再会の真実
医務室のベッドで横たわりながら、俺たちは長い沈黙を共有していた。
窓から差し込む夕日が、部屋をオレンジ色に染めている。外からは、闘技場の喧騒が遠くに聞こえる。決勝戦が始まっているのだろう。だが、今の俺たちには、それがひどく遠い世界の出来事のように感じられた。
「……なあ、ミコト」
シュンソウが、天井を見つめたまま口を開いた。
「お前は、どこまで思い出した?」
「全部じゃない。断片的だ」
俺も天井を見つめながら答える。
「禍ツ神のこと。仲間たちのこと。最後の戦いのこと……でも、まだ曖昧で、霧の中にいるみたいだ」
「そうか……」
シュンソウは静かに息を吐いた。
「俺もだ。お前を見るまで、全部忘れていた。いや、忘れていたというより……封じられていたような感覚だった」
「封じられていた?」
「ああ。まるで、分厚い壁の向こうに記憶があって、それに触れることができなかった。でも、お前と戦って――お前が俺の名前を呼んだ瞬間、その壁が砕け散った」
シュンソウは自分の右手を見つめた。そこには、先ほど現れた刻印が、今も微かな光を放っている。
「この刻印が、鍵だったんだろうな。お前の刻印と共鳴して、封印が解けた」
「刻印……」
俺も自分の左肩に触れる。服の上からでも、その熱を感じることができた。
「シュンソウ兄さんは、転生してから……この世界で、どう生きてきたんだ?」
「記憶がない状態でか?」
「ああ」
シュンソウは少し考えてから、語り始めた。
「俺は、三十年前にこの世界で目覚めた。場所は、境界都市エクリプスの裏路地だった」
「三十年前……」
俺が目覚めたのは三年前だ。シュンソウの方が、遥かに早くこの世界に来ていたことになる。
「記憶は何もなかった。名前も、過去も、全て空っぽだった。ただ、身体だけが戦い方を覚えていた」
シュンソウの声には、遠い日々を思い返すような響きがあった。
「最初の数年は、裏社会で生きた。傭兵として、暗殺者として。金のために、何でもやった」
「……」
「ある日、気づいたんだ。このままじゃいけない、と。俺は何のために生きているのか。ただ金のために人を殺して、それで何になる。そう思った時、ギルドの存在を知った」
「それで、冒険者に?」
「ああ。十年前だ。それからは、真っ当に生きようと決めた。人を救い、魔物を倒し、困っている人を助ける。そうすることで、空っぽだった俺に、何か意味が生まれるんじゃないかと思ったんだ」
シュンソウは苦笑した。
「馬鹿みたいだろう? 過去を知らない男が、必死に意味を探して」
「馬鹿じゃない」
俺は強く言った。
「むしろ、すごいと思う。記憶がない状態で、自分で道を選んで、真っ当に生きようとした。それは……誰にでもできることじゃない」
「……ミコト」
「俺は、たった三年しか記憶がない状態で生きてない。でも、その三年でさえ、自分が何者か分からないことの不安は、よく分かる」
俺は身体を起こして、シュンソウの方を向いた。
「三十年も、それに耐えてきたんだな。シュンソウ兄さんは」
「耐えてきた、というより……諦めていたのかもしれない。もう思い出すことはないだろう、と」
シュンソウも身体を起こし、俺の方を向いた。
「でも、お前に会えた。それだけで、全てが報われた気がする」
「俺も、同じだ」
二人は見つめ合い、そして――笑った。
その時、医務室のドアが勢いよく開いた。
「レン先輩! 大丈夫ですかっ!?」
リンが飛び込んできた。その後ろには、エリスもいる。
「リン、エリス……」
「もう! 心配したんですから!」
リンが俺のベッドに駆け寄る。その目は涙で潤んでいた。
「相討ちで倒れるなんて……どれだけ無茶したんですか!」
「悪い。心配かけた」
「本当よ」
エリスも呆れたように言うが、その表情は安堵に満ちていた。
「でも……すごかったわ。あんな戦い、見たことない」
「観客全員、スタンディングオベーションでしたよ!」
リンが興奮気味に言う。
「二人の戦い、本当にかっこよかったです!」
「そうか……ありがとう」
エリスは、シュンソウの方を見た。
「シュバルツさん……いえ、シュンソウさん、でしたっけ?」
「……聞いてたのか」
「ええ。最後の方、お互いに名前を呼び合ってたから」
エリスは真剣な目をしていた。
「あなたたち、前世で知り合いだったんですね」
「ああ」
シュンソウが頷く。
「俺とミコト――神代レンは、同じ組織にいた。禍ツ神という」
「禍ツ神……!」
リンが驚きの声を上げる。
「本当に、あの伝説の……!」
「伝説、か」
シュンソウは自嘲気味に笑った。
「俺たちは、確かに世界を救おうとした。でも、結果として……世界は滅び、俺たちは転生することになった」
「滅び……?」
「ああ。俺たちがいた世界、クロノスフィアは、終焉の獣によって滅ぼされた。いや、正確には……俺たちが最後の手段として、転生の法を使った時、世界は既に崩壊寸前だった」
シュンソウの声には、深い悔恨が滲んでいた。
「俺たちは、世界を救えなかった」
「……いや」
俺は首を横に振った。
「俺たちは、戦った。最後まで。それだけで、十分じゃないか」
「ミコト……」
「それに、転生の法のおかげで、俺たちは生き延びた。そして、こうして再会できた」
俺はシュンソウを見つめる。
「これから、また一緒に戦えるんだ。それって、すごいことだと思わないか?」
シュンソウは驚いたように目を見開き――そして、柔らかく笑った。
「……そうだな。お前は昔から、そうやって前向きだった」
「前向きというか、単純なだけだろう」
「いや、それが良いんだ。お前のそういうところが、俺たちを何度も救ってくれた」
シュンソウは懐かしむように目を細めた。
「リーダーのレイゼンも、よく言ってた。『ミコトは禍ツ神の光だ』って」
「レイゼン……」
その名前を聞いた瞬間、記憶が鮮明に蘇った。
白銀の長髪。鋭い銀色の瞳。絶対的な信頼を寄せられる背中。
「レイゼンは……今、どこに?」
「分からない」
シュンソウは首を横に振った。
「転生の法は、俺たち全員をバラバラに転送した。時期も、場所も、おそらく全て違う。俺が知る限り、まだ誰とも再会していない。お前が、初めてだ」
「そうか……」
「でも、お前と再会できたということは、他の仲間ともいずれ会えるかもしれない」
シュンソウの目に、希望の光が灯る。
「ユウナギ、ウツシミ、ホウライ、セキエイ……みんな、この世界のどこかにいるはずだ」
「みんな……」
俺の脳裏に、仲間たちの姿が浮かぶ。
まだぼんやりとしているが、確かに存在する記憶。
「探そう」
俺は決意を込めて言った。
「みんなを。そして、また七人で――」
「ああ」
シュンソウが頷く。
「今度こそ、誰も失わない。全員で、新しい人生を歩もう」
二人は拳を合わせた。
その光景を見て、エリスとリンは顔を見合わせ、微笑んだ。
その夜。
試験は無事終了し、俺たち全員がD級への昇格を果たした。
エリスは決勝を不戦勝という形で制し、最優秀賞を受賞した。本人は不服そうだったが、観客の誰もが、エリスの実力を認めていた。
祝賀会が開かれることになり、ギルドの大広間に受験者や関係者が集まった。
俺とシュンソウも、治癒魔法のおかげで何とか動けるようになり、参加することにした。
「それでは、今回D級に昇格した冒険者たちに、祝杯を!」
ギルドマスターの音頭で、乾杯の声が上がる。
賑やかな宴が始まった。
「レン、こっちこっち!」
リンが手を振っている。エリスも一緒だ。
「行くか」
シュンソウを促して、二人の元へ向かう。
「お疲れ様です、お二人とも」
エリスがグラスを掲げる。
「今日は本当に、素晴らしい戦いだったわ」
「ありがとう」
「それで……」
エリスは真剣な表情になった。
「これから、どうするの? あなたたち」
「どうする、とは?」
「仲間を探すんでしょう? 前世の」
鋭い指摘だ。
「……ああ」
俺は頷いた。
「探したいと思ってる。でも、手がかりがない。刻印が共鳴したから、シュンソウ兄さんとは再会できた。けど、他の仲間は……」
「なら」
リンが前に出た。
「私たちも手伝います!」
「え?」
「だって、レン先輩の仲間でしょう? だったら、私たちも一緒に探します!」
「でも、それは……」
「私も同意見よ」
エリスが微笑む。
「あなた一人に背負わせるつもりはないわ。私たちは、パーティでしょう?」
「エリス……リン……」
二人の優しさに、胸が熱くなる。
「いいのか? 危険かもしれないぞ」
「危険なのは、いつものことでしょう?」
エリスが肩を竦める。
「それに、あなたの過去を知りたいの。あなたがどんな人だったのか、どんな仲間と戦っていたのか」
「私もです!」
リンが力強く頷く。
「レン先輩の過去は、レン先輩の一部です。それを知ることは、レン先輩をもっと理解することだと思うんです!」
「……ありがとう」
俺は二人を見て、心から笑った。
「じゃあ、よろしく頼む」
「任せて!」
「当然よ」
シュンソウは、その様子を微笑ましく見ていた。
「良い仲間ができたな、ミコト」
「ああ」
「なら、俺も協力させてもらおう」
シュンソウがグラスを掲げる。
「新生・禍ツ神……とまではいかないが、仲間を探す旅、俺も同行させてくれ」
「もちろんだ」
俺もグラスを掲げる。
「一緒に、行こう」
四人のグラスが、カチンと音を立てて触れ合った。
宴もたけなわになった頃、ミラが俺たちのテーブルに近づいてきた。
「みんな、楽しんでる?」
「はい! とっても!」
リンが笑顔で答える。
「それは良かった」
ミラは少し真面目な顔になった。
「実は、ちょっと話があるの。レンくんとシュバルツさんに」
「話?」
「ええ。ギルドマスターが、二人に会いたいって」
「ギルドマスター……」
ギルドマスターは、エクリプス支部のトップだ。滅多に姿を見せない人物だと聞いている。
「何の用だろう?」
「さあ? でも、急ぎじゃないから、明日でもいいって」
「分かった。明日、伺います」
「ありがとう。それじゃ、引き続き楽しんでね」
ミラは手を振って去っていった。
「ギルドマスターか……」
シュンソウが呟く。
「何か、気になることでも?」
「いや……ただ、あの人も、普通じゃない」
「普通じゃない?」
「ああ。俺、一度だけ会ったことがある。その時感じたんだ。あの人からは、ただの冒険者じゃない気配がする」
「どういう意味だ?」
「分からない。でも……もしかしたら」
シュンソウは俺を見た。
「俺たちと、同じかもしれない」
「まさか……」
「可能性の話だ。でも、明日会えば分かるだろう」
「……そうだな」
俺は宴の喧騒の中、ギルドマスターという人物に思いを馳せた。
もし、その人物が本当に――
いや、考えすぎだろう。
そう自分に言い聞かせたが、胸の奥の予感は消えなかった。
翌日、昼過ぎ。
俺とシュンソウは、ギルドの最上階にあるギルドマスターの部屋を訪れた。
重厚な扉の前で、俺たちは顔を見合わせた。
「緊張するな」
「ああ」
ノックをする。
「どうぞ」
中から、低く落ち着いた声が聞こえた。
扉を開けると、そこは広い執務室だった。
窓からは街が一望でき、部屋の中央には大きな机がある。
そして、その机の向こうに――
一人の男が座っていた。
「よく来てくれた。座ってくれ」
男は立ち上がり、こちらに歩いてくる。
四十代くらいだろうか。黒いローブを纏い、精悍な顔立ちをしている。だが、何より印象的なのは――
その目だった。
深い黒。まるで、全てを見通すような眼差し。
「私がこの支部のギルドマスター、ゼノ・クロスだ」
「神代レンです」
「シュバルツ・ヴィントです」
「ああ、知っている。昨日の試合、見事だった」
ゼノは椅子を勧め、自らも座った。
「単刀直入に言おう。君たちを呼んだのは、確認したいことがあったからだ」
「確認?」
「ああ」
ゼノは真剣な目で俺たちを見た。
「君たち……特に神代レン。君は、前世の記憶があるな?」
「!」
俺は息を呑んだ。
「どうして、それを……」
「昨日の試合を見て、確信した。あの戦い方、あの技――融合術式を使える者など、この時代にはいない」
ゼノは立ち上がり、窓の方を向いた。
「融合術式は、三千年前の古代に失われた技術だ。それを使えるということは……」
「俺が、古代の人間だと?」
「転生者だ、と言った方が正確か」
ゼノが振り返る。
「そして、シュバルツ・ヴィント。君もそうだな」
「……なぜ、分かる」
「分かるさ」
ゼノは静かに笑った。
「なぜなら――」
ゼノの右手が光る。
そこには、複雑な紋様が浮かび上がっていた。
刻印だ。
「俺も、同じだからだ」
「!?」
俺とシュンソウは、同時に立ち上がった。
「お前……まさか……!」
「ああ」
ゼノは静かに頷いた。
「俺も、禍ツ神の一員だった」
沈黙。
長い、長い沈黙。
「お前は……誰だ?」
シュンソウが震える声で訊く。
「俺の本当の名は――」
ゼノは目を閉じた。
「ウツシミ。禍ツ神、第四席」
「ウツシミ……!」
記憶が蘇る。
漆黒のショートヘア。鋭い黒い瞳。影を操る暗殺者。
そして――
俺たちの、大切な仲間。
「本当に……ウツシミなのか?」
「ああ」
ウツシミ――ゼノは、穏やかに微笑んだ。
「久しぶりだな、シュンソウ。そして――」
ゼノは俺を見た。
「ミコト。よく、生きていてくれた」
その言葉に、俺の目から涙が溢れた。
「ウツシミ……!」
シュンソウも、涙を流していた。
「まさか……こんなに早く、再会できるなんて……!」
「ああ。俺も驚いている」
ゼノは二人に近づき、肩に手を置いた。
「だが、これも運命なのだろう。俺たちは、再び巡り会えた」
「他のみんなは……?」
「分からない。だが、いずれ会えるだろう」
ゼノは窓の外を見た。
「この世界は広い。だが、刻印が導いてくれる。お前たちと会えたように、他の仲間とも、必ず会える」
「……ああ」
俺も窓の外を見た。
広がる街。その先に続く世界。
どこかに、仲間たちがいる。
必ず、会える。
「ゼノ……いや、ウツシミ」
シュンソウが言った。
「俺たち、仲間を探す旅に出る。一緒に来てくれないか?」
「……残念だが、それはできない」
ゼノは首を横に振った。
「俺には、ここでやるべきことがある。ギルドマスターとして、この街を守る責任がある」
「そうか……」
「だが、情報は提供できる。各地のギルドに手配して、刻印を持つ者がいないか、探させよう」
「本当か!?」
「ああ。それくらいは、できる」
ゼノは微笑んだ。
「お前たちは、自由に旅をしろ。そして、仲間を見つけたら、ここに連れてこい」
「分かった!」
「ありがとう、ウツシミ」
三人は、拳を合わせた。
かつての仲間として。
そして、新たな旅の仲間として。
ゼノの部屋を出た後、俺とシュンソウは、まだ信じられないという顔をしていた。
「まさか、ウツシミと再会できるなんて……」
「ああ……しかも、ギルドマスターだったとは」
「でも、良かったな」
俺は笑った。
「これで三人だ。残り四人」
「ああ」
シュンソウも笑顔になった。
「必ず、全員見つけよう」
「ああ!」
二人は階段を降りながら、これからの旅について語り合った。
どこへ行くか。
何をするか。
そして――
どうやって仲間を探すか。
話は尽きなかった。
だが、その全てが楽しかった。
仲間と、未来を語り合う。
それは、三百年ぶりの感覚だった。
ギルドの一階に降りると、エリスとリンが待っていた。
「どうだった?」
エリスが訊く。
「……実は」
俺は二人に、ゼノのことを話した。
彼が、ウツシミであること。
禍ツ神の仲間だったこと。
「え!? ギルドマスターが!?」
リンが驚きの声を上げる。
「そうなの……」
エリスも驚いているが、すぐに冷静さを取り戻した。
「ということは、残り四人ね」
「ああ」
「なら、探す旅、本格的に始めましょう」
エリスが笑顔で言った。
「どこから行く?」
「そうだな……」
俺は地図を広げる。
エクリプスを中心に、東西南北に広がる世界。
「まずは、近場から攻めるか。北の獣人領、どうだ?」
「いいわね。私、獣人の文化に興味があるの」
「私も行きたいです!」
こうして、俺たちの新しい旅が始まることになった。
仲間を探す旅。
そして――
新しい冒険の旅。




