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第一章 1〜2

第一章 その1


「ほら聖司。急ぎなさい」

 ゆっくりと朝御飯を食べていると、母親に促された。今日は二度寝に失敗して、寝坊したからだった。しかし、一日の大切なエネルギー源である朝御飯は、きちんと食べないといけない。というのが聖司の持論だった。

最後に味噌汁をすすっていると、テレビから物騒なニュースが流れてきた。

「昨夜十二時頃に起こったと思われる強盗事件は、いまも犯人が捕まっておりません」

「へ〜、そんなことがあったんだ」

 聖司はみそ汁を飲み終えると、お椀を置いて、最後まで聞かずに席を立った。

「行って来ます」

 また、普通の一日が始まる。

 はずだった。


 聖司の通っている中高一貫校の蒼翠学院中等部は、家から歩いて十分足らずの所にあった。この近さが、毎日ギリギリまで二度寝をする原因だった。

 そんなに時間はないはずなのに余裕で歩いていると、今の時間帯では珍しい声が後ろから聞こえてきた。

「聖ちゃん」

 聖司は振り返って確認したが、誰かは声を聞けば分かっていた。声の主は、保育園からずっと一緒の学校に通っている幼馴染みの観月聖美だった。陸上部所属で、短くしたショートカットが良く似合う活発な女の子だ。

 二人の出会いは近くにある保育園で、先生から名前に同じ文字が使われていることを教えられて仲良くなった。

「おはよう、聖ちゃん」

「よう」

 聖司は目を逸らせて、余所余所しく答えた。

 小学生の頃はよく遊んだ二人だったが、聖美に異性を感じ始めたときから、意識して遠ざけるようになっていた。自分の平凡さに比べて、成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群な聖美に引け目を感じていることが原因だった。

「聖ちゃん。この間の写真、よく撮れていたね」

「そうかな」

 写真というのは、中学総合体育大会、略して中総体の試合風景の写真だった。

 聖司は光画部で、運動部の活動記録を担当している。いずれ卒業アルバムに使われる写真だ。毎回その中から良く撮れた物を何枚か、撮影した部に配っていた。

先週の日曜日に陸上部の試合を撮影したのだが、たまたま聖美の写真がよく撮れていたのだ。ちなみに聖美は、走り幅跳びなどの跳躍競技が専門で、光画部とは写真部のことである。

「みんなに、良く撮れているって誉められたよ」

「そうか」

 聖美が話題を出して、聖司が返答をする。二人が話すときは、いつもこうだった。

 そうこうしているうちに、大きな校舎が二つ見えた。中等部の校舎と、エレベーター式に進学することが出来る高等部の校舎だ。

「じゃあな」

 通学路に人が多くなってきたので、噂になるのが嫌だった聖司は走り出した。幼稚園の頃から足だけは速かった。

「待ってよ。同じクラスなんだから、一緒に行こうよ」

 聖司は、その言葉を無視して走った。聖美が寂しそうな表情をしたことを知らずに。


 聖司の学校生活は、特に何事もなく過ぎていく。

 午前午後と給食を挟んで授業をして、放課後になれば光画部に顔を出して、たまに学校内を歩き運動部などを撮る。あとは日曜日に運動部の大会があれば、撮影に出掛ける程度だった。

 給食を食べ終わると、残った昼の休み時間はもっぱら部室で過ごすことが多い。部室は廊下の途中にあり、元は用具室だったのを暗室に改装してある。光画部または写真部がある学校なら、必ず存在する部員の巣窟だ。

「おっす」

「あっ、鷹見先輩。こんにちは」

 聖司が中に入ると、後輩部員の瀬名真衣香が出迎えた。

「あれ。一人か?」

「はい。寂しかったですよ」

「部長は来ないのかな?」

 光画部の部員は、聖司と真衣香、そして三年生の部長の計三人だった。あと他に、三年の幽霊部員がいるらしいが、聖司は会ったことがなかった。

「しかし、ここは暑いな」

「そうですね」

 部室は二部屋に分かれていて、入ってすぐの二畳位のスペースと、もう一つドアの向こうに、窓がない部屋がある。

当然、窓がない方が暗室には適している。その三畳くらいの部屋にはカメラやレンズ、引き伸ばし機などの機材の他に、現像に使われる薬品等が所狭しと、置かれてある。

この部室の難点は狭いことと、夏の時期に入ると、とてつもなく暑いことだった。前室にある小さな窓だけでは、なかなか涼しくならない。カタカタと音を立てて回っている換気扇は、まったく効果がなかった。

「先輩。今日の放課後は、どうします?」

「そうだな〜」

 聖司は前室にあるパイプ椅子に座り、カメラ雑誌をパラパラとめくる。

「校内をブラッと回るかな。そろそろ文化祭用の作品を作らないといけないし」

「そっか。じゃあ、私もそうしようかな」

 十月に行われる文化祭では、必ず作品を展示しなければならない。文化部としての活動をキチンと行っていると生徒会に示しておかないと、来年の予算がもらえないからだ。

「先輩は何で、カメラを始めたんですか?」

「なんだ。突然だな」

 聖司は雑誌から顔を上げて、真衣香を見た。

「特に深い意味はないですけど。ちょっと気になって」

「そうだな。初めは、そんなにやりたいと思っていた訳じゃないんだ。父さんの趣味がカメラだったから、興味があって入部したけれど、去年、良く撮れた写真を雑誌に応募したら、まぐれで賞をもらって味を占めたって感じかな」

「へ〜。そうなんですか?初耳ですよ」

 真衣香は、賞という単語に過剰反応した。

「言ってないからな」

「どんな写真なんですか?」

「え〜と。確かこの辺に」

 無造作に積まれたカメラ雑誌の山をひっくり返して、昨年の十月号を取り出した。

ページをめくり、後ろの方にある投稿写真のページを開いて、その中のスポーツ部門に載っている一枚を見せた。

「これだよ」

 それは、女子選手が走り幅跳びをしている写真だった。選手の前方から写していて、写真から出てきそうな迫力があった。

「ホントだ。鷹見先輩の名前が載っている。凄いな〜」

 真衣香は、尊敬の眼差しで聖司を見た。

「たいしたことないよ。これ以降は、一回も取れてないんだから」

「一回でも凄いですよ。これって、うちの選手ですか?」

 身体を屈伸させているので、ゼッケンは見えない。

「うん。俺の同級生だよ」

「ふう〜ん」

 その写っている選手というのは、他ならぬ聖美だった。

 これが原因で、聖美との仲を冷やかされた時期もあったが、今ではみんなの記憶から流れ去っている。

「カメラを始めて、一年目で賞をもらうなんて凄いですね」

「ははは。おだてたって、何も出ないぜ」

 そんな、たわいもない話をしていたら五時間目、五分前の予鈴が鳴った。

「そろそろ行くか」

「そうですね。じゃあ、放課後に」

「じゃあな」

 部室を出た二人は、それぞれの教室へと別れた。


 六時間目の授業が終わると、掃除当番でない者は部活に行き、無所属の者は帰宅の途につく。聖司の班は、掃除当番のローテーションで休みの週だったので、すぐに部室へと向かった。そして昼休みに話したとおり、カメラの準備を始めた。

 聖司が主に使っているカメラはOM1というマニュアルカメラで、父親が使っていた物を譲り受けた。レンズも広角、標準、望遠と揃っていて、とても重宝している。

部費で買った白黒フィルムを装填し、広角と望遠のレンズをバックに入れて部室を出た。

「あっ、先輩。待ってください。私も一緒に行きます。良いですか?」

 聖司を見つけた真衣香が、廊下を走りながら呼び止めた。

「急いで準備しますから、待っていてください」

「分かった」

 壁にもたれて待っていると、すぐにカメラを持った真衣香が出てきた。真衣香の使っているカメラは、光画部の備品であるオリンパスペンというハーフサイズのカメラだ。

ハーフサイズというのは、二十四枚撮りのフィルムで倍の四十八枚の写真を撮ることが出来る。真衣香が主に使っている理由は、小さくて可愛いということであったが。

「どこに行きますか?」

「そうだな。とりあえず校庭に行くか」

「は〜い」

 校庭に出て空を見上げると、モクモクとした入道雲が一面に広がっていた。それを見た真衣香が早速、ファインダーを覗いた。

「私、雲を撮るのが好きなんです。いろんな形があって、見ていても楽しいですよね」

「朝、夕の光りによっても表情が変わるからな。なかなか良い趣味しているじゃないか」

「そうですか?クラスの友達に話すと、変な娘って言われるから、そう言ってくれると嬉しいです」

 本当に嬉しいのだろう。頬が大きく緩む。

「毎日撮ると、記録にもなって良いかも知れないぞ」

「あっ、そうですね。そうします」

「俺はグラウンドに行ってみるから」

「はい。私も少し、ここで撮影したら追い掛けます」

 真衣香と別れた聖司は、校舎裏に続く通路を通りグラウンドに出た。そして運動部の邪魔にならないように、端にある花壇の縁に腰掛けて練習が始まるのを待った。

 一、二年生だろう部員が、用具を持って続々とやって来る。その中に、高跳びの準備をする聖美がいた。

 聖美の得意種目は走り幅跳びであるが、跳躍種目である走り高跳びもやっている。陸上部ではよくあることで、自分の専門と同種の種目は、掛け持ちすることが多い。

「あれ?聖ちゃん。今日は、ここで撮るの?」

「ああ」

「そうなんだぁ。今日も私を撮ってくれるの?」

 前髪を整えてみせる。

「いや、今日はサッカー部だ」

「なんだ。残念」

「観月、何やっているんだ」

 声のした方を見ると、先輩の男が手を振っていた。

「いま行きます。じゃあね、聖ちゃん」

 大きな声で返事をした聖美は、高跳び用のポールを抱え直すと駆け足で行ってしまった。

「なんだよ。嬉しそうに」

 聖司には、聖美が先輩を見たとき、顔がほころんだように見えていた。少し機嫌が悪い表情をしていると、雲を撮り終えた真衣香が合流した。

「お待たせです」

「おう」

「先輩。何かありましたか?顔が恐いですよ」

「そうか?何でもないよ」

 聖司は作り笑いをした。

 しばらくするとサッカー部の練習が始まった。撮影を始めた聖司は、それなりにシャッターボタンを押すが、真衣香はなかなか押せないでいた。

「動いている人を撮るのって、難しいですよね。マニュアルだし」

「そうだな。動き続けている所を撮るのは、かなり難しいよ。俺の場合は、動きが少なくなったときに、シャッタースピードを出来るだけ早くして写しているんだ。ピント合わせは、まだまだ正確性に欠けるけどな」

 聖司もまだまだ熟練はしていないので、失敗はたくさんあった。

「プロじゃないんだから、失敗はいくらしたって良いんだ。どんどんシャッターを切らないと、上達もしないぞ。ただし、どういうシチュエーションで撮ったのかメモを取っておくのを忘れずにな」

「はい」

 撮影時の状況を記録しておくことは、とても重要で、後で振り返ることで上達の資料となる。新入部員には、いつもメモ帳を持って撮影に臨むように指導していた。

「ふう」

 三十分ほど撮影した聖司は、少し飽きてきていた。

 軽く伸びをして、そろそろ場所を変えようかと考えていたとき、グラウンド脇の柵の向こうにあるカーブミラーが視界に入った。何事もなければ意識して見る対象にはならず、ただの背景のはずだったのだが、その時は違った。普通に視界から外れようとしたとき、見慣れない物が映ったからだ。

「なんだ?」

 反射的に、もう一度カーブミラーを見ると、鏡の中に女の顔が映っていたのだ。しかも、その下には誰もいなかった。

―――誰だ?

周りを見ても女の子は真衣香しかいない。聖司は目をこすり、もう一回カーブミラーを見た。すると一瞬目が合い、女はニコリと微笑んだ瞬間に消えてしまった。

聖司が呆然としていると、通りすがりの自転車通学の生徒が横切り、普通に、その姿が映って消えた。

「何だ今のは?瀬名、見たか?」

「何ですか?何か見たんですか?」

 撮影に没頭していた真衣香は、カメラを降ろして聖司を見た。

「いや、何でもない」

「そうですか」

 見ていなかったのなら、話しても仕方ない。自分でも説明できないものなのだから、信じるわけもない。聖司自身も、幻覚だったのだと決めつけていた。

 振り払うように頭を横に振ると、気分を変えるためにも場所を移した


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