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13・一喜一憂

 午前の業務を終えて、楽しいランチタイムに突入する……予定だった。

 大幅に予定が狂ったのは、渋沢先輩に突き放されてしまったからだ。

 本当は一緒にランチしませんか? と誘う予定だったのに、業務を終えると渋沢先輩はサッサと何処かへ行ってしまったのだ。渋沢先輩に連絡を取ろうにも、私は先輩のアドレスはもちろんのこと、番号も知らない。空っぽの渋沢先輩の席を見て、そっと溜息を吐いた。


「何溜息吐いてるの?」


 ポンッと軽快に肩を叩くのは、同僚の中野希(なかののぞみ)だ。入社式で知り合った彼女とは同い年で、鈍臭い私をグイグイと引っ張ってくれる頼もしい女友達だ。合コンの殆ども彼女がセッティングしてくれている。時にはクラブで、また時にはゴルフ、色々な形で合コンを企画するのだ。こうなったら婚活の企画会社などに就職したほうが良いのでは? と首を傾げてしまうほど、彼女は綿密に計画を立てては実行していく。そんな彼女にランチに誘われて、私はようやく自分の席を立ったのだった。

 ランチ時の社員食堂はとても混雑している。混雑しているのが嫌で、外に食べに行く人も結構いるようだ。でも、一人暮らしの身としては少しでも安く上がる社員食堂が経済的にも望ましい。味は多少目を瞑って……。お世辞にも凄く美味しいとは言えないが、不味いというほどでもない。男性社員用に合わせて作られているセット類は女性には少々多いけれど、なんだかんだと言いつつ完食してしまう。

 ああそうか。だから痩せないのね、私。

 でも、今日はなんとなく食欲が湧かなくて、簡単に済ます事ができるうどんを頼んだ。うどんは小盛りもあるので小盛りのうどんを頼んで、トッピングに油揚げを乗せてもらいレジに向かうと、後ろに並んだ希が声を上げて驚いていた。


「あれ、香澄それだけしか食べないの?」

「あぁ、うん。なんとなく食欲がなくて……」

「どうしたの、悩み事?」

「悩み……なのかなぁ」

「それでは食事しながら希さんが相談に乗ってあげましょう」


 相談に乗ってくれる、というよりは何があったのか単に訊きたいと、好奇心旺盛な希が顔を覗かせているだけのような気がする。まぁ、話すほうが楽になるのかもしれないけど、なんとなく話しづらい。

 再び漏れそうになる溜息をグッと堪えて、私たちは空いている席を探した。探している途中、席が丁度二人分空いたので希はそこにすかさず駆け寄って、私に手を振る。そして希が取った場所まで足を運ぶと、隣には……


「あ……」


 黙々とカレーライスを食べている渋沢先輩が座っていた。希はそんなことはお構いなしという感じで、渋沢先輩に軽く「隣失礼しますねー」と、答えも聞かずに席に着いた。私はおずおずと渋沢先輩の隣に座り、箸を割った。「いただきます」と手を合わせてうどんを食べると、希が徐に席を立ち上がるのでどうしたのかと思ったら、「水持ってくるから」と言って、私を渋沢先輩の隣に置き去りにしたのだ。

 どうしよう……気まずい。

 私たちの間に流れる沈黙が重い。話題を振ろうにも、朝拒絶されたばかりだ。もう一度話しかけようと思っていたのに、声をかける勇気が出ない。再び拒絶されたら私はもう立ち直れないような気がするから。

 話しかける勇気が出ないままうどんをすすっていると、私達の間に流れる沈黙を破るように渋沢先輩が話しかけてきた。


「それしか食べないの?」

「あ……はい。あまり食欲なくて」

「そうなの? 風邪かなぁ」

「いえ、そういうわけでは」

「そう? でもちゃんと食べないとね。君、軽いから」

「軽い!? いやいや……先輩わかってませんね。私は軽くないです」

「飲み会の日、君を部屋まで運んだ時、なんて軽いんだろうって思ったけど」

「ちょ、ちょっと先輩! あの日の事は忘れてください……!」


 慌てて私は自分の口元に人差し指を立てた。「しっ」と小さい子に言い聞かせるように先輩を黙らせると、先輩が小さく、くすっと笑う。そして私の方を向き、「ごめんね」と笑いながら謝るのだ。そんな時、希の姿がこちらに向かってくるのが見えた。それを見て、渋沢先輩は席を立つ。いつのまに食べたのかカレーライスは完食されていて、私に小声で「それじゃ」と言って立ち去ったのだ。

 水のコップを二つ持っていた希が、そのうちの一つを私に差し出す。そして不思議そうに首を傾げた。


「……なんでそんなにご機嫌なのよ?」

「え」


 どうやら自分でも気付かない内に、顔が緩んでいたらしい。それもその筈、渋沢先輩が今朝は私を拒絶したのに、今は凄く優しかったから。また渋沢先輩が、私に優しく微笑んでくれた事がとても嬉しかったのだ。その気持ちが簡単に私を笑顔に変えてしまう。恐ろしい人だ。

 ずっと何かが重く圧し掛かっていたのに、今ではそれもすっかり軽くなっている。我ながら単純だなぁと思いつつも、少しずつだけど自分の中である一つの結論に辿り着いたようだ。


 やっぱり私は、渋沢先輩が好き……なんだ。


 自分を誤魔化すのはもう、限界だった。

 素直にそれを認めると、途端に気持ちが軽くなる。そして、先輩の言葉一つ一つに一喜一憂している自分が、なんだかちょっと好きになれた。

 渋沢先輩の優しい言葉が、私に幸せな気持ちと力を与えてくれる。渋沢先輩に、いつか私の気持ちをちゃんと伝えたいなぁと素直に思う。それまではもう少しだけ、時間をください。

 もう少し先輩に近づいて、もう少しだけ勇気を持てるその日まで。

 

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