平和の島に、戦火は来る〜軍を捨てた王国の最期〜
オリンピドュ歴709年。
世界は3つの国で分かれていた。
東の共和制国家「テルン共和国」。
西の帝政国家「スバル帝国」。
中間地点に王政の中立国「ピース王国」。
テルンとスバルは、思想と覇権を巡る「テーマ戦争」と呼ばれる泥沼の戦争状態にあった。
そして、テルンとスバルの中間に位置するピースは両国にとって無視できない戦略的要地であった。
この複雑怪奇な情勢の中で、ピースは生き残れるのだろうか?
青い海に囲まれた小国「ピース王国」。
この国には、城壁どころか軍隊すら保有していなかった。
ピースは、東の大国「テルン共和国」と西の大国「スバル帝国」の中間地点に位置し、中継貿易によって繁栄した国だったからだ。
国民は皆、口を揃えて言う、
「軍隊は経済の足を引っ張る金食い虫。資源と時間を無駄にするだけ。軍隊など無くとも、こちらから争わなければ攻撃されることはない。話し合えば分かる。」
と。
国民は笑って暮らしていた。
畑を耕す者。
漁に出る者。
子どもたちは白い砂浜を駆け回り、夜には広場で歌声が響く。
「他国の争いには関わらない」
それがピースの国是だった。
東ではテルンが西のスバルと30年にわたる戦争をしていたが、ピースはどちらにも属さず、中立を守っていた。
ある日。
水平線を埋め尽くす黒い軍艦が現れる。
テルンの国旗を掲げた大艦隊。
国民は息を呑み、子どもたちは泣いた。
その夜、テルンの使者が王の前に立つ。
「スバル帝国との貿易を停止せよ」
玉座の間は静まり返った。
若き王アントニウスは、静かに問い返す。
「……従わなければ?」
使者は冷徹に言った。
「直ちに軍隊を送って占領する。」
翌日、島内で議論が起こった。
「従うべきだ!」
「自由を失う!」
「我々は中立国だ!テルンが攻めてくるわけない!」
広場では怒号が飛び交う中、王は海を見つめていた。
ピースには軍隊がない。
兵も武器もない。
それでも――
「武力に屈して得た平和は、本当の平和と呼べるのか。」
使者は再び言った。
「平和とは、力が対等な者同士でしか成立しない。弱き者は、強き者に従うしかない。」
王はしばらく沈黙した。
やがて顔を上げ、テルンへの拒絶を宣言する。
使者が戻ったその瞬間、海から軍艦の砲撃が始まった。
空を裂く砲弾。
燃え上がる港。
崩れる家々。
悲鳴が夜を覆う。
昨日まで歌が響いていた広場には、血が流れていた。
王は農具を握りしめ、民を逃がすため前線に向かう。
王は逃げ遅れた民を庇いながら、必死に抵抗した。
圧倒的だった。
平和しか知らなかった島は、戦争の前ではあまりにも脆かった。
やがて王都が陥落する。
燃える城のなかで、忠臣は王に叫ぶ。
「お逃げください!王だけでも!」
だがアントニウスは首を振った。
「民を残して、生き延びる王に価値はない。」
扉が破られる。
テルン兵が雪崩れ込む。
その時、王は最後に海を見た。
穏やかな青だった。
まるで何も変わっていないかのように。
「……平和とは、願うだけでは守れないのだな。」
炎の中、王は農具を構える。
そしてピース王国の名は、この日、地図から消えた。
後に島の男性は1人残らず粛清され、女や子どもは奴隷として島から連れ出された。
無人となった島には、やがてテルン人が入植した。
ピース王国の言葉も、歌も、海に沈んだ。
だが後の時代。
共和国の歴史書には、こう記される。
「最も弱く、最も誇り高い島だった」と。




