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34・好き


「……うー……」

「どうしたんれすかぁ? しぇんぱい……」

「別にぃ……?」


 入店してから二時間が経過しようとしていた。

 私達はあれから、恥ずかしさを紛らわす為に自分のペースも守らずにぐびぐびとお酒を飲んでいた。だから私達はあっというまにここまで酔っ払ってしまった。酔ったとはいえしっかり自分の意識はある。だけど呂律は回らなくて二人して何喋っているかわからなくなってしまった。実は渋沢先輩は相当酔っている。私よりも数倍酔っていて、もう目が据わっている状態だ。


「香澄ちゃん? もっと飲まないとー! ねぇ~?」

「は~い!」


 乾杯の時はビール、今は日本酒を飲んでいた。二合の冷酒が入った片口からお猪口に冷酒を注ぎ、ぐびっと飲み干す先輩の飲みっぷりは見事なものだ。だけど、凄く酔っていて突然笑い出したりするので驚きを隠せない。そのせいで私は芯から酔う事が出来なかった。日本酒に飽きた頃、先輩が店員さんを呼んで今度は焼酎のボトルを追加しだしたのだ。さすがに私は先輩を止めたけれど、先輩は「大丈夫」と言って聞かない。これにはさすがに困ってしまった。明日は休みとはいえ、先輩には漫画の仕事があるだろうし、このままではちゃんと家に帰れるのかも微妙なところだ。先輩と二人きりなのは嬉しいけれど、仕事熱心な先輩の邪魔をしてはいけない。そんな自制心も働き、注文された焼酎のボトルに手をかける先輩を止めた。


「先輩、もうお酒は……」

「……ん?」


 思わずその横顔に胸が高鳴った。上気した頬にとろんと潤んだ艶めく瞳が、やけに色っぽい。口端を上げて笑う先輩は、そのまま楽しそうに焼酎の水割りを作って私に手渡した。芋焼酎の水割りはほのかに甘い香りがする。先輩はそのまま美味しそうにロックで芋焼酎を飲んでいた。焼酎は悪酔いしないとはいうけれど、その前にビールも日本酒も飲んでいるので明日は二日酔いになることは間違いないだろう。美味しそうにぐびーっと焼酎を飲む渋沢先輩が、飲み干したグラスをトンとテーブルの上に置き、しばらく頭をふらふらと揺らしている。どうやら眠たくなってしまったようだ。


「先輩、眠いなら少し横になっていきますか?」

「んー……」

「ほら、ここどうぞ」


 私は自分が使っていた座布団を折りたたんで先輩が横になった時にそのまま頭を乗せられるように、座布団をその位置へとずらした。


「じゃ、ちょっとだけ……」


 そう言って横になった先輩は、座布団の上に頭を乗せずになんと私の膝の上に頭を乗せてきた!


「え……!」

「……あったかくて柔らかいねぇ……ふふ」


 嬉しそうに笑う先輩は、猫のように私の太腿に頬ずりしていた。そんなことされると体の芯から疼いてしまう。カーッと熱くなった体から湯気がでてしまいそうなほどだ。あまりにも大胆な渋沢先輩の行動に頭がついていかず、私は膝に先輩の頭を乗せたまま固まってしまった。どうしよう、そう思っても気持良さそうに目を閉じている先輩を起こすのは忍びない。そのままの状態で、渋沢先輩の寝顔を見ながら遠慮がちに先輩の黒髪を撫でると、意外なほど柔らかな細い髪が指に絡みつく。柔らかくて少しくせっ毛で細い先輩の髪の毛は、さらさらしていて気持ちが良い。

 いい子、いい子……なんてね。

 そんなことを思いながら先輩の髪をゆっくりと撫でると、先輩も気持ち良さそうに笑顔を浮かべる。穏やかな時間がゆっくりと過ぎていく、そんな私達だけの空間がとても居心地の良いものに変わっていた。最初はあんなに緊張していたのに、不思議と心から寛いでいる自分が可笑しくて、ついくすっと笑ってしまった。あの緊張はなんだったのだろうか、と。笑っていた私がふと先輩の方を見つめると、ふいに真っ黒な瞳が射抜くように私を見つめていた。思わず笑顔が消えてしまうくらい、心臓が大きく高鳴ると、やがて先輩の腕が私の頭をぐいっと引き寄せて……


「……んっ」


 ふいに漏れた言葉。

 重なった唇。

 お酒の香りがふわっと漂う、優しい唇が私の唇と重なった。目の前にいる先輩の瞳は閉じられていて、長い睫毛が一本一本しっかりと見えるほどの近さに私は目を閉じるのも忘れて、ずっと開けたまま唇を重ねていた。

 やがてゆっくりと先輩が私の後頭部を抑えていた腕を緩め、唇を離すと、真っ直ぐ私を見つめてゆっくり口を開いた。


「……好きだよ」


 突然の告白に、私は固まったまま動けずにいた。

 これは夢?

 それともただ酔っているから?

 それとも、冗談?

 もしかして……本気?

 先輩の真意はわからないけれど、突然の告白に頭が真っ白になり膝枕の状態から動けないまま見つめ合っていた……。

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