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マガツカミ ―忘却の英雄は異世界で目覚める―  作者: アイザワ


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12/15

再会の真実

 医務室のベッドで横たわりながら、俺たちは長い沈黙を共有していた。

 窓から差し込む夕日が、部屋をオレンジ色に染めている。外からは、闘技場の喧騒が遠くに聞こえる。決勝戦が始まっているのだろう。だが、今の俺たちには、それがひどく遠い世界の出来事のように感じられた。

「……なあ、ミコト」

 シュンソウが、天井を見つめたまま口を開いた。

「お前は、どこまで思い出した?」

「全部じゃない。断片的だ」

 俺も天井を見つめながら答える。

「禍ツ神のこと。仲間たちのこと。最後の戦いのこと……でも、まだ曖昧で、霧の中にいるみたいだ」

「そうか……」

 シュンソウは静かに息を吐いた。

「俺もだ。お前を見るまで、全部忘れていた。いや、忘れていたというより……封じられていたような感覚だった」

「封じられていた?」

「ああ。まるで、分厚い壁の向こうに記憶があって、それに触れることができなかった。でも、お前と戦って――お前が俺の名前を呼んだ瞬間、その壁が砕け散った」

 シュンソウは自分の右手を見つめた。そこには、先ほど現れた刻印が、今も微かな光を放っている。

「この刻印が、鍵だったんだろうな。お前の刻印と共鳴して、封印が解けた」

「刻印……」

 俺も自分の左肩に触れる。服の上からでも、その熱を感じることができた。

「シュンソウ兄さんは、転生してから……この世界で、どう生きてきたんだ?」

「記憶がない状態でか?」

「ああ」

 シュンソウは少し考えてから、語り始めた。

「俺は、三十年前にこの世界で目覚めた。場所は、境界都市エクリプスの裏路地だった」

「三十年前……」

 俺が目覚めたのは三年前だ。シュンソウの方が、遥かに早くこの世界に来ていたことになる。

「記憶は何もなかった。名前も、過去も、全て空っぽだった。ただ、身体だけが戦い方を覚えていた」

 シュンソウの声には、遠い日々を思い返すような響きがあった。

「最初の数年は、裏社会で生きた。傭兵として、暗殺者として。金のために、何でもやった」

「……」

「ある日、気づいたんだ。このままじゃいけない、と。俺は何のために生きているのか。ただ金のために人を殺して、それで何になる。そう思った時、ギルドの存在を知った」

「それで、冒険者に?」

「ああ。十年前だ。それからは、真っ当に生きようと決めた。人を救い、魔物を倒し、困っている人を助ける。そうすることで、空っぽだった俺に、何か意味が生まれるんじゃないかと思ったんだ」

 シュンソウは苦笑した。

「馬鹿みたいだろう? 過去を知らない男が、必死に意味を探して」

「馬鹿じゃない」

 俺は強く言った。

「むしろ、すごいと思う。記憶がない状態で、自分で道を選んで、真っ当に生きようとした。それは……誰にでもできることじゃない」

「……ミコト」

「俺は、たった三年しか記憶がない状態で生きてない。でも、その三年でさえ、自分が何者か分からないことの不安は、よく分かる」

 俺は身体を起こして、シュンソウの方を向いた。

「三十年も、それに耐えてきたんだな。シュンソウ兄さんは」

「耐えてきた、というより……諦めていたのかもしれない。もう思い出すことはないだろう、と」

 シュンソウも身体を起こし、俺の方を向いた。

「でも、お前に会えた。それだけで、全てが報われた気がする」

「俺も、同じだ」

 二人は見つめ合い、そして――笑った。

 その時、医務室のドアが勢いよく開いた。

「レン先輩! 大丈夫ですかっ!?」

 リンが飛び込んできた。その後ろには、エリスもいる。

「リン、エリス……」

「もう! 心配したんですから!」

 リンが俺のベッドに駆け寄る。その目は涙で潤んでいた。

「相討ちで倒れるなんて……どれだけ無茶したんですか!」

「悪い。心配かけた」

「本当よ」

 エリスも呆れたように言うが、その表情は安堵に満ちていた。

「でも……すごかったわ。あんな戦い、見たことない」

「観客全員、スタンディングオベーションでしたよ!」

 リンが興奮気味に言う。

「二人の戦い、本当にかっこよかったです!」

「そうか……ありがとう」

 エリスは、シュンソウの方を見た。

「シュバルツさん……いえ、シュンソウさん、でしたっけ?」

「……聞いてたのか」

「ええ。最後の方、お互いに名前を呼び合ってたから」

 エリスは真剣な目をしていた。

「あなたたち、前世で知り合いだったんですね」

「ああ」

 シュンソウが頷く。

「俺とミコト――神代レンは、同じ組織にいた。禍ツ神という」

「禍ツ神……!」

 リンが驚きの声を上げる。

「本当に、あの伝説の……!」

「伝説、か」

 シュンソウは自嘲気味に笑った。

「俺たちは、確かに世界を救おうとした。でも、結果として……世界は滅び、俺たちは転生することになった」

「滅び……?」

「ああ。俺たちがいた世界、クロノスフィアは、終焉の獣によって滅ぼされた。いや、正確には……俺たちが最後の手段として、転生の法を使った時、世界は既に崩壊寸前だった」

 シュンソウの声には、深い悔恨が滲んでいた。

「俺たちは、世界を救えなかった」

「……いや」

 俺は首を横に振った。

「俺たちは、戦った。最後まで。それだけで、十分じゃないか」

「ミコト……」

「それに、転生の法のおかげで、俺たちは生き延びた。そして、こうして再会できた」

 俺はシュンソウを見つめる。

「これから、また一緒に戦えるんだ。それって、すごいことだと思わないか?」

 シュンソウは驚いたように目を見開き――そして、柔らかく笑った。

「……そうだな。お前は昔から、そうやって前向きだった」

「前向きというか、単純なだけだろう」

「いや、それが良いんだ。お前のそういうところが、俺たちを何度も救ってくれた」

 シュンソウは懐かしむように目を細めた。

「リーダーのレイゼンも、よく言ってた。『ミコトは禍ツ神の光だ』って」

「レイゼン……」

 その名前を聞いた瞬間、記憶が鮮明に蘇った。

 白銀の長髪。鋭い銀色の瞳。絶対的な信頼を寄せられる背中。

「レイゼンは……今、どこに?」

「分からない」

 シュンソウは首を横に振った。

「転生の法は、俺たち全員をバラバラに転送した。時期も、場所も、おそらく全て違う。俺が知る限り、まだ誰とも再会していない。お前が、初めてだ」

「そうか……」

「でも、お前と再会できたということは、他の仲間ともいずれ会えるかもしれない」

 シュンソウの目に、希望の光が灯る。

「ユウナギ、ウツシミ、ホウライ、セキエイ……みんな、この世界のどこかにいるはずだ」

「みんな……」

 俺の脳裏に、仲間たちの姿が浮かぶ。

 まだぼんやりとしているが、確かに存在する記憶。

「探そう」

 俺は決意を込めて言った。

「みんなを。そして、また七人で――」

「ああ」

 シュンソウが頷く。

「今度こそ、誰も失わない。全員で、新しい人生を歩もう」

 二人は拳を合わせた。

 その光景を見て、エリスとリンは顔を見合わせ、微笑んだ。


 その夜。

 試験は無事終了し、俺たち全員がD級への昇格を果たした。

 エリスは決勝を不戦勝という形で制し、最優秀賞を受賞した。本人は不服そうだったが、観客の誰もが、エリスの実力を認めていた。

 祝賀会が開かれることになり、ギルドの大広間に受験者や関係者が集まった。

 俺とシュンソウも、治癒魔法のおかげで何とか動けるようになり、参加することにした。

「それでは、今回D級に昇格した冒険者たちに、祝杯を!」

 ギルドマスターの音頭で、乾杯の声が上がる。

 賑やかな宴が始まった。

「レン、こっちこっち!」

 リンが手を振っている。エリスも一緒だ。

「行くか」

 シュンソウを促して、二人の元へ向かう。

「お疲れ様です、お二人とも」

 エリスがグラスを掲げる。

「今日は本当に、素晴らしい戦いだったわ」

「ありがとう」

「それで……」

 エリスは真剣な表情になった。

「これから、どうするの? あなたたち」

「どうする、とは?」

「仲間を探すんでしょう? 前世の」

 鋭い指摘だ。

「……ああ」

 俺は頷いた。

「探したいと思ってる。でも、手がかりがない。刻印が共鳴したから、シュンソウ兄さんとは再会できた。けど、他の仲間は……」

「なら」

 リンが前に出た。

「私たちも手伝います!」

「え?」

「だって、レン先輩の仲間でしょう? だったら、私たちも一緒に探します!」

「でも、それは……」

「私も同意見よ」

 エリスが微笑む。

「あなた一人に背負わせるつもりはないわ。私たちは、パーティでしょう?」

「エリス……リン……」

 二人の優しさに、胸が熱くなる。

「いいのか? 危険かもしれないぞ」

「危険なのは、いつものことでしょう?」

 エリスが肩を竦める。

「それに、あなたの過去を知りたいの。あなたがどんな人だったのか、どんな仲間と戦っていたのか」

「私もです!」

 リンが力強く頷く。

「レン先輩の過去は、レン先輩の一部です。それを知ることは、レン先輩をもっと理解することだと思うんです!」

「……ありがとう」

 俺は二人を見て、心から笑った。

「じゃあ、よろしく頼む」

「任せて!」

「当然よ」

 シュンソウは、その様子を微笑ましく見ていた。

「良い仲間ができたな、ミコト」

「ああ」

「なら、俺も協力させてもらおう」

 シュンソウがグラスを掲げる。

「新生・禍ツ神……とまではいかないが、仲間を探す旅、俺も同行させてくれ」

「もちろんだ」

 俺もグラスを掲げる。

「一緒に、行こう」

 四人のグラスが、カチンと音を立てて触れ合った。


 宴もたけなわになった頃、ミラが俺たちのテーブルに近づいてきた。

「みんな、楽しんでる?」

「はい! とっても!」

 リンが笑顔で答える。

「それは良かった」

 ミラは少し真面目な顔になった。

「実は、ちょっと話があるの。レンくんとシュバルツさんに」

「話?」

「ええ。ギルドマスターが、二人に会いたいって」

「ギルドマスター……」

 ギルドマスターは、エクリプス支部のトップだ。滅多に姿を見せない人物だと聞いている。

「何の用だろう?」

「さあ? でも、急ぎじゃないから、明日でもいいって」

「分かった。明日、伺います」

「ありがとう。それじゃ、引き続き楽しんでね」

 ミラは手を振って去っていった。

「ギルドマスターか……」

 シュンソウが呟く。

「何か、気になることでも?」

「いや……ただ、あの人も、普通じゃない」

「普通じゃない?」

「ああ。俺、一度だけ会ったことがある。その時感じたんだ。あの人からは、ただの冒険者じゃない気配がする」

「どういう意味だ?」

「分からない。でも……もしかしたら」

 シュンソウは俺を見た。

「俺たちと、同じかもしれない」

「まさか……」

「可能性の話だ。でも、明日会えば分かるだろう」

「……そうだな」

 俺は宴の喧騒の中、ギルドマスターという人物に思いを馳せた。

 もし、その人物が本当に――

 いや、考えすぎだろう。

 そう自分に言い聞かせたが、胸の奥の予感は消えなかった。


 翌日、昼過ぎ。

 俺とシュンソウは、ギルドの最上階にあるギルドマスターの部屋を訪れた。

 重厚な扉の前で、俺たちは顔を見合わせた。

「緊張するな」

「ああ」

 ノックをする。

「どうぞ」

 中から、低く落ち着いた声が聞こえた。

 扉を開けると、そこは広い執務室だった。

 窓からは街が一望でき、部屋の中央には大きな机がある。

 そして、その机の向こうに――

 一人の男が座っていた。

「よく来てくれた。座ってくれ」

 男は立ち上がり、こちらに歩いてくる。

 四十代くらいだろうか。黒いローブを纏い、精悍な顔立ちをしている。だが、何より印象的なのは――

 その目だった。

 深い黒。まるで、全てを見通すような眼差し。

「私がこの支部のギルドマスター、ゼノ・クロスだ」

「神代レンです」

「シュバルツ・ヴィントです」

「ああ、知っている。昨日の試合、見事だった」

 ゼノは椅子を勧め、自らも座った。

「単刀直入に言おう。君たちを呼んだのは、確認したいことがあったからだ」

「確認?」

「ああ」

 ゼノは真剣な目で俺たちを見た。

「君たち……特に神代レン。君は、前世の記憶があるな?」

「!」

 俺は息を呑んだ。

「どうして、それを……」

「昨日の試合を見て、確信した。あの戦い方、あの技――融合術式を使える者など、この時代にはいない」

 ゼノは立ち上がり、窓の方を向いた。

「融合術式は、三千年前の古代に失われた技術だ。それを使えるということは……」

「俺が、古代の人間だと?」

「転生者だ、と言った方が正確か」

 ゼノが振り返る。

「そして、シュバルツ・ヴィント。君もそうだな」

「……なぜ、分かる」

「分かるさ」

 ゼノは静かに笑った。

「なぜなら――」

 ゼノの右手が光る。

 そこには、複雑な紋様が浮かび上がっていた。

 刻印だ。

「俺も、同じだからだ」

「!?」

 俺とシュンソウは、同時に立ち上がった。

「お前……まさか……!」

「ああ」

 ゼノは静かに頷いた。

「俺も、禍ツ神の一員だった」

 沈黙。

 長い、長い沈黙。

「お前は……誰だ?」

 シュンソウが震える声で訊く。

「俺の本当の名は――」

 ゼノは目を閉じた。

「ウツシミ。禍ツ神、第四席」

「ウツシミ……!」

 記憶が蘇る。

 漆黒のショートヘア。鋭い黒い瞳。影を操る暗殺者。

 そして――

 俺たちの、大切な仲間。

「本当に……ウツシミなのか?」

「ああ」

 ウツシミ――ゼノは、穏やかに微笑んだ。

「久しぶりだな、シュンソウ。そして――」

 ゼノは俺を見た。

「ミコト。よく、生きていてくれた」

 その言葉に、俺の目から涙が溢れた。

「ウツシミ……!」

 シュンソウも、涙を流していた。

「まさか……こんなに早く、再会できるなんて……!」

「ああ。俺も驚いている」

 ゼノは二人に近づき、肩に手を置いた。

「だが、これも運命なのだろう。俺たちは、再び巡り会えた」

「他のみんなは……?」

「分からない。だが、いずれ会えるだろう」

 ゼノは窓の外を見た。

「この世界は広い。だが、刻印が導いてくれる。お前たちと会えたように、他の仲間とも、必ず会える」

「……ああ」

 俺も窓の外を見た。

 広がる街。その先に続く世界。

 どこかに、仲間たちがいる。

 必ず、会える。

「ゼノ……いや、ウツシミ」

 シュンソウが言った。

「俺たち、仲間を探す旅に出る。一緒に来てくれないか?」

「……残念だが、それはできない」

 ゼノは首を横に振った。

「俺には、ここでやるべきことがある。ギルドマスターとして、この街を守る責任がある」

「そうか……」

「だが、情報は提供できる。各地のギルドに手配して、刻印を持つ者がいないか、探させよう」

「本当か!?」

「ああ。それくらいは、できる」

 ゼノは微笑んだ。

「お前たちは、自由に旅をしろ。そして、仲間を見つけたら、ここに連れてこい」

「分かった!」

「ありがとう、ウツシミ」

 三人は、拳を合わせた。

 かつての仲間として。

 そして、新たな旅の仲間として。


 ゼノの部屋を出た後、俺とシュンソウは、まだ信じられないという顔をしていた。

「まさか、ウツシミと再会できるなんて……」

「ああ……しかも、ギルドマスターだったとは」

「でも、良かったな」

 俺は笑った。

「これで三人だ。残り四人」

「ああ」

 シュンソウも笑顔になった。

「必ず、全員見つけよう」

「ああ!」

 二人は階段を降りながら、これからの旅について語り合った。

 どこへ行くか。

 何をするか。

 そして――

 どうやって仲間を探すか。

 話は尽きなかった。

 だが、その全てが楽しかった。

 仲間と、未来を語り合う。

 それは、三百年ぶりの感覚だった。


 ギルドの一階に降りると、エリスとリンが待っていた。

「どうだった?」

 エリスが訊く。

「……実は」

 俺は二人に、ゼノのことを話した。

 彼が、ウツシミであること。

 禍ツ神の仲間だったこと。

「え!? ギルドマスターが!?」

 リンが驚きの声を上げる。

「そうなの……」

 エリスも驚いているが、すぐに冷静さを取り戻した。

「ということは、残り四人ね」

「ああ」

「なら、探す旅、本格的に始めましょう」

 エリスが笑顔で言った。

「どこから行く?」

「そうだな……」

 俺は地図を広げる。

 エクリプスを中心に、東西南北に広がる世界。

「まずは、近場から攻めるか。北の獣人領、どうだ?」

「いいわね。私、獣人の文化に興味があるの」

「私も行きたいです!」

 こうして、俺たちの新しい旅が始まることになった。

 仲間を探す旅。

 そして――

 新しい冒険の旅。

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