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6・裸のつきあい

 知らない男性が目の前に立っている。と言うか、ここ、お風呂場ですけど……しかも私、裸ですけどっ! 

 驚きすぎて体が固まってしまっている。しかし男性は真っ赤に顔を染めて両手で目を覆った。


「ごめん! あれ? だってさっき君はあがったって聞いて……ごめんね、前園さん!」


 私はその声を聞いて、立ち上がった。そしてその両目に覆われた両腕を掴み、その真っ赤な顔を覗き込んだ。その顔は……艶めく黒目が、くりっとこちらを射抜くように見つめる。少しだけその瞳は茶色くて、顔立ちが凄く可愛らしい。その顔は初めてだったけれど、すぐに誰だかわかった。


「渋沢先輩ですよね!? 嘘……眼鏡取るとかわいい……!」

「わかった! わかったから、前園さん! 服着て! 服! もしくは風呂に入って!」


 慌てて目線を逸らす先輩の声で、ハッと我に返った。そして再び悲鳴が響く……。そのままお風呂にざぶんと身を沈めて体を小さく小さく丸めた。

 私ったら……裸なのを忘れてた! 絶対見られたよね、お、お嫁に行けない……っ!

 乳白色の入浴剤の入ったお風呂に身を沈めると、恥ずかしさで顔も湯の中に入れてしまった。しかし恥ずかしいとは言え、お風呂の中で呼吸することはできなくて……仕方なく湯から顔を出すと、心配そうに誰かが覗いている。その人は渋沢先輩ではなくて、私とあまり年の変わらないくらいの女の子の顔がひょこっと覗いていたのだ。私は身を屈め恐る恐るその子に訊いた。


「誰ですか……?」


 そう訊くと女の子は申し訳なさそうな顔で、頭を深く下げた。そしてそれと同時に大声で謝罪の言葉を発したのだ。ここは浴室。その声の響くことといったら、耳がきーんとなるくらいの大声だったので、思わず耳に手を当ててしまったほど。その子は何度も何度も「ごめんなさい」と私に謝った。謝罪してくれるのはいいんだけどね、いいんだけど……そろそろ上がらないとのぼせてしまいそうなので、そこから早く立ち去って欲しいんですが……。

 

「あの、わかりましたからその、出て行ってもらえますか?」

「あ、すみません。今、出ますね!」


 焦りながらそそくさと出て行く女の子の姿を確認して、私はお風呂から上がった。先輩が用意してくれた男物のシャツと短パンを履いてお風呂から上がったものの、なんとなく先輩とは顔を合わせづらい。

 タオルで髪を拭きながら、足音を立てずにそっと先程通されたリビングへ向かうと、そこには先輩の前で正座している樹くんと先程謝りに来た女の子が正座していた。どうやら先輩に説教を喰らっているらしい。盗み聞きするつもりはないけれど、どうにもその場に入りづらい。

 結局リビングへと続く扉を開けられないまま、壁にもたれて髪の毛を拭いていた。その時、中から先輩の低い声が静かに聴こえてきた。


「なんでこんな悪質な悪戯をしたんだ」


 すると二人は観念したように口を開く。


「……だって兄ちゃんが珍しく女の子連れてきたし、でもまだ彼女にはなってなかったみたいだし、なんか距離を縮める方法ないかなぁって思ってさ。裸の付き合いなんて言葉もあるしさぁ」


 いやいや。裸の付き合いって……それに、どう考えてもこれは距離を縮めるどころか、開いてしまうでしょう。すると続いてさっきの女の子の声が聴こえてきた。


「樹兄が守兄にお風呂あいたよって言って来いって、私はそう言われただけだもん!」

「おま……! 一人だけ逃げるのかよー」

「逃げるも何も、樹兄が言ったからでしょ?」

「あーあ、悪いのは全部俺かよ!」


 完全に樹くんでしょ、悪いのは。

 半ば呆れながら聞いていると、先輩の低い声がさらに響く。


「……わかった。お前らちゃんと彼女に謝れよ。そして今日は二人とも晩飯抜きだからな。俺は作ってやらないから」

「ちょちょちょっと! 兄ちゃん! 兄ちゃんが作らなかったら俺ら何も食えないじゃん」

「コンビニとかあるだろ? 小遣いで買え」

「……樹兄の馬鹿!」


 なんだろう。可愛らしい兄妹喧嘩に聴こえてくるのは私だけだろうか。

 確かに裸は見られたかもしれないけど、一応ボディソープをこれでもか! というくらい体には泡がついていたし。まぁ、でもボディラインは完璧にわかっただろうなぁ。あまり良いとは言えないプロポーションなだけに、そこだけはちょっとショックだ。

 しかし、いつまで廊下にいればいいのだろうか。さすがに湯冷めしそうで、さっきからくしゃみが出そうなのを我慢している。しかし、その我慢も限界に達した。


「っくしゅん!」


 なるべく小さくくしゃみしようとしたのに、思いの外大きな音が出てしまい、気がつけば先輩がリビングの扉を開けてこちらを見ていた。先輩と目が合うと、先程の恥ずかしさを思い出してしまいすぐに頬が熱くなる。どうやらそれは先輩も同じようで……お互い目も合わせずに会話をしていた。


「は、入れば?」

「……はい」


 こそこそとその扉からリビングに入り、どうぞ、と勧められたソファーに座った。目の前にはまだ正座している二人の姿がある。すると、二人は突然土下座したのだ。


「ごめんなさい!」


 同じタイミングで謝られて、少々私は慄いてしまった。まぁ、確かにやりすぎな悪戯だとは思うけれど、何も土下座して欲しいわけではない。私は慌てて二人に声をかけた。


「そんな風に土下座なんてしないで! あの、その……これは事故だと思うことにするから。ね? だから二人とも顔を上げて」

 

 ゆっくりと二人の顔が上げられると、その表情はとても深く反省しているように見える。なんとなく申し訳なさそうな、悲しそうな表情で、とても「許せない!」なんて言えるような雰囲気ではない。それに、まぁ、怒り続けても仕方ないし、これに懲りてこんなことはしないと誓ってくれればそれでいいような気がした。だから私は、にっこり笑ったのだ。


「もう、こんなことしないでね。それだけ守ってくれれば私はそれでいいよ」


 そう言うと、床に正座している二人は嬉しそうに笑った。しかし先輩は渋い顔のままだ。なんとなく納得いかないような表情をしている。だから私は渋沢先輩にも声をかけた。にっこりと笑って。


「先輩も忘れてくださいね。これは事故ですから、事故。ね? いいですか?」

「……君がそう言うならいいけど……」


 渋々納得してもらえたようでホッとした。本当は先輩に笑顔を向けるのも必死なくらい恥ずかしいけど、これで丸く収まるのなら笑顔くらいいくらでも出してやるわ! と思った。

 でも良かった、渋々でも納得してくれて。

 渋沢家に来てから二時間ほどしか経っていなかったのに、とても内容の濃い訪問となったのは言うまでもない。

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