第五章 1
第五章
一
「ん〜。今日も良い天気〜」
聖美は雲一つない青空に向かって大きく伸びをすると、ジョギング前のストレッチを始めた。毎朝の習慣であるジョギングはトレーニングの意味もあるが、一日の始まりを心地良いものにしてくれる。
「よしっ。レッツゴー」
元気よく飛び出した聖美は、いつもと同じコースを順調に進んだ。
「はっ、はっ」
確かにジョギングは気持ちいいし好きなのだが、最近はふと聖司のことを思うことが多かった。空は青空だが、胸の内は曇ってくる。以前、ジョギングの話をしたとき、一緒に走ることを期待したのが原因だった。
聖司と一緒に走ることが出来たら、どんなに楽しいか。昨日までは、ただ同じことを思うだけだったが今日は違った。足が急に、いつもと違う方向を向いていた。
「ここって、聖ちゃんの家の近くだよね。昔、二人で遊んだことある」
いつもよりも長い距離を走ってきたので少し疲れた聖美は、小さな公園のベンチに座って休憩した。
公園の周囲は、聖美の身長より高い植物に囲まれていて、遊具はブランコ、シーソー、
滑り台があった。小さい頃は視線が低いから、こんな公園でも広く感じたものだ。聖司と楽しく遊んだ日々を想い出して、表情がほころんだ。
その時、背中の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「観月さんには、知られたくないんですね」
自分の名前に反応して振り返ると、密集している植物の隙間に人影を二人、確認した。
弾かれるように立ち上がった聖美は、人影が向かっている方の出入り口へ走った。
そして木の陰からチラリと覗くと、曲がり角から聖司と梨々菜が出てきた。何かを話しながら、真っ直ぐに走ってくる。
すぐに木の陰に隠れて息を潜めると、二人が横を走り去った。聖美は追い付く距離を置いて、そっと後を追った。
「観月さんも毎日、走っているんですよね。一緒に走ればいいのでは?」
「そうだよ」
「そうですよね」
「おい。今の声は俺じゃないぞ」
二人同時に振り返ると、梨々菜は微笑み、聖司は眉をひそめた。
「出た」
「なによ。出たって。私はゴジラじゃないよ」
「ゴジラという例えは、どうなんだ?」
「そんなこと、どうでも良いでしょう。言った私が恥ずかしいじゃない」
「ゴジラというのは、何ですか?」
梨々菜は、真面目な顔で尋ねた。
「気にしないでください。それよりも」
聖美は一歩踏み込んで、並んで走っていた二人の間に割って入った。
「ところで聖ちゃん。何しているの?」
横を向いて問い掛けると、聖司は前を見たまま答えた。
「何って。ジョギング……かな」
「そうだよねぇ。どう見たってジョギングだよねぇ。一緒に走るって聞いたとき、そんなことしないって、言っていたじゃない」
聖美の瞳が潤んできた。
「あれから考え直したんだよ」
「それなら、教えてくれれば良いのに。私が走っているコースまで聞いてさ。避けているってことじゃない」
「そ、そんなことはない……ぞ。って、おいおい」
聖美の目から、大粒の涙が零れた。
「泣くなよ。そんなことで」
「だって。去年の秋から冷たいんだもん」
「そうか?」
「そうだよ」
「そんなことないだろう」
「そうなの!」
梨々菜が差し出したハンカチで涙を拭う。
「え〜と」
頭をかいて困り顔をした聖司は、大きく一息吐いて言った。
「ごめん。分かった。どうすれば良いんだ?」
「毎日、一緒に走って良い?」
と言ってはみたが、不安げに聖司の顔を覗き込んだ。聖司は少し考え込んだが、聖美の泣き顔に負けた。
「いいよ」
「ホントに?やった〜」
泣いていたのが一変して、満面の笑顔になった。曇から雨に変わっていた聖美の気持ちは、台風一過、晴れ渡った。
「良かったですね、観月さん」
「うん」
急に思い立ったとはいえ、コースを変えたことで聖司に会えたことを、偶然ではなくて必然だと思いたかった。