第一話 寝落ちて1秒で強制起床
ふく-めつ【覆滅】
完全に滅びること。また、完全に滅ぼすこと。
麗らかな春の日差しが差し込む研究室。そこに、大きな欠伸をする男が一人。
「……もう今日は寝ていいかなぁ」
書類と実験器具で床の見えなくなった研究室をつま先立ちで歩く。ベッドに体を投げた。マットレスに疲労が沈んでいく。小鳥のさえずりと木々のざわめきをBGMに、瞼を閉じた──その時。
「リンネぇぇぇえ!!!」
けたたましい音と共に扉が開く。その風圧で床に転がっていたフラスコがいくつか割れた。扉を開けた男はズカズカと無遠慮にベッドに近づくと、リンネをバシバシ叩いた。
「おい起きろ!!何寝てるんだアホンダラ!!」
眠い眼を擦り、男を睨んだ。最近の宮廷魔道士はどうやら礼儀も知らないらしい。嫌味のひとつでも言ってやりたかったが、後が面倒なのでやめた。
「……ベルゴール。来る時は事前に言えと何度言えば──」
「そんなことはどうでもいい!!」
「よくな──」
「お前王都がどうなってるのか知らないのか!!勇者選抜の話で持ち切りだぞ!!」
この男はどうやらこちらの話を聞く気が全くないらしい。何を言っても遮られる。
「君、それより俺の資料をまた勝手に学会に出したよねぇ?」
ベルゴールを睨んだ。先日、目立ちたくないというこちらの意志など全く意に介さず、素晴らしいものは世に出すべきだ!と勝手に研究資料を持ち出された。そのせいでリンネは王宮に目をつけられ、宮廷魔道士や聖騎士にならないかという誘いが来た。もちろん全部断ったが、いい迷惑だ。
「お前はもう少し自分の研究の価値を分かった方がいい!!お前の出力効率化の研究で魔術界じゃ革命が起こったんだぞ!!」
熱弁が始まった。こうなると長い。リンネはわざと相手の土俵に乗ってやることにした。
「……で、王都の勇者選抜?がどうしたのさ」
「ああ、そうだった!!なんだ、聞くってことはお前も興味あるんじゃないか!このこのぉ!」
どうにか熱弁一時間コースは回避したようだ。肘でつつかれているのは非常にウザいが、仕方ない。
「お前の研究資料を王様が痛く気に入ったらしくてな。勇者選抜パーティに出ろだとよ」
「……は?」
ベルゴールが突き出してきた紙を見て、目を見開く。王家の紋章が刻まれた上質な紙。王命の文字。明日。勇者選抜パーティ。
「……最悪」
「じゃ、それ伝えに来ただけだから。頑張れよ〜」
ヒラヒラと手を振り、机にある菓子を何個か奪い取って部屋の出口へと向かった。
「ベルゴール。今すぐその菓子を置かないなら君はこの世とオサラバすることになるけど、いいの?」
ニッコリ微笑む。目が、笑っていない。リンネのこの顔はやばい。マジギレしている。ベルゴールは慌てて机に菓子を戻した。
「冗談だよ冗談……!!そんな怖い顔すんなって、な?……あ、そうだ。お前、間違っても逃げようなんて思うなよ。王命に背けば首チョンパだ」
首を掻き切る仕草をして、愉快そうに笑った。扉も閉めず去っていくベルゴールの背中を睨む。
「……1回殺すか」
悪態をつきながら割れたフラスコを片付ける。浮遊魔法でガラス片が踊るように動き出し、ゴミ箱へ入った。ベッドに倒れ込む。
「……まぁ、別に勇者に選ばれるって決まったわけでもないしねぇ」
そう自分に言い聞かせて、欠伸をひとつ。嫌なことがあった時は甘いものを食べて寝るに限る。ベルゴールが置いていった菓子を口に放り込み、ベッドへ倒れ込む。菓子を食べ終えると同時に、寝た。リンネは寝ることに関して、某ネコ型ロボットの相棒並に才能があった。どこでも3秒あれば入眠できる。麗らかな午後の日差しが、リンネを包み込んだ。この平穏な時間がずっと続けばいいのに……と願いながら。なお、その平穏も明日の午後には消え去る。勇者選抜パーティによって。
次回、王城へ。




