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マガツカミ ―忘却の英雄は異世界で目覚める―  作者: アイザワ


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11/15

仲間との戦い

 準決勝まで、三十分の休憩時間が与えられた。

 控室に戻った俺たちは、それぞれ黙って座っていた。言葉を交わすことはなかった。交わす必要もなかった。四人とも、次に何が起こるか分かっている。

 リンは膝の上で符札を数え直している。いつもの明るさはそこにはなく、その小さな背中には、年齢に似合わぬ覚悟が宿っているように見えた。

 エリスは目を閉じて瞑想している。呼吸は深く、規則的だ。騎士としての訓練が染み付いているのだろう。その横顔は凛として美しく、そして――少しだけ、寂しげだった。

 シュバルツは壁に寄りかかり、双剣の手入れをしている。その動作は機械的で、まるで何かを思い出そうとするかのように、刃を見つめていた。

 そして俺は――自分の剣を膝に置き、左肩に手を当てていた。

 刻印が、微かに疼いている。

 まるで、これから起こることを予期しているかのように。

「……なあ」

 沈黙を破ったのは、シュバルツだった。

「レン。お前、どこか……」

 シュバルツは言葉を選ぶように間を置いた。

「どこかで会ったことがあるような気がするんだ」

 その言葉に、俺の心臓が跳ねた。

「俺も……同じことを思ってた」

「そうか」

 シュバルツは小さく笑った。どこか寂しげな、懐かしむような笑みだった。

「不思議だな。初めて会ったはずなのに、お前と剣を交えると……何かを思い出しそうになる」

「思い出す……?」

「ああ。夢の中で見た光景のような、曖昧な記憶だ。誰かと背中合わせで戦っている。その誰かが……お前のような気がするんだ」

 俺の胸が、ぎゅっと締め付けられた。

 背中合わせ――

 その言葉が、記憶の断片を揺さぶる。

『――シュンソウ兄さん、背中、任せます!』

『――ああ、任せろ。お前も油断するなよ、ミコト』

 脳裏に浮かぶ光景。若い自分と、黒髪の青年。二人で、無数の敵と戦っている。

「シュバルツ……お前は……」

 言いかけた時、係員が入ってきた。

「準決勝、まもなく開始します。準備をお願いします」

 言葉は、そこで途切れた。


 再び、闘技場に向かう通路を歩く。

 リンとエリスが、並んで歩いている。俺とシュバルツは、少し後ろを歩いていた。

「ねえ、エリスさん」

 リンが小さな声で言った。

「はい?」

「私……本当に、エリスさんと戦わなきゃいけないんですよね」

「ええ」

 エリスの声は、いつもより優しかった。

「でも、リンちゃん。これは試験よ。私たち、全力でやらなきゃいけないの」

「分かってます……分かってるんですけど……」

 リンの声が震える。

「私、エリスさんのこと、大好きなんです。レン先輩と同じくらい、大切な人なんです」

「私もよ」

 エリスが立ち止まり、リンの肩に手を置いた。

「私も、あなたのことが大好き。だからこそ――全力で戦うわ」

「え……?」

「中途半端な戦いは、相手への侮辱だと思うの。あなたを大切に思っているからこそ、私は本気であなたと向き合いたい」

 エリスは優しく微笑んだ。

「そして、あなたも本気で来て。それが、お互いを尊重するということだから」

「……エリスさん」

 リンの目に、涙が滲んだ。

「はい……分かりました。私も、全力で行きます!」

「ええ」

 二人は抱き合った。

 その光景を見て、俺の胸が温かくなった。

 同時に――強い決意が芽生えた。

 この二人を、守りたい。

 そのためにも、俺は強くならなければならない。


 闘技場に出ると、観客席は満員だった。

 準決勝ともなれば、注目度は桁違いだ。歓声が、雷のように轟いている。

「さあ、お待ちかねの準決勝だ!」

 ガロンの声が響く。

「準決勝第一試合! エリス・ルミナス対リン・シャオメイ!」

 二人が闘技場の中央に進み出る。

 エリスは堂々としている。金髪が陽光を浴びて輝き、その姿はまるで騎士の絵画から抜け出してきたようだった。

 リンは緊張しているが、その目には強い意志が宿っている。小さな身体だが、そこから発せられる気配は、決して侮れるものではなかった。

「準備はいいか?」

 ガロンが二人を見る。

「はい」

「準備万端です!」

 二人が頷く。

「では――」

 ガロンが手を上げる。

 闘技場が、静まり返る。

 そして――

「開始!」


 その瞬間、エリスが動いた。

 一瞬で間合いを詰め、レイピアを突き出す。

「速い!」

 リンが横に飛んで回避する。だが、エリスの剣先は既に次の軌道を描いていた。

「光剣舞・一の型!」

 連続突き。五つの光の軌跡がリンを追う。

「風符障壁!」

 リンが符札を投げる。風の壁が展開され、攻撃を防ぐ――

 だが、エリスの剣は止まらない。

「二の型!」

 回転斬撃が風の壁を切り裂いた。

「きゃっ!」

 リンが後退する。

 エリスは追撃をかけようとして――止まった。

「……」

 その一瞬の躊躇。

 リンもそれに気づいた。

「エリスさん……手加減、してますか?」

「……してないわ」

 エリスは首を横に振った。

「でも、本気でもない……そうでしょう?」

 リンの言葉に、エリスの表情が歪んだ。

「私……エリスさんの本気が見たいです」

 リンが小太刀を構え直す。

「だって、エリスさんは私の憧れなんです。強くて、綺麗で、かっこよくて……そんな人に、手加減されたくないんです!」

 その叫びに、エリスの目が見開かれた。

 そして――

 エリスは静かに笑った。

「……そうね。ごめんなさい、リンちゃん」

 エリスが剣を構え直す。その構えは、先ほどとは明らかに違っていた。全身から発せられる気配が、段違いに濃密になる。

「あなたが望むなら、見せてあげる。私の全力を」

 エリスの剣が、淡い光を纏い始めた。

「光剣舞・奥義」

 その言葉と共に、エリスが消えた。

 いや、消えたのではない。速すぎて見えないだけだ。

「!?」

 リンが慌てて周囲を見回す。

 だが、エリスは既に――

「光乱舞」

 リンの周囲、八方向から同時に光の軌跡が走った。

 残像だ。いや、それすらも幻影かもしれない。だが、全ての斬撃は本物だ。

「くっ……!」

 リンが符札を連続で投げる。

「火符! 水符! 雷符! 全方位展開!」

 リンの周囲で爆発と雷鳴が轟く。

 煙が立ち込める。

 その中から――

「甘いわ」

 エリスの声が響き、煙を切り裂いて剣が飛んできた。

「きゃあっ!」

 リンの符札が吹き飛ばされ、剣先がリンの喉元に――

 止まった。

「……ここまで、ね」

 エリスが優しく微笑む。

「勝負あり! 勝者、エリス・ルミナス!」

 ガロンの宣言。

 観客席から、惜しみない拍手が送られる。

「エリスさん……すごい」

 リンが息を切らしながら笑った。

「ありがとうございます。本気、見せてもらえて……嬉しかったです」

「こちらこそ。あなたも、とても強かったわ」

 エリスがリンの頭を撫でる。

「もう少し経験を積めば、きっと私を超えるわ」

「本当ですか?」

「ええ。約束する」

 二人は抱き合った。

 その光景に、観客席からさらに大きな拍手が起こった。


 控室に戻ってきた二人を、俺は迎えた。

「お疲れ様」

「レン先輩……私、負けちゃいました」

 リンが申し訳なさそうに俯く。

「いや、お前は良く頑張った。あの状況で、よく対応できてた」

「本当ですか?」

「ああ。俺が保証する」

 リンの表情が明るくなる。

「エリスも、お疲れ」

「ありがとう。でも、まだよ」

 エリスが俺を見つめる。

「あなたが勝ってくれないと、決勝で会えないから」

「……ああ。必ず勝つ」

「約束よ」

 エリスが小指を差し出す。

 俺はその小指と、自分の小指を絡めた。

「約束だ」


 そして、準決勝第二試合。

 俺とシュバルツの番が来た。

「準決勝第二試合! 神代レン対シュバルツ・ヴィント!」

 ガロンの声が響く。

 俺は剣を握りしめ、闘技場に出た。

 対するシュバルツも、双剣を抜いて現れる。

 二人が闘技場の中央で向かい合う。

 観客席は、静まり返っていた。

 誰もが、息を呑んで見守っている。

「……やっと、戦えるな」

 シュバルツが静かに言った。

「ああ」

「正直に言う。お前と戦うのを、ずっと楽しみにしていた」

「俺もだ」

「お前からは……不思議な気配を感じる。懐かしくて、でも新しい。まるで、失くした何かを取り戻せるような気がするんだ」

 シュバルツの目が、真剣に俺を見つめる。

「だから、本気で行く。お前も、全力を出せ」

「……ああ」

 俺も剣を構える。

 ガロンが手を上げる。

「準備はいいか?」

 俺たちは頷いた。

「では――開始!」


 動いたのは、シュバルツが先だった。

 いや、正確には同時だった。だが、シュバルツの速度は俺の予想を遥かに超えていた。

 黒い風――そう形容するしかない速さで、シュバルツが迫る。

 双剣が交差する。

「速い!」

 俺は剣で受ける。

 ギィン!

 衝撃が腕に走る。

 だが、シュバルツの攻撃は止まらない。

 右剣、左剣、蹴り、右剣、左剣――

 まるで嵐のような連続攻撃。

 俺は防御に徹する。受ける、受ける、受ける――

「くそっ!」

 一撃が防御を抜けた。頬を掠める。

 血が一筋、流れる。

「……やはり、強いな」

 シュバルツが距離を取る。

「お前もな。今の連撃、普通なら五発目で終わってる」

「まだまだこれからだ」

 俺は左肩に手を当てる。

 刻印が熱を帯びる。

「解放、第三階層」

 力が溢れ出す。

 視界が鮮明になる。筋力が増強される。思考速度が上がる。

「その力……何だ?」

 シュバルツが驚いたように目を見開く。

「教えたいが……俺にも分からない」

 俺は駆けた。

 今度は、俺から仕掛ける。

「はっ!」

 剣を振り下ろす。

 シュバルツが双剣で受ける。

「重い……!」

「まだだ!」

 連続攻撃。斬撃、突き、薙ぎ払い――

 俺の剣技が、シュバルツを押す。

「くっ……!」

 シュバルツが後退する。

 だが――

「俺も、本気を出すか」

 シュバルツの双剣が、黒い光を纏い始めた。

「疾風迅雷」

 その言葉と共に、シュバルツの速度が更に上がった。

「!?」

 見えない。

 いや、見えるが――反応できない。

 シュバルツの剣が、四方八方から襲ってくる。

「ぐっ!」

 左腕に斬撃が走る。

「はっ!」

 右肩に一撃。

「くそ……!」

 防戦一方だ。

 このままでは――

 その時、頭の中に声が響いた。

『――ミコト、思い出せ』

 誰かの声。

『――お前は一人で戦ってきたんじゃない。俺たちがいた』

「俺たち……?」

『――シュンソウの速さを、お前は知っている』

 シュンソウ――

 その名前を聞いた瞬間、記憶が鮮明に蘇った。

 黒髪の青年。双剣使い。神速の剣技。

 そして――

 何度も、何度も、一緒に戦った仲間。

「シュンソウ……兄さん!」

 思わず、叫んでいた。

 その瞬間、シュバルツの動きが止まった。

「……今、何て?」

 シュバルツが呆然とした顔で俺を見る。

「シュンソウ……お前は、シュンソウ兄さんなのか!?」

「シュンソウ……その名前……」

 シュバルツが頭を押さえる。

「くっ……頭が……!」

 シュバルツが膝をつく。

「シュバルツ!」

 俺が駆け寄ろうとした――その時。

 シュバルツの右手の甲が、光り始めた。

「これは……!」

 そこには、複雑な紋様が浮かび上がっていた。

 刻印だ。

 俺の左肩と同じような――いや、違う。形は違うが、同じ種類の刻印だ。

「お前も……刻印を……!」

「刻印……? これが……?」

 シュバルツが自分の手を見る。

 そして――

 その目が、見開かれた。

「思い出した……」

 シュバルツが震える声で言った。

「俺は……シュンソウ。禍ツ神の第二席……」

「シュバルツ……いや、シュンソウ兄さん!」

 俺が叫ぶ。

「お前は、本当に……!」

「ミコト……お前、ミコトなのか?」

 シュバルツ――シュンソウが、俺を見つめる。

 その目には、涙が滲んでいた。

「ああ……俺だ。俺は、ミコトだ!」

 二人の間に、長い沈黙が流れた。

 観客席も、静まり返っている。

 何が起きているのか、誰も理解できていない。

 だが、俺たちには分かっていた。

 三百年の時を超えて――

 仲間が、再会した。

「……ミコト」

 シュンソウが立ち上がる。

「すまない。俺は……お前のことを忘れていた」

「いや、俺もだ。俺も、つい最近まで思い出せなかった」

「そうか……」

 シュンソウが小さく笑った。

「でも、身体は覚えていたんだな。お前と戦うと、何かを思い出しそうになった」

「ああ……俺もだ」

 二人は向かい合った。

 剣を構える。

「続けよう、ミコト」

「ああ、シュンソウ兄さん」

「試合の後で、ゆっくり話そう。今は――」

 シュンソウが笑う。

「お前の成長を、見せてもらう」

「ああ!」

 二人は、再び駆けた。


 剣と剣がぶつかり合う。

 だが、今度は違った。

 互いの動きが、読めるようになっていた。

 シュンソウの剣を、俺は予測できる。

 俺の剣を、シュンソウも見切っている。

 まるで、何百回、何千回と戦ってきたかのように。

「やはり、お前は強くなった!」

 シュンソウが笑う。

「昔のお前なら、今ので終わってた!」

「当たり前だ! 俺は、もう子供じゃない!」

 俺も笑い返す。

 そして――

「融合術式・紅蓮氷刃!」

 炎と氷を纏った斬撃が飛ぶ。

「融合術式だと!? お前、まだ使えたのか!」

 シュンソウが驚く。

「ああ! これが、俺の力だ!」

「なら、俺も!」

 シュンソウの双剣が、黒い風を纏う。

「疾風迅雷・奥義!」

 二人の技が、ぶつかり合った。

 轟音。

 衝撃波が闘技場を揺らす。

 観客席からは、悲鳴に近い歓声が上がる。

 煙が晴れると――

 二人とも、立っていた。

 だが、双方とも限界だった。

「……はぁ、はぁ」

 息が上がる。

「まだ……やれるか?」

 シュンソウが訊く。

「ああ……まだだ」

「そうか。なら――」

 シュンソウが剣を構える。

 俺も構える。

 これが、最後の一撃だ。

 二人は、同時に駆けた。

「うおおおおっ!!」

「はああああっ!!」

 剣と剣が――

 交差した。


 ガロンが、呆然としていた。

 いや、観客全員が、呆然としていた。

 闘技場の中央で、レンとシュバルツが倒れていた。

 二人とも、意識がない。

「こ、これは……」

 ガロンが困惑する。

「両者、戦闘不能……?」

 係員たちが駆け寄り、二人の状態を確認する。

「どちらも、限界のようです」

「しかし、どちらが勝者か……」

「……相討ち、ということでしょうか」

 ガロンは悩んだ末、宣言した。

「この試合、引き分けとする! よって、決勝戦は――」

 ガロンが観客席を見回す。

「エリス・ルミナスの、不戦勝とする!」

 観客席が沸いた。

 だが、それは祝福の歓声ではなかった。

 二人の戦いに対する、敬意と感動の歓声だった。


 医務室で目が覚めた。

 身体が重い。全身が痛い。

「……ここは」

「目が覚めたか」

 隣のベッドから、シュンソウの声が聞こえた。

「シュンソウ兄さん……」

「ああ。俺も、今起きたところだ」

 二人とも、ボロボロだった。

 だが――

 二人とも、笑っていた。

「……久しぶりだな、ミコト」

「ああ、本当に……久しぶりです」

「『です』なんて他人行儀な。昔みたいに話せ」

「……じゃあ、遠慮なく」

 俺は笑った。

「久しぶりだな、シュンソウ兄さん」

「ああ」

 長い、長い沈黙の後――

 シュンソウが口を開いた。

「お前は……本当に、あの時のミコトなのか?」

「ああ。記憶は完全じゃないが……確かに、俺はミコトだった」

「そうか……」

 シュンソウの目から、涙が零れた。

「良かった……本当に、良かった……」

「シュンソウ兄さん……」

「お前が、生きていてくれて……本当に……」

 シュンソウは泣いていた。

 俺も、涙が溢れてきた。

「俺も……兄さんに、会えて……」

 二人は、しばらく泣いた。

 三百年分の、再会の涙を。

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