金髪の騎士
翌朝。
宿の窓から差し込む朝日で目が覚めた。
身体の痛みはほとんど引いている。昨夜、ミラに勧められた治癒薬のおかげだ。この世界の薬は、驚くほど効果が高い。
「……今日はどうするか」
ベッドから起き上がり、窓の外を見る。エクリプスの街は朝から活気に満ちている。
昨日の出来事を思い返す。融合術式。謎の球体。そしてシュバルツ。
左肩の刻印に触れる。今は静かだが、確かに何かが変わった。力が、以前より明確に感じられる。
「もっと強くならないと……」
記憶を取り戻すためにも、自分を守るためにも。
支度を整え、宿を出た。
ギルドに向かう途中、中央広場を通りかかった。
朝市が開かれていて、多くの人々で賑わっている。野菜、果物、肉、魚、魔法道具――ありとあらゆるものが売られている。
「すごいな……」
村では見たこともない光景だ。
ふと、果物の屋台の前で立ち止まった。真っ赤なリンゴが山積みになっている。
「いらっしゃい、お兄さん! 新鮮なリンゴだよ!」
「……一つください」
銅貨二枚でリンゴを買い、その場で齧る。シャリッとした食感と、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。
「美味い……」
リンゴを食べながら広場を歩いていると――
ガヤガヤとした人だかりが目に入った。
「何だろう?」
近づいてみると、人だかりの中心には、一人の少女と三人の男がいた。
少女は――金髪のロングヘアを右側でサイドテールにまとめた、美しい顔立ちの女性だった。年は俺と同じくらいか。
軽装の鎧を身につけ、腰には細身の剣。明らかに、戦える人間だ。
そして、その少女を囲むように立っているのは――
「あれは……昨日の」
見覚えがある。ギルドで絡んできた、カインとその仲間たちだ。
「だから、俺たちとパーティを組めって言ってんだよ!」
カインが少女に詰め寄っている。
「お断りします」
少女は冷たく言い放った。
「何だと!? 俺たちはB級冒険者だぞ! お前みたいな新人が組めるなら、光栄に思え!」
「光栄? 冗談でしょう」
少女は鼻で笑った。
「あなたたちのような三流と組むくらいなら、一人の方がマシです」
「てめぇ……!」
カインの顔が真っ赤になる。
「生意気な口を……!」
カインが少女の腕を掴もうとした――その瞬間。
少女の手が動いた。
バシィン!
乾いた音が響き、カインの手が弾かれた。
「触らないでください。汚らわしい」
「っ……この女!」
カインが怒りで拳を握る。このままでは、揉め事になる。
俺は――
「……悪いが」
人だかりをかき分けて、前に出た。
「そこまでにしておいたらどうだ?」
全員の視線が、こちらに向く。
「あ? てめぇは……昨日の新人か」
カインが俺を睨みつけた。
「関係ねぇだろ。失せろ」
「関係ある。ギルドの規則で、冒険者同士の喧嘩は禁止されてる」
「喧嘩じゃねぇ! 勧誘だ!」
「断られてるじゃないか。しつこくするのは迷惑行為だ」
カインの顔がさらに赤くなった。
「てめぇ……昨日といい、今日といい……調子に乗りやがって!」
「調子に乗ってるのは、どっちだ?」
俺は一歩前に出た。
カインも一歩前に出る。一触即発の空気。
「やんのか、おい?」
「やるつもりはない。でも、その女性が迷惑してる。それだけだ」
「ちっ……」
カインは舌打ちして、仲間たちを見た。
「おい、行くぞ」
「いいのかよ、カイン」
「ギルドに通報されたら面倒だ」
カインたちは、捨て台詞を残して去っていった。
「覚えてろよ、新人……」
その背中を見送ってから、俺は少女の方を向いた。
「大丈夫か?」
「……別に、あなたの助けなど必要ありませんでしたが」
少女は冷たく言った。
「それに、勝手に割り込まないでください。私は自分で対処できます」
「……そうか」
予想外の反応だった。感謝されるどころか、突き放される。
「じゃあ、失礼する」
踵を返そうとした――その時。
「……待ってください」
少女が俺を呼び止めた。
「何だ?」
「……一応、礼は言っておきます。ありがとうございました」
少女はそっぽを向いたまま、小さく言った。
「でも、勘違いしないでください。私はあなたに助けられたわけではありません」
「分かってる」
俺は苦笑した。
「じゃあ」
「あの……」
また呼び止められる。
「名前を教えてください。私の名前は、エリス・ルミナス」
「……神代レン」
「神代……変わった名前ですね」
エリスはじっと俺を見つめた。碧色の瞳。鋭い視線。
「あなた、冒険者ですか?」
「ああ。昨日登録したばかりだ」
「昨日……? にしては、落ち着いていますね」
「そうか?」
「普通の新人なら、あの状況で割って入る度胸はありません」
エリスは興味深そうに俺を観察している。
「……あなた、もしかして」
「何だ?」
「いえ、何でもありません」
エリスは首を横に振った。
「とにかく、助けていただいたことには感謝します。それでは」
そう言って、エリスは去っていった。
金髪が朝日に輝いて、綺麗だった。
「……変わった奴だな」
呟いて、俺もギルドへ向かった。
ギルドに着くと、受付にはミラがいた。
「おはよう、レンくん」
「おはようございます」
「今日も依頼?」
「はい。何かいいのはありますか?」
「そうね……」
ミラが依頼の一覧を見せてくれる。
その中に、一つ気になるものがあった。
【護衛依頼 / 商隊の護衛 / 報酬:銀貨30枚 / 推奨ランク:E / 期間:3日】
「これは?」
「ああ、それね。商人が隣町まで商品を運ぶんだけど、最近街道に盗賊が出るから、護衛が欲しいって」
「三日間か……」
「うん。往復で三日。興味ある?」
「……受けます」
「分かった。じゃあ、依頼主を紹介するわね」
ミラが奥に声をかけると、小太りの中年男性が出てきた。
「おお、護衛の方ですか!」
「はい。神代レンと言います」
「私はグレンと申します。商人をしておりまして」
グレンは人の良さそうな笑顔を浮かべた。
「実は、もう一人護衛を雇っているんです。二人いれば安心ですからね」
「もう一人?」
「ええ。ちょうど今、外で準備を――あ、来ましたよ」
グレンが扉の方を指差す。
扉が開いて、入ってきたのは――
「……!」
金髪の少女。エリス・ルミナスだった。
エリスも、俺を見て目を見開いた。
「あなた……!」
「……偶然だな」
「偶然……そう、偶然ですね」
エリスは少し不機嫌そうに唇を尖らせた。
「おや、お二人は知り合いで?」
「いえ、少し前に会っただけです」
エリスが素っ気なく答える。
「そうですか。では改めて、自己紹介を。私はエリス・ルミナス。E級冒険者です」
「神代レン。同じくE級だ」
「……E級? 昨日登録したばかりなのに?」
「初依頼でランクアップした」
「初依頼で……?」
エリスは信じられないという顔をした。
「何をしたんですか?」
「ゴブリンキングを倒した」
「ゴブリンキング!? 一人で!?」
「……ああ」
エリスは唖然としている。
「あの、お二人とも、仲良くやってくださいね?」
グレンが心配そうに言った。
「三日間、一緒に行動しますから」
「……分かっています」
エリスはため息をついた。
「では、出発は明日の朝です。この場所に集合してください」
グレンが地図を見せる。
「街の西門前、夜明けと共に出発します」
「了解しました」
その日の午後。
俺は街の武器屋で、装備を見ていた。
短刀一本では、やはり心許ない。もう少し武器が欲しい。
「いらっしゃい」
武器屋の主人――屈強なドワーフの男が声をかけてきた。
「何をお探しで?」
「片手剣が欲しいんですが」
「片手剣ね。こっちだ」
ドワーフが棚を指差す。そこには、様々な剣が並んでいる。
手に取って、重さを確かめる。バランスを見る。
その中に、一振りの剣があった。
黒い刀身。シンプルなデザイン。でも、握った瞬間に分かった。
「これ、いい剣だ」
「おお、分かるか」
ドワーフが嬉しそうに笑った。
「それは俺の自信作だ。黒鉄を使ってる。軽くて丈夫、そして切れ味は抜群だ」
「……いくらですか?」
「金貨一枚」
「金貨一枚……」
銀貨百枚分だ。昨日の報酬で買える。
「……買います」
「ありがとよ! 大事に使ってくれ」
新しい剣を腰に下げ、武器屋を出た。
手に馴染む。まるで、ずっと使っていたかのように。
「……不思議だ」
呟いて、空を見上げた。
青い空。白い雲。
明日からの依頼。
エリスという少女。
「どうなることやら……」
夜。
宿に戻ると、食堂で夕食を取った。
この世界の食事は美味い。肉も野菜も、素材の味がしっかりしている。
「ごちそうさま」
部屋に戻ろうとした時、食堂の隅にエリスがいるのに気づいた。
一人で、紅茶を飲んでいる。
「……」
声をかけるべきか迷ったが、結局、そのまま自分の部屋に戻った。
ベッドに横になり、天井を見つめる。
「明日から三日間か……」
エリスとは、うまくやれるだろうか。
あの態度を見る限り、あまり期待はできないが。
「まあ、仕事だ。きっちりこなせばいい」
そう自分に言い聞かせて、目を閉じた。
翌朝。
夜明け前に起き、支度を整えて西門へ向かった。
既にグレンの荷馬車が待っていた。大きな馬車に、たくさんの荷物が積まれている。
「おお、レンさん。早いですね」
「おはようございます」
「エリスさんも、もうすぐ来ると思いますよ」
その言葉通り、数分後にエリスが現れた。
朝日を浴びた金髪が輝いている。相変わらず、凛とした表情だ。
「おはようございます、グレンさん」
「おはよう、エリスさん」
エリスは俺の方をチラリと見たが、挨拶はしなかった。
「それでは、出発しましょう」
グレンが御者台に座る。
俺とエリスは、馬車の両脇を歩くことになった。
街の門を出て、街道を進む。
朝の空気は清々しく、鳥のさえずりが聞こえる。
「……」
エリスは無言で歩いている。話しかけづらい雰囲気。
しばらく沈黙が続いた後、エリスが口を開いた。
「……あなた、本当にゴブリンキングを一人で倒したんですか?」
「ああ」
「どうやって?」
「……覚えてない」
「覚えてない?」
エリスは怪訝そうな顔をした。
「どういうことです?」
「身体が勝手に動いた。気づいたら、倒れてた」
「……変な人ですね」
「そうかもしれない」
また沈黙。
少し歩いてから、今度は俺が訊いた。
「エリス、あんたはなぜ冒険者に?」
「……修行です」
「修行?」
「私は騎士見習いです。強くなるために、冒険者として経験を積んでいます」
「騎士か。どこの?」
「聖騎士連合国です」
「西の国か」
「ええ」
エリスは少し誇らしげに言った。
「いずれは聖騎士団に入るつもりです」
「……大変そうだな」
「ええ。でも、それが私の夢ですから」
エリスの目が、強い意志を宿していた。
「あなたは? 何か目的があるんですか?」
「……自分が何者か、知りたい」
「何者か?」
「俺は記憶喪失なんだ。三年前に、ある村で倒れていた」
「記憶喪失……」
エリスは驚いた顔をした。
「それで、冒険者に?」
「ああ。旅をすれば、何か思い出せるかもしれない」
「……そうですか」
エリスは少し考え込むような表情をして、それから言った。
「きっと見つかりますよ、あなたの答えが」
「……ありがとう」
その言葉は、意外にも優しかった。
昼過ぎ。
街道を順調に進んでいた。
グレンが御者台から声をかけた。
「そろそろ休憩しましょうか」
「そうですね」
街道脇の木陰で休憩することになった。
グレンが用意してくれた昼食を食べる。パンとチーズ、干し肉。
「美味いですね」
「ありがとうございます。妻が用意してくれたんですよ」
グレンは嬉しそうに笑った。
エリスは少し離れた場所で、一人で食べている。
「エリスさん、こっちで食べませんか?」
「……いえ、結構です」
やはり、距離を置きたいらしい。
食事が終わり、再び出発しようとした――その時。
「待て」
俺は立ち止まった。
「どうしたんですか?」
「……何か、いる」
気配を感じる。人の気配。それも、複数。
「!」
エリスも剣に手をかけた。
「囲まれています……」
次の瞬間、茂みから数人の男たちが飛び出してきた。
汚れた服。粗末な武器。そして、獰猛な笑み。
「へへへ、お通り代をいただこうか」
盗賊だ。
「くそ……やっぱり出たか!」
グレンが青ざめる。
盗賊たちは十人。こちらは二人。
「大人しく荷物を置いていきな。そうすれば、命だけは助けてやる」
盗賊のリーダーらしき男が言った。
「断る」
俺は剣を抜いた。
「おいおい、坊主。命が惜しくねぇのか?」
「惜しい。だから、お前たちを倒す」
「生意気な……!」
盗賊たちが一斉に襲いかかってきた。
「エリス!」
「分かってます!」
エリスも剣を抜き、構えた。
戦いが、始まった。




