3 違和感
数日後のことだった。
「私、占いをちゃんと勉強することにしたんだ!」
美咲は、コーヒーでも買おうと、伸びをしながらコンビニに向かおうとしたところを、香織に捕まった。
玄関先で香織は、目を輝かせながら、占いの勉強を始めると言う。声のトーンが高く、表情は明るい。
「四柱推命って知ってる、よね?生まれた年・月・日・時間から命式っていうのを出して、その人の本質や運勢を読み解いていくの。すごく奥深くてね」
「へぇ」と美咲は小さく相槌を打った。
「オンラインサロンに入ったの。前から気になってた占い師の先生が主宰してて、オンライン会議形式で講義受けたり、毎月シェア会とか発表会があったりして、ちゃんと認定資格も取れるの!」
美咲は一瞬、返す言葉に詰まった。
香織は今日も香の匂いが染みついたワンピースを着ていた。
(経済的に余裕があるようには見えないけど…)
明日香が着ている服はいつもきちんと洗濯されていて清潔だが、毛玉やシミが多かった。雨の日に持ってくる傘には、カビのような黒い汚れがポツポツ見える。
璃子のおもちゃ、俊介が惜しみなく璃子に買い与える本、習い事の話、美咲が家で出すおやつを、明日香が羨ましがることも多かった。
けれど、美咲が香織に対してそれを直接口に出すのは、あまりに無遠慮だとわかっていた。
「そうなんだ…本格的なんだね。その…オンラインサロンって…有料だよね?」
「もちろん!だってその先生が30年かけて蓄積してきた知識を教えていただくんだから、タダとか失礼だよね?」
「そう…だね…」
「正直ちょっと高いけどね。でもその先生って、めったに弟子をとらないのね。だから今しかないと思って。四柱推命って、その人の本質がわかるんだよ?魂の傾向とか。だから由良の理解も今より進むと思って。人の魂を理解して寄り添うことって、必要だと思うんだ」
「そっか…いい方向に進むといいね」
「ありがとう!」
香織はぴかっと笑い、うきうきと家に入っていった。
圧倒された美咲がぼんやり香織を目で追っていると、1階の端にある部屋のカーテンの隙間から、顔だけが出ている。
(由良ちゃん?)
美咲と目が合うと、由良は口で文字の形をつくった。何かを伝えたいのだろうが、何を言っているのか、美咲にはわからない。美咲は由良にそっと手を振って、コンビニに向かった。
ーーー
また数日後、香織から「占いの練習をさせてほしいから、生年月日と生まれた時間と場所を教えて」とメッセージが届いた。
<ごめん、私、あんまり占い興味なくて…>
<オンラインサロンの課題で、次のステップに進むために、どうしても5人分こなさないといけないの。お願い!>
美咲はため息をついて、「生まれた正確な時間はわからないから」と、それ以外の情報を送った。
<自分の母子手帳見れば、生まれた正確な時間もわかるでしょ?ちょっと実家のお母さんに聞いてみたら?>
美咲は折り合いの悪い母親の顔を思い出し、目を閉じる。
<ちょっとそこまでは…そこまでするなら占ってもらえなくてもいいや。ごめんね>
<わかった、しょーがないな。それなら今もらった情報だけで占うね。ちょっと不正確な占いになるけど>
「正確な時間を知らなかったことが悪い」と言われているようで、美咲は少しムッとした。
(私から「占って」って香織さんに頼んだわけでもないのに)
<良かったら、旦那さんも占ってあげるよ。二人の相性とかも見られるよ>
俊介の顔が脳裏に浮かぶ。占いやスピリチュアルを一切信じないタイプだ。「香織に個人情報を伝えたら、俊介はきっと嫌な顔をするだろう」と容易に想像できる。
<夫は占いとか信じないから…私だけでお願い>
<わかった。1週間後くらいに占いができるから、また結果を伝える時間をちょうだいね>
ーーー
ちょうど1週間後に、香織は美咲に「結果を伝えたいから、1時間ちょうだい」と言ってきた。
<1時間はちょっと長いかな…ちょっと締め切りが近い仕事もあって…>
<本来なら1時間コースで2万円以上する内容なんだよ?無料でやってるんだから、ちゃんと聞いてもらえたら嬉しいな〜>
(バナー何本作れるだろ)
美咲はそう思いながらも、香織が手書きのノートであれこれ書き込んである表を広げながら、嬉々として四柱推命の説明を始めるのを眺めていた。
(当たってる~とか、感心したリアクションしたほうがいいんだよね、これ)
半ば観念してうなずき相槌をうちながらも、内心は落ち着かない。
香織の熱量が強すぎる。
「美咲さんは、スピリチュアルへの理解が深いっていう本質をもっている人だよ。一緒に占い、やらない?」
そう言われて、美咲は即座に首を振った。
「そっか、残念」
(これだけ占いを信じてないって言ったり誘いを拒否したりしても、変わらず仲良くいようとしてくれるところは、いい人なんだよな)
香織は「自分の本質を知ると、人生がより楽に豊かになるよ。よりよい人生の道しるべにしてね」と占いを締めくくる。
そしてふと思いついたように言った。
「ねえ、美咲さんって、デザイナーだよね?」
「うん」
「私がこういう占いの結果を、お客さんに伝えるときに使う鑑定書のテンプレートって、つくれる?」
「鑑定書?」
「ほら、こんな感じの…占った結果をまとめるやつ」
香織は液晶がバリバリ割れたスマートフォンで、鑑定書の例を見せる。
「オシャレなの欲しくて。デザイナーさんなら簡単につくれるよね?」
「うん、まあ…」
「良かった!文字を打ち込めるような感じでつくってくれる?」
「うん...」
香織の勢いに負けて言いながら、美咲の胸の奥には、どこか引っかかるものが残った。
(『簡単でいいからタダで』って、デザイナーあるある…)
過去の出来事へのイライラを香織にぶつけてはいけないことも、香織が悪い人ではないことも、わかっていた。
(でも、占いの先生にタダで教えてもらうのは失礼なのに、私ならいいんだ…)
「納得いかない」「便利使いされている」
そんな気持ちが美咲の心にザラリと残り、スピリチュアルへの違和感と結合した。