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5・アクシデント

 雨の中、洗濯物が干しっぱなしだと気付き焦って庭に飛び出す先輩。そしてその後をなぜか私も慌てて着いていく。縁側に揃えられていたサンダルの一つをお借りして、先輩の傍へと駆け寄った。


「先輩、手伝いますよ!」

「君は濡れてしまうから中に戻りなさい」

「二人で取り込んだほうが早いです!」

「大丈夫だから」

「いいからっ! 早く!」


 気がつけば先輩に怒鳴っていた。短気なところが私の悪いところだ。私に気を遣ってくれるのは嬉しいけれど、頑なに拒まれると悲しくなる。

 ひとまず先輩が私の怒鳴り声に怯んで、しぶしぶ洗濯物の取り込みを手伝わせてくれたのは良いけれど、洗濯物は全滅。私たちもずぶ濡れ。バケツの水を一気にかぶった気分だ。


「……洗濯物、ダメですね。また洗濯しないと」

「そうだね。今日はこんなに雨が降るなんて天気予報では言ってなかったのに」

「先輩ずぶ濡れですね」

「君もね。冷えるといけないね、お風呂を入れるからちょっと待ってて」

「いえ! 大丈夫ですからお風呂なんて!」

「風邪引いたらどうするの。遠慮なんていいから、ちょっと待っててね」


 そう言いながら先輩は奥へと消えていく。先輩の後姿を見つめながら、この漫画のような展開に頭がついていかない。

 先輩の家でお風呂!? 男の人の家で、お風呂なんて!

 どんどん先輩との間が急展開していくので、私の頭はついていけなかった。どうしよう、でも先輩はもうお風呂の準備をしているようだ。どちらにしてもこのままでは体は冷えていく一方だ。すでに芯まで冷えかかっていて小刻みに体が震える。濡れた服の上から肩を擦っても、ちっとも温かくならなかった。

 お風呂にお湯がたまるまでの間、体をさすって少しでも温めようとしていた私の頭の上に、タオルが降ってきた。顔まで丁寧に隠してくれたタオルを避けながら上を見上げると、さっき抱きしめられた弟くんがそこに立っている。


「風呂、もう少しで溜まるから待っててね。それで体拭いたら? 良かったら拭いてあげるけど」

「いえ、自分で拭くから」

「ちぇっ」


 この弟くんは……先輩とはちっとも似ていない。随分軽い感じがするもんなぁ。

 濡れた髪をタオルで拭きながら弟くんに話しかけた。


「弟くんは、名前なんて言うの?」

「俺? 俺は渋沢樹(しぶさわいつき)、二十一歳大学四年生。誕生日はなんと正月! めでたいでしょ?」

「そうだねぇ」


 ホントにめでたいよね。頭が。

 それにしても初対面の女とこれだけ軽く会話ができるってことは、相当女慣れしているに違いない。さりげなくボディタッチしてくるところとか、先輩とは本当に正反対な性格だ。

 そんな軽い感じの男はあまり得意ではないので、ちくりと一つ嫌味を言ってやろうと思った。


「とっても女性に慣れてるのねぇ。さぞかしモテるんでしょうねぇ」

「そうだね、俺はモテるよ」


 こいつ! いけしゃあしゃあと……! 


「お兄さんは真面目で、あんまり女性の噂はないみたいだけど」

「それは兄ちゃんが女を遠ざけているから」

「遠ざけてる?」

「そ。だって兄ちゃんは……」


 そこまで言いかけた時、弟くん、もとい樹くんの言葉を先輩が制した。その声の方向を見つめると、今まで見たことないくらい怒っているのがわかる。そして樹くんは頭の後ろに手を組んで「やれやれ」と言った表情で、私の前から姿を消したのだ。……ていうか、こんな状況で二人きりにされると、先輩と何話していいのかわからないんですけどっ!? 

 内心不安を抱えながら先輩の顔をおずおずと見つめると、先輩はさっきとは打って変わって優しく笑う。


「お風呂どうぞ。着替え置いとくね」

「すみません」


 先輩に案内されてお風呂場に来た。でも先輩の説明も頭には入らない。なぜか先輩が女性を遠ざけていると聞いて、内心ショックを受けていたのだ。女性を遠ざけるなら、私のことも遠ざけるのだろう、と。せっかく少しは仲良くなれたと思ったのに、急に突き放された気分だ。

 先輩が出て行った脱衣所で、少々服を脱ぐことに躊躇いがあった。でも濡れて気持ち悪いし、どうしようもなく冷えていた。しばらく躊躇った後、自分の気持ちを落ち着けて濡れて気持ち悪くなった服を脱ぎ、浴室へと足を踏み入れる。肩からかける湯の温度が冷え切った体に心地良い。少し温かくなったところで体を洗うことにした。ボディソープは先輩と同じ香りがする。なんだかそれが妙に恥ずかしいのだ。しっかり泡立てて体に乗せていくと、まるで羊のようにもこもこになる。少しだけそれを楽しんで、シャワーで洗い流そうとした時、浴室のドアが開かれた。私の顔はそちらに向けられ、固まった。なぜって? だってそこには……


「あれ……?」


 腰にタオルを巻きつけた男性が立っていたから。

 その瞬間、私の悲鳴がこの家中に響き渡ったことは、しばらくこの渋沢家の兄妹に語り継がれるのだった。

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