第四章 1
第四章
一
新体操の試合当日。聖司は習慣となった、朝のジョギングに出掛けた。
聖美を助けた翌日から、家から二つ目の駅まで行き、そこから帰ってくるというコースを毎日走っていた。
「今日も気持ちいいですね」
隣には、梨々菜も走っていた。毎朝走ると梨々菜に話したとき、それでは、わたくしもと言いだしたのだ。
女と一緒に走るなんて、知っている奴に見られたらどうするんだと思ったが、断ろうとすると、あまりに哀しそうな顔をしたので折れてしまった。
「朝早いからいいけど」
実際、まだ一度も発見されていない。
「え?何か言いましたか」
「何でもない」
「聖司さん。だいぶ体力がついたのではないですか」
「そうかな」
初めの頃は、すぐに息が上がっていたのだが、最近は少しずつではあるが慣れつつあった。一方、梨々菜はと言えば、始めた頃から平気な顔で走っていた。横を走る姿を見てそう感じるたびに、走らなくても良いんじゃないかと言おうとするのだが、飲み込んでいた。梨々菜は自分のことを守るために、一緒に走っているのではないかと思えたからだ。
「今日の試合って、招待試合だろう?」
「はい。姫百合は全国常連の強豪校で、毎年行っているそうです」
「そうなのか。中等部がメインだけれど、梨々菜も気合いを入れて撮影してやるよ」
「はい。よろしくお願いします」
梨々菜の笑顔を見ていると、聖司も嬉しかった。
「あっ」
「どうかしましたか?」
「何でもない」
聖司は、真衣香との約束を思い出していた。
家に帰ると早速、光画部部員名簿で真衣香の電話番号を調べた。
「一、九と」
「はい。瀬名でございます」
母親らしい女性の声が聞こえてきた。
自分の母親と違って、とても優しそうな声に、聖司は緊張してしまった。
「も、もしもし。真衣香さんはいますか。あっ、僕は光画部の者です」
「部活動の方ですか。いつも真衣香がお世話になっております」
「い、いえ。こちらこそ」
「真衣香ですね。少々、お待ち下さい」
保留音が流れてくる中、聖司は溜息を吐いた。母親が出ることを予想していなかったから、かなり動揺していた。
「もしもし、先輩?」
「瀬名か。今日は暇か?」
「え?きょ、今日ですか?」
「ほら、前に約束しただろ。撮影に行くときは連れて行ってくれって。今日、新体操の試合が、隣町の学校であるんだ。一緒に行くか?」
「撮影ですかぁ」
「何か用事があるのか?」
聖司は、真衣香の声のトーンが下がったのに気が付かずに続けた。
「いえ、絶対に行きます」
「!」
突然の大声に、受話器を耳から離す。
「そ、そうか。じゃあ、九時半に駅前で待ち合わせだ」
「はい。分かりました」
受話器を置いた聖司は、耳を抑えながら真衣香のテンションの高さに首を傾げた。