第五章 3〜4
三
その二日後の夜。宿題を終えた聖美は、椅子にもたれ掛かって大きく伸びをすると、昼休みの出来事を思い出した。
それは、また部室へ遊びに行き、聖司がトイレに行くと言って離れたときだった。二人きりになると、真衣香の表情が変わったのに気が付いた。
「観月先輩」
「な、なあに?」
「観月先輩には、好きな人がいますか?」
「好きな人?そうね。たくさんいるけど」
いったい何事かと身構えていた聖美は一息吐くと、家族や部活の仲間、芸能人のことを思い浮かべて指折り数えた。
「ちょ、ちょっと待ってください。ただの好きじゃなくて、彼氏にしたい人ですよ」
それを見抜いた真衣香は、言い直した。
「あっ、そういう好きか。いないよ」
即答されたので面食らった真衣香は一瞬、黙った。
「じゃあ、鷹見先輩のことは、どう思っているんですか」
「聖ちゃん?う〜ん。聖ちゃんのことは好きだけど、幼馴染みとしてよ」
「そうなんですか。じゃあ、私がアプローチしても良いですね」
「え?それは良いけど。瀬名さん、聖ちゃんのことが好きなの?」
「はい」
「そ、そうなんだ。へ〜」
躊躇なく言い放つ真衣香に驚いたと同時に、何だか寂しい気持ちにもなった。
―――聖ちゃんに、彼女が出来るかも知れない。
聖司との関係が修復したことを、ただ喜んでいた聖美に、新しい気持ちが芽生えていた。
「そうだ観月先輩は、鷹見先輩の秘密……。いえ、何でもないです」
真衣香は何かを言いかけて顔を逸らすと、言葉を濁した。気になったので聞き出そうとしたら、聖司が戻ってきた。
「聖美。次の英語の宿題やってきたか?俺、当たるんだよ。見せてくれないか。ん?どうかしたか」
聖司の顔をジッと見つめたので、顎に手を当てて顔をしかめた。
「ううん。何でもないよ。やって来てないの?仕方ないなぁ。見せてあげる」
「サンキュウ。もうすぐ始まるから。早く行こうぜ。じゃあな、瀬名」
―――秘密って、何?
聖美は、腕を引っ張られて教室まで歩いている間、何回も真衣香の言葉を反芻していた。
真衣香は知っているのに、自分は知らないことがある。聖美は、今まで感じたことのない疎外感に戸惑っていた。
四
同じ頃、珍しく早くに宿題を片づけた聖司は、ノートを閉じてスケッチブックを開いた。そして落書き程度のレベルで、新コスチュームの案をいくつか描き出した。この間、姫百合の千代を見たとき、それまでのあやふやな考えではなくて、真剣に考えようと思っていたのだ。
千代の場合、特に顔を隠してはいなかった。目撃される前に、任務を完了する自信があるからだろうか。それとも見られても良い位の気持ちで、やっているのかも知れない。
だが聖司は、ばれないようにしたかった。更に、正体を隠すためだけに変身するのではなく、任務に役立つ機能を付け加えた。
「これなんか、どうだ?」
聖司は、スケッチブックに描いたイメージを梨々菜に見せた。
「いいですね。格好いいですよ」
顔をヘルメット等で隠すとカメラが使えなくなるので、片目だけに黒いゴーグル状の物を掛け、服はシルバー基調のサイバーっぽいのを描いてみた。
「じゃあ、早速」
梨々菜に頼んで変身してみた。
「おおっ。良いんじゃないか」
「目に着けている物の機能は、それで良いですか?」
「ちょっと待って」
聖司は、クッションに座っている梨々菜を見た。
このゴーグルはロックオンした目標物までの距離と、その性格や特徴が文字情報として映し出される。弱点も出るようにしてあるのだが、捕捉してから数分かかる。
いまは梨々菜にピントを合わせているので、「目標物まで一m」と表示されていた。そして特徴の所には、「閻魔大王様の第二庇書。次期第一庇書候補」という文字が流れていた。
「これ何て読むんだ?庇う、書って」
「そんなことまで出たんですか?それは『ひしょ』と読みます。日本語の秘書と同じ読み方です。わたくし、閻魔様付きの庇書なんですよ」
「庇書ねえ。どんなことをするんだ?」
「そうですね。簡単に言えば、亡者の弁護人です。罪の重さによって様々な地獄に堕ちるのですが、閻魔様の独断ではなくて私達、庇書が弁護して庇うんです。他には、裁きの時に使う浄玻璃の鏡や業の秤などの道具を管理しています」
「大変そうな仕事だけど、こんな所にいてもいいのか?」
聞いていて結構、重要な職だろうことは分かった。
「はい。第一庇書がいれば大丈夫です」
「そうなのか。梨々菜って、もしかして偉い人?」
「え?そんなことはないですよ」
謙遜しているが、梨々菜のことだから本当は結構な地位なのだと思った。
「この間の、羅々衣って奴も庇書なのか?」
「はい。羅々衣さんは第四庇書です」
「ふう〜ん。第四ね」
第何庇書まであるのか分からないが、あの時の羅々衣の態度を思い返すと、何らかの競争があるのだろうと感じた。天界でも、会社のような出世争いがあるのだろうか。
―――もしかして、この任務も関わりがあるのか?梨々菜に聞いても、たぶん否定するだろうな。
もし任務の成績が出世に響くようなら、もっと頑張らなくてはいけないと思った。
「梨々菜。俺、もっと頑張るから」
「突然、どうかしたのですか?」
「どうもしないけど、頑張るよ」
「え、ええ」
梨々菜は小首を傾げたが、聖司のことを頼もしく見ていた。
―――弱点「雷」
「おっ、梨々菜の弱点が出た。雷がダメなのか。可愛いんだな」
中学生の聖司に可愛いと言われて苦笑した梨々菜の表情が、急に険しくなった。
「聖司さん!」
「出たか?早速、新コスチュームの出番だな」
「はい。急ぎましょう。瞬」
二人は一階には降りず、部屋の鏡を通って現場に急行した。