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マガツカミ ―忘却の英雄は異世界で目覚める―  作者: アイザワ


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15/15

東への道

 風牙の村を出て五日。

 俺たちは東へと続く街道を、着実に進んでいた。

 景色は日ごとに変化していった。針葉樹林から広葉樹林へ。そして、徐々に竹林が増えていく。空気も、どこか湿度を帯びて、甘い花の香りが漂うようになった。

「ああ……この匂い、懐かしいです!」

 リンが深呼吸をして、嬉しそうに言う。

「もうすぐ、神楽連邦ですね!」

「随分と雰囲気が変わったわね」

 エリスが周囲を見回す。

 街道の両脇には、赤い鳥居が立ち並んでいる。そして、道端には小さな祠が点在していた。

「これは……?」

「道祖神です」

 リンが説明する。

「旅人の安全を祈って建てられたものです。神楽連邦では、こういう信仰が根強いんですよ」

「へぇ……」

 セキエイが興味深そうに祠を覗き込む。

「信仰、か。俺たちの村にも、似たようなものがあったな」

「村?」

 俺が訊くと、セキエイは少し懐かしそうな顔をした。

「ああ。前世での話だ。俺――いや、私は、小さな村の出身だった」

 セキエイは空を見上げる。

「山奥の、名もない村。そこでは、山の神様を祀っていた」

「それで、戦士になったんですか?」

 リンが興味津々で訊く。

「ああ。村を守るために、剣を学んだ。そして、いつしか禍ツ神にスカウトされた」

「スカウト? 誰に?」

「レイゼンだ」

 セキエイは微笑む。

「あの人は、全国を回って、才能のある者を集めていた。俺もその一人だった」

「レイゼン……」

 その名前を聞くたびに、胸が疼く。

 記憶の中の、絶対的なリーダー。

 白銀の髪と、鋭い銀の瞳。

「早く、会いたいな」

 俺は呟く。

「レイゼンに。そして、残りのみんなにも」

「ああ。必ず会える」

 シュンソウが力強く言った。

「刻印が導いてくれる。俺たちがこうして再会できたように」


 その日の夕方、俺たちは街道沿いの宿場町に到着した。

「茜の宿場」と呼ばれる、小さいが活気のある町だった。

「わぁ、提灯がいっぱい!」

 リンが目を輝かせる。

 町の通りには、赤い提灯が無数に吊るされていた。夕暮れの光を受けて、幻想的な雰囲気を醸し出している。

「綺麗ね……」

 エリスも感嘆の声を漏らす。

「東の文化って、本当に独特だわ」

「でしょう? 私の故郷は、もっとすごいんですよ!」

 リンが胸を張る。

「天ノ京には、もっと大きな祭りがあって、もっと綺麗な建物があって――」

「分かった、分かった」

 シュンソウが苦笑する。

「まずは宿を探そう。今夜は、ここで休むぞ」

「はい!」


 宿は「紅葉亭」という、東洋風の旅館だった。

 畳の部屋に、障子の扉。床の間には掛け軸が飾られている。

「うわぁ……落ち着きますね」

 リンが畳に寝転がる。

「やっぱり、こういう雰囲気が一番です!」

「リン、はしたないわよ」

 エリスが苦笑する。

「でも、確かに居心地はいいわね」

 俺とシュンソウは、隣の部屋に荷物を置いた。

「なあ、ミコト」

 シュンソウが窓の外を見ながら言った。

「この平和な光景を見ていると……本当に、終焉の獣が復活しようとしているのか、信じられなくなる」

「……ああ」

 俺も窓の外を見る。

 町の人々は、笑顔で日常を過ごしている。子供たちが遊び、商人が商売をし、老人が茶を飲んでいる。

「でも、だからこそ守らないとな」

「ああ」

 シュンソウは拳を握る。

「この平和を。この笑顔を。前世では、守れなかった」

「今度は、守る」

 俺も拳を握った。

「絶対に」


 夕食は、旅館の大広間で取ることになった。

 出されたのは、東の料理だった。白米、焼き魚、味噌汁、漬物。

「美味しい……!」

 リンが幸せそうに食べている。

「やっぱり、故郷の味は最高です!」

「確かに、美味しいわね」

 エリスも箸を器用に使いこなしている。

「この魚、何という種類なの?」

「鮎です。川魚ですね」

 リンが説明する。

「東では、川魚をよく食べるんですよ」

「へぇ……」

 セキエイも興味深そうに食べている。

「俺の村でも、似たような料理があったな」

 食事をしていると、隣のテーブルから声が聞こえてきた。

「聞いたか? 天ノ京で、また不思議な事件が起きたらしいぞ」

「不思議な事件?」

「ああ。夜な夜な、黒い影が街を徘徊しているんだと」

「黒い影……?」

「それだけじゃない。影を見た者は、記憶を失うらしい」

「記憶を……?」

 俺は思わず聞き耳を立てた。

「おいおい、そんな馬鹿な話があるか」

「いや、本当らしいぞ。俺の知り合いの商人が、実際に被害に遭ったんだ」

「で、どうなった?」

「一晩の記憶が、すっぽり抜け落ちていたそうだ。自分が何をしていたのか、全く思い出せないと」

「怖いな……」

 二人の会話は、そこで途切れた。

 俺は、仲間たちの方を見た。

「聞いたか?」

「ええ」

 エリスが頷く。

「黒い影と、記憶喪失……」

「まさか……」

 シュンソウが険しい顔をする。

「虚無の使徒か?」

「可能性はある」

 セキエイも真剣な表情だ。

「それに、天ノ京はリンの故郷でもある。行く予定だったんだ」

「なら、急ぎましょう」

 リンが立ち上がる。

「もしかしたら、私の知り合いも被害に遭っているかもしれません!」

「そうだな。明日、早朝に出発しよう」

 俺が決断を下す。

「天ノ京まで、あとどれくらいだ?」

「順調に行けば、三日です」

 リンが答える。

「でも、急げば二日で着けます」

「じゃあ、急ごう」

「はい!」


 その夜、俺は眠れなかった。

 窓の外を見ると、満月が浮かんでいる。

 その月を見ていると、不思議な感覚に襲われた。

 まるで、何かが呼んでいるような――

『――ミコト』

 声が聞こえた。

「!?」

 誰だ?

『――久しぶりね、ミコト』

 女性の声。

 どこか、懐かしい声。

「お前は……誰だ?」

『――忘れたの? ひどいわね』

 声が、笑う。

『――でも、仕方ないか。あなたたち、記憶を封印されていたものね』

「記憶を封印……?」

『――そう。転生の法には、副作用があるの。記憶の封印』

「なぜ、そんなことを……」

『――世界の法則よ。魂は転生できても、記憶まで完全に持ち越すことはできない。だから、封印されるの』

「じゃあ、なぜ俺たちは思い出せた?」

『――刻印のおかげよ。刻印は、魂に刻まれた記憶の鍵。仲間同士が近づくと、共鳴して記憶を解放する』

「そういうことか……」

『――ええ。そして、私もそろそろ会えそうね』

「お前は……もしかして」

『――ユウナギよ。禍ツ神、第三席』

「ユウナギ……!」

 記憶が鮮明に蘇る。

 淡い紫の長髪。神秘的な紫紺の瞳。幻術を操る術師。

「お前、どこにいる!?」

『――天ノ京よ。魔法学術都市アルカナムから、調査に来ているの』

「調査?」

『――黒い影の事件。私も、気になっていたから』

「まさか、虚無の使徒が……」

『――おそらくね。だから、急いで来て』

「ああ、分かった!」

『――それと、ミコト』

「何だ?」

『――気をつけて。敵は、私たちの刻印を狙っている』

「分かってる」

『――じゃあ、また。天ノ京で会いましょう』

 声が消えた。

 俺は窓の外を見つめる。

「ユウナギ……会えるんだな」

 胸が高鳴る。

 五人目の仲間との再会が、すぐそこまで来ている。


 翌朝、早朝。

 俺たちは宿を出発した。

「みんな、ユウナギから連絡があった」

 歩きながら、昨夜のことを話す。

「本当ですか!?」

 リンが驚く。

「はい。天ノ京にいるそうです。黒い影の事件を調査している」

「やはり、虚無の使徒が関わっているのか……」

 シュンソウが険しい顔をする。

「急ぎましょう」

 エリスが言う。

「ユウナギさんが危険に晒されているかもしれない」

「ああ!」

 五人は、駆け出した。


 急いだ甲斐があって、二日後の午後には天ノ京が見えてきた。

「あれが……!」

 丘の上から見下ろすと、巨大な都市が広がっていた。

 中央には、巨大な宮殿のような建物。その周りには、無数の木造建築が立ち並んでいる。

 そして、街全体を囲むように、高い城壁が築かれていた。

「すごい……」

 エリスが感嘆の声を漏らす。

「エクリプスより大きいわ」

「ええ。神楽連邦の首都ですから」

 リンが誇らしげに言う。

「人口は五十万人。この大陸で、三番目に大きな都市です」

「五十万……!」

 セキエイが驚く。

「それだけの人がいるのか……」

「さあ、行きましょう!」

 リンが先導する。

「私の故郷、案内しますよ!」


 天ノ京の門は、巨大だった。

 高さ十メートルはある、朱塗りの門。両脇には、獅子の石像が鎮座している。

 門の前には、警備兵が立っていた。

 東洋風の鎧を着て、槍を持っている。

「止まれ。入京の目的は?」

「冒険者です。ギルドの依頼で来ました」

 俺が答えると、兵士は頷いた。

「冒険者プレートを見せろ」

 五人がプレートを提示する。

「……よし、通れ。ギルドは中央区にある」

「ありがとうございます」

 門をくぐると――

 そこは、別世界だった。

「わぁ……!」

 リンが歓声を上げる。

 石畳の道。両脇に立ち並ぶ、瓦屋根の建物。そこかしこに、桜の木が植えられている。

 人々は、着物のような服を着ている。そして、街のあちこちに、神社や寺が見える。

「すごい……本当に、異世界みたい」

 エリスが目を輝かせる。

「いや、ここも異世界なんだけどな」

 シュンソウが苦笑する。

「でも、確かに……西とは全然違うな」

「ほら、あれ見てください!」

 リンが指差す。

 街の中央に、巨大な塔が見える。

 五重塔だ。朱色に塗られた、美しい塔。

「あれが、天ノ京のシンボル、『天照の塔』です」

「天照……」

「ええ。神楽連邦の守り神、天照大神を祀っています」

 リンが説明する。

「あの塔の地下には、封印の祭壇があって――」

 その時、街の中央から、悲鳴が聞こえてきた。

「きゃああああ!」

「何!?」

 俺たちは、声のした方へ駆けた。


 街の広場に着くと、人だかりができていた。

「どうした!?」

 人々をかき分けて前に出ると――

 そこには、倒れている男がいた。

「しっかりしろ!」

 周囲の人々が、男を揺すっている。

「だめだ、意識がない……」

「医者を呼べ!」

 俺は男の様子を見た。

 外傷はない。呼吸もしている。

 だが――

 その顔からは、表情が消えていた。

 まるで、魂が抜けたような――

「これは……」

 エリスが呟く。

「記憶喪失……?」

「いや、それだけじゃない」

 シュンソウが険しい顔をする。

「この男、魔力が吸われている」

「魔力を……?」

「ああ。まるで、何かに生命力ごと奪われたような」

 その時、広場の隅に、黒い影が見えた。

「!?」

 影は、人の形をしている。

 だが、輪郭がぼやけていて、実体があるのかないのか分からない。

「あれが……!」

「追うぞ!」

 俺たちは、影を追いかけた。


 影は、驚くほど速かった。

 路地を抜け、屋根を飛び、人混みをすり抜ける。

「くそっ、速い!」

「待て!」

 シュンソウが疾風のように駆ける。

 だが、影はさらに加速した。

「させるか!」

 俺も全力で駆ける。

 影は、街の外れの神社へと逃げ込んだ。

「あそこか!」

 神社の境内に入ると――

 影は、消えていた。

「くそっ……逃げられた!」

「いえ、違います」

 リンが周囲を見回す。

「この神社……気配がおかしい」

「気配?」

「ええ。まるで、結界が張られているような……」

 その時、神社の本殿から、声が聞こえた。

「よく来たわね、刻印の継承者たち」

 女性の声。

 本殿の扉が開き、一人の女性が姿を現した。

「……!」

 淡い紫の長髪。神秘的な紫紺の瞳。

 東洋風の装束を纏い、手には幻術扇を持っている。

「ユウナギ……!」

 俺は思わず叫んでいた。

「久しぶりね、ミコト」

 ユウナギは微笑んだ。

「待っていたわ。あなたたちが来るのを」

「ユウナギ!」

 シュンソウも駆け寄る。

「無事だったか!」

「ええ。おかげさまで」

 ユウナギは優雅に一礼した。

「セキエイも。元気そうね」

「ああ……お前も、変わらないな」

 セキエイが笑う。

「相変わらず、神秘的で」

「ふふ、ありがとう」

 ユウナギは俺たちを見回した。

「五人……いえ、七人ね」

「七人?」

「ええ。そこの二人も、紹介してもらえる?」

 ユウナギがエリスとリンを見る。

「あ、はい! 私はリン・シャオメイです!」

「エリス・ルミナスです」

「よろしく。私はユメミ・ナイトシェード。魔法学術都市アルカナムの大賢者よ」

「ユメミ……?」

 俺が訊くと、ユウナギは微笑んだ。

「ええ。この世界では、ユメミと名乗っているの。本名は、ユウナギだけど」

「そうか……」

「さて」

 ユメミ――ユウナギは、真剣な顔になった。

「話したいことは山ほどあるけど、今は時間がない」

「さっきの影……」

「ええ。あれは、虚無の使徒の手下。人間の記憶と魔力を奪って、主に捧げている」

「主……?」

「虚無の使徒のリーダーよ。おそらく、終焉の獣を復活させようとしている」

 ユウナギは神社の奥を指差した。

「そして、その儀式の場所が――この神社の地下にある」

「地下……?」

「ええ。ついてきて。今すぐ、止めないと」

 ユウナギは神社の奥へと走り出した。

「待て!」

 俺たちも後を追う。


 神社の本殿の奥には、地下へと続く階段があった。

「こんなところに……」

「隠し通路よ。普通の人には見えない。結界で隠されているから」

 ユウナギが先導して、階段を降りていく。

 暗い、長い階段。

 壁には、古代文字が刻まれている。

「この文字……」

 リンが壁を撫でる。

「封印の文字……? でも、誰を封印しているの……?」

「かつて、ここには強大な魔物が封印されていたの」

 ユウナギが説明する。

「でも、三百年前の大崩壊の時、封印は破られた」

「三百年前……!」

「ええ。私たちが、前世で戦っていた時期ね」

 階段を降りきると、広い地下空間に出た。

 そこには――

 巨大な祭壇があった。

 そして、祭壇の上には、黒い結晶が浮いている。

「また、虚無の結晶……!」

「ええ。でも、これはさっきの森のものとは違う」

 ユウナギが警告する。

「これは、もっと強力。おそらく、終焉の獣の核の一部よ」

「核……?」

「終焉の獣は、七つの核に分かれて封印された。その一つが、ここにあるの」

 その時、結晶が光った。

「!?」

 結晶から、黒いローブの人影が現れた。

「……よく来たな、刻印の継承者たちよ」

 低い声。

「お前は……!」

「俺は、虚無の使徒第一位。クロウ・ヘルシングだ」

 人影がフードを下ろす。

 そこにあったのは、青白い肌の青年の顔だった。

 だが、その目は――

 真っ黒で、瞳がない。

「お前たちの刻印……今日こそ、いただく」

 クロウが手を掲げる。

 結晶が激しく光り、無数の影が現れた。

「戦闘準備!」

 俺が叫ぶ。

「みんな、陣形を組め!」

「はい!」

 六人が戦闘態勢に入る。

 禍ツ神五人と、新たな仲間二人。

 そして、目の前には――

 虚無の使徒と、終焉の獣の核。

「行くぞ!」

 戦いが、始まった。

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