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28・空回る気持ち

 樹くんに家まで送ってもらってからまもなく、すぐに写メが届いた。そこには驚いた表情の渋沢先輩の素顔にちょんまげの画像が添付されていた。その写メを私は迷わず待ち受けにして、何度もそれを眺めてはふふふっと笑みを零す。傍から見たらどれくらい私は怪しく見えるのだろう。でも、今は私の城にいるのだ、どんなに怪しい笑みを零しても構わないだろう。パタンと二つ折りの携帯を畳んでは再び開けて待ち受け画面を見てしまう。今日の先輩のちょんまげはかなりのお気に入りだ。普段では見られない先輩の姿、これは私だけが知っている……なんという優越感! ベッドにうつ伏せになって足をバタバタと動かしながら嬉しさを全身で表していた私は、今日先輩から借りた漫画が入った袋から漫画を取り出した。そこには先輩が描いた漫画が五冊入っている。どうやらデビュー作は入れてもらえなかったようだ。恥ずかしいのかな? 繊細な先輩の絵はなんだか女性が描いているような感じがする。柔らかいタッチの細やかなイラストからは、先輩の繊細な性格が表れているように思える。ベッドに横になりながら借りた漫画を読み始めると、内容もなかなか面白くてつい引き込まれてしまった。時折喉が渇いてサイドテーブルに手を伸ばすものの、視線は漫画から外さない。それくらい集中して漫画を読んでいたのだ。だって凄く面白いから。気がつくとあっという間に借りてきた漫画全てを読破してしまって、私は満足気に仰向けになり体を伸ばした。ぐーっと伸ばすと体の疲れが抜けていくようで気持ちが良い。読破したものの、まだ続きがあるようなので先が気になったがちゃんと発売されてから自分のお金で買おうと思った。読破して一息ついた時、充電中の携帯が突然鳴り出した。着信画面には番号のみで名前が表示されていない。こんな深夜に一体誰からなのか、少々嫌な感じがしつつも、渋々電話に出ることにした。


「……もしもし」

『もしもし、えと……渋沢です』

「えっ!?」


 まさかの先輩からの電話で私は驚いてベッドから飛び起きた、と同時にベッドから落下した。どすんと床に大きな音を立てて大声で叫んだ私を、電話口の渋沢先輩は慌てて呼んでいた。


『前園さん!? どうしたの、なんかあったの!?』

「す、すみません、驚きすぎてベッドから落ちました……」

『び、吃驚した……何かあったのかと思って、ヒヤヒヤしたよ。大丈夫? 痛めたところはない?』

「大丈夫です。下にクッションがあったので……すみません。お騒がせしました」

『何もないならいいよ。ああ、吃驚した』


 先輩のホッと安心する溜息が電話口から聞こえてくると、私のことを本気で心配してくれているのがわかる。そんな風に先輩に心配してもらうと、変に期待ばかりが募ってしまう。そして先輩には黙っていようと思っていた内海先輩とのこと、何かの拍子に先輩の耳にその事実が入ってしまったらきっと私は嫌われてしまう。先輩に何でも素直に話せばいいというのはもしかしたら間違いなのかもしれないけれど、やっぱり隠し事も嘘も吐きたくない。先輩のお願いを無視してしまった私の罪の意識は、胸の中から消えることはなかった。もやもやと嫌なものが胸の内に澱み、それが私を徐々に蝕んでいくような感じすらした。他人から見ればどうってことないようなことなのかもしれないけれど、私にとっては大きな秘密を抱えているような感覚だ。すっきりしたいわけではないけれど、ちゃんと謝りたい。ごめんなさいと先輩に謝りたかった。そう思った時にはすでに、先輩の名前を呼んでいた。


「先輩、あの実は私」

『……ん?』

「今日、内海先輩と食事に行きました。先輩が断ってって言ったのに、ごめんなさい。私が馬鹿でした……」

『そう、行ったんだ。……いいんじゃない? 別に僕には関係ないし』

「あの、先輩!」

『無事に家に着いてるか確認したかっただけだから。ごめんね、勝手に樹から番号聞いちゃって。それじゃあ』


 いつになく早口で先輩がぶつりと乱暴に携帯を切ってしまった。耳に響く無機質な通話終了音が、やけに冷たく感じる。先輩が怒っているのは早口ですぐわかった。良かれと思って謝罪したことがかえって渋沢先輩を怒らせてしまった。今すぐにでも先輩の家に駆けつけたいけれど、今行っても先輩はきっと会ってはくれないだろう。耳に当てていた携帯がずるりと手から滑り落ち、音もなくベッドの上に転がった。私の瞳には何も映さないかわりに、涙だけがやたらと溢れてしまう。そのまま溢れて頬を伝う涙を拭うこともせず、ただ、呆然と止まったままの状態で時間だけが過ぎていく。浅はかな私、自分の馬鹿さ加減に嫌気が刺す。結局、内海先輩のことを謝りたいと思ったのは自己満足に過ぎないのではないかと思えてきてしまう。先輩の言葉を裏切ってしまったことを後ろめたく思っていた私に、与えられた罰がこれなのだろうか。先輩の早口な低い声が何度も耳にこだましている中、虚しく響くテレビの雑音だけが、私の心とは裏腹に楽しそうなお喋りを繰り広げていた。

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