<3・失踪。>
なんでもその古鷹未散という少女、承認欲求がものすごく強いタイプだったらしい。
SNSに小説を投稿しては、ランカーたちほど評価ポイントが入らないことを嘆き。イラストを投稿しては、やっぱり他の絵師たちに比べて見て貰えないことに嘆き。SNSでちょっと派手な発言をしてもちっともいいねやリプライがつかないことを嘆き――それをすぐ他人に愚痴る、そういう少女だったという。
そして最終的な結論はいつもこれ。――やっぱり、こんなド田舎にいるせいなんだろうな、だったと。
「別に、珍しくもなくない?」
マイの言葉に、梨華はあっさりと返した。
「今どきの中高生なんざそんなもんだって。とにかく自分が特別なナニカでありたいの。人とは違う天才、人とは違う特殊能力者、人とは違う不幸な境遇。そういうので注目されて褒められたり、もしくはかわいそーかわいそーって哀れんで構ってもらいたい子多数なんです、オワカリ?」
「……あたし達も、その今どきの中学生だってこと忘れてない?発言ババくさいんだかんね?」
「やっかましい。私も想像はつくけど、でも特別な存在になりたいってあんま思わないから他人事なのー」
そりゃあ、誰かに認められたり褒められたりしたいっていう気持ちは梨華にもある。何かいいことをしてお礼を言われたら嬉しいし、絵を描いて上手いねと言われてもやっぱり嬉しい。でも。
人を押しのけるほど、目立つ何かになるのは面倒くさい。
目立てば厄介な仕事を背負わされるかもしれないし、余計なアンチだってつくかもしれない。変な噂を流されても嫌だし、妙な言いがかりをつけられうのも嫌だ。ただ平々凡々、平和な毎日がこれからも続ければそれでいいのである。まあ、時々ちょっぴり、刺激的なことが起きてくれれば面白いとは思うけれど。
「田舎から出たいってのは、想像つかなくないけどね。やっぱ、この町不便なのは確かだし」
自分が住んでいる住宅地は、駅まで徒歩三十分。この学校からは四十五分はかかってしまう。それでもまだ、他の人と比べれば近い方だというのもわかっている。マイは電車を使う時、バスに乗るというのだから。
そして電車の本数も多くない。
自分がかつて住んでいたところは、十分に一本は電車が来た。ここでは、平日の朝でさえ三十分に一本が精々だ。
でも。
「……都会には都会のイヤなところもあるし、多少不便でも私はこの町の方が好きかな。お父さんもお母さんも、引っ越してきてから人間関係でピリピリしてないしね。退屈だけど平和な世界が一番、目立たない方が人間楽に生きられるってこと、その子はわかってないんだよ」
「梨華ちゃんって、やっぱ時々ものすごおおおくババくさいこと言うよね?」
「マイさんや!そこは大人っぽいとか、達観してると言ってくれんかね!?」
お前はもうちょっと褒めろ!と梨華はマイのこめかみを両拳でぐりぐりぐり、と抉った。そのタイミングで窓の外をカラスが鳴きながら通っていったものだから、完全に場面はコントである。
話している内容はそんな愉快なものでもないはずなのだが。
「そっか、そういうものかあ。……ううん、あたし、別に古鷹サンのこと嫌いとかじゃなかったんだけど。この町を出たいとか、田舎に住んでるせいって責任転嫁するのはちょっと、なんだかなーって思ってたから」
こめかみを抑えつつ、マイは告げる。
「そういう意味じゃ、普通の女の子だったのかも?……ってあたしは別に、古鷹さんのことディスりたかったわけじゃないんだかんね?」
「わかってますわかってます。行方不明になったんでしょ、突然。先生詳しく言わなかったから、私はどういう状況か知らないんだけど。マイは知ってんの?」
粗方、出かけたまま夜になっても帰ってこなかったとかそういう形だろうと思っていた。ところが。
「……知らない?あたし、古鷹さんと家近いし、電話もかかってきたから知ってるんだかんね……」
マイは言いづらそうに、窓の外を見た。
「古鷹さん、普通に家にいて、普通に夜寝たっぽいんだかんね。そしたら朝いなくなってた。窓が開けっぱなしだったから、そこから出ていったんじゃないかって」
「は?家出ってこと?」
「親もそれをちょっと疑ってるっぽいところあるというか。うちの娘知りませんかーって電話が入ってたんだかんね……。だから今日、先生がホームルームで言う前にそのこと知ってたっていうか」
「なにそれ」
もうちょい詳しく教えてほしい、と梨華は椅子に座り直した。その古鷹未散という少女と面識はない。ただ、夜遊びしていて戻ってこないというわけでないのなら、少々気になる事件ではある。
いや、よく考えたらこの町に、夜遊べるような場所なんて本当に少ないのだが。
「古鷹さんの家、あたしの家から近いつったじゃん?で、一軒家なのね」
言いながら、マイは教室の机に鉛筆で絵を描き始めた。一般的な学校の机同様、この教室の机も落書きするのに最適なのである。つるつるしていて鉛筆の線が書きやすいのだ。そして、消しゴムで簡単に消せる。梨華もよく、眠気がヤバい時なんぞ落書きをしてやり過ごすことは少なくないが、マイも結構そのタイプだと知っている。
まあ、マイの画力は梨華同様、最低限ものを伝えられるレベルでしかないのだが。今だって、一軒家、ということを解説するために棒人間と三角形四角形を組み合わせた家を描く必要性は、あまりないと思うのだけれど。
「で、一階で古鷹さんのご両親は寝てて、二階が古鷹さんの部屋だった。ちなみに彼女は一人っ子だかんね」
「相変わらず、あんたの絵ってビミョーだよね……」
「梨華ちゃんに言われたくないんだかんね!……それで、家の中に階段は一つだけ。階段降りて玄関に行くには、両親の部屋の前を通らないといけない。暑くて部屋のドアも開けっ放しにしてたから、娘が起きて玄関通って出ていったらすぐわかっただろうってご両親が言ってたの、おわかり?」
「おわかりです」
なるほど、つまり。
夜中に自分達が起こされなかったことから、娘は玄関から外に出ていない=窓から出て行ったはず、と推理したということらしい。実際古鷹さんは窓から出たこともあったみたいなの、とマイは補足する。過去に窓から脱走して叱られたことがあって、かつ窓が開いていたならそのように考えるのも当然だろう。
「確かに、彼女はパジャマを着て寝ていたんだけど」
マイは家の隣に、パジャマ姿の女の子っぽいのを描く。彼女は家より人間を描くのがさらに苦手だ。なんでゾンビが水玉の服を着ているようにしか見えないのだろう?
「彼女の部屋から、制服と、外履きの靴もなくなってたんだって。いつも学校に行くのに使ってるスニーカーが。靴は予め部屋に持っていってたんじゃないかって。前に脱走した時もそうしてたから」
「なーる。で、出入口は窓しかないと。財布やスマホは?」
「それが妙だかんね。どっちも部屋に残ってたって」
「うーむ?」
確かにおかしい。目立ちたがりの女子が財布もスマホも置いて、制服だけ着て外に出かけるなんてことをするだろうか。SNS中毒だったというのならスマホは特に手放したくないはず。
それこそ、面白いネタを探してついにスマホで写真を撮りまくっていてもおかしくはないだろう。Twitterなんて、鳩の写真一枚でバズることも少なくない世界なのだから。
「本当に窓から出たのかも怪しいよね。だって今の時期、エアコンかけてなかったら窓開けて寝てもおかしくないでしょ?特に二階の部屋なら、防犯上の意味でも開けてもいいかーってなりそうじゃん」
というか、この町の防犯意識は恐ろしく低いと感じていたところだ。なんといっても、縁側の戸をあけっぱなし、玄関の鍵も開けっぱなしが少なくない。以前マイのおじいちゃんの家にお邪魔した時は、庭にいきなり侵入して仲良く縁側からお邪魔してしまった経緯がある。
他の友達の家もそう。声をかけるより前に、玄関のドアが開いていましたなんておかしくもなんともないことなわけで。マイいわく、「これでも最近はちゃんと鍵かける家が増えたんだよ」ということ。東京では考えられないユルさだ。
「この町なら一階でも平気であけっぱにしてぐーすか寝ててもおかしくはないんじゃないの。……治安がいいんだろうな、ってことは私も引っ越してきて感じてるしね」
「ありがと。……あたしも、玄関の鍵あけっぱなしとかはどうかと思ってるんだけどね。昔ながらの習慣って、なかなか抜けないっぽいから。でも梨華ちゃんの言うとおり、玄関を通ってなくて窓が開いていたから窓から出た、って思い込んでるだけなのかも」
でも、とマイは眉をひそめる。
「窓から出てないんだとしたら。音もなく玄関から出たか、部屋の中で突然消失したってことになっちゃうんだかんね。その方が、オカルトじみてて怖くない?」
オカルト。その言葉に、ついつい梨華は苦笑してしまう。
「あはは、案外あるかもよ?目立ちたがり系女子は、オカルトに走ることも少なくないから。おまじないをして霊能力を得ようとしたり、ホラースポットに行って幽霊を撮影してバズろうとしたり。自分は特別だーってなりたい系女子なら尚更に。だから、本当におかしなおまじないを試して、部屋から忽然と消えちゃった、とかあるかも!」
「そ、そそそ、そんなことっ」
「ごめんごめん、冗談だってば」
マイは幽霊とか妖怪とか、そういうものが大の苦手だ。ようするに怖がりなのである。梨華もそこまで得意なわけではないが、梨華が最後まで見れたホラー映画の序盤でマイが気絶したのは記憶に新しい。本気でびびっているっぽい彼女に、梨華は慌てて否定する。
そもそも、オカルト系をそんなに信じているわけではない。この世に不思議なことはあるのかもしれないが、仮に本物のおまじないがあったところで、一介の女子中学生が実行して成功するかどうかは怪しいものだろう。ああいうものは、素質があってナンボというイメージが強いのだから。
「誘拐事件とかじゃないなら、そのうち帰ってくるって。警察に捜索願も出したんでしょ、親御さん。大丈夫大丈夫、心配することないかなあ」
「そ、そうかなあ。本当にオバケに攫われたとかだったら……」
「ないないない!ごめんって、変なこと言ってごめんってば!」
そう、おかしなことなんてそうそう起きるはずもない。いつもと同じ平穏で、退屈で、平和な日々が続いていくと梨華はそう思っていたのである。
少なくとも、今日の放課後までは。