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焔鬼  作者: はじめアキラ
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<7・天罰。>

 どういうことだ、と困惑する梨華にマイは語ったのだ。

 神様が怒ったから人々に災厄を成す。それを人は祟りと呼び恐れる。

 しかし人々が望んだ結果神様が誰かに罰を成すことを祟りとは呼ばない。むしろ天罰と呼んで、感謝さえ抱くのだと。


「今からずーっと昔のこと。この町が、小さいながらも焼け野原の状態から……やっと復興してきた頃のことなんだけどね」


 躊躇いがちに、マイは口を開く。


「あたしもひいばあちゃんとかから、聞いただけなんだけども。戦争が終われば、人々がみんな救われたとかそういうんじゃないんだよね。もちろん、アメリカはアメリカなりのカタチで、日本を復興させようと頑張ってはくれたんだけど……そこから語ると長いか。とにかく、食べ物も着るものも足らなくて困ってる人がたくさんいてさ。しかも、若い男の人のほとんどはみーんな戦争に行っちゃって、そのまま帰ってこない人がいっぱいいてさ。働き手も足らないってなわけ」

「まあ、わからなくはないよ。しかも、日本が勝つって信じて耐えて来たのに……って人は反動が大きかったんだろうね。いきなりハシゴ外されたような気分になった人も少なくなかっただろうな。戦時中のお上の教育って、なんていうかカルト教団の教祖が洗脳してるみたい……な雰囲気だったって言ったら怒られるかな」

「間違ってないかんね、梨華ちゃん。ようは、困ってる人や、不満をため込む人がすんごく多かったってこと。そうなるとまあ、犯罪に走る人も少なくないかんね。戦争から帰ってきた元兵士の人には、未だに日本の負けを受け入れられない人も多かったんだろうし」


 それでさ、と彼女は言いづらそうに告げた。


「……この町に、一人の元兵士が流れ着いてきたんだって。元陸軍将校名乗ってたらしいわ、本当かどうかは知らないけど。そいつがまた横暴なやつでさ、暴力に訴えて人様の食べ物を無理やり奪っていくわ、暴言は多いわでみんな手を焼いてたそうで。しかも最悪なのはそいつが……性犯罪に走ったってこと」


 性犯罪。梨華も思わず眉をひそめてしまう。

 女子中学生としては、ある種一番聞きたくない言葉の一つであるからだ。


「自分はお国のために戦ったんだ、偉いんだ、って訴えてももうみんな尊敬してくれない。自分にヘイコラしてくれない。そんな鬱憤がたまってたんじゃないか、ってひいばあちゃんは言ってた。草むらに女の人を連れ込んで、しょっちゅうその場で無理やり……みたいなことしてたって。ひいおばあちゃんも、危なかったことがあったみたい。人が助けてくれたから大事には至らなかったけど」

「最悪じゃんそいつ」

「多分性欲が溜まってたっていうのとは違うんじゃないかなあ。強姦ってさ、相手の尊厳を踏みにじる行為でしょ?自分が相手より上だって知らしめるための、究極のマウントっていうか?自分が支配者だって、町の人に思い知らせるためにやってたんじゃないかって、ひいおばあちゃんは言ってた。だって、最終的には若い女の人だけじゃなくて、小さな女の子や男の子まで襲ってたっていうから。……屈強な男の人に手を出さないのは、勝てないと思ってたからだろう、と」

「うっげえ」


 気色悪い、としか言いようがない。同時に、なるほどこれが吐き気を催す憎悪なのか、とも。

 男ばかりの軍隊では男色を行っていたケースもあるという。それに、現在はLGBTQ問題もある。別に同性に恋愛感情を抱くというのであれば、そこを差別するつもりはない。が、襲うというのは論外だ。

 それに、結局自分より弱いものしか襲えない弱虫だったということではないか。町の人達がどれほど苦しんだか、そう考えると胸が痛くなる。しかも、みんながみんな生きていくだけで必死の時代。酷い目に遭わされても、誰かに助けを求めることもままならなかったのではなかろうか。

 ましてや小さな子供が襲われたケースなどは、その子の将来や世間体も考えて被害を隠す選択をしたかもしれない。それが、正しいことであったかは別として。


「……戦後のゴタゴタで、警察もそんな機能してなかったというか。ましてや、焔ヶ町は人が減っちゃってより小さくなった町だったから、お上の目も行き届いてなかったというか」


 はあ、とマイは深くため息をついた。


「最終的に、そいつは百人近くの人に手を出したんじゃないか、って言われてる」

「ひゃっ……!?え、ゴミじゃん!」

「ほんとそれ。たった一人の男なのにみんなが抵抗できずに泣き寝入り。ただそいつが軍隊で鍛えた肉体と、暴力を行使できる拳と武器を持っていたせいでね。……そんな時、ある家族の幼い兄妹が揃って襲われて。母親がついに耐え切れず、泣きながら男に怒鳴ったんだって」




『うちの息子が何をした!うちの娘が何をした!お前のような畜生は、地獄に落ちてしまえばええわ!焦熱地獄に落ちて、二度と産まれ変わってくるな!この屑!人間の屑め!……焔鬼様が、お前を放っておくはずがない。きっと裁きを下してくださる、この町みんなの、総意をもってなあああああああ!!』




「当然、男は逆ギレして彼女に暴行しようとした。でも、その瞬間奇跡が起きたの」

「奇跡?」

「彼女の目の前で、愚かな男は火だるまになったんだかんね。そう、目の前で、何もしてないのに人が燃え上がったの……!」


 マイはどこか恍惚とした目で話す。

 突然腕に火がついた男は、驚いた。しかもその日は、自分の皮膚の下――血液が唐突に沸騰して、体の内側から燃え上がったかのように見えたのだから。

 しかもその焔はあっというまに、男の全身に燃え広がった。髪が燃え、顔が燃え、首が燃え胸が燃え腹が燃え股間が燃え足が燃えた。皮膚も、内臓も、目玉も、骨も、何もかもが一斉に燃え出したのだ。

 男は悲鳴を上げてその場に転がった。しかし、どれほど転がっても火の勢いが弱まることはない。そして不思議なことに、男が苦しがって暴れたのに接触した他の人の服に火が燃え移るようなことがないのだ。正しく、さながら男の体だけが燃焼材であるかのように燃え続けたのである。

 やがて生きながら燃えた男は動かなくなった。人相も性別も何もわからないような、真っ黒な炭の塊となって。


「……ま、マジ?」


 口をあんぐり開けて尋ねる梨華。


「大マジ。ひいおばあちゃんは実際に見てたって。なんなら、他の人達もたくさん目撃者がいたって。だから、その時代の目撃者……の話を語り継いでいる人ほど、焔鬼様を特別視する傾向があるんじゃないかな。男の人に呪詛を吐いた女性が言った言葉も含めて」




『ああああ、焔鬼様、焔鬼様!ありがとうございます、ありがとうございます、愚かな者に天罰をありがとございます!あははははははははは、はははははは、はははははははははは、はははははははははははははははははははあああ!』




「その事件があってから、神棚に焔鬼様をお祀りする人が増えたの。……ひょっとしたら彼女は何か、焔鬼様にお願いするような特別な儀式でもしていたのかもしれない。そのへんは、ひいおばあちゃんも知らないって言ってた。確かなことは一つ。それを見たひいおばあちゃんと町の人が思ったってこと。……焔鬼様が、町の人の願いを聞き届けてくれたって。自分達を守るために、悪いやつをやっつけてくれたんだって」

「だから、実際のところは祟りではない、と」

「そう。祟りって言い方をする人もいるけどね。なんにせよ焔鬼様が本当にすごい力を持ってることはみんな知ってる。もちろん、それを実際に目撃してた世代の人はほとんど亡くなっちゃってるから、そういう意味では祖父母や曾祖父母の言葉を信じてない人もいるんだろうけどね。……ここまで話せば、あたしが何にびびってるかわかるでしょ」

「うん……」


 つまり。

 古鷹未散の死に方は、かつて起きた性犯罪者の男の死にざまと同じだった、ということだ。

 焔鬼はあくまで町の守り神であり、罪なき人に害をなす存在ではないと町の人はみんな思っている。そういう教えを受け継いでいるクラスメート達も同様に。だからこそ、矛先が死んだ古鷹未散に向いてしまったのだ。

 彼女は何か、焔鬼の機嫌を損ねるような大罪を犯して、それで天罰を食らってしまったと。そう、祟りというよりこれは天罰なのだと。でも。


「……その、私は古鷹さんがどんな人だったのか知らないんだけどさ。その子って、あんな死に方しなくちゃいけないほど悪い事したの?前の、焼き殺された元兵士?の人はしょうがないなーって思わなくもないけど。所詮、中学生の女の子でしょ。誰かをいじめていて、それを苦に自殺した人がいるーとか。そういうのだったらまだわからなくはないけど」


 それなのだ。流石に、中学一年生の女の子が、連続強姦磨に匹敵するような恐ろしい犯罪に手を染めていたとは考えにくいのだが。


「……それが、あたしもわかんなくて」


 マイは青い顔で首を横に振った。


「この学校小さいし、あたし一年生にも友達はたくさんいるから……ある程度噂とかも耳に入ってくるんだけど。少なくとも、いじめがあったって話はないんだよね。保健室登校してる子とか休んでる子はいるんだけど、どっちかというとそれ体調のせいだって話だから……いじめとかじゃない、と思う。古鷹さんの家も普通の家で、会社の社長でパワハラしてましたとかってこともないだろうし」

「ていうか、もしそれが理由だったら天罰喰らうのは娘じゃなくて親だよね」

「そういうこと。だから、古鷹さん自体にそんな面倒なことがあったわけじゃない、と思う。承認欲求激しい目立ちたがりではあったけど、まあ中学生の女の子あるあるなレベルだし?焔鬼様に、悪人とみなされるようなことに本当に心当たりなくて。だからその……あたしも怖いっていうか、焔鬼様が暴走してるんじゃないか、的な」


 ふむ、と梨華は顎に手を当てて考える。

 本当に古鷹未散が天罰を受けた、と仮定しよう(まだ人間が犯人である可能性もゼロではないが)。その場合、考えられる可能性は二つ。

 一つは、町の人を脅かすような大きな犯罪をした可能性。

 もう一つは、焔鬼単体を怒らせるような不敬を働いた可能性。例えるならば、オカルト系ユーチューバーはバズり狙いで、うっかりお地蔵様を蹴っ飛ばして祟られてしまうとかそういう類いのものだ。

 彼女の性格を鑑みるならば、二つ目の方が可能性が高いような気がする、のだが。


「大きな犯罪をしたとかじゃなくて、焔鬼様を怒らせるようなことをしたって可能性は?ご神体を蹴っ飛ばして、それを写真とってSNSにアップしちゃった的な」

「……ものすごくやりそうな気はするけど、それもないんじゃないかな。焔鬼様の御神体は、神社の中で大事に保管されてるんだかんね。普通の人は、ご神体を見ることもできないはず。古鷹さんも同じ」

「うーん」


 しかし、何もなしに天罰なんてあるはずもない。何かがあって、それで罰を受けたと考える方が自然だ。

 もしくは、彼女を殺した人間が焔鬼の仕業に見せかけている、ということも考えられるが。そちらは警察が捜査するだろうから、任せておけばいいだろう。調べるべきは、警察がノータッチになるだろうオカルト面の方ではないか。

 自分もそんなに、神様やら妖怪やらを信じているわけではないが、でも。


――……今、私がマイに恩返しできるとしたら、ここだって気がする。


 死体を間近で見て、マイは心底怯えている。優しいと信じていた焔鬼が、罪なき人を殺す存在に変わってしまったのだとしたらどうしよう、と怖がっているのが透けている。だったら。


「わかった!じゃあ、私が真相を調べてみるよ!」

「え!?」

「大丈夫、危ないことはしないから!うまくいけば、自由研究っぽいののネタにできるし!」


 この学校は、中学生にも夏休みに自由研究の宿題が出る。そんな恐ろしい話を先日聞かされてげんなりしたばかりなのだ。

 せっかくなら、良いお題ができた、と思えばいい。少々不謹慎かもしれないが。


「ちょっと聞き込みとかするだけだよ。実は焔鬼様の仕業じゃないかもしれない。本当のことがわかればさ、マイも安心できるっしょ?」



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