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マガツカミ ―忘却の英雄は異世界で目覚める―  作者: アイザワ


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1/15

記憶のない少年

 目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。

 いや、正確には「見知らぬ」かどうかも分からない。なぜなら俺は、自分が何者なのか、どこから来たのか、何一つ思い出せなかったからだ。

「……ここは?」

 掠れた声が喉から漏れる。身体を起こそうとして、全身に走る鈍い痛みに顔をしかめた。

 木造の天井。質素な部屋。窓から差し込む柔らかな陽光。どこか懐かしいような、それでいて初めて見るような――そんな不思議な感覚。

「お、気がついたか!」

 扉が勢いよく開いて、白髭を蓄えた老人が入ってきた。皺だらけの顔に安堵の表情を浮かべている。

「よかった、よかった。三日も眠り続けておったから、どうなることかと思ったぞ」

「あなたは……」

「わしか? わしはこの村の村長、ダリウスという者じゃ。お前さんを見つけてここまで運んだんじゃよ」

 ダリウスと名乗った老人は、俺の傍らにあった椅子に腰を下ろした。

「それで、お前さん。名前は? どこから来たんじゃ?」

「名前……」

 頭の中を探る。しかし、何も出てこない。真っ白な霧に覆われたように、何もかもが曖昧で不確かだ。

「……分かりません」

「分からん?」

「はい。自分が誰なのか、どこから来たのか……何も、思い出せないんです」

 そう口にした瞬間、胸の奥が締め付けられるような不安に襲われた。自分が何者かも分からない。それがどれほど恐ろしいことか、その時初めて実感した。

 ダリウスは困ったように髭を撫でた。

「そうか……記憶喪失、というやつじゃな。わしらがお前さんを見つけたのは、村の外れの森での中じゃった。血まみれで倒れておってな。よくぞ生きておったもんじゃ」

「森で……」

 記憶を手繰り寄せようとするが、やはり何も出てこない。ただ、身体の芯に染み付いた違和感だけが残っている。

「とにかく、今は身体を休めることじゃ。記憶はゆっくり戻ってくるかもしれん。それまでは、この村で療養するといい」

「……ありがとうございます」

 頭を下げる。この老人の親切に、素直に感謝の気持ちが湧いてきた。

「ところで」ダリウスは興味深そうに俺の左肩を見た。「その刻印……見事なもんじゃな。お前さん、どこかの組織に属しておったんじゃないか?」

「刻印?」

 促されて左肩を見ると、そこには複雑な黒い文様が刻まれていた。まるで生き物のように蠢くような、不思議な紋様。

 見た瞬間、頭の奥で何かが疼いた。

『――ミコト』

 誰かの声が聞こえた気がした。

「! ……今、何か」

「どうした?」

「いえ……何でもありません」

 頭を振って、その感覚を追い払う。

「この刻印も、記憶がないので……何なのか分かりません」

「そうか……まあ、いずれ分かる日が来るじゃろう」

 ダリウスは立ち上がり、戸口に向かった。

「そうじゃ。名前がないのも不便じゃろう。何か、呼び名を決めておかんか?」

「呼び名……」

 何と名乗ればいいのだろう。記憶もない自分に、名前をつける資格があるのだろうか。

 しかし、名前がなければ確かに不便だ。

「……レン」

 なぜかその名前が、自然と口から出た。

「レン、か。いい名じゃ。では、レンよ。ゆっくり休むがいい」

 ダリウスは優しく微笑んで、部屋を出て行った。


 それから三ヶ月が経った。

 記憶は一向に戻らなかったが、身体は完全に回復した。むしろ、自分でも驚くほど健康だった。

 ダリウスや村人たちの世話になりながら、俺――神代レンは、この村での生活に慣れていった。

「レン! 手伝ってくれ!」

「ああ、今行く」

 村の若者たちと一緒に、畑仕事や狩りを手伝う日々。最初は何も分からなかったが、不思議なことに身体が勝手に動くのだ。

 弓を持てば、的に正確に当てられる。

 剣を握れば、自然と構えが決まる。

 身体の動かし方、バランスの取り方――全てが、まるで染み付いているかのように。

「レン、お前、本当に記憶がないのか? その動き、まるで熟練の戦士みたいだぞ」

 村の自警団の一人が、驚いたように言った。

「……分からない。でも、身体が覚えているみたいなんだ」

 訓練と称して剣を振るう。木剣を構えた瞬間、身体が勝手に動き出す。振り下ろし、薙ぎ払い、突き――流れるような動作。

 なぜこんなことができるのか。自分でも分からない。

 ただ、戦うことに関して、俺の身体は嘘をつかない。


 ある夜、また悪夢を見た。

 炎に包まれる街。

 崩れ落ちる建物。

 悲鳴と、慟哭。

『――逃げろ! 早く!』

『――まだだ、まだ終わらせるわけにはいかない!』

『――ミコト! お前だけでも!』

 知らない声。知らない光景。それなのに、胸が痛い。

 そして――

 七つの影。

 背中合わせで立つ、七人の姿。

 俺はその中にいる。最も若い、一人の少年として。

『――世界を、頼んだぞ』

 誰かの声が聞こえて――

「っ!!」

 飛び起きる。全身が汗でびっしょりだ。

「……また、あの夢」

 ここ最近、同じような夢を繰り返し見る。意味は分からない。ただ、胸の奥が締め付けられるような感覚だけが残る。

 窓の外を見ると、空には満月が浮かんでいた。

「俺は……一体、何者なんだ?」

 呟いた言葉は、夜の静寂に吸い込まれていった。


 それからさらに時は流れ、三年の月日が経った。

 神代レンは十六歳になっていた。記憶は戻らないままだったが、村での生活には完全に馴染んでいた。

 ダリウスは本当の父親のように優しく、村人たちも家族のように接してくれた。平穏で、温かい日々。

 それでも――

 心の奥底に、常に疼くものがあった。

 自分が何者なのか知りたい。

 この力は何のためにあるのか。

 あの夢は何を意味するのか。

「レン」

 ある日、ダリウスが俺を呼んだ。珍しく、真剣な表情をしている。

「はい」

「お前……そろそろ、この村を出る時期じゃないか?」

「……え?」

「お前の目を見れば分かる。お前はここに留まるべき人間じゃない。もっと広い世界を見るべきじゃ」

 ダリウスは優しく微笑んだ。

「お前には才能がある。そして、お前自身が何かを求めている。わしには分かる」

「村長……」

「行け、レン。そして、お前自身の答えを見つけるんじゃ」

 その言葉は、背中を押すには十分だった。


 出発の日。

 村人たちが見送りに来てくれた。

「レン、元気でな!」

「たまには帰ってこいよ!」

「無理すんなよ!」

 口々に声をかけてくれる村人たち。三年間、本当に良くしてもらった。

「みんな……本当にありがとうございました」

 深く頭を下げる。

 ダリウスが前に出てきて、小さな包みを手渡した。

「これは?」

「お前を見つけた時、一緒に落ちていたものじゃ。もしかしたら、お前の手がかりになるかもしれん」

 包みを開けると、中には一振りの短刀が入っていた。黒い鞘に収められた、質素だが美しい刀。

 手に取った瞬間、また頭の奥が疼いた。

『――これは、お前の証だ』

 誰かの声。

「村長……ありがとうございます」

「ああ。そして、これも」

 ダリウスは一通の推薦状を渡した。

「境界都市エクリプスへの推薦状じゃ。冒険者ギルドで使える。お前なら、きっと立派な冒険者になれる」

「冒険者……」

「ああ。広い世界を旅しながら、自分を探すんじゃ。きっと、答えは見つかる」

 俺は推薦状を胸に仕舞い、もう一度村人たちを見渡した。

「必ず、また戻ってきます」

「待っておるぞ!」

 ダリウスの声を背に、俺は歩き出した。

 目指すは境界都市エクリプス――東西の文化が交わる、巨大な街。

 記憶のない俺が、自分自身を探す旅の、始まりだった。


 道すがら、俺は左肩の刻印に触れた。

 これは一体何なのか。

 俺は何者なのか。

 あの夢に出てくる七人は誰なのか。

 答えは分からない。

 でも――

「必ず、見つけてみせる」

 呟いた言葉は、風に乗って遠くへ消えていった。

 空は青く澄み渡り、前方には未知の世界が広がっている。

 神代レンの、新たな物語が、今ここから始まる。




はじめまして! 「マガツカミ」を執筆しています。

記憶を失った少年が、異世界で自分自身を探していく物語です。

和風と西洋が融合した世界観、失われた記憶の謎、そして仲間との絆――

これからレンがどんな冒険をして、どんな真実に辿り着くのか。

ぜひ最後まで見届けていただければ嬉しいです!

感想、評価、ブックマーク等、いただけると泣いて喜びます!

よろしくお願いします!

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