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15・部長と渋沢先輩

 部長と地下の資料室に入り、だいぶ昔の資料を探していた。昔は手書きだった資料、それは年号別にダンボールに収納されていて、探し出すのは意外にも簡単な作業だった。資料はダンボールの中で綺麗に並べて保管されており、箱を開ければすぐに見つかるようになっている。いくら熱血部長だからといっても、こんな簡単に見つけられる資料ならば、部下である私に頼めばそれで済む話なのに、なぜ一緒についてきたのだろうか。首を傾げながら部長の方をちらりと見ると、部長はすでにいくつかの資料を手にしていた。どうやら、まだお目当ての資料は他にもあるらしい。私は部長に近づき話しかける。


「部長、他には何を探せばいいんですか? 言われた資料は見つけましたよ」

「おぉ、悪いな。でも、これで最後だ。あとは……ちょっと休憩するかな」


 部長は悪戯に微笑んで、懐から煙草を取り出した。

 地下には喫煙スペースがある。資料倉庫の外に出てすぐに、喫煙スペースがあるので部長はそのまま資料室から出て行った。その姿を見て、資料探しは口実で、実は一服したかったのかと一人で妙に納得した。私は煙草を吸わないので、部長に渡された大量の資料を持って部署へ戻ろうとした時、後ろから部長に声をかけられた。


「おい、お前も何か飲むか?」

「え……でも、仕事中ですから」

「まぁまぁ、いいじゃねぇか」

「はぁ……まぁ、部長がそう仰るのでしたら。では、カフェオレをお願いします」

「あいよ」


 ズボンのポケットから小銭入れを取り出した部長は、私がお願いしたカフェオレのボタンを押し、出てきたカフェオレを私に手渡した。少々煙いが、私は部長の隣に座ってカフェオレのプルトップを開け、こくんこくんと喉に流し込む。なんとなく昼休憩でもないのにこんなところで部長とまったりしているのは、何か変な感じがした。

 それよりも部長と二人きりで、緊張するな。

 緊張しながらも私は部長の横に座り、ひたすらカフェオレをちびちび飲んでいた。すると部長が煙草の煙を燻らせながら天井を仰ぎ、ぽつりと呟く。


「……前園はさ、渋沢のことどう思う?」


 突然渋沢先輩の名前を出されて、危うくカフェオレを吹き出しそうになってしまった。まさか最近になって渋沢先輩のことを好きになりました! などと、元気に答えられるわけも無く、曖昧に部長に返事をした。


「お仕事をしっかりするし、優しい先輩だと思います」


 無難だと思っていた答えを出したら、部長はニカッと白い歯を見せて笑った。そして私の頭をくしゃくしゃと撫ではじめたのだ。


「ぶ、部長!?」

「いや、お前は本当にいいやつだなぁと思って。他の社員達は渋沢の存在をなんとなく不快に感じている者もいるからな。あいつの本質を見抜けるヤツはあまりいないみたいでなぁ……なんとなく俺は心配なんだよ」


 そう言った部長の横顔はどこか嬉しそうで、それでいて寂しそうにも見える。部長は渋沢先輩を過剰に気にしているように感じた私は、思い切って部長に尋ねてみることにした。


「部長は、ずいぶん渋沢先輩を気に掛けていらっしゃるんですね」

「ん? あぁ、あいつの父親は俺の先輩でな、今でもよく連絡を取っているんだよ」

「渋沢先輩のご両親って海外で仕事をしていらっしゃると聞いてますが」

「……守の両親は昔離婚してな、守は母親に引き取られて今の新しい環境に一人で入ることになったんだ。それを俺の先輩、守の父親がエライ心配していたんだが……」


 私はその事実に驚きを隠せなかった。渋沢先輩一人で今の環境に飛び込む……ということは、樹くんも翠ちゃんも血は繋がっていない、ということになる。でも、この前先輩のお宅にお邪魔した時は、本当の兄妹のように見えたのに。それくらい仲が良く、ちゃんと「お兄ちゃん」だったのだ。だからこそ、先輩の新たな事実に驚きを隠せない。部長はちらりと私を見ると、話を続けた。


「小さな頃から守の事は知っていたんだ。よく遊びに行ったりしていたからな。明るいヤツだったのに、今ではあんなに存在感を消してしまって。何かあったのか心配しているんだが、あいつは特に何も無いの一点張りでな。何もしてやれないのが歯痒くて」

「でも、先輩はお家では兄妹仲良くて……楽しそうに見えました」

「お前、守の家に行ったことあるのか?」

「はい、偶然なんですけど実は近所に住んでまして。一回だけお邪魔した事があります」

「そうか。それじゃ、これからもあいつと仲良くしてやってくれ。前園は誰にでも明るくて優しいからな、そんな人柄を守は求めているのかもしれないな」

「……私ができることなら、なんでも」

「そうか。いい子だ」


 よしよし、と子供をあやす様に部長が私の頭を撫でる。大きなお父さんのような掌のぬくもりが、ちょっとくすぐったくて、少しだけ肩を竦めて部長に微笑んだ。すると私たちの様子を見ていた人がゆっくりと背後から近づいて、部長に声をかけた。


「部長」

「うわ! なんだ守、いや渋沢か。びっくりさせるなよ」

「電話が取引先からかかってきました。急ぎらしいので早く戻ってもらえますか?」

「携帯に連絡くれればいいじゃないか」

「圏外です」

「あ、そうか。地下だから繋がらないのか……すまん、先に戻るな。前園、資料助かった」


 そう言って、部長は私と渋沢先輩を地下に残して部署へと戻ってしまった。しかも大量の資料も一緒に置き去りにされてしまった。さっきまで渋沢先輩の話をしていたからか、二人の間の空気が重い。その証拠に、渋沢先輩は私の方をちらりとも見ないし、ずっと背中を向けたままだ。少し小さめの先輩の背中が、いつもより遠くに感じる……。どうしても壁を作られているような気がしてならないのだ。私はその壁をいつか越えられるのだろうか。少しでも、先輩の力になることはできるのだろうか。

 そんな私の小さな願いは、音を立てて崩れそうだった。

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