたようだ。


「マジだって…。笑われる筋合いはないよ」「ふーん。話したい事ってそんだけ?」

「あぁ」

「まあ、今度学校でゆっくり聞いてあげるよ。じゃね」


終始笑っていたな。信じていない、という事か。


「あいつは巻き込まれなかったみたいだ」

「そう……なんで私達だけなんだろう」

「それが分からないんだよな………」

「考えても分からないんなら考えないでいいかもね。また巻き込まれたらさすがに考えなきゃだけど、そんな事あるわけないしねー」


二度目は無いと思いたいが、それは無いとは言い切れないのがもどかしい。おもむろに真衣子が立ち上がる。


「これで話は終わりね。あ、修平ちょっといい?」

「終わりだけど、なんだ?」

「ちょっと買い物に付き合って欲しいんだけど」


何を買いにいくのだろうか。それを聞く前に真衣子は外に出て行ってしまった。


真衣子と俺がやってきたのは学校に程近いショッピングモール左久良だ。店の数も多くとにかく広い。映画館やボーリング場まであるのだから驚きだ。


しかしわざわざショッピングモールまで来て何を買うのだろう。それを真衣子に聞いてみたら、真衣子はこう答えた。


「実はさ、生徒会から頼まれてね。備品を買ってきてほしいって」

「備品?なんの」

「学校行事…えっと確か球技祭だったかな…」

「ボールとかか?」

「そう」


なら別に他の場所でも買えた筈だが……


「一ノ宮先輩がここで予約してたみたいで」「あぁ……」


納得がいった。あの先輩からの頼みだったのか。ふと真衣子のあの顔を思い出した。殺意に溢れた視線。何かを噛み殺した様な。でも今は普段通りだ。あれはやっぱり見間違いだったのだろう。


「ここね」


でかい。ひたすらでかい。大規模なスポーツ店だ。なるほど、ここなら備品なんて簡単に揃う。


「真衣子。お金とかって」

「経費で落とすから」

「そうか。で、備品は?」

「店員さんに言えば分かるって先輩が言ってた」


なんか大体分かってきたぞ。俺を呼んだのは単に人手が欲しかっただけか。少し期待した自分が馬鹿らしい。


「すいません」


真衣子が備品を受け取りに行く。しかしこんなにでかいスポーツ店を見たのは初めてだ。店内を覗くと何人かうちの学校の生徒もいるようだ。愛用されているのだろう。俺も部活に入ったらここ使うか…などと考えていると真衣子が戻ってきた。


「修平。手伝って…半端ないよ備品……」

「え?」


半端ないとは、一体どれ程なのか。真衣子に連れられて、俺は店の奥へと進んでいく。徐々に見えてくるのはボールやらグローブやらラケットやらの……………


「……………………………」


言葉が、出なかった。


そこにあったのはおそらく球技祭とやらで使われるであろう備品の山だった。2人で持って帰れるような多さではない。いくら学校が近いからと言え、この量を押し付けてくる生徒会長には些か怒りを覚える。


「ちょっと先輩に電話する」


無表情でそう言い放つと、携帯を取り出し電話を掛けた。


(いつ電話番号交換したんだ………)


「あ。もしもし。一ノ宮先輩ですか?」

「備品受け取りに来てるんですけどなんですかあの量」

「いや今修平と来てるんですが2人で持ち帰れる量じゃないんで先輩も来てください」

「はぁ!?いやいやそんなのはいいですから早く来てください」

「急いでくださいね」


(あ。切った)


電話し終えたらしい。


「で、なんだって?」

「詳しい話は後でって。もう少しで来るみたい」

「結局来るのか……」


最初から来いよと思ったがそれは口に出さない。


「ま、待ってようぜ」

「そだね」


10分程待つ。


「おー!悪い悪い!」


左久良高校現生徒会長、一ノ宮貴文先輩が手を振りながら俺達の元にやってきた。


「こんにちは。先輩」


取り敢えず挨拶。


「おう。修平も来てるって真衣子ちゃんから言われてな。少々こっちもたてこんでたんだが、急いで来いって言われちまったからさ」

何で小声なのだろうか。真衣子に聞かれたくないからか。


「一ノ宮先輩に色々言いたい事あるんですが、備品運んでからにしますね」


にこやかに微笑み真衣子が言う。あれは絶対にキレてるな………


「しっかし、学校の備品全部買い換えるとなると大変でな。ボロボロのやつしかなかったからさー」


「先輩。今なんて…」

「ボロボロのやつしか」

「その前です」

「学校の備品全部…?」

「全部って…」

「球技祭に使う備品全部って事な。つうかグダグダ言ってねえで運ばねぇと終わらないぞ」


先輩の言葉に従うしかないな。後で真衣子と共に問い詰めよう。そう心に誓ったのだった。


運び出すとは言ったものの、どうやって学校まで持って行くのか疑問だったがその疑問はすぐに解決した。


「なんです、これ」


ショッピングモールの駐輪場に一際大きな車輪を付けた自転車の様な物が停めてあった。後輪部分にかなりの大きさの箱が取り付けてある。


「少し改良して荷物を運べるようにしたんだよ。結構入るんだぜ……よっと!」


あの量の備品が入るのだろうか。さすがに無理がありそうだ。


「これで全部ですね。先輩帰っていいですか?」


疲れきった顔の真衣子が言う。


「帰っていいぜと言いたいとこだけど、すまんがもう少しだけ付き合ってくれよ」

「まだ何かあるんですか?」

「備品を整理しなきゃなんねぇ。ま、すぐ終わるさ…よしっ!全部入ったな」


どうやら全部入ったようで、先輩は俺達に学校に来るように言い、自転車を漕ぎ始めた。

「行くか……」

「だね」


先輩の手伝いはまだまだ続きそうだ。


学校に着いた俺達は先輩に呼ばれ、備品を整理していた。球技祭までは倉庫に保管しておくらしい。古い物は処分し、新しい物を入れる。


「やっぱり後輩がいると心強いな。仕事が捗る」

「そうですか……先輩。私が電話しなかったら来なかったでしょうに」

「いや、整理は手伝うつもりだったんだがな……しかしこんな量だとはな」


少し引っ掛かる発言だ。まさか先輩が注文した訳じゃないのか?


「一ノ宮先輩。こんな量って…先輩が注文したんじゃないんですか?」

「ん?あー。これ会計の奴等に任せてたからな……多分あいつらの独断だな、こりゃ」


そんな事でいいのだろうかこの高校の生徒会は。いや、会長自体がこんな人な訳だし仕方ないのかもしれない。自由を重んじる校風だった気もするし。違うかもしれないが。


「ま、予算自体は有り余る程あるから問題ないんだけどな。めんどくさいから全部買い換えたんだろ」

「適当っすね」

「自由な校風だしな」


当たっていた。


「さてと。整理は終わったな。お疲れさん!」


そうこうしているうちに全ての備品を整理し終えた。


これで帰れる。なかなか疲れる1日だった。妹がやってきて、あの世界に閉じ込められて、先輩の手伝い…


充実していると言えば聞こえはいいけどな。

「じゃあ俺達は帰りますね」

「また何かあったら頼むな!」


一礼して、学校を出る。


「なんか、自由な人だな」

「自由過ぎるけどね」


呆れ顔の真衣子。でもそれは率直に抱いた感想だ。自由気ままに生きている。それもいいな、と思った。


そういう風に気楽に生きていれば、何かが変わる日が来るのだろうか。


変えられるのだろうか。


今の自分を。


自分自身を。


今すぐとは言わないけれど、少し希望が見え始めた気がする。


まずは、クラスの奴等と話をしてみよう。そうしたら何かが変わる筈だから。


「ただいまー」

「おかえり。お兄ちゃん」


手伝いを終え、帰宅した俺をエプロン姿の美鈴が出迎えた。


「何してんの?」

「お兄ちゃんこそ何してたの?」


靴を脱ぎ、部屋へ。すると何かの臭いが漂ってきた。キッチンを覗き見る。なんだこれは…黒いな……


「あ……えっとそれ失敗作だから!」


失敗作というかもはや何なのかすら分からない物体を捨てながら美鈴が慌てて言う。


「いや、何作ってたんだお前」

「な、何でもいいじゃない!!」


顔が真っ赤だ。こうみるとやっぱり可愛いな。口に出して言ったらぶん殴られるだろうが。


そこで先ほどの黒い物体の元となった材料が置いてあるのを見つけた。小麦粉に卵にベーキングパウダーに砂糖………大体予測はつくが、ホットケーキだったのだろうか。どうしたら黒くなるのか甚だ疑問だが、問い詰めない方がいいか。というかこの推測も合っているか分からないし。


やらせたいようにやらせておこう。


「まぁいいや。作り終わったら片付けとけよー」


言いながら2階へ。まだ夕方だが、しばし寝るとしよう。


また悪夢を見るのだろうか………


****/side


さて、彼はあの世界に飲み込まれつつある。

これは僕の推測だが、この後彼は何度も何度もあの世界を見る事になるだろう。そして彼は知るのだ。


生まれゆくあの世界は何なのか。


壊れゆくあの世界は何をもたらすのか。


でもまだ当分先の話だろうね。


それと彼女。彼女もあの世界に関わる一要因だ。


重要な、ね。



少々語りすぎたかな。僕はまだ関与するべきじゃない。


まだ、早すぎる。


じゃあ、彼の行く末を見届けようか。


「…………………」


悪夢は見なかった。いや、待て。何時間寝てたんだ俺は。帰ってきたのが16時で今は…朝の3時……


(あー………寝過ぎだわ……)


不規則な生活にも程がある。体調を崩すのも時間の問題か。


(今からまた寝るのもなぁ…)


半端な時間だ。寝るのもありか。どうせ真衣子が迎えに来てくれるし、な………


再び俺は眠りについた。


…………に…………ちゃ………


…………にい………ちゃん……


お…にい……ちゃん………!


(…………ん?)


声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。これは…………


「お兄ちゃん!!」

「ぐふっ!!!!!」


腹に衝撃が走る。少し遅れてじわじわ痛みが襲ってくる。


「なんで蹴るんだよ……」


ベッドの上には美鈴がいた。蹴った体制のままだ。


「起きないからだよ。何回も呼んだから蹴ってみた」


蹴ってみたとはなんだ。蹴ってみたとは。しかし凄まじい蹴りだった。まだ痛みが引かない。


「今何時?」

「6時」

「まだ早いわ。あと1時間寝る」

「起きろォ!!」


ドゴッ!!


「ぐふぅ!!!!」


また蹴りやがった。なんなんだ一体。


「ご飯作って」

「あ?」

「ご飯作って」

「なんだって?」

「ご飯作って」

「あー……………はいはい」


逆らうのは得策じゃないか。3回も蹴られたくはないのでいそいそとベッドから這い出て、階段を下りキッチンへ。


昨日の惨状などなかったようにキッチンは綺麗になっていた。ほぉ…なかなかやるな。


さて何を作るか。冷蔵庫を開けてみる。卵と…ハムがあるな。ハムエッグでいいか。


フライパンに油を敷き、卵を溶かす。先にハムを焼き、卵を載せて皿に盛る。この程度なら10分も掛からずに出来上がる。


付け合わせにちょっとしたサラダと白飯。簡易的ではあるが完成だ。ちなみに2人分。


「美味しそう……」


美鈴はキラキラした瞳で俺が作ったものを見ている。


「早く食え。冷めちまうぞ」


2人揃っていただきます。うむなかなか美味い。ま、これぐらいだったら誰にでも作れるか。美鈴は例外だが。


無我夢中で朝食を貪る美鈴を見ていると、こういうのもいいなと密かに思ってしまった。


朝食を食べ終えた美鈴は学校に行った。


そして俺はというと三度眠りについていた。と言っても横になっているだけで、目は閉じていない。


最近あの悪夢は全く見ないし、あの世界に閉じ込められたのも1回きりだ。でも嫌な予感は常にまとわりついている。拭う事は出来ない。


近々何かが起こりそうなそんな気がするのだ。


なるべく考えたくはないんだけどな。


切り替えよう。


悪い事ばかり考えずに、これからの事を考えるんだ。


「おっはよ~ん!」


朝から騒々しい奴だ。もう少し静かに挨拶は出来ないのか…


「おはよう明美」

「あけみんおっは~!」


時間通りに真衣子と登校。端から見たらカップルに見えない事も無い俺達だが、俺にも真衣子にも恋愛感情は無い。コイツとは一生付き合える友達でいたいのだ。


「何でお前はそんなにテンションが高いんだ…………」

「え?むしろ低い方がおかしくない?」

「おかしくない」

「えー?」


可愛らしく首をかしげる明美。なんだろう、コイツの中では何かが根本的に違うのだろう。常識とかそういうのが。


席について教室を見回してみる。さすがに3日目ともなると入学当初の独特な緊張感は成りを潜めていた。その中で俺の目は1人の男を捉えていた。


髪は肩ぐらいまであり、柔和そうな表情を浮かべ本を読んでいる。体格はそれほど細くもないが、筋肉質という訳でもないいわば普通。だが何か違和感がある。あの世界と似たような………


(……………!?)


すると俺の熱烈?な視線に気付いたのか本を閉じて、こちらに向かって歩いてきた。


「やあ。君達は同級生だったのかい?」


第一声。聞きやすい声だった。それにしても近くで顔を見ると、妙に美しい感じがする。変な意味ではなく純粋に。つまり絵に描いたような美少年と言った方が分かりやすいか。

同級生だった、と一発で看破する辺りも……少し怪しい。


つうか明美以上の慣れなれしさだ。俺はこういうタイプの人間があまり好きじゃないので出来れば関わりを持ちたくないし話したくもないわけで、つまり俺がコミュ障なのは明美の…


「そだよー。中学校からのね」


明美の……………………………


もう何もかも遅かった。


明美のせいで謎の男が会話に加わったわけだが俺は一言も喋らずにいた。得体の知れない奴との会話はしない。俺のモットー(言い訳)だ。


「なるほどね……やっぱりか」

「なんか前から知ってたみたいだね。もしかして気になってたり?」


ニヤニヤしながら会話する明美。真衣子も明美の隣で笑いながら聞いている。俺は、というと極力会話に参加していない感じを醸し出しながらも会話自体は聞いている状態だ。正直今すぐにでも逃げ出したい。


「入学式の時から気になってはいたんだけどね。なかなか話し掛ける勇気が出なくてさ。で、そこの彼に見られててね。あっちも気になってるみたいだったからいいチャンスかな、と」


(気になってたのは事実だけど………何がいいチャンスだよ……やべぇ、殴り飛ばしたい…)


思考があらぬ方向へとシフトしていくのを懸命に抑える。


「そういえば自己紹介がまだだったね。僕は、神崎かんざき 綾人あやと。綾人でいいよ。君達の名前は?」


「私は加藤真衣子。で、こっちは葉山 修平」


(勝手に紹介するなよ…)


「あたしは澤村明美!よろしく綾人君!」


既に3人は打ち解けたようだ。


「うん。修平君に、真衣子さんに明美さんだね。これからよろしくお願いするよ」


これが奇妙な男・神崎綾人との出会いだった。


結局俺は綾人とは一言も言葉を交わさずに帰宅した。クラスの皆と打ち解けようと決意はしたものの、やはり綾人とは性格的に合わない。まぁ、まだ合わないと判断するのも早計だとは思うがあまり関わりたくない人種だ。


何かを見透かしたような顔。


妖しい笑い方。


何かを知っているような目。


全てが気にくわない。


だが、真衣子と明美が打ち解けてしまったのでもうどうしようもない訳だが……


「はぁ…………どうすっかなぁ………」


悩みが尽きないな…


家に着いた。ドアを開ける。


「ただいま………あれ?」


美鈴の姿が無い。そういえばアイツはまだ学校だったな。


階段を上がり2階へ。


こういう時は寝るに限るな。


制服のままベッドにダイブ。


「おやすみ………」




これが最後の休息になるとも知らずに、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。


ー****


彼女が何かを言っている。


だがそれは俺には聞こえない。


彼女の顔は涙に濡れている。


だがそれも霞んでよく見えない。


あの時彼女は俺に何を伝えたかったのだろう。


今となっては、思い出せないけれど。


多分、彼女は―


(今のは……………)


記憶のフラッシュバックだろうか。それはすぐに霧散して朧気になる。


これで2回目だ。今まではこんな事なかった筈なのに。


少し頭が痛い。


(ちょっと気分転換しに行くか……)


外の空気でも吸えば収まる筈だ。


1階に降りたところで、


「あれ?お兄ちゃんどっか行くの?」


帰宅していたらしい美鈴が何かを作りながら話しかけてきた。


「外出てくる………」

「ねぇ、お兄ちゃん顔色悪いけど大丈夫?」

美鈴が鏡を持ってくる。そこにうつっていたのはゲッソリとした顔の俺。


寝不足がたたっているのか目の下の隈もひどい。今にも倒れそうな感じだが、別段体調が悪い訳でもない。軽い頭痛がするだけだ。


「大丈夫大丈夫。じゃ、行ってくるわ」

「………気をつけてね」


外は夕暮れに染まっていた。


俺はゆっくりと街を歩く。こうして見ると意外と栄えているみたいだ。様々な人がいる。近くに商店街もあるからか賑やかだ。


しばらく歩くうちに見慣れない場所に来た。


(あれ?こんなとこあったかな…)


まぁ、帰れるだろう。心配はいらない。


見慣れない場所を歩いてみる。先ほどの庶民的な地区とは違い、ここは高級マンションが立ち並ぶ地帯らしい。セレブが集まるところな訳だ。


すると目の前に踏切が現れた。少し違和感を感じる。2年前までの記憶を遡ってもこんな場所に踏切は………


その思考は、ある光景により遮断された。


踏切の


真ん中には


俺のよく知る


アイツが


「…………………真衣子?」


その声がトリガーになったのか、踏切が鳴り始める。


(おい。真衣子。そんなところにいたら轢かれるぞ。何してんだよ…………!!)


俺は、駆け出していた。


駅から電車が発車する。


必死に駆ける。駆ける。


真衣子は動かない。その顔は、笑っている。


駆ける。


電車が真衣子に近づく。


駆ける。駆ける。


真衣子の唇が動く。何かを言っている…?

だが、聞き取れない。


駆ける。駆ける。駆ける。


もう間に合わないと分かっていても俺は―


駆ける。駆ける。駆ける。駆けて―


俺は線路に


飛び込んだ。


あと少し、


あと少しで手が届く。


(くそっ…………間に合え…………!)


真衣子は笑ったまま動かない。


電車の耳をつんざくような轟音がすぐ傍で聞こえる。


あと、5cm


(届けっ…………………!!)


真衣子だけは助けたい。俺は死んでもいいから真衣子だけは。


そう思いながら手を伸ばす。


(………………………………!?)


電車の轟音に紛れて、何かの音が聞こえる。


聞いた事の無い音。殻が割れるような…


突如、


視界が、ブレた。


(あぁ…………間に合わなかったんだな………………いや、待て、これは)


電車にぶち当たった訳ではなく、この【世界】そのものがブレている。


そして【世界】は【色】を失い、


【音】すらも失い、


(なんで……………このタイミングで……………!?)


最後に目の前の真衣子の姿と景色が掻き消え―


「嘘だろ……………………………」


呆然とする俺の前には、灰色のあの【世界】が嘲笑うかの様に広がっていた。



2nd chapter end...next 3rd chapter 記憶と追憶

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