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21・射抜く瞳

 先輩に手を引かれて歩く、帰り道。私の位置からは先輩の顔が見えないけれど、髪の毛の隙間からちらりと覗く耳は、真っ赤に染まっていた。内海先輩からの食事の誘いを断ってと言った先輩、それはやっぱりヤキモチなんでしょうか? 駅までの道のりも、電車の中でも、先輩と私は終始無言を貫いて、自宅の最寄り駅に降りた時、ようやく口を開いた。


「電車、混んでたね」

「こんな時間なのに不思議ですよね」


 二人で乗った電車は、もう遅い時間だというのにラッシュ時のように混雑していた。先輩と二人、電車のドアのサイドに立っていたが、乗客が多くて二人して潰されそうになっていた。でも、私を庇うように先輩が一所懸命腕に力を入れて、その胸の中に閉じ込められていた。先輩との身長差はヒールを履くとほぼ同じくらい。だから先輩の顔が思ったよりも近くて、思わずお互い顔を背けながら最寄り駅に着くのをひたすら待っていたのだ。その時の私の心臓は爆発寸前! 思わず見てしまった先輩の形の良い唇を意識してしまった私は、ドキドキしすぎて呼吸の仕方すら忘れてしまいそうな状態だ。きっと顔は沸騰寸前の湯のように熱く火照って、真っ赤に染まっていただろう。電車を降りた時、頬を撫でる夜風がひんやりと茹った頬を冷ましてくれたので、どうにかいつもの顔に戻れたのではないかと思う。すりすりと頬を撫でながら、先輩の後ろを歩いている時にようやく口を開いた二人。先程のドキドキしていた胸が少しずつ収まってホッとしていた。

 自宅マンションまでの道のりを先輩と仕事の話で乗り切って、ようやく自宅に辿り着いた。二人でいる時間はもっと欲しいけど、今日は残業ですっかり疲労困憊だったので、一刻も早くベッドに横になりたくて、先輩と別れた後はすぐにベッドにダイブした。着替えもせず、メイクも落とさず、ただベッドにうつ伏せになり、さっきから頭の中では渋沢先輩の真剣な表情や照れた顔が焼き付いて離れない。何度も何度も先輩が言ってくれた台詞を思い出しては幸せな気持ちになって、ベッドにうつ伏せになったまま一人でニマニマと笑っていた。しかし、ずっとそうしているわけにもいかないので、ベッドサイドに置いてあるテレビのリモコンに手を伸ばしてテレビを点けた。一人暮らしの家は音がないと寂しくて、つい寂しさを紛らわす為にテレビをつけることが多い。特にホームシックになっているわけでもないけれど、なんとなくテレビの雑音が流れているほうが落ち着ける。テレビからは深夜のアニメの放送が流れているので、他に観るものもないのでそれを観ていた。アニメは好きか嫌いかと言われれば、好きかなぁという程度に好きだ。今やっているアニメは、今日から放送が始まったようで第一話と記されている。なんとなく観ていたけれど、意外にも面白い。気がついたらベッドの上で座って観ていた。


「……結構面白かったな」


 ポツリと独り言を漏らしながら、郵便受けから持ってきた郵便物に目を通していた。テーブルに放り出されて三日程経った郵便物をチェックしていると、そこには懐かしい人から手紙が届いていた。


「たろちゃん……!」


 たろちゃんからの手紙が届いていて、私は便箋の封を切り、中の便箋をいそいそと取り出した。そこには、たろちゃんが東京に短期出張することになったので、久々に会わないか? という内容が書かれていた。宿泊予定のホテルの地図も一緒に入れられていて私の頬はほころんだ。

 たろちゃん、桐島太郎(きりしまたろう)は私より三歳年上の近所のお兄ちゃんだ。昔からずっと近所に住んでいたので、たろちゃんとはよく一緒に遊んだ。勉強も教えてくれたし、泣いてる時は励ましてくれる、優しいお兄ちゃんだ。一時期はたろちゃんのことが大好きで、いつかたろちゃんのお嫁さんになりたいと夢見ていたものだ。しかし、たろちゃんにはちゃんと愛しの彼女がいて、私には入り込む余地がなかった。しかも彼女も良い人で、遊びに連れて行ってくれたし色々相談にも乗ってくれる優しいお姉さんだった。たろちゃんは私を「妹」として大事にしてきてくれたけど、その時はそのポジションがやたら悲しくて……今ではすっかりたろちゃん熱は引いてしまったけれど、私にとって「大事なお兄ちゃん」であることには変わらない。地元の会社に就職したたろちゃんが東京に出張に来る。私が社会人になってから会うのは初めてだ。


「それにしてもメールじゃなくて手紙ってとこが、たろちゃんらしいなぁ」


 くすっと笑みが浮かんでしまう。たろちゃんはメールが苦手らしくて、こうして手紙を書く事が多い。彼女からはメールしてよ! と怒られては謝る姿を何度も見ている。たろちゃん、変わらないなぁと懐かしんでいると、いつのまにか時間は深夜一時を回っていた。慌ててお風呂に入り、寝る仕度を整えて、ゆっくりとベッドの中に潜ると一分と立たずに眠りの中に沈んでいった。

 

 あの残業の日から、私の仕事は順調だった。渋沢先輩に教えてもらったとおりに仕事をこなしていくと、いつもより早く仕事が終わる。押し付けられた仕事も残業なしで終わらせることができるようになったけれど、私は少しだけがっかりしていた。なぜなら渋沢先輩と二人きりの残業も悪くないと、内心密かに思っていたから。深夜のオフィスで二人きりのシチュエーションは、どこか私の胸を躍らせたのだ。……甘いことを考えていたので、渋沢先輩のスパルタっぷりにはやられたけど。

 金曜日の今日は、本来なら合コンの日。だいぶ埋まっていた合コンスケジュールだったけど、渋沢先輩への想いに目覚めてすぐ、私は合コンの予定を全てキャンセルした。友人の希にはこっそり渋沢先輩のことを打ち明けたけど、「ありえない、なんで渋沢先輩!?」と結構な勢いで責められてしまった。でも、ちゃんと応援してくれるのが希の優しいところだ。そんなわけで合コンの予定はなくなったので私はフリーだ。渋沢先輩にご飯のおねだりをしてみようかな、とちょっと企んで声をかけようとしたけれど、先輩はいない。先輩の席はすでに片付いていて、帰宅してしまったのかもしれない。本人不在のデスクを見つめて残念な気持ちになった。仕方がない、そう思って私はちょっとした気分転換をするために、階下にある自動販売機の休憩スペースに向かっていった。もしかしたら渋沢先輩も帰る前に寄っているかも……と淡い期待を抱きながらその姿を探したけれど、休憩スペースに瓶底眼鏡姿はなかったが、内海先輩の姿がある。私はまだ内海先輩の誘いの返事をしていなくて、なんとなく気まずくてこっそりとその場を立ち去ろうとした。気配を消してソロリソロリと歩くものの、私の背後にはしっかり内海先輩が立っていた。


「なんで逃げるの?」

「あ……あは」


 あまりにも真剣な表情の内海先輩が、射抜くような瞳で私を見つめる。怒っているような表情が、少しだけ私の胸に不安を残す。いつも女性には笑顔を絶やすことない内海先輩だけど、なんで今、私に向けられている顔はこんなにも怖い顔なのだろうか。この場から立ち去りたいけれど、動くことすら許されない彼の瞳に、今は逆らう事ができない……。

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