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2 周波数

「暑くなってきたね」

「ほんと、もう春って感じじゃないもんね。冬からすぐ夏だよね」

「わかる」

「水やりにも気をつけてあげないと、すぐ枯れちゃう」


玄関前の小さなスペースで、「身体に入れるものが大切だから、殺虫剤も化学肥料も使わず育てている」という野菜の世話をしている香織。


香織に回覧板を手渡しながら、美咲は香織との会話を楽しんでいた。


引っ越してきてまだ1ヶ月ほどだが、美咲は香織と自然に会話できるようになっていた。


子どもが同級生ということもあり、共通の話題が多く、気軽に話せる存在になりつつあると、美咲は思っていた。


「そういえば、うちの璃子、明日香ちゃんのこと『親友』って言ってたよ」

「明日香も、毎日璃子ちゃんと遊べるの楽しみにしてるみたい」

「よかった。璃子は一人っ子だし、近くに一緒に遊べる友達ができるか心配だったの。明日香ちゃんがいてくれて、ほんと感謝」

「明日香も同じだよ。同じクラスになれて良かったよね」


そのときだった。


ガタガタと玄関扉が開き、中から少女がひょっこりと顔を出した。


下ろした長い髪はぼさぼさで、くすんだ色の、ジャージのようなパジャマのような服を着ている。肌は青白く、目元には隈が浮かんでいた。


一瞬で香織の笑顔が消える。


「由良、寝てたんじゃないの?」


香織は、由良の前に立つ。まるで、美咲から由良を隠すように。


「明日香ちゃんのお姉ちゃん…由良ちゃん?」

「うん…長女の、由良」


香織の笑顔は引きつっていた。美咲は香織の身体から顔を出すようにして笑顔を浮かべ、由良に小さく会釈する。


「こんにちは、由良ちゃん」

「…こんにちは」


由良は美咲を凝視しながら、ほんの小さな声で挨拶をした。


そしてもっと小さな声で、何かつぶやく。


「可愛い」と言う由良のつぶやきは、誰にも拾われなかった。


「ごめんね、由良ったらこんな格好で…寝てることが多いから」


「由良、恥ずかしいわよ。部屋に戻って」と言われると、由良は美咲から目を離さずに、家に引っ込んだ。


「そうだよね、体調不良が多いって言ってたもんね」

「うん、まあ…体調だけじゃないんだけど…学校、最近お休みしてて…というか、もうずっと行ってなくて」

「そうなんだ」


香織がふと視線を逸らして、一瞬口を引き結び、小さな、けれど決意が滲む声で言った。


「うちの子、ちょっと普通じゃないの」

「普通…」

「先生とか、周りの子とかと、うまくいかないの」


香織は美咲に探るような笑顔を見せる。美咲は「試されている」と思った。


(不登校を馬鹿にするようなことは言っちゃいけないよね)


「今は不登校の子も珍しくないし、学校に行けなくても変じゃないよ。今のクラスとか学校に馴染めないだけかもよ?なにかのきっかけとかで環境が変われば…」


香織はがっかりしたような、諦めたような表情を浮かべる。


4月の終わりにしては暑い空気の中で、冷たい沈黙が流れた。


「そういうことじゃないの」

「ご、ごめん。気に触るようなことを言った?」

「ううん。誰にでも理解してもらえることじゃないなら。由良はもう、オーラの状態が乱れてるの」

「…オーラ?」

「前に見てもらった占いの先生に、由良は魂の周波数がこの世界に合ってないって言われて」


美咲は言葉に詰まった。


(これは…信じていい話なのかな)


香織は、真剣な表情で続ける。


「世界の波動が、由良には強すぎて怖いから、恐怖から問題を起こすんだって…だから無理に学校には行かせずに、せめて家ではと思って、由良に合った空間とエネルギーを整えてるの」

「そうなんだ。その…学校カウンセラーの先生とかに相談は?」

「したけどだめだった。理解してもらえないから、もう行かない。こっちも疲れちゃうし」


美咲は本能的に少し後退り、「そろそろ戻って仕事しないと」とぎこちない笑顔を浮かべる。


「そっか。またね」

「うん…」


家に戻ってパソコンの前に座りデザインに向かうが、どうしても違和感が拭えず、集中できなかった。


ーーー


「で、なんか、魂の周波数と世界の波動がどうのこうのって言っててさ」


その晩、美咲は帰ってきた俊介に夕食を出しながら、俊介に香織との会話をかいつまんで話した。


「深入りしないようにね」

「え?」

「同僚の奥さんにも不妊治療がうまくいかなかったのがきっかけでスピリチュアルにハマった人がいるんだ。家族とか友達が振り回されて、めちゃくちゃ大変だって言ってた。勧誘されても無視だよ」

「勧誘なんてされてないけど…」

「でも、まだされてないだけかもしれないよ。同僚の話を聞いてると、本当に大変なんだよ」


美咲には、俊介の言葉は少し冷たく聞こえた。


「香織さんも由良ちゃんの不登校をなんとかしたくて、必死なんだよ。本当は働きたいのに由良ちゃんを家に置いていけないから、働けないって言ってたし。それに、占いでもスピリチュアルでも、それで気持ちが楽になるなら、彼女には必要なものなんじゃないかな」

「香織さんに必要なのは百歩譲って認めるよ。でも美咲は気をつけてってこと。美咲はただでさえ人が良くて影響されやすいんだから」


美咲は「わかった」というように両手を軽くあげた。


「わかってる。私はスピリチュアル系には興味もないし、勧誘されても断るから」

「頼むよ。由良ちゃん…だっけ?娘さんじゃなくお母さんのほうがちょっと…ズレてる説まであるから、聞いてる限り」


(そうなの…かな?確かに少し変わってるかもしれない。でも香織さんは悪い人じゃないし)

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