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マガツカミ ―忘却の英雄は異世界で目覚める―  作者: アイザワ


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14/15

幽霊の森

 幽霊の森――

 その名の通り、森は不気味な静寂に包まれていた。

 木々は密生し、昼間だというのに薄暗い。時折吹く風が、枝を揺らして不気味な音を立てる。鳥の声も、虫の音も聞こえない。まるで、生命が避けている場所のようだった。

「……嫌な感じですね」

 リンが小さく呟く。その手は、既に符札を握りしめていた。

「ええ。空気が、澱んでいるわ」

 エリスも剣に手をかけたまま、周囲を警戒している。

「この森は、昔からこうだったんですか?」

 俺がセキエイに訊くと、彼女は首を横に振った。

「いいえ。一ヶ月前までは、もっと普通の森でした。魔物はいましたが、それほど危険ではなかった」

 セキエイは木々を見上げる。

「でも、今は……まるで、森自体が病んでいるような」

「病んでいる……か」

 シュンソウが呟く。

「前世で、似たようなことがあったな」

「虚獣が現れた時、ですね」

 セキエイが頷く。

「虚獣は、周囲の生命力を吸い取る。その影響で、森や街が死んでいく」

「この森も、同じ状態だとしたら……」

「ええ。どこかに、虚獣か、それに近い存在がいるはずです」

 五人は慎重に、森の奥へと進んでいった。


 しばらく歩くと、獣道が途切れた。

 その先は、木々がさらに密集していて、踏み入れるのを拒んでいるようだった。

「ここから先は、誰も入らない領域です」

 セキエイが説明する。

「村人たちは、『呪われた領域』と呼んでいます」

「呪われた……」

「ええ。入った者は、二度と戻ってこないと」

「迷信……ではなさそうね」

 エリスが鋭く指摘する。

「実際に、何かいるのでしょう?」

「はい。おそらく」

 その時、俺の左肩が疼いた。

「っ……」

「ミコト?」

 セキエイが心配そうに訊く。

「大丈夫だ。刻印が反応してる」

「刻印が……ということは」

「ああ。何かが、この先にいる」

 俺は剣を抜いた。

「みんな、気をつけろ」

「はい!」

 五人は隊形を組んだ。

 前衛にレンとセキエイ。中衛にエリス。後衛にリンとシュンソウ。

 密集した木々をかき分けて、進んでいく。

 すると――

 突然、視界が開けた。

「これは……」

 そこには、広い空間があった。

 直径五十メートルほどの円形の空き地。だが、草は一本も生えていない。地面は黒く変色し、まるで焼け焦げたようだった。

 そして、その中央には――

 巨大な、黒い結晶が浮いていた。

「あれは……!」

 シュンソウが驚きの声を上げる。

「虚無の結晶……!」

「まさか……本当に、虚獣が……!?」

 セキエイも戦慄している。

 黒い結晶は、不気味な光を放っていた。まるで呼吸するように、明滅を繰り返している。

「あれが、魔物を操っている元凶ね」

 エリスが冷静に分析する。

「あの結晶を破壊すれば……」

 その時、結晶が激しく光った。

「!?」

 次の瞬間、結晶の周囲に魔法陣が浮かび上がった。

 そして――

 魔法陣から、無数の魔物が現れた。

「オーガ、ホブゴブリン、ワイバーン……!」

 リンが叫ぶ。

「数が多すぎます!」

「くそっ……囲まれた!」

 魔物たちが、一斉に襲いかかってきた。


「みんな、陣形を崩すな!」

 俺が叫ぶ。

「セキエイ姉さん、右側!」

「了解!」

 セキエイが右側に飛び、オーガの群れに突っ込んだ。

「灼熱覇気!」

 セキエイの拳が、炎を纏う。

 そして――オーガの腹に叩き込む。

「はああああっ!」

 オーガが吹き飛ばされ、後ろにいた魔物たちを巻き込んで倒れた。

「さすが、セキエイ姉さん!」

「ミコト、油断するな! まだ来るぞ!」

 左側から、ホブゴブリンの群れが迫る。

「任せろ!」

 俺は剣を構える。

「融合術式・旋風剣舞!」

 剣を回転させながら、風の刃を放つ。

 ホブゴブリンたちが、次々と斬り倒される。

「後ろから空中攻撃!」

 エリスが叫ぶ。

 見上げると、ワイバーンが三体、急降下してくる。

「リン!」

「はい! 雷符連撃!」

 リンが符札を連続で投げる。

 符札が光り、雷撃がワイバーンたちを襲う。

「ギャアアア!」

 ワイバーンたちが墜落する。

「シュンソウ兄さん!」

「分かってる!」

 シュンソウが双剣を抜き、疾風のように駆ける。

 墜落したワイバーンに、連続斬撃を浴びせる。

「疾風連斬!」

 ワイバーンたちが、動かなくなった。

「やった!」

 だが、喜ぶのは早かった。

 結晶が再び光り、さらに魔物が現れた。

「くそっ、キリがない!」

「このままじゃ、消耗するだけよ!」

 エリスが叫ぶ。

「あの結晶を壊さないと!」

「でも、魔物が邪魔で近づけない!」

 リンが焦る。

 その時、セキエイが叫んだ。

「みんな! 私が道を作る! その間に、ミコトは結晶を破壊して!」

「セキエイ姉さん!?」

「大丈夫! 私を信じて!」

 セキエイは深呼吸をして――

 全身から、激しい闘気を放ち始めた。

「これは……!」

 シュンソウが驚く。

「奥義か!?」

「ええ……久しぶりに、使います」

 セキエイの身体が、赤く輝き始める。

「灼熱覇気・解放!」

 その瞬間、セキエイの周囲に炎の壁が立ち上がった。

「うおっ!?」

 魔物たちが、炎に阻まれて後退する。

「今よ、ミコト!」

「ああ!」

 俺は駆けた。

 セキエイが作った炎の道を、一直線に。

 結晶が目の前に迫る。

「融合術式――」

 剣に、炎と雷を纏わせる。

「紅蓮雷斬!」

 全力で、結晶に剣を叩き込む。

 ギィィィン!

 鋭い音が響く。

 結晶にヒビが入る――

 だが、完全には壊れない。

「くそっ、硬い!」

 その時、結晶が反応した。

 黒い触手のようなものが、結晶から伸びてくる。

「!?」

 俺に向かって、襲いかかる。

「危ない!」

 エリスが駆けつけ、触手を斬る。

「光剣舞・三の型!」

 光の斬撃が、触手を切断する。

「ありがとう、エリス!」

「礼はいいから、早く壊して!」

「ああ!」

 俺は再び剣を構える。

 だが、今度は――

「みんなの力を、貸してくれ!」

「え?」

「シュンソウ兄さん、セキエイ姉さん、リン、エリス!」

 俺が叫ぶ。

「お前たちの力を、俺に!」

 一瞬の沈黙の後――

「……分かった」

 シュンソウが頷く。

「俺の速さを使え」

「私の炎も!」

 セキエイも応じる。

「私の術式も!」

 リンが符札を掲げる。

「私の光も!」

 エリスが剣を掲げる。

 四人の力が、俺に集まってくる。

 速さ、炎、術式、光――

 全てが、俺の剣に集約される。

「これが……みんなの力……!」

 剣が、七色の光を放つ。

「融合術式・最終奥義――」

 俺は剣を振りかぶる。

「七彩崩壊斬!」

 剣を振り下ろす。

 七色の光が、結晶を貫いた。

 ギィィィィィン!

 耳をつんざく音。

 結晶が、粉々に砕け散った。


 結晶が破壊された瞬間、魔物たちが動きを止めた。

 そして――

 煙のように、消えていった。

「……やった」

 俺は膝をつく。

 力を使い果たした。

「ミコト!」

 セキエイが駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか!?」

「ああ……ちょっと、疲れただけだ」

「無茶しすぎよ」

 エリスも心配そうだ。

「でも、おかげで勝てたわ」

「レン先輩、かっこよかったです!」

 リンが目を輝かせる。

「さすがだな、ミコト」

 シュンソウが笑う。

「お前の力、また強くなったな」

「いや……みんなのおかげだ」

 俺は立ち上がる。

「一人じゃ、無理だった」

「……そうね」

 エリスが微笑む。

「私たちは、チームだものね」

「はい!」

 五人は、笑顔を交わした。


 だが、安心したのも束の間だった。

 砕けた結晶の破片が、突然集まり始めた。

「!?」

「何……!?」

 破片が融合し、人型を形成する。

 そして――

 そこに立っていたのは、黒いローブを纏った人影だった。

「……ようやく、見つけたぞ」

 低い声が響く。

「刻印の継承者よ」

「何者だ!?」

 俺が剣を構える。

 人影は、ゆっくりとフードを下ろした。

 そこにあったのは――

 顔のない、闇だけだった。

「俺は……虚無の使徒」

「虚無の使徒……!?」

「お前たちが破壊した結晶は、我らが主の力の一部」

 人影が手を掲げる。

「そして、お前たちの刻印……それこそが、我らが求めるもの」

「刻印を……?」

「そうだ。七つの刻印が揃えば、封印は解かれる」

「封印……?」

「終焉の獣の、封印がな」

 その言葉に、俺とシュンソウ、セキエイが凍りついた。

「終焉の獣……!」

「そうだ。お前たちが前世で封印した、あの存在だ」

 人影が笑う。

「そして、我らはそれを復活させる。この世界を、無に還すために」

「させるか!」

 俺が斬りかかる。

 だが――

 剣は、人影をすり抜けた。

「無駄だ。この身体は、実体ではない」

「くそっ……!」

「今日のところは、退いてやる」

 人影が後退する。

「だが、覚えておけ。お前たちの刻印は、いずれ我らが手に入れる」

「待て!」

 シュンソウが追おうとするが――

 人影は、煙のように消えた。


 森に、再び静寂が戻った。

 だが、それは平和な静寂ではなかった。

「……終焉の獣」

 俺は呟く。

「まさか、この世界にも……」

「ああ……」

 シュンソウが重い声で言う。

「前世の悪夢が、また始まるのか……」

「いいえ」

 セキエイが強い声で言った。

「今度は、違います」

 セキエイは俺たちを見た。

「私たちは、前より強くなっています。そして――」

 セキエイは、エリスとリンを見た。

「新しい仲間もいます」

「そうね」

 エリスが頷く。

「私たちも、力になるわ」

「はい! 絶対に、負けません!」

 リンも力強く言う。

「……そうだな」

 俺は笑った。

「前世とは違う。今度こそ、勝てる」

「ああ」

 シュンソウも笑う。

「それに、まだ仲間が三人いる」

「レイゼン、ユウナギ、ホウライ……」

 セキエイが名前を挙げる。

「みんなを見つけて、七人揃えば――」

「ああ。今度こそ、世界を救える」

 五人は、拳を合わせた。


 村に戻ると、大歓迎を受けた。

「本当に、ありがとう!」

 ゲンゾウが深々と頭を下げる。

「森の魔物が、全て消えました! これで、村は救われた!」

「良かったです」

 リンが笑顔で言う。

「でも……まだ、安心はできません」

 俺が真剣な顔で言う。

「あの『虚無の使徒』という連中……おそらく、他にもいます」

「そして、終焉の獣を復活させようとしている」

 シュンソウが続ける。

「この世界全体が、危機に瀕しているかもしれません」

「……そうか」

 ゲンゾウは深刻な顔をした。

「では、わしらにできることは……」

「情報です」

 エリスが言う。

「もし、黒い結晶や、不審な人物を見かけたら、ギルドに報告してください」

「分かった。そうしよう」

「それと……」

 俺はセキエイを見た。

「セキエイ姉さん。一緒に来てくれないか?」

「え……?」

 セキエイが驚く。

「仲間を探す旅に。そして、虚無の使徒と戦うために」

「でも……私は、この村を守らないと……」

「ルナ」

 ゲンゾウが口を開いた。

「お前は、もっと大きなことをすべきじゃ」

「ゲンゾウ様……」

「この村を守ることも大事じゃが……世界を守ることの方が、もっと大事じゃ」

 ゲンゾウは優しく微笑んだ。

「お前は、そのために生まれてきたんじゃろう? なら、行け」

「……本当に、いいんですか?」

「ああ。村のことは、わしらに任せろ」

 ゲンゾウが村人たちを見回すと、みな頷いた。

「ルナ、行ってこい!」

「世界を救ってこい!」

「応援してるぞ!」

 村人たちの声援。

 セキエイの目に、涙が浮かぶ。

「……ありがとうございます。みなさん」

 セキエイは深々と頭を下げた。

 そして、俺たちの方を向いた。

「ミコト。一緒に行きます」

「ああ!」

「今度こそ、みんなを守ります。世界を、守ります」

 セキエイの目には、強い決意が宿っていた。


 翌朝。

 俺たち五人は、村を出発することになった。

「元気でな!」

「また、戻ってこいよ!」

「ルナ、頑張れ!」

 村人たちが見送ってくれる。

 その中には、あの狼の少女もいた。月光亭の看板娘だ。

「ルナさん! 絶対、帰ってきてくださいね!」

「ああ。約束する」

 セキエイが笑顔で答える。

「それまで、村を頼むぞ」

「はい!」

 少女は力強く頷いた。


 村を出て、街道を歩く。

 五人になった俺たちのパーティ。

「次は、どこへ行きましょうか?」

 リンが訊く。

「そうだな……」

 俺は地図を広げる。

「東の神楽連邦へ行くか。ユウナギは、術式使いだった。もしかしたら、そっちにいるかもしれない」

「いいわね」

 エリスが頷く。

「私も、東の文化に興味があるの」

「私の故郷です! 案内しますよ!」

 リンが嬉しそうだ。

「じゃあ、決まりだな」

 シュンソウが笑う。

「次は、神楽連邦だ」

「ああ!」

 五人は、東へと歩き出した。

 新しい仲間と共に。

 新しい冒険へと。

 そして――

 世界を救うために。

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