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第六章 2


   二

 聖司と梨々菜は、足場の悪い砂利道を急いだ。川沿いを走っているので、特有の冷気と水の臭いが感じられる。梨々菜によると、この近くにいる罪人は二体のようで、今は一緒に行動しているという。

「もうすぐです」

「誰が来ているんだ?」

「それは聞いていないのですが」

 比較的大きな川原に出ると、もう一組の仲間は先に着いていた。

「遅いですわよ」

「羅々衣さん」

 待っていたのが羅々衣だと分かると、梨々菜は近付いていって手を取った。

「あら。あなたでしたの」

「こちらに、いらしていたのですね」

 梨々菜は、手を激しく上下に振った。

「え、ええ。千代が部活の合宿で、下にあるリゾート施設に来ていたのよ」

「そうだったんですか。力を合わせて頑張りましょう」

「そうですわね」

 それを聞いていた聖司は、ピンときた。下にあるリゾート施設といえば来る途中、車の中で見たテニスコートのある施設だと。さすが、お嬢様学校はお金があるなと思った。

 梨々菜の思いとは裏腹に、明らかに嫌そうな表情をしている羅々衣を見て内心、笑っていると、千代が聖司に向かって頭を下げた。

「よろしくね」

「ど、どうも」

 聖司に向かって微笑んだ千代は、お淑やかなお嬢様そのものだった。今日といいフルーツパーラーで会ったときといい、聖司の中では戦闘中の千代の印象が強いので違和感があった。本来はお淑やかだけど、戦闘中は豹変してしまうのか。普段が偽りで、戦闘中に本性が出ているのか。一体、どちらが本当の姿なのだろう。

「どうかしましたか?」

 顔をジロジロと見られているのに気が付いた千代が尋ねた。

「な、何でもないです」

 聖司はサッと顔を背けると、わざとらしくカメラバックを開いて点検を始めた。

「ほらそこ。今さら点検なんかしない。ぐずぐずしていると逃げられるわ」

 羅々衣に指摘された聖司は、渋い顔をしながらも急いで準備した。

「よしっ。OKだ。行こう、梨々菜」

「はい」

 すぐに使えるように、望遠レンズを付けたカメラを首に下げると、先に行ってしまった羅々衣と千代を追い掛けた。


 月に掛かる雲が厚くなり、辺りは暗闇に包まれていた。そんな中、道幅の狭い獣道を四つの影が移動する。

―――おっと。

 聖司は、雨の日に出来たのだろう窪みをジャンプした。暗がりに目が慣れていたので、転んだりすることはなかった。が、聖司の体力は限界に近付いていた。

―――まだか。

 どれくらい走り続けたのだろう。ジョギングで鍛えていなかったら、とっくに、ばてていただろう距離を移動していた。

 自分がこうなのだから、千代がついてこられるのか心配したが、それは杞憂に終わった。走っている横顔を見ると、涼しい顔をしていたからだ。いくら現役の体育会系とはいえ、聖司は驚きを隠せなかった。

 黙って前を走っていた梨々菜が突然、口を開く。

「羅々衣さん」

「あなたも気が付いたようね。一匹、かなり速いのがいますわね」

 目標を捕らえていた二人は、閻によるレーダー網を広げた。

「ええ。さっき、こちらの方へ近付いてきたと思ったら、あっという間に仲間と合流しました」

「きっと偵察に来たんですわ。千代さん」

「はい」

 羅々衣の指示に答えた千代が、走りながら前方宙返りをした。

「うわっ」

 千代の身体が空中でピンクの光を放つと、レオタード姿に腰から棍棒を下げた、あの時のスタイルに変身した。

「おーほっほっほっ。いつでも来なさい」

―――何だかなぁ。

 その変わりように、聖司は眉を顰めた。

―――俺は、ゴーグルだけにしておこう。

 聖司は、とりあえず、人目がないのでゴーグルだけを装着した。

 それからしばらく、いつ攻撃されてもいいように警戒しながら進んでいると、少し開けた場所に出た。奥には岩壁がそびえ立っていて、上を見ると曇り空がよく見えた。

「来ますわよ」

突然、羅々衣が叫んだ。羅々衣の忠告に神経を研ぎ澄ますと同時に、四人の頭上を疾風が通り抜けた。

「上?」

「聖司さん、気を付けてください。敵は鳥類です。もの凄く速いですよ」

「速いって、見えなかったぞ」

 立ち止まって陣形を固めると、迎え撃つために耳を澄ました。シンとした静けさの中に突然、四人を耳鳴りが襲い、聖司は堪らず耳を塞いだ。

「なんだ、この音?」

「敵が空気を切り裂いている音です」

「空気を切り裂く?」

 思わず声が大きくなる。

「来ま」

 梨々菜の言葉が終わらない内に再び、顔の近くを何かが通った。

「いてっ!」

 こんどは間を通り抜けていった。聖司の頬に、うっすらと切り傷が出来た。

「千代、大丈夫?」

「大丈夫ですわ」

「かなり速いですわね。まずは動きを止めないと」

 敵を止めようと追うが、とても「固」で止められるスピードではない。

「羅々衣さん。私がやってみますわ。援護をお願い」

「いいですわよ。膜」

 羅々衣の手から半透明の膜が出てきて、羅々衣と千代だけを覆った。

「おい。俺達にはなしかよ。梨々菜、頼む。それと写すには暗いから、光を」

「はい。膜・追式・輝」

 梨々菜が両手で、二つの閻を唱えると縦横、そして上空へ数十メートルの立方体の範囲が、昼間の明るさになった。

「おいでなさい」

 千代が膜の中で構える。この膜は敵の侵入は防ぐが、こちらの攻撃を妨げる物ではないので、膜の中から攻撃することも出来る。

敵が方向を変えたのが切り裂き音の変化で分かった。音が大きくなり、どんどん近付いてくる。

「そこ!」

 千代が動きを見極めたのか、腕を小さく、しかし鋭く振るった。リボンは目標物に当たる直前に固くなり、ダメージを与えるはずだったのだが、敵は直角にリボンを交わした。

 普通、猛スピードで直進している物が直角に曲がるなんて芸当は不可能のハズだが、難なくやってのけると、更に突っ込んできた。

「うわっ!」

 黒板を爪で擦ったときの、あの耳障りな音が響き、羅々衣の防御膜で敵が止まった。

「鷹?」

 今の耳障りな音は、羽を広げると一メートル以上ある大鷹の足の爪が擦れた音だった。膜に出来ている掻き傷を見た聖司は、身を縮めた。この膜に傷を付けるなんて、そんな物が身体に当たったら、肉ごと持って行かれそうだと考えたら寒気がした。

「聖司さん。今ですよ」

「えっ?あっ。しまった」

 動きが止まっている今がシャッターチャンスだったのに、鷹が再び上昇して体勢を整えた。今度はかなり上空まで昇ったので、点としか見えない。ゴーグルで捕捉だけはしたので、解析中の文字が出ている。

「ごめん」

「良いですわ。あなたの補助なんかいりません。私だけで十分ですわ」

 千代はリボンを猛獣使いのように叩きつけると、気合いを入れ直した。

「ハッ」

 今度は避けられても良いように、一回リボンを長く伸ばすとサーベルのように固くして連続の突き技を繰り出した。かなりの距離があるのに、的確に鷹に向かって突き刺している。

―――すげぇ。この人。

 聖司は人間技とは思えない攻撃に驚いたが、敵はそのまた上を行っていた。何十回という突きの全てを四方八方に交わしながら、同じ距離を保っていた。

「はあ、はあ」

 さすがの千代も息が切れてきたようで、突きのスピードも落ちてきた。

「千代、大丈夫?」

「くぅ、ダメ」

 腕が鉛のように重たくなり、膝を落とした。その時を見計らったように、鷹が猛スピードで突っ込んで来た。

「梨々菜。止めることは出来ないのか?」

「速すぎて。でも、膜でまた止まるでしょうから、今度こそ」

―――本当に止まるのか?

 瞬間的に発生した疑問は、ゴーグルからの解析情報で確信に変わった。

『突撃技。回転することにより攻撃力が何倍にもアップする』

「やばい」

降下してくる途中で、クチバシを軸に回転を始めたのが見えた。

 聖司が叫んだときには、すでにクチバシが膜に触れ、その瞬間、蜘蛛の巣のようにヒビが走り粉々になった。障害物がなくなり突っ込んできた鷹は、回転をやめ千代を強襲した。

「きゃあ」

 千代の身体を中心にグルグルと回ってなぶる。あまりの速さに鷹の残像しか見えず、千代の状態が分からない。

「この。離れなさい」

 拳を握って震えていた羅々衣が、印を切り始めた。

「羅々衣さん。それは危険です。千代さんに当たるかも知れません」

「そうだけど。それなら」

梨々菜の制止に手を止めると、己の身を顧みずに突っ込んでいった。

「危ないですよ」

「そんなこと。ぐぅ!」

 お構いなしに手を出すと、腕に直撃してやっと止まった。

「羅々衣さん。大丈夫ですか」

 羅々衣は梨々菜の問いに答えられなかった。かなりの激痛らしく、右腕を落として動けなくなっていた。顔を上げて、再び上昇していく鷹を睨みつけると、千代の無事を確認した。

「ち、千代」

 ようやく解放された千代を見ると、レオタードがズタズタに切り裂かれ、ほとんど生地が残っていなかった。身体は、切り傷はあるが重傷ではなかった。しかし、辱められたことに耐えられなくて、膝を抱えて震えていた。

「梨々菜、輝を消して」

「は、はい」

「千代っ!」

 羅々衣は痛みを堪えて駆け寄ると、包むように抱きかかえた。

 そうこうしている間に鷹は、千代を戦闘不能と見なして、もう一体と合流するために飛び去っていった。

「ごめんなさい、梨々菜。後は任せたわ」

 千代の状態を危惧した羅々衣は、断腸の思いで言った。

「分かりました。行きましょう、聖司さん」

「分かった」

 聖司の目にチラリと見えた羅々衣の表情は、唇を噛みしめ、苦痛に歪んでいた。それは腕の痛み、千代をいたわる心の痛み、そしてライバルである梨々菜に、お願いをするという痛み、様々な思いが交錯したものだったに違いない。

「羅々衣って、梨々菜のことをライバル視しているよな」

「そうでしょうか。私は、お友達だと思っていますが」

 それは羅々衣も友情は持っているだろうが、友情の中にもライバル心というものは存在する。感情が悪い方へ向かうのはよろしくないが、口調はともかく、羅々衣の場合は梨々菜のことを信頼もしているのが感じられた。

「追い付くかな」

「大丈夫です。鷹とは別の罪人は、何故かフラフラと蛇行しながら移動していますし、目的地が近くなってきましたから」

「目的地だって?そんな場所があるのか」

 聖司は初めて、梨々菜に対して不信の念を抱いた。

「ちょっと待ってくれよ」

 急に立ち止まった聖司は、説明を要求するように梨々菜を見つめた。その目の色は、納得がいかなければ決して動かないことを表していた。

「分かりました。全てを説明します」

 観念した梨々菜は、順を追って説明を始めた。

「実は、地獄から罪人が脱獄したとき私達、庇書が管理する神器の一つ、浄玻璃の鏡が盗まれていたのです。閻魔様は罪人を、人間に退治させるために私達を送り込みましたが、退治の他に、もう一つ任務があったのです」

「鏡を取り戻すことか」

「はい。鏡は罪人が手元に置いておける物ではないので、霊的地場が安定している場所に隠しているということでした」

 鏡からは聖なる光が発せられているので、罪人はずっと近くにいると消滅してしまう。

「その言い方だと、相手側から連絡があったんだな」

「その通りです。任務が始まって少しすると、罪人の統率者から取引の申出がありました。脱獄したと言っても閻魔様が結界を張ったので、その外に出ることは出来ませんから、退治されるのは時間の問題です。ですから、鏡を壊さない代わりに、一定期間を逃げ切った罪人を無罪放免にして欲しい。と言うことでした」

「逃げ切ったら勝ちか。かくれんぼと同じだな。まてよ。なんで罪人達は、のこのこと出てくるんだ?ずっと隠れていればいいじゃないか」

 ジッとしていればいいものを、こんなに大っぴらに出てきたんじゃ、退治してくださいと言っているようなものだ。

「それが出来ないのです。罪人達は、生前に犯した罪を繰り返す習性がありまして、黙って隠れていることが出来ないのです」

「難儀な奴らだな。かくれんぼじゃなくて、鬼ごっこか」

「そうですね。しかし、期間が決まっていると、万が一逃げ切った者がいると大変なことになります。ですから、閻魔様は取引を受け入れたフリをしただけで、本音は違いました。出来るだけ早く鏡を探し出して回収し、残っている罪人を殲滅しようと考えたのです。それが先週、状況が変わりました。どうしてか閻魔様の本心を知った罪人が、鏡を壊そうと動き始めたのです」

「それじゃあ、その鏡を隠しているという場所が、この先にあるんだな」

「そうです。時間が掛かりましたが、先日、やっと場所を特定できたのです」

 聖司は目を閉じて、しばらく考えた。

「そんな大事な任務を、俺一人でやるのか」

「はい。一番近いですし、他の残っている罪人達も一斉に動いていますので、助けはありません」

「そうか。取引を破るのは、閻魔大王の立場からすると仕方ないのかな。罪人を解放したら、人間に危害を加え続けるんだから」

 自分に言い聞かせるように呟くと、目を開けて納得したように頷いた。

「わかった。行こう」

「ありがとうございます」

 これから向かうのは、浄玻璃の鏡がある場所だという。聖司は気合いを入れ直して再び、走り出した。

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