第三章 2
二
聖司は一時間目が始まると、すぐに眠気に負けてしまった。身体はまだ二度寝をしていた頃のサイクルで活動している上に、走った疲れも相乗効果となり、グッスリと寝てしまった。
「聖ちゃん、聖ちゃん」
「う、う〜ん」
一時間目が終わると、激しく身体を揺すられて起きた。
「なんだ」
聖司は、寝ぼけ眼をこすりながら上体を起こした。そして腕を天井に向かって伸ばすと、大きな欠伸を吐いた。
「朝は助けてくれて、ありがとう」
「なに。大したことない。ついでだしな」
「ついで?」
「いや、こっちの話だ。それより、毎日走っているのか?」
「うん。陸上部だもん」
聖司は朝の全力疾走で、自分の体力不足を感じていた。聖司には瞬発力はあるが、持久力がなかった。これから、どういうシチュエーションがあるか分からないが、体力不足が原因で失敗するようなことがあれば問題だ。不安は解消しておいた方が良いと考えていた。
「何キロ、走っているんだ」
「だいたい五キロかな」
軽く言う聖美。陸上部にしては、たいしたことのない距離なのだろ。
「五キロ?」
それは無理だと思った聖司は、まずは三キロ位から始めようと決めた。
「どこを走っているんだ?」
「二つ森公園の方へ行って、戻ってくるの」
二つ森公園というのは結構大きな公園で、秋には小学校の遠足にも使われる。
「聖ちゃんも走る?」
思案顔の聖司を見て、ジョギングを始めるのかと思ったのだろう。
「ん?なんでだ?」
「一緒に走ろうと思って」
期待に満ちた目で聖司を見る。
「別に走るって、言っている訳じゃない」
「なあんだ。残念だなぁ」
「おっと。トイレに行って来る」
一緒に走るなんて、そんな目立つようなことが出来るかと、これ以上この話が続かないように席を立った。
「んっ、もう。デリカシーないよ」
「ははは。じゃあな」
とりあえず出てきたものの、どうしようかと廊下をふらふらしていると、真衣香に会った。
「あっ、先輩。昨日は、どうしたんですか?」
「ん?ちょっと用事を思い出したんだ。後片づけをさせて、ごめんな」
「いえ、それは構わないですけど。あの写真、迫力ありますね」
真衣香に頼んだ写真のことだ。野球部が練習試合をした時にエースを撮影したもので、球の離れ際を狙って撮ったものだった。
「そうか?ありがとう」
「今度、運動部の試合を撮りに行くときは、連れて行ってください。いろいろ教えて欲しいです」
「そうだな。今度、声を掛かるよ」
今のうちに教えておけば、後々、役立つかも知れないから快く了解した。
「ホントですか?約束ですよ」
「ああ」
「やった。じゃあ。はい」
そう言って右手の小指を差し出す。人目がある学校の廊下で恥ずかしかったが、仕方なく聖司も小指を出して絡ませた。
「指切りげんまんうそついたら針千本の〜ます。指切った」
真衣香は満足げに微笑んだ。
―――ふうん。いい顔するのな。
まだまだ子供っぽいと思いながらも、何気なく出た感想だった。
人物を写すポートレートとは、こういった印象的な表情を切り取るのが醍醐味なのだろう。いつか、聖美をモデルにして撮ってみようかと思った。