3・僕の家に来る?
「ところで先輩は、今日はお買い物か何かしにここへ来たんですか?」
ナポリタンを食べ終えて、満足そうに笑みを浮かべながら寛いでいる先輩に、声をかけた。すると先輩の体が一瞬ビクッと大きく震えた。私の言葉に動揺したような、そんな動きだ。首を傾げて先輩を見つめると、ゆっくりとこちらを見返す先輩。そして、なんだかよくわからないことを話し始めた。
「別にただの所用で来ただけなんだけど、ほら天気もいいしね。特別何を見るというわけでもなくって……」
「先輩? 何そんなに動揺してるんですか?」
「どどど動揺なんてしてないけど?」
「……めっちゃしてるじゃないですか」
「それよりっ! 君は、一人で買物しに来たの?」
「私ですか? そうなんです。実は炊飯器の調子があまり良くなくて、新しいのを買いに来たんですけど、なかなかこれ! というものに出逢えなくて」
「炊飯器か……良かったら、うちに新品のが一つあるんだけど、持ってく?」
「え!? でも、そんな悪いですから」
「いいよ、貰い物だし。それに、きっと炊飯器もしまっておかれるより、使ってもらったほうが喜ぶし。ね?」
にこっと微笑みながら少し首を傾げる先輩が……か、可愛いじゃない!! 男でその可愛い仕草が似合うってズルイと思う。そして、あんまり私の心を鷲掴みにしないでください。
無意識なんだろうけど、あんまり可愛らしいことすると心臓に悪いよ!
昨日からこの先輩にはきゅんきゅんさせられっぱなしだ。入社してから殆ど話もしたことないというのに、話してみると案外良い人ということもわかったし、しかもなんだか仕草が可愛いし……かっこいい人に憧れはあるけれど、可愛い男の人にも弱いだなんて口が裂けても言えない。瓶底眼鏡のせいで、先輩の瞳はほとんど見えないというのに、纏っているオーラがすでに可愛らしいのはどういうことなのか。見た目はこんなにダサいのに。変だなぁ、一番無縁だと思っていた人だったのになぁ。無縁だと思ってた人だけど、こうして渋沢先輩を知る機会ができたことを、私は密かに喜んでいた。でもそれは内緒。
「今から僕の家に来る?」
「え?」
「ほら、炊飯器」
「あ……そうですね。お邪魔じゃなければ」
「お邪魔? そんなことないよ。いつでもどうぞ。あ、でも、今日は弟と妹がいるかもしれないけど気にしないでね」
「お兄さんなんですね。もしかしてご実家ですか?」
「いや、弟と妹と僕の三人暮らしなんだ。両親は海外で仕事してるんだよ」
「それは大変ですねぇ……」
しかし、先輩は大変だなんて思ったこと無い、と言い切った。兄妹で助け合えば生活には何も困る事が無いというのだ。こうしてプライベートな話をしていると、色々な先輩の面が見えてくる。なんだかそれが楽しくて仕方ない。もう少し、色々話を聞きたいなぁと本気でそう思う。
私たちは店を出て、駅へと向かって歩く。ちゃんと私に歩調を合わせてくれる先輩の優しさに、またちょっぴりきゅんとしてしまった。しかも驚いたことに、先輩の家と私の家は目と鼻の先にあるという。すごい偶然に驚いてしまった。
こうして普通に横に並んで話をしていたのに、気が付くと先輩は少しずつ私から遠ざかっていく。どうしたのだろうか。私は立ち止まって後方を歩いている先輩に振り返った。
「渋沢先輩? どうかしましたか?」
「……僕みたいな男が君の横に歩いていると、君に悪い気がして」
「どうしてですか?」
「なんとなく世間はやっぱり、僕のような風貌の男には冷たい目で見るしね。君まで被害を受けるのはどうかと思って」
「何言ってるんですか? そんなの関係ないですよ。先輩は先輩なんだから、堂々としてください。そんなの、気にした事ありませんから」
そんなこと気にしていたのか。何にも気にならないのに。
確かに先輩のイメージは、暗いオタク系の風貌だけど……並んで歩く事が恥ずかしいだなんて思ったことはない。いいじゃない。言いたいように言わせておけば。誰がなんと言おうとそれが先輩のスタイルなんだから。もっと、胸を張ってくれてもいいのにな。誰がなんと言おうと、先輩は優しい先輩なのに。少しでも自信を持ってくれればいいなぁって心から思う。
ふと横を見ると、先輩は隣に戻ってきてくれた。どうしてだろう。寝癖はついたままなのに、その寝癖すら可愛く見える……私は重症かもしれない。でも、何も言わずに隣に戻ってきて、さりげなく車道側を歩いてくれる気遣いは、またしても私の胸をきゅんとさせる。
渋沢先輩、わざと私の胸を高鳴らせようとしてませんか?
隣を歩く渋沢先輩の横顔を盗み見て、心の中で問い掛けた。
うぅ……もう、これ以上きゅんきゅんさせるのはやめてくださいぃ!
きゅんきゅんと鳴る胸を押さえて、先輩の隣を気付かれないように歩いていく私。
どうか、先輩に変に思われませんように!
心の中で、神様にお願い……というか、軽く脅迫してみた瞬間だった。