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マガツカミ ―忘却の英雄は異世界で目覚める―  作者: アイザワ


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3/15

初めての依頼

 翌朝。

 俺は街の門を出て、依頼書に書かれた森へと向かっていた。

 エクリプス近郊の「翠緑の森」――街から徒歩で一時間ほどの場所にある、比較的安全とされている森だ。

 依頼内容は、森に出没するゴブリンの群れの討伐。最近、数が増えて商人たちが襲われる被害が出ているらしい。

「ゴブリンか……」

 村にいた頃、何度か退治したことがある。小型で知能は低いが、群れで襲ってくるから油断はできない。

 森に入ると、木々が日光を遮り、薄暗くなった。湿った土の匂い。鳥のさえずり。風に揺れる葉の音。

 五感を研ぎ澄ませる。

 不思議なことに、森に入った途端、身体の感覚が鋭くなった。気配を読む、音を聞き分ける――まるで、ずっとこうしてきたかのように。

「……二十メートル先、右手」

 呟いた瞬間、茂みがガサガサと揺れた。

 飛び出してきたのは、緑色の肌をした小型の人型――ゴブリンだ。身長は一メートルほど。粗末な棍棒を握り、ギャアギャアと鳴き声を上げている。

 一体、二体……五体。

「五体か。ちょうどいい」

 腰の短刀を抜く。

 ゴブリンたちが一斉に襲いかかってきた。

「遅い」

 最初の一体が棍棒を振り下ろす。それを軽く横に避け、刀を一閃。ゴブリンの首が飛んだ。

 二体目が横から飛びかかってくる。身体を捻って回避し、カウンターで胴を斬る。

 三体目、四体目が同時に来た。

「っと!」

 後ろに飛びのき、距離を取る。そして――

「はっ!」

 地面を蹴って突進。低い姿勢から二体をまとめて斬り上げた。

 残る一体は恐怖で固まっている。

「……悪いな」

 止めを刺す。

 五体全てが倒れ、静寂が戻った。

「……はぁ」

 息をついて、刀を振って血を払う。

 やはり、身体が勝手に動く。考えるより先に、最適な動きが出てくる。まるで、何千回、何万回と繰り返してきたかのように。

「俺は一体……」

 その時、また左肩の刻印が熱を帯びた。

「また……?」

 刻印に手を当てる。熱い。そして――

『――後ろだ!』

 声が聞こえた。

「!?」

 反射的に振り返り、横に飛ぶ。

 次の瞬間、俺がいた場所に巨大な斧が振り下ろされた。地面に深々と突き刺さる。

「なっ……!?」

 そこにいたのは、ゴブリンの三倍はある大型の個体だった。筋骨隆々とした緑の身体。鋭い牙。そして、人間の大人が使うような大斧を軽々と持っている。

「ホブゴブリン……!」

 ゴブリンの上位種。村でも一度しか見たことがない、危険な魔物だ。

「グルルルル……」

 ホブゴブリンが唸り声を上げながら、再び斧を構えた。

「くそ……Eランク推奨の理由はこれか」

 警戒しながら、短刀を構え直す。

 ホブゴブリンが地面を蹴った。巨体に似合わない速さで迫ってくる。

「っ!」

 横に転がって回避。斧が地面を抉る。

 すかさず反撃――短刀で足を斬りつけた。

 手応えがあった。だが――

「硬い!?」

 浅い。皮膚が分厚すぎる。

「グオオオ!!」

 ホブゴブリンが怒りの咆哮を上げる。横薙ぎの一撃が飛んでくる。

 バックステップで距離を取るが、攻撃範囲が広い。

「このままじゃ……」

 考える。短刀では威力不足だ。致命傷を与えるには、急所を狙うしかない。

 でも、どうやって?

 その時――頭の中に、映像が流れ込んできた。

 同じような巨体の敵と戦う、誰かの記憶。いや、自分の記憶?

『――大型相手は、懐に入れ。リーチを殺せば、こっちのものだ』

 誰かが教えてくれている。知らない声。でも、懐かしい声。

「……そうか」

 ホブゴブリンが再び斧を振り上げる。

 俺は――逃げずに、正面から駆けた。

「うおおおっ!!」

 斧が振り下ろされる。それを、紙一重で避けながら懐に潜り込む。

 ホブゴブリンの目の前。この距離なら、斧は使えない。

「せりゃあああ!!」

 短刀を逆手に持ち替え、全力で首に突き立てた。

 ズブリと、深く刺さる。

「グ……ガァ……」

 ホブゴブリンの身体が震え、そのまま後ろに倒れた。地響きがする。

「……やった」

 息が上がる。額に汗が流れる。

 だが、勝った。

「今の記憶……誰だ?」

 頭の中に浮かんだ映像。誰かが俺に戦い方を教えてくれていた。

 これも、失われた記憶の一部なのか。

 ふと、倒れたホブゴブリンの向こうに、何かが見えた。

「あれは……?」

 近づくと、それは洞窟の入口だった。木々に隠れて見えにくくなっている。

 中から、微かに光が漏れている。

「ゴブリンの巣か?」

 依頼は討伐だ。巣を潰さなければ、また増える。

「……入るか」

 短刀を構え直し、洞窟に入った。


 洞窟の中は、予想以上に広かった。

 壁には光る苔が生えていて、微かな明かりを提供している。奥へ進むと、広間のような空間に出た。

 そこには――

「うわ……」

 無数のゴブリンがいた。少なくとも三十は超える。そして、奥には巨大な個体が座っている。

 ホブゴブリンよりさらに大きい。身体には傷跡が無数にあり、片目が潰れている。間違いなく、この群れのリーダーだ。

「ゴブリンキング……」

 最悪だ。こんな大物がいるとは聞いていない。

 ゴブリンたちが、俺の存在に気づいた。

「ギャア! ギャア!」

 一斉に鳴き声を上げる。

 ゴブリンキングが立ち上がった。三メートルを超える巨体。手には、人間の骨で作られたような大剣。

 そして――睨みつけてきた。

「……まずい」

 逃げるべきか。でも、背を向けたら確実に追いかけてくる。

 それに――

「ここで逃げたら、また誰かが襲われる」

 ソフィアのような、無力な人たちが。

「……やるしかない」

 短刀を構える。

 ゴブリンキングが咆哮を上げた。それを合図に、ゴブリンたちが一斉に襲いかかってきた。

「くそっ!」

 最初の数体を斬り倒す。だが、数が多すぎる。

 爪で引っ掻かれる。棍棒で殴られる。

「ぐっ……!」

 痛みが走る。だが、止まれない。

 動き続ける。斬って、避けて、斬って。

 身体が熱くなる。視界が狭まる。

 そして――

 左肩の刻印が、強烈に光り始めた。

「!?」

 刻印から、黒い光が溢れ出す。それは俺の身体を包み込み――

『――解放、第一階層』

 誰かの声。

 次の瞬間、身体の中から力が溢れてきた。

「これは……!」

 速度が上がる。力が増す。視界が鮮明になる。

 まるで、リミッターが外れたような感覚。

「はあああああっ!!」

 駆ける。ゴブリンたちを次々と斬り倒していく。

 十体、二十体――数えるのをやめた。

 気づけば、周りのゴブリンは全て倒れていた。

 残るは――

「ゴブリンキングだけ!」

 巨体が大剣を振り下ろす。

 今度は――避けない。

「せりゃああああ!!」

 短刀で、受け止めた。

 ギィィィンと、金属音が響く。

 ありえない。この細い短刀で、大剣を受け止めた。

「ぐ……押し返す!」

 力を込める。ゴブリンキングの大剣が、押し返される。

「なっ……!?」

 自分でも信じられない。こんな力、今まで出せなかった。

 ゴブリンキングが驚愕の表情を浮かべる。

「終わりだ!」

 大剣を弾き飛ばし、一気に間合いを詰める。

 そして――

「融合術式・紅蓮断!」

 口から勝手に言葉が出た。

 短刀が赤く輝く。いや、炎を纏っている。

「はああああっ!!」

 振り抜く。

 炎を纏った斬撃が、ゴブリンキングの胴体を切り裂いた。

「グ……オォォォ……」

 ゴブリンキングが膝をつき、そのまま崩れ落ちた。

「……はぁ、はぁ、はぁ」

 力が抜ける。刻印の光が消え、身体が重くなる。

「何だ……今の……」

 融合術式? 俺が、使ったのか?

 でも、そんな術、知らない。習ったこともない。

 なのに――身体が、勝手に。

「俺は……一体……」

 その時、洞窟の奥から、微かな光が見えた。

「あれは……?」

 ふらふらと、光の方へ歩く。

 そこには、小さな祭壇のようなものがあった。そして、その中央に――

 黒い球体が浮いていた。

 手のひらサイズの、不思議な球体。中で何かが蠢いている。

「これは……」

 手を伸ばした瞬間、球体が光を放った。

『――見つけたぞ、刻印の継承者よ』

 声が、頭の中に直接響く。

「誰だ!?」

『我は封印されし者。汝の刻印に反応し、目覚めた』

「刻印……俺の、刻印に?」

『その刻印は、古き時代の証。汝は選ばれし者の末裔』

「何を言って……」

『時が来れば、全ては明らかになる。だが今は――これを受け取れ』

 球体が輝きを増し、俺の左肩に吸い込まれていった。

「うわっ!?」

 刻印が熱い。焼けるように熱い。

 そして――頭の中に、大量の情報が流れ込んできた。

 映像。声。感情。

 燃える街。戦う人々。七つの影。

『――ミコト、行け!』

『――お前だけでも、生き延びろ!』

『――必ず、また会おう!』

「ぐ……ああああっ!!」

 頭を抱える。痛い。頭が割れそうだ。

 だが、同時に――

 少しだけ、思い出した。

 俺には、仲間がいた。

 大切な、大切な仲間たちが。

 名前は思い出せない。顔もぼんやりとしている。

 でも、確かにいた。

「俺は……ミコト……?」

 その名前を口にした瞬間、意識が遠のいていった。


「……い。おい!」

 誰かの声で目が覚めた。

 ぼんやりと目を開けると、見慣れない天井。いや、これは――洞窟の天井か。

「気がついたか。おい、大丈夫か?」

 横を見ると、男が一人立っていた。

 二十代半ばくらいか。黒い短髪に、鋭い目つき。軽装の鎧を身につけ、腰には双剣。

「あなたは……」

「俺はシュバルツ。冒険者だ。洞窟の入口で気配を感じて入ってきたら、お前が倒れてた」

 シュバルツと名乗った男は、周囲を見回した。

「それにしても……すげぇな。ゴブリンキングを一人で倒したのか?」

「……ああ」

 記憶がぼんやりとしている。でも、確かに倒した。

「お前、新人だろ? ギルドで見かけたぞ。昨日登録した」

「……覚えてたんですか」

「ああ。俺は人の顔を忘れない」

 シュバルツは手を差し出してきた。

「立てるか?」

「……はい」

 手を取り、立ち上がる。身体が重い。

「無茶したな。一人でこんな場所に来るなんて」

「依頼だったんです」

「依頼? ……ああ、森の魔物討伐か。まさかゴブリンキングがいるとはな」

 シュバルツは肩を竦めた。

「帰るぞ。報告しなきゃならん」

「はい……」

 洞窟を出る。外はすっかり夕方になっていた。

 どれくらい気を失っていたんだろう。

「なあ」

 歩きながら、シュバルツが言った。

「お前、どうやってゴブリンキングを倒した?」

「……分かりません。気づいたら、倒してました」

「気づいたら?」

「はい。身体が勝手に動いて……それで」

 シュバルツは不思議そうな顔をした。

「変な奴だな。でも、才能はある。それは間違いない」

「……ありがとうございます」

「礼を言われることじゃない。事実だ」

 街への道を歩く。

 俺は、チラリとシュバルツの横顔を見た。

 なぜだろう。初対面なのに、どこか懐かしい気がする。

 左肩の刻印が、微かに温かい。

「……あの」

「ん?」

「あなたの名前、もう一度教えてもらえますか?」

「シュバルツだ。シュバルツ・ヴィント」

 その名前を聞いた瞬間――

 頭の中で、何かが弾けた。

『――シュンソウ兄さん!』

 誰かの声。幼い、自分の声。

「!?」

 立ち止まる。

「どうした?」

「いえ……何でも」

 違う。これは――

 でも、まさか。

「行くぞ。日が暮れる」

「……はい」

 シュバルツの背中を見ながら、俺は思った。

 この人を、知っている気がする。

 前世で――

「……いや、そんなはずない」

 首を振って、その考えを追い払った。

 でも、胸の奥の疼きは、消えなかった。


 街に戻ると、ギルドに直行した。

 ミラが驚いた顔で迎えてくれた。

「レンくん! 無事だったのね!」

「はい。依頼、完了しました」

「ゴブリンキングまで倒したって本当!?」

「……はい」

 証拠として、ゴブリンキングの耳を見せる。これが討伐の証明になる。

「すごい……本当にやったのね」

 ミラは感心したように頷いた。

「報酬は銀貨五十枚。それと、特別ボーナスで銀貨三十枚。合計八十枚になるわ」

「八十枚……!」

 予想以上の額だ。

「それと――ランクアップね」

 ミラは新しいプレートを取り出した。

【神代レン / ランク:E】

「おめでとう。これで、もう少し難しい依頼も受けられるわ」

「ありがとうございます」

 プレートを受け取る。

「でも、無理はしないでね。死んだら意味がないんだから」

「……はい」

 ミラは本当に心配してくれている。それが嬉しかった。

「今日はもう休みなさい。宿は決まってる?」

「いえ、まだ……」

「じゃあ、紹介するわ。安くて清潔な宿よ」


 紹介された宿に泊まり、その夜。

 ベッドに横になりながら、今日の出来事を思い返していた。

 融合術式。

 謎の球体。

 流れ込んできた記憶の断片。

 そして――シュバルツという男。

「俺は……何者なんだ」

 天井を見つめながら、呟く。

 答えは出ない。

 でも、少しずつ――

 真実に近づいている気がした。

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