彼と電話
夜。私はお風呂に入ってさっぱりすると、部屋に戻る。
真っ先にスマホのLINEを確認すると、
「電話していい?」
と自分が書いたもので終わっており、彼が既読した様子はなかった。
「バイトで忙しいものね」
髪をタオルで拭きながら残念がっていると、急にスマホが鳴り出した。
急いで手に取ると、
「もしもし?」
「もしもし?」
彼の少し威圧するような声。
でもどこか温かみのある声に、私はほっとし、スマホを硬く握りしめる。
「今、いい?」
「いいよ。ちょうどお風呂から上がったところだから」
私が了承すると、何故が沈黙が訪れる。
もう家に帰っているはずなのに、側に誰かいるのだろうかと詮索してしまう。
「どうしたの?」
心配になって声をかけると、彼はより穏やかな声で話しかけてくる。
「何でもない。ちょっと考え事をしていただけ」
「そうなの?」
何を考えていたのかは知らないが、何となく追及しないほうがいいような気がした。
「今日もお疲れ様でした」
学校とバイトをかけもちするのは大変なのに、1日も休むことなく働く彼を尊敬していた。
「ありがとうな。お前の声を聞いたら、力がわいてきた」
「もう大げさなんだから」
私はくすりと笑うと、話し始める。
「明日の美術の時間、楽しみだね」
「ああ、切り絵か。えっと…」
何か漁る音がし、彼が言ってくる。
「4時間目か。ちょうどお腹が空く頃だな」
「大丈夫。私、またお菓子を持っていくから。今ね、こんにゃくゼリーにはまっているんだ」
「こんにゃくゼリー? へえ。楽しみだ」
彼が笑った気がして、私も嬉しくなる。
「私、金閣寺の切り絵を作ろうと思って」
「金閣寺? そうなんだ」
彼は感心したような声を発する。
修学旅行にはまだ早いのだが、美術の先生は京都と奈良の切り絵を作らせようとしているのだった。
学園祭で廊下に飾るつもりらしい。
「俺は何を作ろうかな? …そうだな、阿修羅像が良いかもしれない」
「阿修羅像? 良いね。かっこいい!!」
私がはしゃいだ声を出すと、彼が残念そうな声を出す。
「今すぐ会いたいな。電話じゃもどかしい」
「そうだね。私も…会いたいな」
私は少し照れたように言うと、彼がチュとキスしてきた。
びっくりして、私は言葉を失う。
「明日、デザインカッターを忘れないようにしないと」
彼は話題を変えたが、私は頭がぐるぐる回り中だった。
しかも悔しい。彼にやられた感があった。
「あの、その…!!」
何とか言葉にしようとしたが、上手くいかないので、彼を真似してキスをしてみる。
上手く伝わったかは知らないが、彼が息を飲むのが分かった。
やったと小さく喜んでいると、彼がまた仕掛けてくる。
「愛している」
「!!」
私はドキドキして、スマホを思わず耳から離してしまった。
何? 何? 何? 今の。
私は大いに混乱し、髪を掻きむしる。
彼の「おーい」という声が聞こえたので、私はスマホを元に戻し、聞いてみる。
「な、何…?」
「うん? いや、そろそろ切ろうかと思って」
「そ、そうなんだ」
残念な気持ちと、整理したい気持ちと、せめぎ合う。
「じゃあな。また明日」
「うん、その…愛している」
小声になってしまったが、ちゃんと気持ちを伝えると、彼がふふと笑った気がした。
「おやすみ」
それでスマホが切れ、彼との時間が終わってしまった。
私はまだ耳に押しつけながら、彼の声を反復している。
「うわ…。明日、どういう顔で会おう?」
ベッドに横たわると、1人でキャーと悶絶するのだった。




