夢 ~あの後、娘はどうなってしまったのだろうか~
このお話は、昨日の夜に見た夢の話である。
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ある朝、台所に立っていたママが叫び声を上げた。
「もう会社辞める!」
僕も娘の七海も驚いてママの顔を見た。ママの顔は悲しみの表情を浮かべたまま、手に持っていた鍋を壁へと投げつけた。
ガン! ガランガラン! 大きな音を立てて、鍋が転がる。
僕と七海の体は硬直した。
「七海のバトンの練習会、パパが行って来て! それから車は私が使うから!」
ママはそう言うと、家から飛び出して行ってしまった。
僕は大きなため息を吐いた。そして、七海の顔を見下ろす。
「七海……行こうか」
七海は頷くと玄関へと走った。
七海は今、小学4年生である。僕は七海の背中をみつめながら、どうして子供は家の中を走って移動するのか……と考えていた。
ママが車を乗って行ったので、僕は七海と駅まで歩くことにした。それにしても、七海の荷物はとてつもない量だ。60Lもあるバッグが3つ。バトンの練習会にはこんなに荷物が必要なのだろうか。
「七海……練習でこんなに荷物がいるのか?」
僕は思わず泣き言を言うと、七海は小さく頷いた。
「うん、いるよ」
それを聞いて僕はため息をついた。
一体何が入っているのかわからないが、こんなに荷物があるなら車を置いていって欲しいと思った。
一応、断っておくが夢の中での話である。実際には、そんなに荷物はない。
僕は娘と二人で15分ほど歩いて、最寄りの「白鳥駅」へ到着した。
僕は二人の切符を買って、子供の切符を七海に渡す。
「さあ、行こうか」
僕は七海の手を引いて、電車のホームへ向かった。
電車はすぐにやってきた。
いつの間にか、周囲に霧が湧いてきていた。電車は霧に包まれながら、ゆっくりとホームに入ってくる。
僕たちは電車に乗った。
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目の前にグルグルと大きな渦が巻いている。白のバックに赤や黄色の渦模様。中に少しだけ黒い線が混ざっている。
それは右回りにゆっくりと回転して、グルグルと渦を巻いていった。
太い線は細く伸びて、屋久杉の年輪のように細く、長く、幾重にも、幾重にも渦を作っていった。
白の背景に、黄色と赤と黒の渦。
それがゆっくりと回って渦を作っていく。僕はその渦の動きをずっと見ていた。
しばらくすると、渦の中心からピカッと光が差してきて、僕は目を覚ました。
◆
プルルルル……
電車が発車するベルが聞こえた。
僕はドキリとして飛び起きると、振り返って窓の外を見た。そこには「松芝駅」という表示が目に入った。そこは、僕たちが降りる駅だったのだ。僕は慌てて飛びあがった。
「七海! 降りないと!」
七海は本を読んでいたが、僕の驚く声を聞くと飛び上がった。僕も七海の後を追って扉を出ようとしたが、60Lの荷物を3つも持ちきれない。とりあえず、ふたつを扉の外に出して、もう一つを取りに戻ろうとしたら扉が閉まった。
「ああっ、待って!」
僕は扉を両手で押さえたが、ドアは無情にも閉じてしまった。
「七海!」
「パパ!」
七海は驚いた顔をしながら僕を見ていた。
「七海! 次の駅で降りて戻って来るからそこで待ってて!」
すると七海を小さく頷いた。
そして、いつまでも僕を見送っていた。
僕は立ったまま、次の駅に到着するのを待っていた。だが、列車はいつまでたっても次の駅は到着しなかった。そして、真っ白な霧の空間へと突入していく。
車内が白い霧に包まれ始めた。
僕の体は段々と霧に包まれて、そして、すべてが真っ白になった。
◆
次に目を覚ました時、僕は宇宙空間を彷徨っていた。
真っ暗な空の下で、無数の星が煌めいている。遠くには巨大な銀河が渦巻いていた。
「なんだここは!」
無重力空間で、思うように移動できない。ただ、手をバタバタさせるだけだ。
しばらくすると、吸いこまれるように体が動き始めた。
「うわあ……」
僕は手足をバタつかせた。だけど、そんな抵抗も虚しく、体は吸い込まれていく。その銀河の渦に吸い込まれるように落ちていくと、また、真っ白な霧の中をフワフワと浮かんでいた。
◆
次の瞬間、僕は自宅のダイニングの椅子に座って、ボーッとテレビを見ていた。本当に何も考えず、ボーッと。
すると玄関の扉が開いて、ママが入ってくる。
良かった。機嫌は直っているみたいだ。するとママは顔をキョロキョロと見回す。
「パパ、七海はどうしたの」
「七海?」
その時、僕の頭の中に、七海を松芝駅のホームに置いて来たことを思いだした。
「あああーっ!」
僕は玄関を飛び出すと、車に飛び乗って、松芝駅へと向かった。
◆
次の瞬間、僕は自分が布団の中にいることに気が付いた。まだ、薄ぼんやりと眠気に包まれたまま、目を開ける。天井が見えた。
この時、僕はすべてを理解した。
あーこれは夢の中なのだと。
「このままじゃ、七海を駅に置いたまま、夢から覚めてしまう!」
僕は目を閉じて、夢の中へと戻ろうとした。早く行かないと、夢の中の七海を、永遠に駅へおいてけぼりにしてしまう。取り返しのつかないことになる!
しばらくの間、目を閉じてジッとしていると、今度は電気が消えるように、周囲が真っ暗になった。
◆
次に飛ばされたのはミカン畑だった。
僕は立ち上がって周囲を見渡す。遠く見下ろした先に、松柴駅が薄っすらと見える。
「きっと、レム睡眠に入ってしまったんだ!」
僕は慌てて山の斜面を駆け下りていく。
「早くしないと、またこの夢が切り替わってしまう」
僕は急斜面を転がように降りて行った。
◆
だが次の瞬間、僕は自転車に乗って坂道を下っていた。
僕はここがどこかわからず、首をキョロキョロとさせた。
「ちくしょう!また夢が変わった!」
僕は自転車で、猛スピードで斜面を降りていく。
遠くから学校のようなものが見えてきた。七海のバトンを練習場だ。
すると前から、可愛い柴犬を連れたお爺さんが歩いて来る。
「あ…‥可愛いなー。柴犬ってなかなか気難しいって聞くけどホントなのかな?」
そんなことを考えていると……。
今度は柴犬と一緒にランニングしているのだ。
「えええっ?」
僕は唇を噛んだ。
「くそう……柴犬に意識を向けたのが悪かったか……」
そんなことを思いながら走った。
「自転車のままだったら、もう駅についただろうに!」
そんなことを考えながら走っていると、駅前の商店街へ入って行った。
「もうすぐだ。七海!無事でいてくれ!」
夢の世界を転々としていたので、七海と別れてからどれくらい経っているのかまるでわからなかった。しばらく自転車で走っていくと、映画の看板が目に入った。
映画のタイトルは、吸血鬼ドラキュラ。
その看板を見た途端。僕の意識はフッと失われた。
◆
気が付くと、僕は血塗られた家の玄関に立っていた。
「ひいいっ!」
自分の恰好を見ると、西部劇のガンマンのようだ。
「こんなんじゃ、七海の元へ向かえない」
僕はなんとかここから脱出する方法を探した。
すると、村のあちこちから、飢えたゾンビが現れた。それは少しづつ増えて、僕に襲いかかって来る!
僕は腰のピストルを手に握った。そして銃口をゾンビに向けて、弾を発射した。
だが、ゾンビに銃は効かなかった。僕はたちまち押さえ付けられてしまった。
「ああ! 頼む! 助けてくれ!」
すると現れたのは吸血鬼ドラキュラ。黒いスーツを身に纏い、青白い顔で僕を見て来る。そして、牙のある口元をニヤリとさせながら、尖った爪で僕を頬をひっかく。
「ハハハ、ようやく捕まえたぞ、この異邦人め」
「頼む……急いでいるんだ! 離してくれ!」
「離せと言われて離す馬鹿がどこにいるってんだ!」
ドラキュラはそう言うと、ハハハハと笑った。
「お前はこれから、死ぬより辛い拷問に合うのだ。そして最後、消えかけた蝋燭の火のようなお前の命を……」
その時ドラキュラは開いた手の平をギュッと握った。
「握りつぶす」
ドラキュラはそう言うと、また笑った。その様子を見て、僕はギュッと目を閉じた。ああ、万事休すか! そう思った時、ある閃きが僕の頭に落ちてきた。
「あれ、これって確か……俺の夢の中の話しだよね……」
そう思った途端……僕の力がもりもりと湧いて来るのを感じた。そして、左右で押さえているゾンビたちを振りほどいて、右へ左へと投げ飛ばした。
それをみたドラキュラは、冷や汗を流した。
「お前、一体どうやって?」
僕はドラキュラを睨みつけた。
「どうやってだって?」
僕は指をポキポキ鳴らしながら、ドラキュラに近付く。
「そりゃ、お前、ここは僕の夢の中なんだよ? そして君は夢の産物にすぎない」
「ひいっ、覚えてろ!」
ドラキュラはマントを広げて逃げようとしたが、僕はすぐさま飛びあがって彼の腕を掴んだ。すると彼の腕はミシミシと音を立てた。
「ぎゃああ!」
バタバタと暴れる吸血鬼を、僕は地面にねじ伏せた。
「さあ!僕をさっきいた世界へ戻せ! 戻さなければ、お前の存在自体を消し去るぞ!」
「ひいい!」
ドラキュラは小さく悲鳴を上げると、僕の前から消え去った。
そして、気が付けば、元いた商店街に立っていた。
僕は駅に向かって走り始めた。
◆
また飛ばされた。
目の前には、ロシア正教会の美しいドームが見えた。
「ええ? ここはモスクワ?」
僕は地団駄を踏んだ。
「ここと違う! 七海はどこだ!」
すると近くの人に帽子を手渡される。そして、窮屈そうな帽子をかぶった叔父さんを探すよう言われた。
その叔父さんこそ、満たされない女スパイ、ナーニャというロシア女が変装した姿なのだという。
なぜだかわからないが、僕は帽子のおじさんを探した。
すると、噴水のある広場の脇に、窮屈そうな帽子を被った小柄なおじさんを発見した。
「すみません! あなたに帽子を渡すように言われました、これをどうぞ!」
その叔父さんが帽子を受け取ると、その瞬間、周囲の景色は一変して、瞬く間に松芝駅のホームへと戻ってきたのだ。
そしてそこには、ホームでジッと待つ七海の姿があったのだ。
「七海!」
僕は叫んだ。
「パパ!」
七海が走り出した。僕も七海の方へと走り出した。
だが、同時に異変も起きていた。周囲の霧が濃くなってきたのだ。
「ああ、まずいぞ、霧が!」
僕は思った。
もし、ここで、別の世界に飛ばされてしまったら大変なことになる。もう目覚める時間なのだ。
「七海っ!」
僕は走った。七海も走っている。
周囲の霧が、二人を包み始めた。
「駄目だ、七海! 消えちゃ駄目だ!」
七海が霧に呑まれている。もう顔と、伸ばしている手首しか見えない。
「パパ!」
「七海!」
とうとう七海の顔が霧に呑まれた。
「七海ーーっ!」
僕は腕を伸ばしたが、そのまま霧の中を駆け抜けた。
僕は振り返った。
だが、周囲には誰の姿もなかった。
◆
気が付くと朝だった。
僕は飛び起きた。そしてすぐ近くを見る。
当然のことだが、そこには僕の娘がぐっすりと寝ていた。ふと見ると、ママも健やかに眠っていた。僕はホッと胸を撫で下ろした。
「だけど、あの夢の中の七海はどこへ行ってしまったのだろうか」
夢の中で彷徨っているのではないだろうか。
僕は心配になったが、もう完全に目覚めてしまって眠ることが出来ない。
「しょうがない。また夜になったら……夢の中の七海を探そう」
僕はそう思いながら、起床してダイニングへ向かった。
だが、その日以降、七海の夢を見ることはなかった。七海を探す夢も現れなかった。一体、夢の中の七海はどこへ行ってしまったのだろうか。
また、いつか会える時を夢見て、今日も静かに眠りにつくとしかない。
(END)




