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第三章 3

   三

 七月に入り、季節はすっかり夏になった。学校が終わって帰る頃には、汗で顔や腕がベトベトになって気持ちが悪い。帰宅した聖司は学生服を脱ぐと下着姿のまま、替えの下着を持って下に降りた。

「母さん。風呂入れる?」

「入れるわよ」

 聖司は聞くが早いか洗面所に入り、あっという間に裸になると、ガラリとドアを開けた。

「え?」

浴室いっぱいに湯気が立ちこめている中に、人影が見えた。

「聖司さんも、お風呂ですか?」

 湯気の中から、梨々菜の声が聞こえてきた。ドアから湯気が逃げて、徐々に見えてきた梨々菜は、当然の如く全裸だった。聖司がうすうす思っていたとおりの、見事なプロモーションから伸びるスラリとした手足と、豊満な胸が目に入ってきた。

「ご、ごめん。誰もいないと思ったから」

 梨々菜は閻で、どんな服でも着られるので籠に着替えはなかった。真っ赤になった聖司は、慌てて回れ右をして出て行こうとした。

「待ってください」

「わあっ」

 聖司の手を掴んで引き止めると、とんでも無いことを言った。

「たまには、一緒に入りませんか?」

「な、なにを」

「この間、お父さまが言っていました。人と仲良くするには、裸の付き合いをするのが一番だって」

「そ、それは、そういう場合もあるだろうけど」

 顔を手で覆いつつ、指の隙間から梨々菜を見た。恥ずかしくないのか、特に隠そうとしていない。天界とは、感覚が違うのだろうか。

「梨々菜は、恥ずかしくないのか?」

「そうですねぇ。少しだけ恥ずかしいです。でも、もっと聖司さんとは分かり合いたいですから」

 そういう風に言われると、断る理由がなかった。

「じゃ、じゃあ」

 恐る恐る中に入り、扉を閉める。男の聖司の方が隠しながら入るという、一種ヘンテコなシチュエーションとなった。

 なんだか落ち着かない聖司は、ソワソワしながら頭を洗い、身体をこすろうとした。すると、それまで浴槽に入って嬉しそうにしていた梨々菜が立ち上がった。

「お背中流しますね」

「い、いいよ」

「遠慮なさらずに」

 見かけに寄らず強引に、立ち上がろうとした聖司を椅子に座らせた。

「前もやりましょうか?」

「いいよ。前は自分でやるから。背中だけやってくれ」

「ふふふ。分かりました」

ボディーシャンプーで泡立てたボディータオルで、聖司の背中を優しくこする。

「聖司さん」

「なんだ?」

「この役目を始めて一ヶ月近くになりますが……いかがですか?」

 最後の方は、やっと聞こえるくらいに声が小さくなった。

「いかがですかって、聞かれてもなあ」

「もう嫌になったかなと、思いまして」

 聖司は今日まで、五体を退治していた。つい一昨日の五体目は、廃棄された工場の中で相手をしたのだが、少々危険な目に遭っていた。幸い捻挫ですんだが、一歩間違えれば大怪我をしていたかも知れない。

そういう体験を踏まえながら真剣に考えて、言葉を選びつつ答えた。

「ん〜?そうだなあ。かなり一方的だったけれど、それまでの平凡な毎日には飽き飽きしていたし。ちょうど良かったよ。俺自身、自分を変えたいと思っていたし」

「でも、危険も伴っていますよ」

「そうだけど、それは梨々菜のサポートがあれば大丈夫だと思っているよ。実際、何回も助けられているし。これでも信頼しているんだぜ」

「聖司さん」

 梨々菜は後ろから抱きついた。

「り、梨々菜?」

 背中に柔らかくて、暖かい感触が伝わってくる。

「ありがとうございます。聖司さんのことは、わたくしが必ずお守りしますから」

「あ、ああ。頼むよ」

 聖司は、頭がクラクラしてきた。

 今まで女の子といえば聖美のことしか頭になかったから、一緒に住むようになった梨々菜は気になる存在だった。天界人だとは分かっていても、見た目は普通の人間と同じだ。しかも魅力的な梨々菜となれば、頭では分かっていても普通ではいられない。

「そろそろ離れてくれないか」

「すみません。苦しかったですか?」

「いや、気持ちよかったけれど。いやいや」

 言葉を濁すと、話がガラリと変わった。

「聖司さん。来週の日曜日は、何かありますか?」

「日曜日?その日は確か、新体操部の招待試合があるから、何とかって言う女子校に撮影に行くけど」

「それはもしかして、姫百合女学院ですか?」

「ああ。それそれ。確かそうだったな」

「私も、それに出ることになったんですよ」

 梨々菜は、鏡越しに手を合わせて喜んだ。

「へぇ。中高一緒にやるのか」

「はい。中学校の強豪校も招待されているようです」

「そうだったのか」

 聖司は、いつか見た梨々菜のレオタード姿を思い出した。担当顧問が惚れ込んだというのだから、素晴らしい演技に違いないのだろう。

「私の演技も、ぜひ見てくださいね」

「わかった」

「それで、もし宜しかったら、わたくしの写真も撮影して欲しいなと」

 梨々菜は気を遣ってか、畏まりながら言う。

「いいよ。そんなことなら、お安いご用だ」

「本当ですか?嬉しいです」

 梨々菜は感極まり、また抱き付いた。聖司は驚いたが、今度はすぐには引き離さなかった。男の性のせいで興奮したまま、しかも二人で浴槽に入った聖司は、のぼせて倒れてしまった。


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