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マガツカミ ―忘却の英雄は異世界で目覚める―  作者: アイザワ


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2/15

冒険者への道

 村を出て三日目。

 俺は街道を一人、歩き続けていた。

 幸い、ダリウスが持たせてくれた荷物には食料や水、簡単な野営道具が入っていた。三年間の村での生活で身につけた狩りの技術も役に立っている。

「……そろそろ、休憩するか」

 日が傾き始めた頃、街道脇の小さな泉を見つけて足を止めた。

 荷物を下ろし、水筒に水を汲む。冷たくて美味い水だ。喉を潤し、ふと水面に映る自分の顔を見た。

 黒い髪。深紅の瞳。整った顔立ち――村人たちは「珍しい色の目だ」とよく言っていた。

「……神代レン」

 自分で名乗った名前。でも、これが本当の名前なのか、それすら分からない。

 ふと、左肩がじんわりと熱を帯びた。

「また……」

 服をずらして刻印を確認する。複雑に絡み合った黒い文様。時折、こうして熱を持つことがある。まるで何かに反応しているように。

「これは一体……」

 その時だった。

「きゃああああっ!!」

 女性の悲鳴が森の奥から聞こえてきた。

「!?」

 反射的に立ち上がり、声のした方向を見る。森の中から、何かが近づいてくる気配。そして――

 木々をなぎ倒しながら、一頭の巨大な猪が飛び出してきた。体長は優に三メートルを超える。目は血走り、牙は鋭く尖っている。

「デモンボア……!」

 村で聞いたことがある。凶暴化した魔物の猪だ。

 そして、その猪に追われて、一人の少女が必死に走ってきた。

「助けて……誰か……!」

 茶色の髪を後ろで束ねた、十四、五歳くらいの少女。農民風の服装で、手には薬草の束を握っている。おそらく薬草採りに来て、魔物に遭遇したのだろう。

 少女は走りながらこちらに気づき、目を見開いた。

「危ない! 逃げて!!」

 だが俺の身体は、既に動いていた。

 考えるより早く、腰の短刀を抜く。黒い鞘から現れた刃は、夕日を受けて鈍く光った。

「……っ!」

 駆け出す。デモンボアと少女の間に、滑り込むように割って入った。

「え……?」

 少女が呆然とする。

 デモンボアが咆哮を上げ、そのまま突進してくる。地面が揺れるほどの重量。正面から受ければ、確実に潰される。

 でも――

「遅い」

 呟いた瞬間、身体が勝手に動いた。

 左に身を翻し、突進を紙一重で回避。同時に短刀を一閃。デモンボアの側面に鋭い斬撃が走った。

「グオオオォォ!!」

 デモンボアが苦痛の咆哮を上げる。だが、浅い。皮膚が分厚すぎる。

「くそ……もう一撃!」

 着地と同時に地面を蹴り、今度は正面から踏み込む。デモンボアが牙を振り上げた瞬間、その懐に潜り込んだ。

「せぇぇぇやっ!!」

 短刀を逆手に持ち替え、全力で喉元に突き立てる。

 ズブリと、嫌な手応え。

「グ……ガァ……」

 デモンボアの動きが止まる。そして、巨体が横倒しに崩れ落ちた。地面に大きな音を立てて。

「……はぁ、はぁ」

 息が上がる。心臓が激しく打っている。

 でも――不思議と恐怖はなかった。むしろ、身体を動かすことに、妙な心地よささえ感じた。

「す、すごい……」

 呆然とした声。振り返ると、少女が尻もちをついたまま、こちらを見ていた。

「大丈夫か?」

 手を差し出すと、少女は恐る恐るそれを掴んだ。

「あ、ありがとうございます……あなたが助けてくれなかったら、私……」

「怪我はないか?」

「は、はい……大丈夫です」

 少女は薬草の束を握りしめたまま、俺をまじまじと見つめた。

「あの……あなた、冒険者さんですか?」

「いや、俺は……」

 何と答えればいいのか。冒険者になろうとはしているが、まだ登録もしていない。

「これから、冒険者になる予定だ」

「そうなんですか……でも、すごく強いんですね。あのデモンボア、村の自警団でも手こずるって聞いてたのに……」

「……運が良かっただけだ」

 本当にそう思う。なぜあんな動きができたのか、自分でも分からない。身体が勝手に動いた――まるで、何度も繰り返してきたかのように。

「あの、お名前を教えていただけますか? 私、ソフィアって言います」

「俺はレン。神代レンだ」

「レンさん……本当にありがとうございました! あの、よかったら村に来てください。お礼をさせてください!」

「いや、気にしなくて……」

「ダメです! 命の恩人なんですから!」

 ソフィアは頑として譲らなかった。


 結局、ソフィアの村に立ち寄ることになった。

 小さな村だったが、人々は温かく俺を迎えてくれた。村長はソフィアの祖父で、デモンボア討伐の礼として、銀貨十枚と食料を持たせてくれた。

「本当に助かりました。あのデモンボア、ずっと村の脅威だったんです」

「そうだったんですか」

「ええ。レンさんのおかげで、安心して畑仕事ができます」

 ソフィアは嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、少しだけ心が温かくなった。

 誰かの役に立てた――それが、妙に嬉しかった。

「レンさんは、これからエクリプスに?」

「ああ。冒険者になるつもりだ」

「すごいなぁ……私も、いつか外の世界を見てみたい」

 ソフィアは遠い目をした。

「きっと見られるさ」

「……レンさんは、何か目的があるんですか? 冒険者になる理由とか」

「目的……」

 俺は少し考えてから、答えた。

「自分が何者なのか、知りたいんだ」

「自分が……?」

「ああ。俺は記憶がない。三年前に、ある村で倒れていたところを保護されたんだ」

「記憶喪失……なんですか」

 ソフィアは驚いたように目を見開いた。

「でも、身体は色々なことを覚えている。戦い方も、生き方も。だから、冒険者として旅をすれば、何か思い出せるかもしれない」

「そっか……」

 ソフィアは少し悲しそうな顔をして、それから笑顔を作った。

「きっと大丈夫ですよ。レンさんなら、絶対に答えを見つけられます!」

「……ありがとう」

 その夜、村で一泊させてもらい、翌朝早くに出発した。

 ソフィアが見送りに来てくれた。

「レンさん、気をつけて」

「ああ。ソフィアも、無理して薬草採りに行くなよ」

「はい! ……あの、もし、また近くに来ることがあったら……」

「必ず寄るよ」

 俺がそう言うと、ソフィアは嬉しそうに笑った。

「約束ですからね!」

 小さく手を振るソフィアに別れを告げ、俺は再び歩き出した。


 それからさらに二日。

 ついに、境界都市エクリプスが見えてきた。

「……でかい」

 思わず声が出た。

 高くそびえる城壁。巨大な門。その向こうには、見たこともないほど大きな街が広がっている。

 村しか知らなかった俺には、全てが新鮮で、圧倒的だった。

 門には警備兵が立っている。俺が近づくと、槍を構えた。

「止まれ。街に入る目的は?」

「冒険者になるためです」

「冒険者? 推薦状か身分証明はあるか?」

「推薦状なら」

 ダリウスからもらった推薦状を見せる。兵士は中身を確認し、頷いた。

「よし、通れ。冒険者ギルドは中央広場の近くだ。すぐ分かる」

「ありがとうございます」

 門をくぐる。

 その瞬間――

 視界が一変した。

 石畳の道。立ち並ぶ商店。行き交う人々。人間だけじゃない。獣の耳を持つ獣人、長い耳のエルフ、小柄で屈強そうなドワーフ――様々な種族が混在している。

「これが……境界都市」

 東西の文化が融合した街。ダリウスから聞いていた通りだ。

 右手には西洋風の石造りの建物、左手には東洋風の木造建築。看板には魔法の文字が浮かび、魔導具を売る店もある。

 全てが新しく、全てが刺激的だった。

「よし……まずは、冒険者ギルドだ」

 人の流れに沿って歩く。中央広場を目指していると――

 突然、左肩の刻印が熱を帯びた。

「っ!?」

 これまでにない強い反応。まるで、何かが近くにあるとでも言うように。

「何だ……?」

 周囲を見回す。特に変わったものは見当たらない。ただの賑やかな街の光景。

 でも、この感覚は確かだ。何かが、この街にある。

『――ミコト』

 また、あの声。

 頭の奥で、誰かが呼んでいる。

「ミコト……それが、俺の本当の名前なのか?」

 呟いた言葉は、街の喧騒に掻き消された。


 しばらく歩いて、ついに目的地に辿り着いた。

 巨大な建物。入口には大きな看板が掲げられている。

【冒険者ギルド エクリプス支部】

「……ここか」

 深呼吸をして、扉を押し開けた。

 中は思った以上に広かった。

 受付カウンターがあり、奥には依頼の張り紙が壁一面に貼られている。テーブルと椅子が並び、多くの冒険者たちが酒を飲んだり、談笑したりしている。

 そして――

 俺が入った瞬間、何人かの視線がこちらに向いた。

「おい、見ろよ。新人か?」

「ガキじゃねぇか」

「田舎から出てきたって感じだな」

 ヒソヒソと囁く声。明らかに見下したような視線。

 気にしないようにして、受付カウンターへ向かう。

「あの、冒険者登録をしたいんですが」

 カウンターの向こうにいたのは、二十代半ばくらいの美人の女性だった。栗色の長い髪を後ろで一つに束ね、整った顔立ちに優しそうな笑みを浮かべている。

「はい、いらっしゃい。初めての登録ね?」

「はい」

「推薦状か、身元保証人はいる?」

「推薦状があります」

 ダリウスの推薦状を渡す。女性はさっと目を通し、頷いた。

「辺境の村からね。分かったわ。じゃあ、まず基本情報を記入してもらうわね」

 羊皮紙と羽ペンを渡される。

 名前、年齢、出身地――書けることは少ない。特に、出身地は「不明」と書くしかなかった。

「記憶喪失……なのね」

 女性は同情的な目を向けた。

「でも大丈夫。冒険者には過去を問わない。あなたがこれから何をするか、それだけが大事よ」

「……ありがとうございます」

「私はミラ。この支部の受付をしてるの。困ったことがあったら、いつでも聞いてね」

「はい。よろしくお願いします」

 ミラは優しく微笑んで、カウンターの奥から小さなプレートを取り出した。

「これがあなたの冒険者プレート。ギルドカードとも呼ばれてるわ。常に携帯してね」

 銅色のプレート。そこには俺の名前と、ランクが刻まれていた。

【神代レン / ランク:F】

「ランクはFからスタート。実績を積めば、E、D、C……と上がっていくわ。最高はSランクよ」

「分かりました」

「それじゃあ、早速だけど――」

 その時だった。

「おいおい、また新人か? 最近多いな」

 後ろから、馬鹿にしたような声。

 振り返ると、三人の男たちが立っていた。全員、体格が良く、武器を身につけている。明らかに冒険者だ。

 中央にいる金髪の男が、俺を見下すように言った。

「どうせすぐ辞めるんだろ? 冒険者なめんなよ、坊主」

「……」

 無視して、ミラの方を向こうとした。

「おい、無視すんのか!?」

 男が肩を掴んできた。

「……手を離してください」

「はぁ? 生意気な――」

「カイン、やめなさい」

 ミラの声が、ピシャリと響いた。

「新人をいじめるのは、ギルドの規則違反よ。次やったら、あなたの依頼受付を停止するわ」

「ちっ……分かったよ」

 カインと呼ばれた男は、不満そうに手を離した。

「覚えとけよ、新人。冒険者の世界は甘くねぇからな」

 捨て台詞を残して、男たちは奥のテーブルに戻っていった。

「ごめんね。あの子たち、ちょっと荒っぽいの」

「大丈夫です」

 実際、大した問題じゃない。それより――

「依頼は、すぐに受けられますか?」

「もちろん。ただし、Fランクは受けられる依頼が限られてるわ。まずは簡単なものから始めてね」

 ミラは依頼の張り紙が貼られた壁を指差した。

「自分で選んで、受付に持ってきて。複数人での受注も可能よ」

「分かりました」

 壁に近づき、張り紙を眺める。

【薬草採取 / 報酬:銀貨5枚】

【荷物運搬 / 報酬:銀貨3枚】

【ゴブリン討伐 / 報酬:銀貨15枚】

 色々ある。

 その中で、俺の目に止まったのは――

【森の魔物討伐 / 報酬:銀貨20枚 / 推奨ランク:E】

「……これにします」

 張り紙を剥がして、カウンターに持っていった。

 ミラは目を丸くした。

「ちょっと待って、これはEランク推奨よ? Fランクには少し危険じゃない?」

「大丈夫です。村にいた頃から、魔物は倒してました」

「……本当に?」

「はい」

 俺の目を見て、ミラは少し考えてから頷いた。

「分かったわ。でも、無理はしないでね。もし危険を感じたら、すぐ撤退すること」

「はい」

「それじゃあ、健闘を祈るわ」

 依頼書を受け取り、ギルドを後にする。

 外に出ると、夕日が街を赤く染めていた。

「さて……始めるか」

 冒険者・神代レンとしての、最初の仕事。

 そして、自分自身を探す旅の、本当の始まり。

 俺は武器を確認し、森へと向かった。

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