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マガツカミ ―忘却の英雄は異世界で目覚める―  作者: アイザワ


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13/15

獣人の里

 エクリプスを出発して三日。

 俺たち四人――レン、エリス、リン、そしてシュンソウは、北へと続く街道を進んでいた。

 街道の両脇には、徐々に針葉樹が増えていく。空気はひんやりとして、吐く息が白くなり始めていた。南の温暖な気候とは、明らかに違う。

「寒くなってきましたね」

 リンが両腕を擦りながら言った。薄手の巫女装束では、さすがに心許ないようだ。

「次の村で、防寒着を買おう」

 シュンソウが提案する。

「獣人領は、さらに寒くなる。今のうちに準備しておいた方がいい」

「獣人領って、そんなに寒いんですか?」

「ああ。北に行けば行くほど、雪が降る。俺も一度行ったことがあるが、冬場は過酷だぞ」

「今は秋の終わりだから、まだマシな方ね」

 エリスが地図を確認しながら言う。

「地図によれば、あと半日で『風牙の村』に着くはずよ。そこが、獣人領への入口になる」

「風牙の村……」

 俺はその名前を口にする。

 何か、引っかかるものがある。聞いたことがあるような、ないような。

「レン、どうかした?」

 エリスが不思議そうに訊く。

「いや……何でもない」

 首を振って、その感覚を振り払う。

 おそらく気のせいだろう。


 午後、陽が傾き始めた頃。

 俺たちは、目的地の村に到着した。

「あれが、風牙の村か……」

 丘の上から見下ろすと、木々に囲まれた小さな村が見える。木造の建物が立ち並び、中央には大きな広場がある。そして――

「獣人が、多いな」

 シュンソウが言う通り、村には獣人の姿が目立つ。狼、熊、虎、狐――様々な種族が、人間と共存しているようだ。

「境界の村なんでしょうね」

 エリスが分析する。

「人間の領域と獣人の領域の、ちょうど中間にある。だから、両方が共存している」

「仲良くやってるみたいで、良かったです」

 リンが安心したように笑う。

 村に入ると、すぐに視線を感じた。

 珍しい来訪者なのだろう。村人たちが、興味深そうにこちらを見ている。

「よそ者さんかい?」

 一人の老人――狐の獣人が、声をかけてきた。

「はい。エクリプスから来ました」

 俺が答えると、老人は目を細めた。

「そうかい。ようこそ、風牙の村へ。わしは村長のゲンゾウじゃ」

「村長……」

「おお、そんなに固くならんでもいい。この村は、旅人を歓迎する。特に、冒険者さんたちはな」

 ゲンゾウは俺たちの装備を見て、理解したようだ。

「宿を探しておるんじゃろう? なら、あそこの『月光亭』がいい。清潔で、飯も美味い」

「ありがとうございます」

「それと……」

 ゲンゾウは少し声を落とした。

「もし冒険者なら、一つ頼みたいことがあるんじゃが」

「頼み?」

「ああ。実は、村の近くの森に、最近魔物が増えてな。村人だけでは手に負えんのじゃ」

「魔物が……」

「詳しい話は、後でする。まずは宿で休んでくれ。夕食時に、月光亭で待っておる」

 そう言って、ゲンゾウは去っていった。


 月光亭は、村の中では大きめの建物だった。

 二階建てで、一階が食堂、二階が客室になっている。

「いらっしゃい!」

 扉を開けると、元気な声が響いた。

 カウンターには、狼の獣人の少女が立っていた。年は十五、六歳くらいだろうか。銀色の髪と耳、そして尻尾。琥珀色の瞳が、好奇心に満ちている。

「わぁ、お客さんだ! 久しぶり!」

 少女が目を輝かせる。

「部屋、空いてますか?」

 エリスが訊く。

「はい! 二部屋、ありますよ!」

「じゃあ、それをお願いします」

「分かりました! えっと、男性二人と女性二人ですよね?」

「ええ」

「じゃあ、こっちです!」

 少女が階段を駆け上がっていく。その尻尾が、嬉しそうに揺れている。

「元気な子ね」

 エリスが微笑む。

「ああ」

 部屋は清潔で、居心地が良さそうだった。窓からは村の広場が見える。

「それじゃ、夕食までゆっくりしてくださいね!」

 少女が元気に言って、部屋を出ていった。


 荷物を置いて一息ついた後、俺は窓の外を眺めていた。

 村の広場では、子供たちが遊んでいる。人間の子供も、獣人の子供も、一緒になって。

「……平和だな」

 呟いた言葉を、誰かが聞いていた。

「そうだな」

 振り返ると、シュンソウが立っていた。

「こういう光景を見ると……守りたいと思う」

「ああ」

 シュンソウは俺の隣に立ち、同じように窓の外を見た。

「前世では、こういう平和を守ろうとして……結局、世界を失った」

「……」

「今度は、失いたくない」

 シュンソウの声には、強い決意が込められていた。

「この世界の平和を、守りたい」

「俺も、同じだ」

 俺は拳を握る。

「前世の俺たちは、世界を救えなかった。でも、今度は――」

「ああ。今度こそ」

 二人は顔を見合わせ、頷いた。


 夕食時。

 月光亭の食堂には、村人たちが集まっていた。

 獣人が多いが、人間もいる。みな和気藹々と、食事を楽しんでいる。

「おお、来てくれたか」

 ゲンゾウが、大きなテーブルに座っていた。

「さあ、座ってくれ。話をしよう」

 俺たち四人が席につくと、先ほどの狼の少女が料理を運んできた。

「お待たせしました!」

 テーブルに並べられたのは、豪華な料理だった。肉料理、野菜のスープ、焼きたてのパン。

「うわぁ、美味しそう!」

 リンが目を輝かせる。

「村長のおごりじゃ。遠慮なく食べてくれ」

「ありがとうございます!」

 食事を始めながら、ゲンゾウが話し始めた。

「さて……頼みたいことじゃが」

 ゲンゾウの表情が、真剣になる。

「村の北、『幽霊の森』と呼ばれる場所がある。そこに、最近魔物が増えてな」

「幽霊の森……」

「ああ。もともと魔物はおったんじゃが、ここ一ヶ月、急激に増えた。しかも、凶暴化しておる」

「凶暴化?」

 シュンソウが眉をひそめる。

「ああ。まるで何かに操られているかのように、村を襲ってくるんじゃ」

「それで、被害は?」

 エリスが訊く。

「幸い、死者は出ておらん。じゃが、畑は荒らされ、家畜も襲われた。このままでは、冬を越せん」

 ゲンゾウは深刻な顔をした。

「村の戦士たちも戦っておるが……数が多すぎる。それに、森の奥に何かおるような気がするんじゃ」

「森の奥に?」

「ああ。魔物を操っておる、何かが」

 その言葉に、俺は直感した。

 これは、ただの魔物騒ぎじゃない。

 何か、もっと大きな――

「分かりました。引き受けます」

 俺が答えると、ゲンゾウの顔がぱっと明るくなった。

「本当か!?」

「ええ。俺たちにできることなら」

「ありがとう……本当に、ありがとう!」

 ゲンゾウは深々と頭を下げた。

「報酬は……あまり出せんが……」

「気にしないでください」

 エリスが微笑む。

「私たちは、困っている人を助けるのが仕事ですから」

「そうじゃ! お金なんていりません!」

 リンも元気に言う。

「……ありがとう」

 ゲンゾウは目を潤ませた。

「では、明日、村の戦士長を紹介する。彼女が、森のことを詳しく知っておる」

「彼女?」

「ああ。この村で一番強い戦士じゃ。お前たちも、驚くぞ」

 ゲンゾウは意味深に笑った。


 その夜、部屋で休んでいると、窓の外から声が聞こえてきた。

 何かの歌だろうか。低く、美しい声が、夜の闇に響いている。

 俺は窓を開けて、外を見た。

 村の広場で、一人の女性が立っていた。

 月明かりの下、その姿がはっきりと見える。

 長い銀色の髪。狼の耳と尻尾。そして――

 筋肉質だが、美しいプロポーション。

 年は二十代前半だろうか。

 女性は月に向かって、何かを歌っている。

 その歌声は、どこか哀しく、そして美しかった。

「……」

 俺は、その姿に見入っていた。

 何故だろう。

 この人を、どこかで見たことがあるような――

 いや、知っているような気がする。

 その時、女性がこちらを向いた。

 琥珀色の瞳が、月光を反射して輝く。

 俺と目が合う。

 女性は驚いたように目を見開き――

 そして、何かを感じたような表情をした。

 まるで、俺を知っているかのような。

「……」

 女性は小さく頭を下げて、その場を去っていった。

「今の人……」

 俺は呟く。

 胸の奥が、ざわついている。

 左肩の刻印が、微かに熱を帯びている。

「まさか……」

 いや、そんなはずはない。

 でも――

 もしかしたら。


翌朝。

 俺たち四人は、村の訓練場に呼ばれた。

 そこには、既に多くの村人が集まっていた。

「おお、来てくれたか」

 ゲンゾウが手招きする。

「紹介しよう。この村の戦士長、ルナ・ヴォルフじゃ」

 人々が道を開ける。

 そこから現れたのは――

 昨夜、月に向かって歌っていた女性だった。

「……!」

 俺は息を呑んだ。

 近くで見ると、さらに美しい。整った顔立ち。凛とした佇まい。

 そして、その目には強い意志が宿っている。

「初めまして。ルナ・ヴォルフです」

 ルナが一礼する。

 その声は、低く、落ち着いている。

「神代レンです。こちらは――」

 仲間を紹介しようとして、ルナと目が合った。

 その瞬間――

 ルナの目が、大きく見開かれた。

 そして、ルナの右肩が光り始めた。

「!?」

 服の上からでも分かる。

 それは――刻印だ。

「お前……まさか……!」

 ルナが震える声で言った。

「あなた……その気配……」

 ルナは俺の左肩を見つめる。

 服の上からでも、刻印の存在を感じ取っているようだ。

「あなた……ミコト様……ですか?」

 その言葉に、俺の心臓が跳ねた。

「ミコト……お前、俺を知っているのか?」

「……やはり」

 ルナの目から、涙が零れた。

「私は……セキエイです。禍ツ神、第六席……」

「セキエイ……!」

 記憶が鮮明に蘇る。

 赤紫の髪。燃えるような赤い瞳。大剣を持つ戦士。

 そして――

 俺を弟のように可愛がってくれた、姉貴分。

「セキエイ姉さん……!」

 俺は駆け寄った。

「本当に、セキエイ姉さんなのか!?」

「はい……」

 ルナ――セキエイは、涙を流しながら頷いた。

「ミコト様……会いたかった……ずっと、ずっと……!」

 セキエイが俺に抱きついてきた。

 その腕は強く、温かい。

「セキエイ姉さん……!」

 俺も抱きしめ返す。

「シュンソウ兄さん、ウツシミ、そしてセキエイ姉さん……四人目だ!」

「四人目……?」

 セキエイが顔を上げる。

「他の、みんなも……?」

「シュンソウ兄さんとウツシミには、もう会った」

「本当ですか!?」

「ああ。シュンソウ兄さんは、ここにいる」

 俺が示すと、シュンソウが前に出た。

「久しぶりだな、セキエイ」

「シュンソウ……!」

 セキエイの目が、さらに大きくなる。

「あなたも、ここに……!」

「ああ。ミコトと再会して、一緒に旅をしている」

「そう、ですか……」

 セキエイは、嬉しそうに笑った。

 その笑顔は、記憶の中の彼女と同じだった。

「良かった……本当に、良かった……」

 セキエイは再び泣き出した。

 俺は、その頭を優しく撫でた。

「もう、大丈夫だ。俺たちは、また一緒だ」

「はい……」

 周囲の村人たちは、何が起きているのか分からず、呆然としていた。

 だが、ゲンゾウだけは、何かを理解したような顔をしていた。

「……そういうことか」

 ゲンゾウは静かに呟いた。

「ルナの秘密……やっと、分かった」


 その後、俺たちは村長の家に招かれた。

 そこで、セキエイは自分のことを語った。

「私がこの世界で目覚めたのは、十年前です」

 セキエイは静かに話し始めた。

「場所は、この村の近く。幽霊の森の中でした」

「森の中……」

「ええ。記憶は何もありませんでした。ただ、身体が戦い方を覚えていて……」

 セキエイは自分の手を見つめる。

「最初は、獣のように生きました。森で狩りをして、魔物と戦って。人間の言葉も、最初は話せませんでした」

「……」

「ある日、村人に見つかりました。ゲンゾウ様が、私を保護してくれたんです」

「そうじゃ」

 ゲンゾウが頷く。

「ルナ……いや、セキエイは、最初は野生児のようじゃった。じゃが、賢い子でな。すぐに言葉を覚え、文化を学んだ」

「ゲンゾウ様や村の皆さんが、優しくしてくれました。だから、私はこの村を守ろうと決めたんです」

 セキエイは微笑む。

「戦士長になって、村を守る。それが、私の生きる意味だと思いました」

「でも……」

 シュンソウが口を開く。

「記憶は、戻らなかったのか?」

「はい。ずっと、何も思い出せませんでした」

 セキエイは俯く。

「でも、時々夢を見ました。誰かと一緒に戦っている夢。大切な仲間たちの夢」

「……」

「そして、昨夜……月を見ていた時、ふと感じたんです。誰かが来る、と」

 セキエイは俺を見た。

「そして、今朝……ミコト様を見た瞬間、全てを思い出しました」

 セキエイの右肩が、再び光る。

「刻印が、教えてくれたんです。あなたが、私の大切な人だと」

「セキエイ姉さん……」

「ミコト様……いえ、今はレン様、ですか?」

「レンでいい。昔みたいに、ミコトって呼んでくれ」

「……本当に?」

「ああ」

「では……ミコト」

 セキエイは嬉しそうに笑った。

「これから、また一緒に戦えますか?」

「当たり前だ」

 俺は拳を差し出す。

 セキエイも拳を合わせた。

「今度こそ、誰も失わない」

「ああ」


 その日の午後。

 俺たちは、幽霊の森の調査に向かうことになった。

 メンバーは、レン、シュンソウ、エリス、リン、そしてルナ――セキエイの五人。

「森の奥に、魔物の巣があるはずです」

 セキエイが先導する。

「そこに、何かいる。それが、魔物を操っているんだと思います」

「何か、心当たりは?」

「いえ……でも、嫌な予感がします」

 セキエイの表情が曇る。

「まるで、前世で感じたような……あの、虚獣に似た気配を」

「虚獣……!?」

 俺とシュンソウが同時に驚く。

「まさか、この世界にも……?」

「分かりません。でも、可能性はあります」

 セキエイは真剣な目をした。

「だから、気をつけてください。もし本当に虚獣なら……」

「ああ。分かってる」

 俺は剣を握りしめた。

 虚獣――

 前世で、俺たちを苦しめた存在。

 もし、この世界にもいるとしたら――

「行くぞ、みんな」

 俺は前を向いた。

「何が待っていても、俺たちなら大丈夫だ」

「はい!」

「ええ!」

「任せてください!」

 五人は、森の奥へと進んでいった。

 そこで待ち受けるものが、何であろうとも――

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