5 通報
学校の連絡アプリを開くと、赤いバナーが出ていた。
《今週に入り、1年3組および3年1組を中心に、溶連菌感染が広がっています。学校は集団生活の場です。喉の痛みや発熱などの症状がある場合は、登校を控え、早めに医療機関を受診していただくようお願いいたします。溶連菌感染後、登校を再開できる目安は…》
(溶連菌…)
幼稚園でも何回か溶連菌が猛威をふるった。璃子から溶連菌をもらったのだろう、美咲も感染してひどい目にあったことがある。
美咲は思わず、窓から隣の家を見た。
そういえば、今朝登校班の見守りをしていたとき、明日香は時間までに集合場所に来なかった。
いつもなら璃子より早く集合場所にいて、元気に璃子を手招きしてくれるのに。
帰宅した璃子に聞く。
「璃子、今日って明日香ちゃんお休みだった?」
「うん。だからね、夢ちゃんと折り紙で遊んだ。夢ちゃんね、ぷにぷにポルンの折り紙持ってきてるんだよ。1枚もらった」
「そっか。璃子も可愛い折り紙買いに行こうか。夢ちゃんにお返ししないとね」
「うん!璃子もぷにぷにポルンの折り紙欲しい」
璃子の折り紙トークに付き合いながら、美咲は別のことを考えていた。スマホを手に取る。
<明日香ちゃんがお休みだって璃子から聞いて、溶連菌が流行ってるみたいだから気になって…溶連菌って抗生剤飲まないと、後遺症が残ることもあるから…病院は行ったかなって>
メッセージを送信し終えてから、罪悪感が残った。親切を装った言葉の裏に、波動どうこうにこだわる香織への不信感があるのは、自分でもわかっていた。
だが、それでも送らずにはいられなかった。
(明日香ちゃんのためだもん)
なかなか既読はつかない。
既読がつく前に送信取り消ししてしまおうかと思ったが、プッシュ通知で読まれているかもしれない。
<出過ぎたことだったかな?ごめんね、でも心配で>
追加でメッセージを送ったが、やはり返信はない。
モヤモヤしたまま璃子の宿題に丸つけをして、教科書の音読を聞き、靴下に穴が開いたというので、量販店まで買いに行く。
「ママ、今日の晩御飯ハンバーグつくって」
「昨日までに言ってもらわないと、急にはできないよ。今日はもうカレーの用意しちゃってるもん」
「わーい、カレーも好き!」
「ふっふふ」
そんなたわいもない会話をしながら自宅まで戻ってくると、玄関前で髪の長い誰かが、インターフォンを連打してるのが見える。
(由良ちゃん…?)
彼女は裸足だ。
「誰…?」
「明日香ちゃんのお姉ちゃんだよ。璃子はちょっと車で待っててね」
美咲は車をガレージに入れることもせずに、運転席を下りる。
「由良ちゃん!? 裸足じゃない、どうしたの!?」
「ママが、また言ったの。『由良は周波数が乱れてるから学校に行けないんだ』って。それで『由良な波動は人を不幸にする』って…言って、ぶたれた…いつもぶたれる…」
(…ぶたれた?)
「由良ちゃん…本当に…いや、どこをぶたれたの?」
由良は袖をまくって、美咲に腕を見せた。赤い痣が見えた。
「大丈夫。もう大丈夫だよ」
震える声で、由良の背中を撫でながら、美咲はスマホを手に取った。
すぐに、児童相談所の番号を検索する。
(これはもう…虐待だ。間違いない。誰かが止めなきゃ)
通報を終えて、電話を切ると、美咲は深く息を吸い込んだ。
「由良ちゃん、児童相談所の職員さんが迎えに来てくれるからね。それまでうちで一緒に待とう」
「児童相談所…?」
「うん。由良ちゃんみたいな…ええと…自分のお家で暮らせない子が保護してもらえる場所だよ。ちょっと…おばちゃんも詳しくは知らないんだけど」
由良の表情が厳しいものに変わった。
「ここで暮らせないの?」
「ここ?ここはちょっと…無理かな」
「どうして?」
「どうしてって…」
返事に詰まった美咲を、由良はじっと見つめる。まるで裏切者を見るかのように。
「明日香は、隣のお家は広くて部屋もいっぱいあるから、たくさんで住めそうだって言ってたよ。おもちゃも…自分の本もいっぱいあって楽しいって」
「広さはね。でもよそのお家で暮らすなんて、変でしょう?璃子にも妹か弟ができるかもしれないし、由良ちゃんはここでは暮らせないの」
由良はそれっきり黙り込んだ。
由良を職員に引き渡し、別の職員が香織の家のインターホンを押すのを見て、美咲の胸の奥に、じんわりと熱いものが広がっていく。
(見過ごさなくて、正しかった)
由良を虐待から守ったのは自分だ。
(私は見て見ぬふりをする大人とは違う。ちゃんと行動したんだ)
いつの間にか、目に涙がにじんでいた。
涙がにじんでいる理由が、「子どもを救った感動」なのか、「自分が正しいと証明された満足感」なのか、自分でもわからなかった。
帰宅した俊介に「なんで今日デリバリーなの?」と聞かれ、顛末を説明する。
俊介も心なしか満足げに頷いた。
「ほら、俺も言ったじゃん。おかしいのはお母さんだって」
「そうだね」
「でも通報したのは美咲だもんな。なかなか実際にはできることじゃないから…勇気があってすごいと思うよ」
「へへ」
(そう、私はみんなが出せない勇気を出した)




