幽霊の森
幽霊の森――
その名の通り、森は不気味な静寂に包まれていた。
木々は密生し、昼間だというのに薄暗い。時折吹く風が、枝を揺らして不気味な音を立てる。鳥の声も、虫の音も聞こえない。まるで、生命が避けている場所のようだった。
「……嫌な感じですね」
リンが小さく呟く。その手は、既に符札を握りしめていた。
「ええ。空気が、澱んでいるわ」
エリスも剣に手をかけたまま、周囲を警戒している。
「この森は、昔からこうだったんですか?」
俺がセキエイに訊くと、彼女は首を横に振った。
「いいえ。一ヶ月前までは、もっと普通の森でした。魔物はいましたが、それほど危険ではなかった」
セキエイは木々を見上げる。
「でも、今は……まるで、森自体が病んでいるような」
「病んでいる……か」
シュンソウが呟く。
「前世で、似たようなことがあったな」
「虚獣が現れた時、ですね」
セキエイが頷く。
「虚獣は、周囲の生命力を吸い取る。その影響で、森や街が死んでいく」
「この森も、同じ状態だとしたら……」
「ええ。どこかに、虚獣か、それに近い存在がいるはずです」
五人は慎重に、森の奥へと進んでいった。
しばらく歩くと、獣道が途切れた。
その先は、木々がさらに密集していて、踏み入れるのを拒んでいるようだった。
「ここから先は、誰も入らない領域です」
セキエイが説明する。
「村人たちは、『呪われた領域』と呼んでいます」
「呪われた……」
「ええ。入った者は、二度と戻ってこないと」
「迷信……ではなさそうね」
エリスが鋭く指摘する。
「実際に、何かいるのでしょう?」
「はい。おそらく」
その時、俺の左肩が疼いた。
「っ……」
「ミコト?」
セキエイが心配そうに訊く。
「大丈夫だ。刻印が反応してる」
「刻印が……ということは」
「ああ。何かが、この先にいる」
俺は剣を抜いた。
「みんな、気をつけろ」
「はい!」
五人は隊形を組んだ。
前衛にレンとセキエイ。中衛にエリス。後衛にリンとシュンソウ。
密集した木々をかき分けて、進んでいく。
すると――
突然、視界が開けた。
「これは……」
そこには、広い空間があった。
直径五十メートルほどの円形の空き地。だが、草は一本も生えていない。地面は黒く変色し、まるで焼け焦げたようだった。
そして、その中央には――
巨大な、黒い結晶が浮いていた。
「あれは……!」
シュンソウが驚きの声を上げる。
「虚無の結晶……!」
「まさか……本当に、虚獣が……!?」
セキエイも戦慄している。
黒い結晶は、不気味な光を放っていた。まるで呼吸するように、明滅を繰り返している。
「あれが、魔物を操っている元凶ね」
エリスが冷静に分析する。
「あの結晶を破壊すれば……」
その時、結晶が激しく光った。
「!?」
次の瞬間、結晶の周囲に魔法陣が浮かび上がった。
そして――
魔法陣から、無数の魔物が現れた。
「オーガ、ホブゴブリン、ワイバーン……!」
リンが叫ぶ。
「数が多すぎます!」
「くそっ……囲まれた!」
魔物たちが、一斉に襲いかかってきた。
「みんな、陣形を崩すな!」
俺が叫ぶ。
「セキエイ姉さん、右側!」
「了解!」
セキエイが右側に飛び、オーガの群れに突っ込んだ。
「灼熱覇気!」
セキエイの拳が、炎を纏う。
そして――オーガの腹に叩き込む。
「はああああっ!」
オーガが吹き飛ばされ、後ろにいた魔物たちを巻き込んで倒れた。
「さすが、セキエイ姉さん!」
「ミコト、油断するな! まだ来るぞ!」
左側から、ホブゴブリンの群れが迫る。
「任せろ!」
俺は剣を構える。
「融合術式・旋風剣舞!」
剣を回転させながら、風の刃を放つ。
ホブゴブリンたちが、次々と斬り倒される。
「後ろから空中攻撃!」
エリスが叫ぶ。
見上げると、ワイバーンが三体、急降下してくる。
「リン!」
「はい! 雷符連撃!」
リンが符札を連続で投げる。
符札が光り、雷撃がワイバーンたちを襲う。
「ギャアアア!」
ワイバーンたちが墜落する。
「シュンソウ兄さん!」
「分かってる!」
シュンソウが双剣を抜き、疾風のように駆ける。
墜落したワイバーンに、連続斬撃を浴びせる。
「疾風連斬!」
ワイバーンたちが、動かなくなった。
「やった!」
だが、喜ぶのは早かった。
結晶が再び光り、さらに魔物が現れた。
「くそっ、キリがない!」
「このままじゃ、消耗するだけよ!」
エリスが叫ぶ。
「あの結晶を壊さないと!」
「でも、魔物が邪魔で近づけない!」
リンが焦る。
その時、セキエイが叫んだ。
「みんな! 私が道を作る! その間に、ミコトは結晶を破壊して!」
「セキエイ姉さん!?」
「大丈夫! 私を信じて!」
セキエイは深呼吸をして――
全身から、激しい闘気を放ち始めた。
「これは……!」
シュンソウが驚く。
「奥義か!?」
「ええ……久しぶりに、使います」
セキエイの身体が、赤く輝き始める。
「灼熱覇気・解放!」
その瞬間、セキエイの周囲に炎の壁が立ち上がった。
「うおっ!?」
魔物たちが、炎に阻まれて後退する。
「今よ、ミコト!」
「ああ!」
俺は駆けた。
セキエイが作った炎の道を、一直線に。
結晶が目の前に迫る。
「融合術式――」
剣に、炎と雷を纏わせる。
「紅蓮雷斬!」
全力で、結晶に剣を叩き込む。
ギィィィン!
鋭い音が響く。
結晶にヒビが入る――
だが、完全には壊れない。
「くそっ、硬い!」
その時、結晶が反応した。
黒い触手のようなものが、結晶から伸びてくる。
「!?」
俺に向かって、襲いかかる。
「危ない!」
エリスが駆けつけ、触手を斬る。
「光剣舞・三の型!」
光の斬撃が、触手を切断する。
「ありがとう、エリス!」
「礼はいいから、早く壊して!」
「ああ!」
俺は再び剣を構える。
だが、今度は――
「みんなの力を、貸してくれ!」
「え?」
「シュンソウ兄さん、セキエイ姉さん、リン、エリス!」
俺が叫ぶ。
「お前たちの力を、俺に!」
一瞬の沈黙の後――
「……分かった」
シュンソウが頷く。
「俺の速さを使え」
「私の炎も!」
セキエイも応じる。
「私の術式も!」
リンが符札を掲げる。
「私の光も!」
エリスが剣を掲げる。
四人の力が、俺に集まってくる。
速さ、炎、術式、光――
全てが、俺の剣に集約される。
「これが……みんなの力……!」
剣が、七色の光を放つ。
「融合術式・最終奥義――」
俺は剣を振りかぶる。
「七彩崩壊斬!」
剣を振り下ろす。
七色の光が、結晶を貫いた。
ギィィィィィン!
耳をつんざく音。
結晶が、粉々に砕け散った。
結晶が破壊された瞬間、魔物たちが動きを止めた。
そして――
煙のように、消えていった。
「……やった」
俺は膝をつく。
力を使い果たした。
「ミコト!」
セキエイが駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?」
「ああ……ちょっと、疲れただけだ」
「無茶しすぎよ」
エリスも心配そうだ。
「でも、おかげで勝てたわ」
「レン先輩、かっこよかったです!」
リンが目を輝かせる。
「さすがだな、ミコト」
シュンソウが笑う。
「お前の力、また強くなったな」
「いや……みんなのおかげだ」
俺は立ち上がる。
「一人じゃ、無理だった」
「……そうね」
エリスが微笑む。
「私たちは、チームだものね」
「はい!」
五人は、笑顔を交わした。
だが、安心したのも束の間だった。
砕けた結晶の破片が、突然集まり始めた。
「!?」
「何……!?」
破片が融合し、人型を形成する。
そして――
そこに立っていたのは、黒いローブを纏った人影だった。
「……ようやく、見つけたぞ」
低い声が響く。
「刻印の継承者よ」
「何者だ!?」
俺が剣を構える。
人影は、ゆっくりとフードを下ろした。
そこにあったのは――
顔のない、闇だけだった。
「俺は……虚無の使徒」
「虚無の使徒……!?」
「お前たちが破壊した結晶は、我らが主の力の一部」
人影が手を掲げる。
「そして、お前たちの刻印……それこそが、我らが求めるもの」
「刻印を……?」
「そうだ。七つの刻印が揃えば、封印は解かれる」
「封印……?」
「終焉の獣の、封印がな」
その言葉に、俺とシュンソウ、セキエイが凍りついた。
「終焉の獣……!」
「そうだ。お前たちが前世で封印した、あの存在だ」
人影が笑う。
「そして、我らはそれを復活させる。この世界を、無に還すために」
「させるか!」
俺が斬りかかる。
だが――
剣は、人影をすり抜けた。
「無駄だ。この身体は、実体ではない」
「くそっ……!」
「今日のところは、退いてやる」
人影が後退する。
「だが、覚えておけ。お前たちの刻印は、いずれ我らが手に入れる」
「待て!」
シュンソウが追おうとするが――
人影は、煙のように消えた。
森に、再び静寂が戻った。
だが、それは平和な静寂ではなかった。
「……終焉の獣」
俺は呟く。
「まさか、この世界にも……」
「ああ……」
シュンソウが重い声で言う。
「前世の悪夢が、また始まるのか……」
「いいえ」
セキエイが強い声で言った。
「今度は、違います」
セキエイは俺たちを見た。
「私たちは、前より強くなっています。そして――」
セキエイは、エリスとリンを見た。
「新しい仲間もいます」
「そうね」
エリスが頷く。
「私たちも、力になるわ」
「はい! 絶対に、負けません!」
リンも力強く言う。
「……そうだな」
俺は笑った。
「前世とは違う。今度こそ、勝てる」
「ああ」
シュンソウも笑う。
「それに、まだ仲間が三人いる」
「レイゼン、ユウナギ、ホウライ……」
セキエイが名前を挙げる。
「みんなを見つけて、七人揃えば――」
「ああ。今度こそ、世界を救える」
五人は、拳を合わせた。
村に戻ると、大歓迎を受けた。
「本当に、ありがとう!」
ゲンゾウが深々と頭を下げる。
「森の魔物が、全て消えました! これで、村は救われた!」
「良かったです」
リンが笑顔で言う。
「でも……まだ、安心はできません」
俺が真剣な顔で言う。
「あの『虚無の使徒』という連中……おそらく、他にもいます」
「そして、終焉の獣を復活させようとしている」
シュンソウが続ける。
「この世界全体が、危機に瀕しているかもしれません」
「……そうか」
ゲンゾウは深刻な顔をした。
「では、わしらにできることは……」
「情報です」
エリスが言う。
「もし、黒い結晶や、不審な人物を見かけたら、ギルドに報告してください」
「分かった。そうしよう」
「それと……」
俺はセキエイを見た。
「セキエイ姉さん。一緒に来てくれないか?」
「え……?」
セキエイが驚く。
「仲間を探す旅に。そして、虚無の使徒と戦うために」
「でも……私は、この村を守らないと……」
「ルナ」
ゲンゾウが口を開いた。
「お前は、もっと大きなことをすべきじゃ」
「ゲンゾウ様……」
「この村を守ることも大事じゃが……世界を守ることの方が、もっと大事じゃ」
ゲンゾウは優しく微笑んだ。
「お前は、そのために生まれてきたんじゃろう? なら、行け」
「……本当に、いいんですか?」
「ああ。村のことは、わしらに任せろ」
ゲンゾウが村人たちを見回すと、みな頷いた。
「ルナ、行ってこい!」
「世界を救ってこい!」
「応援してるぞ!」
村人たちの声援。
セキエイの目に、涙が浮かぶ。
「……ありがとうございます。みなさん」
セキエイは深々と頭を下げた。
そして、俺たちの方を向いた。
「ミコト。一緒に行きます」
「ああ!」
「今度こそ、みんなを守ります。世界を、守ります」
セキエイの目には、強い決意が宿っていた。
翌朝。
俺たち五人は、村を出発することになった。
「元気でな!」
「また、戻ってこいよ!」
「ルナ、頑張れ!」
村人たちが見送ってくれる。
その中には、あの狼の少女もいた。月光亭の看板娘だ。
「ルナさん! 絶対、帰ってきてくださいね!」
「ああ。約束する」
セキエイが笑顔で答える。
「それまで、村を頼むぞ」
「はい!」
少女は力強く頷いた。
村を出て、街道を歩く。
五人になった俺たちのパーティ。
「次は、どこへ行きましょうか?」
リンが訊く。
「そうだな……」
俺は地図を広げる。
「東の神楽連邦へ行くか。ユウナギは、術式使いだった。もしかしたら、そっちにいるかもしれない」
「いいわね」
エリスが頷く。
「私も、東の文化に興味があるの」
「私の故郷です! 案内しますよ!」
リンが嬉しそうだ。
「じゃあ、決まりだな」
シュンソウが笑う。
「次は、神楽連邦だ」
「ああ!」
五人は、東へと歩き出した。
新しい仲間と共に。
新しい冒険へと。
そして――
世界を救うために。




