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第六章 1

第六章

    一

 キャンプ当日は、顧問の北上先生が集合場所に迎えに来てくれた。

先生は結構な腕前のハイアマチュアカメラマンであり、専門が風景写真だから一人で撮影旅行に行くことも多くアウトドア派だった。だから毎年の行われる撮影会では、部員が不自由することはなかった。まあ監視の目があるのは否めないが、中学生なのだから当然だ。

「みんな集まったな」

「はい」

 無精髭を触りながら確認する先生の声に、部長の多島が答える。多島はあまり部活に顔を出さないが、カメラの腕前は聖司より数段上だった。

「よし。出発するか」

先生の車は大型のRV車なので、聖美を入れも余裕で乗り込むことが出来た。荷物を車の上にあるボックスに入れると、目的地に向かって出発した。

 運転席には当然、先生が座り、助手席には多島部長、後部座席に聖司を挟んで女子二人が座った。両手に花と言えば聞こえは良いが、実は後部座席の真ん中は一番乗り心地が悪いから、聖司が真ん中なのだった。

「先生。キャンプするのは、どんな所なんですか?」

 聖美が、運転席と助手席の間から顔を出して聞いた。

「あまり知られていない、先生のとっておきの場所だ。川が近くにあって、風景写真にもってこいのロケーションがいっぱいだ」

「そうなんだぁ。楽しみだね」

 聖司と真衣香の顔を交互にみると、「そうだな」「そうですね」と相槌を打った。

「先輩。梨々奈さんは、お留守番ですか?」

「ん?ああ。そうだよ。さすがに一緒に行くのは無理だろう」

 その会話には、二人にしか分からない事が含まれていたが、それを知らない聖美は勘違いをしたまま会話に加わった。

「それはそうよ。私達と違って、高校生なんだから。聖ちゃんの保護者って訳でもないし」

 部長と話していたが、シートに深々と座り直す。

「それは、そうですけど」

 真衣香が歯切れ悪くしていたので、聖司は肘でこっそりと真衣香を突っついた。

「なあに?何かあるの?」

 何やらアイコンタクトをしている二人に、聖美は目を細めた。

「何でもないよ。なあ」

「はい。何でもないです」

 聖美は違和感を抱いたようだが、追求されることはなかった。

 車は高速道路を降りると、山の方へ向かって走る。その途中に、体育館や陸上競技場などが同じ敷地内にある、大規模な施設があった。

「ここ広いねぇ」

 聖美が驚いていると、先生が説明してくれた。

「いろんなスポーツが出来る総合運動公園だな。観月、陸上のインターハイもやったことのある場所だぞ。お前も、こういう大きな会場で試合が出来るように頑張れ」

「インターハイかぁ。聖ちゃん。もし出られたら、写真撮ってね」

「どこにでも行ってやるよ。出られたらな」

「言ったな。約束だからね」

 実際、聖美の実力がどの程度のものなのかは、聖司には詳しいことは分からなかった。だが聖美なら、出るかも知れないとも思えた。

 山に入りしばらく走ると、丸太で出来たロッジ風の建物がチラホラ見かけられた。

「鷹見先輩、あれって別荘かな」

「だろうな。そうですよね、先生」

「そうだ。ここら辺は、避暑地になっているな。テニスコートやグラススキーが出来るレジャー施設もあるぞ」

少し眠そうにしていた聖美が、その先生の言葉に反応した。

「テニス?先生。私、テニスがやりたい」

「なんだ聖美、急に。そんな時間ないよ」

「え〜。瀬名さんも、やりたいよね。ね!」

 真ん中に座っている聖司越しに、同意を求める。

「え?わ、わたしは別に」

「私と瀬名さんのテニススコート姿、見たいでしょ?」

 聖美は聖司の頬をつついて、くすくすと笑った。

「あのなぁ」

 可愛い女の子二人のスコート姿を想像したからか、聖司の顔が赤くなった。

「羨ましいぞ。鷹見」

 まったく喋らなかった部長が、ボソッと呟いた。

「部長〜」

「ははは。観月、さすがにスコートは貸し出ししてないぞ」

 冷や汗をかいている聖司を見かねて、先生が助け船を出した。

「そうそう。そうだぞ、聖美」

「う〜ん。それもそうか。じゃあ、いつか一緒にテニスをしたときに見せてあげる」

「はいはい」

 大きく溜息を吐いた聖司に、車中には笑いが溢れた。


    二

「さあ着いたぞ」

 夕方前には、目的地の川原に着いた。

 そこは整地されたキャンプ場ではなくて、川原近くにある自然まっただ中という雰囲気の場所だった。近くに川があるのだが、川沿いは何かと危険らしく、先生の言うとおり少し高いところにテントを張ることにした。

「やっぱり空気がきれいだなぁ」

 風で揺れる木々の声と、近くを流れる水の音、山の中に来たと感じるものでいっぱいだった。聖美は、大きく深呼吸をして微笑んだ。

「聖ちゃん。明日、ジョギングしようよ」

「はあ?こんな所で走ったら、クロスカントリーになっちまうよ」

「あははは。そうだね」

 多島が先に立ってテントの準備を始めると、真衣香は何やら不安そうな顔をしていた。

「どうしたの、瀬名さん」

 それに気が付いた聖美が、近付いていって尋ねた。

「え、え〜と。ここって、トイレはないのかなって」

「あっ。そう言えばそうだね」

 周りをグルッと見渡したが、人によって作られたキャンプ場と違って自然そのままの所なので、当然トイレはなかった。

「あのう、先生」

 二人は先生の所に行き、聖司と多島に聞こえないように質問した。

「なんだ、二人とも」

「おトイレは、どうするんですか?」

「そうそう忘れていた。大丈夫だ。あっちの外れに作るから」

「「作る?」」

 真衣香と聖美の驚きの声が重なった。

「ちょっと待ってください。作るってどういうことですか」

 聖美は先生に詰め寄った。

「大丈夫だ。ちょっと待っていろ」

 先生は地面に穴を掘ると支柱になる木を立てて、それにレジャーシートを巻いて固定した。そして中に、臭い消しになる石灰と、トイレットペーパーの入ったケースを置いた。

「先生……まさか。これがトイレなんですか?」

 木を立てた所を見て半ば予想していた聖美は、思っていたとおりの展開に肩を落とした。

「ここで……、その……、するんですか?」

 真衣香が小さな声で、恥ずかしそうに言った。

「そうだ」

「そうだって言われても」

 真衣香は顔を真っ赤にしているが、先生はお構いなしに説明を続けた。

「そうそう。使った後のトイレットペーパーは、これで焼いてくれ」

 そう言って、ポケットからチャッカマンを出した。何を言っても仕方がないと諦めた二人は、顔を見合わせて溜息を吐いた。

「何をしているんだ?あっ、トイレか」

 何事かと近付いてきた聖司は、事も無げにサラッと言った。そんな聖司に、どこにも向けようのない怒りをぶつけるように聖美は言い放った。

「聖ちゃん。覗かないでよ」

「そ、そんなことするか」

「さあ。早くテントを建てて、夕飯の支度をするぞ」

 二人のやり取りを見ていた多島が、手を叩いて促す。四人でテントを設営している横では、先生が石で釜戸を作り、薪で火を起こす準備を始めた。

「先生って、すごいアウトドア派なんですね」

 合宿初体験の真衣香は、感心しきりだった。学校では数学担当の先生からは、想像できなかった。

「ははは。学生時代は、こうやってキャンプをしながら撮影旅行をしたこともあるぞ」

 真衣香は、キャンプ自体が初めてで何かと不安だったようだが、安心したようで表情に余裕が出てきていた。

「よしっ。出来た。これで、いつでも火を起こせるぞ。そっちも出来たようだな。じゃあ女子二人は、カレーとサラダを頼むぞ」

「は〜い。頑張りましょう、瀬名さん」

「はい」

「多島と鷹見は、先生を手伝ってくれ」

「「はい」」

 一行は男性陣、女性陣に別れて、夕飯の準備に取りかかった。


 一時間後石釜には、食欲をそそる香りを漂わせながらグツグツと煮込まれる鍋と、アルミホイルに包まれた何かが焼かれていた。

「聖ちゃん。これ、なあに?色んな香りがするけど」

 鍋の番をしていた聖美が、作業場を片づけていた聖司に尋ねた。

「先生が教えるなってさ。出来上がったときのお楽しみだって」

「ふうん。こっちは、そろそろ出来たかな」

 聖美は鍋の蓋を開けて、出来具合を確認した。

「いい匂いだな。聖美が料理するところなんて、初めて見た」

「当たり前でしょ。一つ屋根の下に住んでいる訳じゃないんだから」

「そ、そうだな」

 当然の答えに詰まった聖司は、梨々菜のことを思い出した。休みの日には、夕飯の手伝いをする梨々菜を何回か見ていたから、聖美と重ねていた。

「見た目は普通のカレーだけど、味はどうなんだ?」

「それって、プレッシャー?」

聖美は不敵な笑みを浮かべると、小皿によそったルーを味見した。

「うん。美味しい。ほら、聖ちゃんも舐めてみて」

「どれ」

 自信満々に差し出された小皿を受け取って、一気にすすった。

「おっ」

 口の中に広がった辛みの具合は、聖司の好みだった。

「いける」

「でしょう!結婚するなら、私みたいな人が良いよ」

 聖美は腰に手を当てて、鼻高々と胸を張った。

「そこまで言うか。瀬名も手伝ったんだろう。なあ」

「は、はい」

 真衣香は突然、話を振られて驚いた。

「どうした?なんか上の空だな。具合でも悪いのか?」

「いえ、そんなことないです」

「カレーは出来たみたいだな。こっちも、そろそろだ」

 いつの間にか来ていた先生が、火の中からアルミホイルを取りだした。ナイフとフォークを使って包みを開いていくと、温かい湯気が立ち上り、鶏の丸焼きが出てきた。先生の得意料理「鶏の香草焼き」だ。肉屋に頼んで買ってきた、丸ごと一匹の鶏肉に様々な香草を詰めてアルミホイルで包み、火の中に入れて焼くだけいうシンプルな料理だが、見た目が豪華でしかも美味しいというキャンプには最適な一品だ。

「すご〜い、先生。見直したよ」

 聖美は先生の背中を叩いて、はしゃいだ。

「ははは。そうだろう」

 先生は満更でもないようで、学校では決して見せない笑顔で機嫌良く紙皿に分けていった。テーブルにはカレーと鶏肉そして、シーザーサラダにオニオンスープという十分なメニューが乗った。そして先生は缶ビール、聖司達はコンビニで買ってきたジュースから好きな物を選んで紙コップに注いだ。

「多島。部長として一言」

 先生が部長を指名すると、立ち上がって咳払いを一つ。

「コホン。それでは僕から一言。ますは先生。今日は運転、お疲れ様でした。明日、明後日は、撮影技術の向上のため頑張りますが、今夜は無礼講ということで楽しみましょう」

 一体どこで覚えたのか、中学生らしくないことを噛まずに言う。

「じゃあ、コップを持ってください。乾杯〜」

「乾杯〜」

 紙コップを突き合わせて一口飲むと、思い思いに箸を付け始めた。

「おっ、うまい。今年の女性陣は料理が上手いな。去年は酷かったよな、鷹見」

「去年は相当酷かったですからね、部長」

 男二人は去年、海でキャンプをした時のことを思い出していた。三月に卒業した先輩の料理が酷く不味かったので、カレーが更に美味しく感じられた。

「なんだ、これ?」

 聖司は口の中で、転がったものを噛んだ。

「卵?」

「ウズラの卵だよ。美味しいでしょ?家では、いつも入れているの」

「結構いける。辛みの中に甘みがあっていいな」

「でしょう」

「で、こっちが瀬名の力作だな」

「は、はい。パルメザンチーズをたくさん使ってみました」

 シーザーサラダは、チーズ好きの聖司には堪えられない一品だ。

「うん。美味い」

「鷹見は、料理上手の幼馴染みと後輩がいて幸せだな」

 早くも酔っていた先生が冷やかすように言うと、聖美は缶を取ってお酌をした。

「そうですよね」

「おっとっと。ありがとう」

 ご機嫌の先生は一口飲むと、更に続けた。

「鷹見の好みは、どっちなんだ?」

 場が一瞬、静かにとなると、聖司は急いで缶ビールを開けて、まだカップが空いていないのに差し出した。

「先生、もっと飲んでください」

「ん?ありがとう」

 一杯、二杯と注いでいる横で、隣に座っていた聖美と真衣香は複雑そうな顔をしていた。


    三

「よいしょ」

 みんなが食べ終わり後片づけも終わった頃には、先生は酔い潰れていた。聖司と多島が両脇から担いでテントへ連れて行くと、気持ちよさそうに眠ってしまった。

「さて。先生は寝かせておいて、風呂に行くか。風呂道具は持ってきたよな」

 多島がパンパンと手を払い、聖司の方を向いた。

「持ってきましたけど、どこにあるんですか?」

「そうか。鷹見は知らないのか。俺は一年の時に来たけど、去年は海だったからな」

「どこかに、風呂がある施設とかあるんですか?」

「いや。もっと良いところがあるんだ。案内するから、付いてこい」

 聖司の問いには明確に答えず、多島を先頭にして出発した。

 懐中電灯を照らしながら、山道をどんどん歩いていく多島の後ろに三人がついていく。月明かりが差し込んでいるとはいえ夜の山中は暗く、女の子にとっては恐いものだった。

 テレビではホラー物を良く見るくせに、実体験では恐がりの聖美は、聖司のシャツを後ろから引っ張り恐る恐る歩いていた。

「なにキョロキョロしているんだ」

 シャツが伸びやしないかと気になって振り返ると、聖美がしきりに周りを気にしていた。

「だって、お化けとか出そうじゃない」

「大丈夫だって。出ないよ。たぶん」

「何よ、たぶんて。絶対出ちゃダメなの。朝、家を出てくるときにお母さんが言っていたの。この山の近くにあるんだって。霊が出るって言う、有名なスポットが」

「へぇ〜。まあ、もし出たら、俺が守ってやるよ」

「聖ちゃんは、恐くないの?」

「別に」

「私は全然ダメ」

 聖美の後ろでは、聖司が恐がらない理由を知っている真衣香が苦笑していた。

「あと少しだぞ」

 三十分も歩いた頃、独特な空気の臭いが四人を包んだ。

「多島先輩。もしかして、温泉ですか?」

 真衣香が正解をだした。

「当たりだ。知る人ぞ知る、天然の露天風呂があるんだ」

「露天風呂?すご〜い。温泉大好きなの。早く行こう」 

聖美が露天風呂という単語に反応した。恐がっていたのが一転、聖司の制止を振り切って駆けだした。

「ちょ、待てよ」

「大丈夫だよ。もうすぐ、そこだから」

 多島の言うとおり、すぐに露天風呂が現れた。塀に囲まれていて中は見えないが、更衣室になっている掘っ立て小屋には、「霧隠れ温泉」の立て看板が掛けてあった。

「これ、今にも倒れそうですね」

 真衣香が小屋の壁に触ると、板のきしむ音がした。

「大丈夫でしょ。あれ?」

 聖美が引き戸を開けようと手を掛けたが、数センチ開いただけで戸が止まった。

「誰かが適当に作ったらしいから、固いんだ。ほら」

 多島が変わって力任せに開けると、ギギギと鈍い音が響いた。

「ありがとうございます。じゃあ後で。聖ちゃん、ちゃんと待っていてよ」

「あんまり長湯だと置いていくぞ」

 聖司が戸を閉めながら言うと、「女の子は長いの」と聖美に即答された。

 やれやれといった感じで聖司も隣に入ると、中は薄い板で区切ってあるだけでしかも、上で繋がっているので声が筒抜けだった。

「ふうん。瀬名さんて、着痩せするタイプなんだ」

「きゃあ。何をするんですか」

「私より大きいかなって」

「や、やめてください」

 聖司は刺激的すぎる会話を聞きながら、無造作に置いてある籠に服を脱いで、風呂へと続く戸に手を掛けた。

「鷹見、ちょっと待て。確か外は」

背中から、思い出したように多島が声を掛けたがすでに遅く、聖司は外へ出ていた。

「何ですか?」

―――おわっ!

 多島の声に振り返ると聖美が、隣の脱衣所のドアを開けて外を見ていた。陸上で引き締まった裸が目に入る。頭の中が一瞬で真っ白になり、思考回路がストップしてしまった。

「すご〜い。ホントに温泉だ。ねぇ」

 聖美は、聖司が視界に入ったので何とはなしに話し掛けたが、温泉に入れるという興奮状態のためか、自分が裸なのをすっかり忘れていた。一拍、間を置いてから悲鳴を上げた。

「きゃあ、きゃあ。何でそんなところにいるのよ!」

 何も答えず呆然と立ち尽くしている聖司を見て、怒鳴りながらピシャリと戸ドアを閉めた。

「た、ただ外に出ただけだろ」

聖美はタオルで前を隠していたが、胸が少し見えた気がした。

「わわわ」

聖司は今頃、慌てて前を隠した。

「裸を見るなんて、責任取ってよね」

「責任?不可抗力だろ。そっちだって見ただろう」

「壁が壊れていますね」

顔を真っ赤にして騒いでいる聖美とは対照的に、真衣香は冷静に分析した。

ドアを少し開けて隙間から確認すると、男女を隔てる仕切りの板が一部なくなっていて女湯側が丸見えだった。

「すまん、鷹見。一昨年来たときも壊れていたんだけど、そのままだったとは」

「ほらみろ。俺は悪くない」

「分かったわよ。脱衣所に入って、私達が向こうに着くまで待っていてよ」

 聖司は言われるままに一旦小屋に入ると、二人の駆けていく足音が聞こえた。

「すまなかったな」

「いえ。良いんですよ」

二人は服を着るのが面倒くさかったので、裸のまま待っていた。

「で、どうだった?」

 健全な男子にとって、女の子の裸ほどベールに包まれているものはない。

「どうだったって言われても。昔は一緒に入ったし」

「この野郎。そんな小さい頃とは違うだろ」

 拳で聖司の肩を叩く。

「痛。それはそうですけど。実は、よく覚えていないんですよ。タオルで隠していたし。それに頭の中が真っ白になって、記憶が飛んでいる感じです」

「ほんとかぁ〜?」

「ホントですって。あっ、もう良いんじゃないですか?」

「ん?そうだな」

 はぐらかした聖司は、そそくさと外に出た。

 露天風呂は大きな岩に囲まれていて、板で仕切られている男の側だけでも二十人は入れそうだった。たぶん女の方と半分に分けているだろうから、合わせると結構な広さと言えた。聖司は頭と身体を流した後、お湯に浸かった。

―――やっぱり謝った方が良いよな。

 さっきは、あんな風に言ったが、男と女では裸を見られることへの意識がかけ離れていることを考えれば、経緯はどうあれ謝った方が良いと思った。

 目の前には多島と、壁の向こうには真衣香がいたが、早いほうが良いと思い壁越しに叫んだ。

「聖美」

「なによ!」

 さっきは「分かったわよ」と言っていたが、まだ怒っているようで、かなりきつい言い方だった。

「あのな。……ごめん」

 他の二人も気を遣うほどの沈黙が流れた後、聖美は一言だけ呟いた。

「ダメ」

 その後、二人は一言も話さず、帰り道でも離れて歩いた。そしてテントに戻ると、全員が重たい空気を感じながらタオルケットをかぶった。


第七章

    一

日付が変わって、みんなが寝息を立てている頃、聖司だけは寝付けないでいた。近くに流れる水のせせらぎを聞き、目を閉じたまま考え事をしていた。

―――楽しいはずの撮影旅行が、台無しだな。

 不可抗力なのは承知しているはずなのに、頑なに許してくれない聖美に、女心は難しいなと思った。

―――聖美の裸か。ホントに覚えていないんだよな。惜しいことしたな。いやいや、そんなことどうでもいいや。部長と瀬名に悪いことしたな。

 せめて先生にだけは悟られまいと考えていたとき、頭の中で話し掛ける声がした。

『聖司さん。起きていますか?』

―――梨々菜か。起きているよ。

『聖司さんのいる場所の近くに出現しました。出られますか』

―――この近く?分かった。いま出るよ。

『では、私も参ります』

 聖司は出来るだけ音を立てないようにシュラフから出ると、みんなが目を覚ましていないか耳を澄ました。そして暗がりに目が慣れると、自分のカメラバックを取るために立ち上がった。

―――これだな。

 大きな音を立てないよう慎重に持ち上げるが、些細な音すらもこの静寂の中では大きく聞こえた。

―――大丈夫かな。

起きてないかと一人ずつ確認したが、動いた様子はなかった。

 やっとの思いでテントから出ると、外は先程に比べて幾分、暗くなっていた。一息吐いて夜空を見上げると、月には雲が掛かっていた。

「ん?そう言えば、ここの担当の人はいないのかな」

 自分の担当区域からだいぶ離れた場所にいるのに、出動の連絡が来たので不思議に思っていると、葉っぱの擦れる音がした。

「聖司さん。お待たせしました」

 側に来ると、いつもより表情が険しいのが見て取れた。

「どうしたんだ?」

「今回は、三体同時に出現したようなんです」

「一体じゃないのか。初めてだな」

「はい。同じ日の同じ地区に、複数が出現するのは珍しいです。ですので、この地区の担当者一人では無理だということで、バックパップの要請が来たのです」

「了解。頑張ろうぜ」

 いつもと違うパターンに、聖司の表情が引き締まる。

「集中して行きましょう。もう一人、バックアップの方がいますので、まずは合流しましょう」

「分かった」

 二人が走り去った後、テントから出てくる人影があった。物音に気が付いて、目を覚ました聖美だった。初めは聖司が外に出て行っても、喧嘩の最中だから無視をしようとしたが、いるはずのない梨々菜の声が聞こえてきて考えが変わった。

起き上がって外を見ると、カメラバックを担いだ聖司と梨々菜が、どこかに走っていく後ろ姿が見えた。

聖美はしばらく考えた末、二人の後を追い掛けて暗闇の中に入っていった。

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