FILE1 旅行計画
寒い‥なんて寒いのだろうか‥やはり冬という季節は嫌いだ。肌に吹き付ける風は痛みを伴い、雪は体温を低下させ、様々なやる気さえも低下させる。
月咲啓二は、雪の降る田んぼ道を一人、最新のウォークマンで音楽を聴きながら自宅への帰宅している最中だった。レザーコートのポケットに手を突っ込み、寒さから逃れようとしているが気休め程度だ。
吐く息は白く、啓二の周りでは雪を踏み締める音と、風の吹き荒ぶ音、ウォークマンから流れ出る僅かな音だけだった。
周りに人はおろか、車さえも走行していない。
ネックウォーマーを口元まで上げ、寒いな‥と独り言を言っている。
月咲啓二は、現在大学二年生の20歳。
得に不自由のない生活をしている普通の大学生だ。
その日は喫茶店のバイトで朝から夕方までずっと働いていた。
ただ、こんな雪の日に来る客なんて滅多にいないのでこの時期は暇なバイトだった。12月半ばといえば師走の時期だ。
世の中がなにかと忙しくなり、慌ただしく月日が過ぎていく。
やれクリスマスだ。やれ大晦日だ。やれ正月だ。と、様々なイベントが目白押しである。
啓二はその慌ただしさが嫌いだった。
世の中の慌ただしさに合わせるのが面倒臭かった。
そんな時のバイトが暇だった事は、ここ最近の慌ただしさから逃れるのに打ってつけだ。
バイト中も一通りの業務をこなしながら啓二は自分なりの安息を得ていた。
そんな時に、今日バイト先のメンバーから旅行に行かないかと誘いを受けた。
啓二のバイト先の喫茶店には、現在バイトで雇われている者が啓二を含め8名いる。男4人、女4人でシフトはローテーションしながらのバイトだ。
今日のバイトは啓二と、啓二のバイトの先輩である立花健。21歳。同じ時期にバイトに入った杉浦真里奈。20歳。これまたバイトの先輩である伊藤友里奈。22歳。そして自分より後輩である細川章太。19歳の計5人だった。
こんな日に客などほとんど来ない事はわかっていたが、今回の旅行の計画をする為に多めに集まっていたようだ。
『最近さ〜、私達どこも旅行とか行ってないでしょ?だからこの息の詰まりそうな日常から離れて一休みしようって訳!前々から行こうねとは言ってたけど、計画までいってなかったからねぇ。私、計画倒れは嫌だからさ。』
元気な話し方で見るからに明るい性格の友里奈が人差し指をピンと立ててテーブルに座りながらみんなに話し掛ける。
他4名はバイトの時間も終わり、客用のテーブルに喫茶店の制服姿で座って話を聞いている。
『賛成!俺も夏に友達とキャンプ行ってから旅行行ってないからなぁ。この季節だとやっぱスノボーするしかないでしょ!?』
章太が片手を上げて友里奈の意見に賛成する。
『俺も旅行には賛成。みんなの意見に合わせるよ。』
眼鏡をかけたいかにもおとなしそうな健も賛成の意を表す。
『私も賛成だよ。久しぶりに旅行行きたいなぁ。スノボーだってやってみたいしね。啓二君はどうするの?モチロン一緒に旅行行くよね?』
真里奈が丸い瞳で啓二を覗き込む。
『あぁ、俺も別に異義無しだよ。』
啓二も特に予定がなく、どうせ家でゴロゴロするよりかは、と思いこの旅行に行くことにした。
『よーし、みんな賛成ね。あとの三人はなんか彼氏や彼女と過ごすとかなんとか色々あって来れないらしい。だからメンバーはこの五人で。それでさ、今度の土曜日から月曜までの二泊三日にしようと思うの。』
友里奈がニコニコしながら計画の説明をする。
『それぐらいだったら丁度いいんじゃないか。んで場所はどうする?』
『でしょでしょ!場所は白馬でいいかな?そこだったら隣の県だし、近すぎず遠すぎずで丁度いいと思うのよ。』
『白馬かぁ。行った事ないから楽しみ!土曜日まではまだ日にちがあるからさっそく準備しなきゃね。』
真里奈が紅茶を飲みながら笑顔をもらす。
『よし!じゃあ俺も土曜日に向けて準備しよっと。』
章太が大きな声で喋る。
『月咲君、聞いてるのか?さっきからずっと外眺めてるけど‥』
健が首を傾げて啓二の顔を見る。
『ん?あぁ、すまない。話は聞いてるよ。俺も白馬は行った事ないから一度は行ってみたかったからな。』
啓二は先程からまた降り始めた雪を眺めていた。
風も微妙に強くなってきている。
その風に雪がまいあげられ、雪煙が見えていた‥‥
また帰りは寒くなるんだろうな‥
啓二はそんな事をぼんやり考えていたのだ。
『じゃあそうゆう事で!荷物は各自で確認してね。スノボーとかはかさばるからスキー場でレンタルでもすればいいでしょ?お菓子とか色々持ってきてねー。』
どうやら面倒臭い事が嫌いなのは友里奈も同じらしい。
『泊まるとこはどうするんだい?』
健が眼鏡を上げながら友里奈に質問する。
『ちゃんとメンバー決定したから今日予約入れるよ。実はもう泊まるペンション決めてたんだよね〜。』
ニヤニヤしながら友里奈が得意気に話す。
『それなら安心だ。じゃあ土曜日までには準備してればいいんだな。車はどうするの?』
啓二が友里奈に質問する。
『車決めてなかったよ!一番デカい車っていったら、やっぱり啓二君のワゴンでしょ!確か8人乗りだったよね?』
『あぁ、8人乗りだよ。てゆぅか俺のワゴンで行くのかよ!?』
啓二は免許を取った後、20歳になった記念に父親からこの車を譲ってもらったのである。
まだ2年しか使ってなく、比較的新しい。
『そうだよ。啓二先輩の車が一番大きいんだからそれしかないっしょ!』
調子よく章太が啓二の車を指名する。
『まだ冬用にタイヤ変えてないのに‥タイヤ交換面倒臭いなぁ。』
啓二が不満を漏らすがみんなからタイヤ交換ガンバれだの、一番デカい車に乗ってる不幸を呪えだのと散々な事を言われる。
『私が明日手伝ってあげるから一緒にタイヤ交換ガンバろうよ。』
真里奈が啓二の肩を叩きながら言う。
『さすが真里奈ちゃん優しいー!』
友里奈が真里奈を茶化して遊んでいる。
『わかった!わかった!タイヤ交換するよ!』
啓二はコーヒーを一気に飲み干して言った。
『じゃあそろそろお開きにしようか。俺はこれから用事があるからこれで失礼するよ。』
そう言って健は席を立つ。
『そうだね。長居しちゃマスターにも迷惑だし。お開きだね。』
渋く口ヒゲを伸ばしたマスターは別に構わないよ。と笑っている。
『じゃあみんな今度の土曜日に。』
手を振って健がドアを開ける。ドアについたベルがチリンチリンと音色を鳴らした。
『それじゃ私も帰るよ。色々準備しなきゃなんないし。みんなお菓子とか買ってきてよ。じゃあまた土曜日ね〜。バイバーイ。あ、啓二君はタイヤ交換ガンバってね〜。』
ニヤニヤ笑いを張りつけて友里奈は喫茶店を後にする。寒い中ジャンパーを着て帰ってゆく友里奈がだんだん小さくなっていった。
『じゃあ先輩方、俺も帰りますよ。ペンションとかで暇になるとあれなんでマンガでも探してきますよ。』
そう言って章太も喫茶店を出ていった。
『私達も帰ろっか。明日タイヤ交換ガンバろうね!』
真里奈がガッツポーズをして応援してくれる。
『ありがと。じゃあ明日の昼前に家来てよ。たぶんそれぐらいに始めると思うからさ。』
レザーコートを羽織りながら啓二が言う。
『りょ〜かい!じゃあ10時過ぎに行くね。ついでに昼からは旅行の買い物しようよ。』
『そうだな。ついでに行くか。タイヤ交換してくれるお礼に昼飯もおごるよ。』
『え!?いいの!?ありがとう!じゃあ帰ろっか。』
そして二人は喫茶店を後にし、それぞれの家路へと向かっていった。
寒さは益々厳しくなり、体の芯から凍らせる。
そして啓二は無事、自宅へと帰宅した。
『明日はタイヤ交換か。真里奈が手伝ってくれるからいいけどやっぱ面倒臭いな。でもどっちみちいつかはやんなきゃなんねぇんだからいぃか。』
そんな事を考えながらその日は過ぎていった。
まだ序章と言っていい所なのでFILE1にはホラーっぽい場面は皆無です。これからの展開にご期待ください。