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42・未練


 昨日は久々に会ったたろちゃんとドレスを選んで食事して、とても楽しい一日を過ごす事ができた。そう、先日の失恋で落ち込んでいた私にとても優しくしてくれたたろちゃんは、私にとってやっぱり大事な人だと感じた。大事な人だからこそ、幸せになって欲しい。心からそう思えた私は、全力でたろちゃんの手作り結婚式に全面協力することを決めたのだった。だから近いうちに田舎に帰らなくてはならない。その時までには会社に辞表を提出しよう、そんな決意を胸に秘めていた。

 今日は会社に行かなくてはならない。楽しかった時は渋沢先輩のことも忘れられたけど、姿を見ればやっぱり失恋の痛みを思い出してしまうに違いない。だからこそ出勤するのが苦痛で堪らない。でも、仕事とプライベートは別物だ。失恋したから出社できません、では社会人として失格だろう。重い気持ちを抱えたまま私は家を出て行った。

 会社に着いてから、渋沢先輩は案の定ちゃんと出勤しているのを確認すると、そのまま目を背けて自分の席に着いた。すると席に着いた途端、友人の希が近づいてきて顔を覗き込む。


「何、その顔。辛気臭い顔しちゃって、何かあったの?」


 周りを気にしながら小声で訪ねてくる希に、私は曖昧にしか笑顔を返せない。ここではとてもじゃないけど、話すことができない内容だからどう返事して良いのか困ってしまった。とりあえず希に告げたのは「ランチの時に話す」これだけ。心配してくれる希だったけど、就業時間になり私達は自分の仕事を黙々と進めていった。部署内を見回すと、内海先輩の席がぽっかりと空いていることに気付いた。ホワイトボードに書いてある『内海・有休』の文字、もしかしたら例の彼女に会いに行ったのかもしれない。少しだけ見えてしまった内海先輩の彼女への強い想いに、私はまたうまくいくといいのになぁと願うことしか出来なかった。

 月曜日の仕事は結構大変だ。ランチタイムに入る頃にはもうすでに肩こりが酷くなっている。肩を押さえながら首を左右にコキコキ鳴らすと、希が肩をポンと叩いて社食へと連れ出していった。正直食欲は殆どない。でも食べないといけないと思い、朝のコンビニで買ったサンドイッチを一つだけパクリと口に入れた。味が分からないくらい、心が死んでいる。渋沢先輩の姿を見てしまったからだろうか、やっぱりフラれてしまったことが心にずしんと重石をかけてくる。今日何度目になるかわからない溜息を吐きながら、希に失恋したと打ち明けると希はがっくりと肩を落としてしまった。


「……結構仲良さそうだったのにね。残念だね」

「うん、でも仕方ないよね。拒絶されちゃったんだから、もう話しかけることもできないよ」

「そんなに落ち込まないで。また合コン誘うから!」

「そうだね。また誘ってもらおうかな。あ、そうだ! でもね、昨日は凄く楽しかったんだ! 実はね……」


 希に昨日の出来事を話し、携帯に収められていたウェディングドレス姿の自分を見せた。ちょっと自慢げに話しながら、凄く楽しかったこと、ドレスを着たことへの自慢などなど、色々話していた。そんな時、希がちょっとだけ意地悪そうな笑みを浮かべた。そして私の携帯を見ながら急に大きな声で話しだしたのだ。


「へー、香澄凄く似合ってるじゃん、ウェディングドレス! 花嫁さんかー」

「ちょ……希! 声が大きいよ」

「いいじゃない。可愛いんだもん。お婿さんになる人は幸せねー」

「もぅ返して!」


 無理矢理希から携帯を奪い取って、私は携帯をバッグにしまった。周りから痛いくらいの視線を感じ小さくなりながら再びサンドイッチを口に入れる。そんな私には見えないところで、大きく肩を震わせる後姿があるなんて気付きもしないまま、サンドイッチを黙々と口に運んでいた。ランチを終えて、化粧室でメイクを直しているとバッグの中の携帯が震えていた。一旦メイクを止めて携帯を手に取ると、一件のメールが届いている。そのメールは樹くんからだった。樹くんは渋沢先輩の写メを何度も送ってくれて私を応援してくれていたので、もしかしたらまた先輩の写メを送ってくれたのだと思い、何も考えずにメールを開くと、そのサブタイトルに目を見開いた。


 樹くん:『嘘つき』


 思いも寄らぬタイトルに、私は驚きを隠せなかった。急いで内容を読んでみると、樹くんからの怒りの内容が詰まっていた。

『兄ちゃんが好きだって言ってたのに、もう他の男と結婚決めたんだ。好きだなんて嘘だったんだな。嘘つき女! もう二度と兄ちゃんの前に現れるな!』

 そんな内容だった。

 誰が結婚するって?

 頭の中は混乱で考えが全く纏まらない。どこからそんな情報を仕入れたのだろうか……色々考えたけど、思いつくことと言えば昨日たろちゃんに付き合って入ったドレスショップのことだけだ。もしかしたら私とたろちゃんがドレスショップから出たところか入ったところでも見たのだろうか? それなら納得できる。でも、真実を言うのは簡単だけど、樹くんにはあえて返事をしないことにした。今から真実を告げたところで、渋沢先輩にフラれた事実は変わらないのだから。私はそっと携帯を閉じて、再びメイク直しを始めた。何度もちらつく渋沢先輩の笑顔が、私を苦しめる。携帯の待ち受けも、送られてきた様々な表情の先輩も全てを消去したいのに、まだ消せないのはどうしてだろう。もう忘れなくちゃいけないのに、消去ボタンをなかなか押せない。弱虫な私が、写メを消去することを拒んでいた。……忘れたい、忘れたくない、未だに心が迷っている。自分のことなのに何一つ決められなくて、あまりの辛さに携帯の電源をオフにしてしまった。鳴ることの無い携帯が、寂しげにバッグの奥底に沈んでいった。

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