衝突
盗賊たちが一斉に襲いかかってくる。
「エリス、グレンさんを守ってくれ!」
「言われなくても!」
エリスが馬車の前に立ち、レイピアを構える。
俺は――前に出た。
「来い」
最初の三人が同時に斬りかかってくる。
剣を横に薙ぎ、一人目の武器を弾く。回転の勢いを利用して、二人目の脇腹を斬る。
「ぐあっ!」
三人目が背後から襲ってくる気配。
振り向かずに、バックステップで距離を取る。
「ちっ、すばしこい!」
「そっちこそ、遅い」
踏み込んで、一閃。
三人目が剣を落として、地面に倒れた。
「くそっ、一人でやるな! 囲め!」
盗賊たちが隊形を変え、俺を包囲しようとする。
だが――
「させない」
左に駆ける。包囲網を崩す。
一番外側にいた盗賊に接近し、剣を振るう。
「うわっ!」
盗賊が慌てて剣で受ける。だが、力負けして武器を弾かれた。
「終わりだ」
剣の腹で頭を殴り、気絶させる。
四人倒した。残り六人。
「こいつ……ただの新人じゃねぇ!」
「黙れ! 数で押せ!」
残りの盗賊たちが、今度はエリスの方に向かった。
「!」
「エリス!」
「こっちは大丈夫です!」
エリスの声。
見ると、エリスは優雅な動きで盗賊たちの攻撃をかわしていた。
レイピアが光を描く。
「光剣舞・一の型!」
連続突きが盗賊の胸、腕、脚に命中する。
「ぐあああっ!」
盗賊が倒れる。
「二の型!」
回転しながらの斬撃。二人の盗賊がまとめて弾き飛ばされた。
「すげぇ……」
思わず見とれてしまった。
エリスの剣技は、美しい。まるで舞踏のような、流れるような動き。
だが――
「危ない!」
俺の視界の端に、弓を構える盗賊が見えた。
狙いはエリス。
エリスは他の盗賊に集中していて、気づいていない。
「くそっ!」
全力で駆ける。
矢が放たれた。
「エリス、伏せろ!」
「え!?」
エリスが反応する前に、俺が前に飛び込んだ。
左腕で矢を弾く。
「ぐっ!」
痛みが走る。矢が腕を掠めた。
「レン!?」
「大丈夫だ。それより!」
弓を持った盗賊に向かって、俺は剣を投げた。
剣が回転しながら飛び、盗賊の肩に突き刺さる。
「ぎゃああ!」
盗賊が弓を落とす。
「今だ!」
駆け寄って、殴り倒す。
気がつけば、全ての盗賊が地面に倒れていた。
「……終わったか」
息が上がる。腕が痛い。
「レン、腕……!」
エリスが駆け寄ってきた。
「見せてください!」
「いや、大したことない」
「大したことないわけないでしょう! 血が出てます!」
エリスは強引に俺の腕を掴み、傷を見た。
「……浅いですね。でも、手当てが必要です」
エリスは自分のポーチから包帯と薬を取り出した。
「動かないでください」
「あ、ああ……」
エリスの手が、俺の腕に触れる。柔らかくて、温かい。
薬を塗り、丁寧に包帯を巻いていく。
「……どうして」
エリスが小さく言った。
「どうして、庇ったんですか?」
「仲間だからだ」
「仲間……」
「そうだ。例え一時的でも、一緒に戦ってる。なら、守るのは当然だ」
エリスの手が止まった。
顔を上げると、エリスが俺を見つめていた。
碧い瞳。そこには、驚きと――何か別の感情が混じっていた。
「……ありがとうございます」
小さな声。
「でも、次からは自分で気をつけます。あなたに守られるなんて……」
「騎士のプライドか?」
「……ええ」
エリスは少し頬を赤らめて、顔を背けた。
「包帯、巻き終わりました」
「ありがとう」
「お、お礼を言われることじゃありません。あなたが私のせいで怪我をしたんですから」
その時、グレンが馬車から降りてきた。
「お二人とも、本当にありがとうございました! 助かりました!」
「無事でよかったです」
エリスが微笑む。
「それにしても、お二人とも強いですね! まるで熟練の冒険者みたいでした!」
「いえ、まだまだです」
エリスは謙遜する。
だが、確かにエリスは強かった。あの剣技は、並の訓練では身につかない。
「……エリス」
「何ですか?」
「さっきの剣技、すごかったな」
「え……?」
エリスが驚いたように目を見開いた。
「あ、ありがとうございます……」
顔が赤くなっている。
「でも、あなただって。あの動き、本当に新人なんですか?」
「俺にも分からない。身体が勝手に動くんだ」
「身体が……」
エリスは不思議そうに首を傾げた。
「記憶がないのに、戦い方は覚えている……不思議ですね」
「ああ。だから、知りたいんだ。俺が何者なのか」
エリスはしばらく俺を見つめてから、小さく笑った。
「きっと、すごい人だったんでしょうね」
「どうだろうな」
盗賊たちを街道脇に縛り上げ、目的地の町に着いたら自警団に通報することにした。
再び出発。
さっきまでと違い、エリスが俺の隣を歩いている。
「……あの」
エリスが口を開いた。
「さっきは、ありがとうございました。私が油断していたせいで」
「気にするな。お互い様だ」
「お互い様……そうですね」
エリスが微笑む。
その笑顔を見て、少しドキッとした。
エリスは、笑うと本当に綺麗だ。
「あの、レン」
「ん?」
「もしよければ……名前で呼んでもいいですか?」
「ああ、構わない」
「では……レン」
名前を呼ばれて、不思議な感覚がした。
悪くない。むしろ、心地よかった。
「俺も、エリスって呼んでいいか?」
「……はい」
エリスは嬉しそうに頷いた。
夕方。
街道沿いの小さな村で一泊することになった。
グレンが宿を手配してくれた。小さな宿だが、清潔で居心地がいい。
夕食を三人で食べる。
「お二人のおかげで、予定通り進んでいます。明日の夜には町に着けそうです」
「よかったですね」
エリスが笑う。
「本当に。お二人がいなければ、どうなっていたことか」
食事が終わり、部屋に戻る。
俺とエリスの部屋は隣同士だった。
「それでは、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
エリスが自分の部屋に入る。
俺も部屋に入り、ベッドに横になった。
「……疲れたな」
腕の傷が少し疼く。でも、エリスの手当てのおかげで、痛みは大したことない。
窓の外を見ると、満月が浮かんでいた。
その月を見ていると――
また、記憶の断片が浮かんできた。
『――ミコト、お前は優しすぎる』
誰かの声。
『――仲間を守るのは当然だ。でも、お前自身も大切にしろ』
『――お前が倒れたら、俺たちが悲しむんだぞ』
温かい声。優しい声。
「……誰だ」
顔は見えない。でも、その人は――
俺の、大切な人。
「また、会えるのか……?」
呟いた言葉は、夜の静寂に溶けていった。
翌日。
朝から順調に街道を進んだ。
エリスとの会話も増え、雰囲気は昨日よりずっと良くなっていた。
「レンは、戦う時に何を考えているんですか?」
「何も考えてない」
「え?」
「身体が勝手に動く。考えるより先に、動いてる」
「それは……ある意味、理想的ですね」
エリスは感心したように頷いた。
「騎士の訓練でも、『考えるな、感じろ』と言われます」
「でも、俺の場合は……何か、違う気がする」
「違う?」
「まるで、何度も繰り返してきたみたいなんだ。身体が、全部覚えてる」
「……不思議ですね」
エリスは少し考え込むような顔をした。
「あの、レン」
「ん?」
「その左肩の刻印……何なんですか?」
「!」
思わず左肩に手を当てる。
「……分からない。気づいた時には、あった」
「見せてもらってもいいですか?」
「……ああ」
服をずらして、刻印を見せる。
複雑に絡み合った黒い文様。
エリスがそれを見た瞬間――
顔色が変わった。
「これは……」
「知ってるのか?」
「いえ……見たことがあるような、ないような……」
エリスは困惑したように首を振った。
「どこかで見た気がするんです。でも、思い出せない……」
「……そうか」
何か、重要な手がかりになるかと思ったが。
「でも、この刻印……普通じゃありませんね」
「どういう意味だ?」
「魔力を感じます。それも、とても強い」
エリスが刻印に手を伸ばした――その瞬間。
刻印が光った。
「!?」
「きゃっ!」
エリスが手を引く。
「今の……」
「……すまない。時々、こうなる」
「こうなるって……」
エリスは不安そうな顔をした。
「大丈夫なんですか?」
「ああ。痛みはない」
「でも……」
エリスは心配そうに俺を見つめた。
その優しい視線に、少し心が温かくなった。
昼過ぎ。
目的地の町が見えてきた。
「着きましたね!」
グレンが嬉しそうに言った。
「ここで荷物を降ろして、明日の朝に戻ります」
「分かりました」
町に入り、グレンの取引先の倉庫に荷物を降ろす。
「お二人とも、今日は自由にしてください。明日の朝、また集合ということで」
「はい」
「では、今夜は私が夕食をご馳走します! 美味い店を知ってるんですよ」
グレンがウインクした。
夕方。
グレンに案内されて、町の食堂に入った。
賑やかな店内。美味しそうな匂いが漂っている。
「ここの肉料理が絶品なんです!」
グレンの言葉通り、出てきた料理は素晴らしかった。
柔らかい肉。香ばしいソース。新鮮な野菜。
「美味い……!」
「でしょう?」
グレンが満足そうに笑った。
エリスも、普段の凛とした表情が緩んでいる。
「本当に美味しいですね」
「お二人に喜んでもらえて、私も嬉しいです」
食事をしながら、グレンが話し始めた。
「実は、私には娘がいましてね。お二人と同じくらいの年です」
「そうなんですか?」
「ええ。その子が冒険者に憧れていて。でも、私も妻も心配で……」
グレンは少し寂しそうに笑った。
「だから、お二人のような若い冒険者を見ると、娘のことを思い出すんです」
「……きっと、娘さんは立派な冒険者になりますよ」
エリスが優しく言った。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、父親として嬉しいです」
食事が終わり、宿に戻る。
部屋の前で、エリスが立ち止まった。
「あの、レン」
「ん?」
「今日一日……楽しかったです」
「……そうか」
「最初は、あなたとどう接していいか分からなくて。でも……」
エリスは少し照れたように笑った。
「あなたは、いい人ですね」
「そうかな」
「ええ。だから……その、これからも、よろしくお願いします」
エリスが手を差し出してきた。
俺はその手を握った。
「こちらこそ」
握手をして、お互いに部屋に入る。
ベッドに横になり、天井を見つめる。
「エリス、か……」
不思議な奴だ。
最初は取っつきにくいと思ったが、話してみると、優しくて、真っ直ぐな人間だった。
「……いい奴だな」
そう思った瞬間――
また、左肩の刻印が熱を帯びた。
「また……?」
刻印に手を当てる。
そして――頭の中に、声が響いた。
『――時が来た』
「!?」
『――二つ目の封印を解く』
「誰だ!?」
『――汝の力を、さらに解放する』
刻印が激しく光る。
「ぐっ……!」
痛い。焼けるように熱い。
そして――
全身に力が流れ込んでくる。
新しい記憶。新しい技術。
『――融合術式・第二階層、解放』
その言葉と共に、意識が遠のいていった。
翌朝。
目が覚めると、身体が軽かった。
昨夜の出来事を思い出す。
「二つ目の封印……」
左肩を見ると、刻印の一部が変化していた。
より複雑に、より鮮明に。
「これは……」
力が、明らかに増している。
試しに、剣を握ってみる。
感覚が、以前と違う。
より鋭く、より正確に、剣の重さ、バランス、全てが分かる。
「すごい……」
この力なら――
「いや、待て」
この力を、簡単に使っていいのか。
まだ、自分が何者か分からない。
この力の正体も、刻印の意味も。
「……慎重に、使わないと」
そう自分に言い聞かせた。
朝食後、グレンの馬車で帰路についた。
「昨夜はよく眠れましたか?」
「ええ」
エリスが答える。
俺は――正直に言えば、あまり眠れなかった。
でも、それを言う必要はない。
「レン、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
エリスが心配そうに訊いてくる。
「ああ、大丈夫だ」
「無理しないでくださいね」
「……ありがとう」
帰り道は、特に何事もなく進んだ。
そして――
夕方、エクリプスの街が見えてきた。
「着きましたね」
「ええ。お二人のおかげで、無事に往復できました」
グレンが感謝の言葉を述べた。
「本当にありがとうございました。報酬は、ギルドに届けておきます」
「ありがとうございます」
馬車から降り、グレンと別れる。
「それでは、私はこれで」
エリスが言った。
「もう行くのか?」
「ええ。宿に戻って、明日の準備をしないと」
「そうか……」
少し、寂しい気がした。
「また、会えるか?」
俺が訊くと、エリスは少し驚いたような顔をして――
それから、笑顔を見せた。
「ええ。また、会いましょう」
「ああ」
「それでは、レン。またいつか」
エリスが手を振って、去っていく。
その背中を見送りながら、俺は思った。
もっと、一緒にいたかった――と。




