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7 真実

「ねえねえ、璃子ちゃんママ!大変よ、見て!!」


夏休みに入ってすぐ、ショッピングモールのフードコートで、トレーを片付けようとしていた美咲に、春くんママが声をかけてきた。


「このニュース、荻野さんじゃない?」


春くんママが見せた画面には、SNSのタイムライン。


ブルーシートがかけられ規制線が張られた荻野家の画像が、いくつも投稿されている。


《近所で遺体発見。やば。近くでこんな事件起きたことない。マジやば。怖すぎる》

《どこ?》

《○○小の校区らしい》

《この家知ってる。最近虐待で通報されたとこ。前も役所とか警察とか来てたっぽい》

《子どもが亡くなったの?》

《大人の女性みたいだよ。虐待してた母親?》


「何…これ…」

「今日の朝…っていうか、ついさっきだって。大人の女性ってことは…荻野さんだよね?」

「嘘…」


こんな結末は望んでもいないし想像してもいなかった。


野菜の世話をしていた、香織の朗らかな笑顔が蘇る。


その後も春くんママは「他殺だ」とか「旦那さんが殺したのかな」とか「自業自得」とか何とか言っていたが、美咲の耳には何も入ってこなかった。


視界がぐらぐらと揺れて、冷房の効いた店内が、突如として蒸し暑く感じられた。


「ちょっと!璃子ちゃんママ、大丈夫?真っ青だよ」

「…うん、ちょっと…気分が…ごめんなさい、もう帰るね」


きょとんとしている璃子の手を強く握りしめ、急いで帰宅した。手は震えていた。


(どうして?誰が?私が通報したから…?)


テレビカメラが群がる荻野家を通り過ぎて、自宅のガレージに車を入れる。


美咲が車から降りると、テレビカメラが一斉に美咲に群がった。


「お隣さんですか?」

「殺された荻野香織さんはどんな人でしたか?」

「殺される理由に心当たりは?」

「虐待事件があったと伺っていますが、通報されたのはあなたですか?」


「すっ…すみません。子どももいますので…テレビにも映りたくないですし、お答えもしたくありません」


璃子にすら質問しようとするクルーたちを何とか振り切って玄関を開け、中に逃げ込んで、じとっとした玄関でほっと息をつく。


「あの人達、なに?」

「テレビの人。怖いね」

「うん」


閉めておいたはずのリビングのドアが開いている。「また閉め忘れた」と思いながらリビングに入ると、ソファに座っていた誰かが振り返った。


「…!!」


由良。


口元に笑みを浮かべた由良は、まるで家族のように言った。


「お帰り」


美咲の思考が一瞬が停止し、かかとから血が抜けたような感覚になる。


「何してるの?どうやって入ったの?」

「やっぱりここで暮らしたくて来たんだ。2階の窓が開いてたから簡単に入れたよ」

「おばあちゃんのお家にいたんじゃ…」

「おばあちゃんもおじいちゃんも、明日香ももういない。お母さんも」


由良が立ち上がり、美咲は気づいた。由良の服に、赤黒いしみがある。


背筋が氷のように冷たくなる。


「由良ちゃん…まさかお母さんを…」

「お母さんは、私を治そうとしたの。人を傷つけたくなるなら、学校には行かせられないから、学校に行きたいなら治しなさいって。私はみんなを殴るために学校に行きたいと思ってたのに。私は絶対治らないのに、お母さん治るって信じてて、しつこかった」


(香織さん…!)


「最初はカウンセリングに行って、次は整体に行って、最近は周波数を合わせれば変われるって言われ続けてた。私の周波数は乱れてるからって。毎日、顔を合わせればそればっかり。周波数って何?馬鹿でしょ」


由良は香織を馬鹿にするように笑っていた。


「もう、うんざりだった。そんなときに、璃子ちゃんママが来たの。この人を私のお母さんにすれば楽だろうなと思った。お母さんの馬鹿な話にも、無理して合わせてくれるような人だから、私のことも受け入れてくれるだろうって」

「だから…お母さんを殺したの?」

「そうだよ」


由良は何でもないことかのように、ごく軽く答えた。


美咲は我に返り、璃子を抱きあげて玄関へ走る。璃子を車に乗せ、シートベルトを締めるのもそこそこに、報道陣がいる方向とは別の方向にアクセルを踏んだ。


俊介に連絡して「もう1回言って」「落ち着いて」と何度も言われながらなんとか事情を説明し、彼の指示に従って警察に連絡する。


俊介の職場の駐車場に車を停め、ハンドルにもたれかかる。


(由良ちゃんは普通じゃない…香織さんが正しかった。彼女はひとりで由良ちゃんと向き合ってたんだ)


俊介は血相を変えて飛んできた。


「大丈夫か!?怪我とかしてないか!?」

「俊介…」

「大変だったな…それとその…消防から連絡があったんだけど、うちが燃えたって…」

「え?」


美咲たちが家を出た直後、報道陣の目の前で、早川家から火の手が上がったのだという。


俊介が差し出したスマホには、黒くすすけた我が家がうつっていた。


「由良ちゃん…だよな」

「うん...」


ーーー


焼け跡から由良の遺体は見つからなかった。


美咲は警察と消防に事情を説明し、俊介と相談して、家を建て替えることはせずに引っ越した。


平穏に暮らしていくには、今の場所を離れるしかなかった。


璃子には負担をかけるが、新しい街と新しい学校で、心機一転のはずだった。


けれど…


毎朝リビングのドアを開けるたびに、由良から「おかえり」と声をかけられるのではないかという恐怖が胸をよぎる。


隣人の顔を見るたびに、香織の顔が頭に浮かぶ。


自分の親切とささやかな勇気が、何とか踏みとどまっていたあの家を崩壊させ、怪物を世の中に解き放ったこと。


その事実はゆっくりと確実に、一生、美咲の心を蝕み続けた。

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