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40・ドレスは幸せ色


 瞼の腫れが引きすっかり準備を終えた頃、時刻は待ち合わせの三十分前になっていた。家を出て待ち合わすには三十分は丁度良い。私はそのまま家を出ることにした。

 この前買ったフリル三段のスカートを履き、上にカジュアルな作りのジャケットを羽織った。ミニスカートを履くのに少しだけ勇気が必要だったけど、履いた自分を姿見で見てみると案外悪くない。だから私はこのスカートを履いていくことに決めた。……本当はもう一着買ったチュニックワンピースを着て行きたかったけれど、あれは渋沢先輩が着たものだ。しかも洗濯して返すと言われてしまい、私の手元にそのワンピースはない。本当はこのスカート、渋沢先輩とのデートで履いていきたかったのだ。先輩とのデートを思い浮かべながら買ったスカートのデビューは、たろちゃんとのデートで使用することになってしまった。


「仕方ないよね」


 自分にそう言い聞かせて家を出た私は、マンションの前でバッタリ樹くんに会ってしまった。樹くんはどうやら私を待っていたようだ。私の顔を見るなり、マンションの入り口に寄りかかっていた体を起こし、一歩ずつ近づいてきた。


「……待ってた」

「樹くん、ごめん。私用事あるから」

「兄ちゃんがフッたって本当?」

「……嘘ついてどうするの」

「多分それ、本心じゃないと俺は思う」



 本心じゃないなんて簡単に言わないで。

 忘れようとしているのに、心を揺るがせるようなことを言うなんてズルイ。そんなこと言われたらまた希望を持ってしまう。でも先輩ははっきり私に「NO」と言ったのだ。その事実に変わりは無い。だから私は諦める努力をしようとしているのに……。


「樹くんは黙ってて。これは私と渋沢先輩の問題でしょ?」

「でも兄ちゃんの幸せを俺も翠も望んでるんだ!」

「……先輩の幸せに、私は必要ないみたいだから」


 自分で言ってるくせに、胸がずきずき痛んで仕方がない。わかっている、先輩が私を必要としてないことくらい。それでも何処かで望んでしまうのは、先輩の存在があまりにも大きくなりすぎたから。それでも先輩を忘れなくちゃならない。だから樹くんの前から、私は一目散に逃げ出した。これ以上先輩の話を聞くのは辛いから。忘れられないから。……やっぱり諦められないって先輩の下に駆け出していきそうだから。失恋の傷を癒すのは次の恋なんていうけれど、次の恋なんてできるのだろうか。そんなに器用な生き方、私には出来ない気がする。時間が経てばこの傷もじきに癒えるのかもしれないけれど、先輩を忘れることだけはどうしても出来る気がしない。忘れたくないって本心がそう告げいてるから。じゃあ忘れずにそっと想うくらいなら、許してくれるだろうか。でも今はそんなこと考えても仕方がない。私は渋沢先輩のことを考えるのをやめて、たろちゃんの下へと駆けていった。



「たろちゃん!」


 待ち合わせ場所にはすでにたろちゃんが先に待っており、私はたろちゃんのところに駆け寄った。すると私の頭にぽんと掌を乗せて、優しく乱れた髪を整えてくれた。その優しい手付きは昔から変わらない。たろちゃんは非常に面倒見の良いお兄さんで、近所からお手本にされるほど評判の良いお兄ちゃんだった。それは今でも変わらずに、ずっと優しくて面倒見の良いお兄さんのまま。


「じゃあ悪いけど、よろしくね」

「うん! いいよー。素敵なのを選ぼうね」


 実は今日、たろちゃんと私はウェディングドレスを選ぶことになっている。それは別に私のためのドレスではなく、たろちゃんの彼女のドレスだ。彼女は私もよーく知っている素敵なお姉さんで、たろちゃんとはもう長い付き合いだ。結婚を意識していたものの仕事が波に乗らず、ずっと結婚の二文字を彼女に言った事がないらしい。でもこれ以上待たせるのは嫌だし、彼女を幸せにしたい、そう願っているたろちゃんはプロポーズと同時にすでに用意してある指輪と共に今日選ぶドレスを彼女に渡したいというのだ。そこまで高給取りではないたろちゃんが考えた、精一杯の彼女へのサプライズ。友人と一緒に手作りの結婚式をする計画を立て、そこで彼女にドレスを着てもらい質素だけど式を挙げるというのだ。そこで私が必要になってくる。私とたろちゃんの彼女は本当に同じような体型で、着心地などを確かめて欲しいと任命されたのだ。

 ドレスショップに足を運んだ私達は、にこにこと愛想のよい店員に案内され、様々なドレスを紹介してきた。たろちゃんが店員に彼女のことを一所懸命説明していると、店員たちもたろちゃんの優しい人柄に顔をほころばせた。


「彼女思いの、素敵な旦那様ですね」


 その店員のひと言で、たろちゃんが耳まで真っ赤に染まってしまった。そんな様子を見ていたら私も嬉しくなってしまう。大好きなたろちゃんとお姉さんの幸せな姿を思い描くと、嬉しくて、でも羨ましくて……。失恋したての私にはちょっとだけだけど、その幸せも妬ましい。妬ましいというよりやっぱり羨ましいのだろう。いつか私も誰かと、幸せな結婚を迎えることができるのだろうか。そんな思いが過ぎったものの、今はとにかくたろちゃんたちの為にドレス選びに頭を切り替えることにした。たくさんの純白のドレスが、眩い光を放っている。いつかはこのドレスに身を包んで幸せの涙を流せる日を祈りながら、ドレスを手に取っていた。

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