ループしちゃうくらいに君が好き 〜あと3日で死ぬ君へ〜
1周目
僕の名前はシオン。学校帰り、病院に向かって歩いていた。
昨日、幼馴染のミカゲが入院したと聞いた。事故に遭ったらしい。
本当に入院してるのか正直半信半疑だ。あいつ、いつも元気だし。
受付でミカゲの名前を言ってみた。どうやら入院しているというのは本当らしい。
とりあえず、ミカゲの病室へ向かう。
「入るぞ」
僕はそう言って、ノックもせずに扉を開ける。
「……っ!急に開けないでよ。びっくりするよ」
聞こえてきたのは紛れもなくミカゲの声。中を見ると、ミカゲがベットに横たわっていた。その腕にはたくさんの点滴。
「シオンくん、来て、くれたんだ」
ミカゲがベットから上半身を起こし俯きがちに話す。
「……お前、大丈夫か?」
ミカゲは元気がなさそうだ。声が弱々しい。
「シオンくん、聞いて」
俯いていたミカゲが顔を上げて僕の目を見る。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
何言ってんだ、こいつ?頭まで弱っちまったのか?
とにかく、僕はこの言葉を信じなかった。
「そんなこと言わずに早く元気になれよ、じゃあな」
こいつの顔が見れたから、もうここに用はない。
「ちょ……シオンくん!?」
ミカゲの戸惑いを振り切って、鞄を肩に担いで部屋を出る。僕はそのまま家に帰った。
僕は、ミカゲが元気になって、すぐに退院するだろうと本気で信じていた。
だから、3日間普通に過ごした。普通に学校へ行って、普通に帰る。
病院へは行かなかった。
3日たった、ある知らせを聞いた。
ミカゲが死んだらしい。
僕はまだ、信じてなかった。
不謹慎なやつだ、なんて思いながら病院へ向かった。一応行ってやるか、みたいな軽い気持ちだった。
ぴくりとも動かないミカゲを見た瞬間、僕は何が何だか分からなくなってしまった。
恐る恐る、ミカゲの頬に触れる。その冷たさは、僕の心を凍らせた。
認めたくなかった。
信じたくなかった。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
ミカゲの言葉が、頭の中で反響する。
気がついたら家にいた。無意識のうちに帰ったのだろう。
何となく、布団に潜る。眠れるわけがない。ぼんやりと、枕元の時計を眺めていた。
ミカゲは幼馴染で、ずっと仲良くしていた。そして、僕は、最低なことをしてしまった。3日で死ぬと言ってくれたのに、それを嘘だと決めつけ、一度も会いに行かなかった。
ミカゲは僕にとって大事な人で、大好きな人だった。
ミカゲがいない世界。想像もつかなかった世界が、今目の前に広がっている。
僕は後悔した。
そして、僕は焦がれた。ミカゲの眩しさに。
強く、強く。
時計が、0:00を告げる。
ミカゲ……
2周目
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
目の前にミカゲがいた。あれ、僕は家の布団で……
そうか、これは夢だ。
思いっきり自分の頬をつねった。
「……シオンくん?」
ミカゲがそんな僕を怪訝な目で見つめている。
なるほど、さっきまでのが悪い夢で、今のが現実か。
「妙な夢を見たんだ、気にすんな」
僕は取り繕って話す。
「聞いてた?」
ミカゲはまだ訝しげだ。
「うん、早く元気になれよ」
僕は不思議な気持ちだった。ミカゲと一緒にいられることに安心感を覚えている。
「聞いてなかったでしょ、私あと3日で死ぬの」
あれ、夢と同じ……
「本当、なのか?」
僕は震える声で尋ねた。このまま夢の通りに行けば、ミカゲは、本当に……
「本当、だよ。私だって認めたくないけど」
僕は確信した。こんなによく出来た夢があるはずがない。
僕は、ループしたのだ。
次は、後悔しない。ミカゲを死なせない。
「そんなこと言うな。病は気からって知ってるか?」
僕は歯を食いしばる。どうしたら、いいんだ?
ミカゲは寂しそうな顔をしている。これ以上何かを言っても逆にミカゲを傷つけてしまう。
「また来る」
僕はそう言って、病室を出た。そして家に帰る。
とりあえず普段通り生活してみることにした。
風呂に入ろう。服を脱ぐ。その時、左腕に赤い文字で何かが書かれていた。
24571。
数字だった。面倒なので無視した。
一旦眠り、朝起きて学校へ。
そして放課後すぐに病院へ行った。
「ミカゲ?」
ミカゲは病室で眠っていた。今は話せなさそうだ。
そして、僕は医者に話しかけた。
「ミカゲは助からないんですか?」
医者は無慈悲に告げる。
「助からない、内臓がやられてしまっている」
どうして……
家に帰った。何も出来ない自分へのもどかしさが胸を締めつける。
ふと、左腕に書かれた数字が目に入った。
24570。
なんか、減ったような。気のせいか。
今はこんなことどうでもいい。
このままだとミカゲは明日には死んでしまう。
考えろ、どうすればいい。
何か、何かできないのか?
僕は病院へ向かった。
眠っているミカゲの横に座る。
無力感を噛み締めながら。ただ、ミカゲと1秒でも長く一緒にいたかった。
いつの間にか、僕は眠りに落ちていた。
誰かに叩かれている。
そうして目を覚ますと、目の前にはミカゲがいた。冷たくなってしまったミカゲが。
僕を叩いていたのは看護師か?
僕はなぜか冷静だった。目の前でまたミカゲが死んでしまったとゆうのに。
僕はどれくらい眠っていたんだ?
ふと気になって左腕の数字を見てみた。
29569。
減っている。
この数字は一体何なんだ?
違う。考えることはこれじゃない。
僕は何もできなかった。本当に、何も。
ループすれば上手くいくなんてことはなかった。
ごめんな、ミカゲ。
心の中でミカゲに謝る。意味はないけれど。
僕はぼんやりとしたまま家に帰り、布団に潜った。
やはり眠れない。
どうやら僕はミカゲが大好きらしい。
「ふざけんな、お前なんか嫌いだ」
心にもないことを呟いてみた。呟いてから後悔した。そして、悟った。
僕はどう足掻いてもミカゲを嫌いにはなれない、と。
そうしてぼんやりと過ごすうちに、時計が0:00を告げた。
3周目
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
……ミカゲ?
この光景、どこかで。
もう一回、ループしたって言うのか。
ふざけんな。もう、疲れたよ。
何が楽しくて何回もミカゲが死ぬところを見なきゃいけないんだ。
僕は黙って部屋を出た。
「ちょ……シオンくん!?」
ミカゲの戸惑った声は無視した。
向かったのは医者のところ。僕は迷わず土下座した。
「ミカゲを助けてください!」
返ってくるのは無駄に飾られた言葉たち。要約すると「無理」の2文字になる。
助けたい気持ちはあるんだ、とか知らねえよ。
僕は嫌気がさした。
「ミカゲの状態を詳しく聞かせてください」
気がついた、この医者はミカゲを助けられない。別の医者に聞きにいこう。
医者に言われたことをまとめると……
ミカゲは事故による損傷が原因の急性多臓器不全。
多臓器不全が進行しているため、治療が追いつかない。
手術を試みたが、損傷が大きすぎて回復の見込みは低い。
余命は数日と見積もられ、延命治療のみが行われている。
なんか、思ったよりも大変なことになっていた。でも、余命3日だとこういう感じなのか?
とりあえず、この情報を他の病院の医者に伝えて、治すことができそうか聞く。そして、治せる医者を探す。
でも、この辺りの病院はここだけ。
少し遠くへ行かないと。
でも、そうするとミカゲが間に合わない。
いや、ループすれば、次でミカゲを助けられる。
ループは何回できるのだろうか?
ふと、腕の数字を見た。
24565。
だんだん減っていく。初めてループした時から刻まれた、不思議な赤い数字。
これは何か関係があるのか?
まあいい。ループを信じよう。それしか縋れるものがないのだから。
家に帰って、ミカゲの症状について詳しく調べたが、素人な僕に分かることはほとんどなかった。
それから、付近の大きな病院を探した。
ミカゲが行ける範囲だと、一つだけだった。
バスと電車を乗り継いで1時間くらいの位置にある。いますぐにでも行こうと思ったが、あいにく夜はバスがない。
だからとりあえず眠り、明日行くことにした。
学校?なにそれ?
朝になった。僕は電車に乗っている。もう少しで、大きな病院だ。
そこの受付に聞いてみた。ミカゲの症状を話し、向こうの病院じゃ治らないことを話し、ここの病院なら治せるか、尋ねた。
すると、医者を呼んでくれた。
でも、医者に告げられたのは無慈悲な言葉だった。
「その状況は、かなり厳しい」
僕は水をかけられたような気分だった。
でも、こっちの医者は「無理」とは言わなかった。
でも、やってみる価値はある。ミカゲをこっちの病院へ、ループ直後に運んでもらう。そして、それで助かれば……
僕はそのままミカゲに会いに行った。なんとなく、顔が見たかった。
ミカゲは眠っていた。僕も、この横で眠ろう。これじゃ、2周目と同じじゃないか。
でも、今回は収穫があった。僅かながらも希望が見えた。
僕はそのまま眠った。
看護師に叩かれている。
目を覚ますと、目の前にはミカゲがいた。やはり、このタイミングで死んでしまうのか……
僕はミカゲの額にそっと触れた。
「次は助けてやる」
僕は家に帰り、布団に潜った。ループするのを、待つ。
時計が0:00を告げた。
4周目
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
目の前には、ミカゲ。僕はまたループした。
僕は黙って部屋を出た。
「ちょ……シオンくん!?」
悪いな、時間がない。
僕はまた医者のもとへ。
「向こうの町の病院に、ミカゲを移せないか?もしかしたら、そっちなら……」
医者はなかなか首を縦に振らない。
さて、どうしよう。
僕はミカゲの家族に相談してみることにした。きっと協力してるはずだ。
急いでミカゲの家へ。それは、僕の家の隣だ。
ただ、どう説明したらいいものか。
今回の僕が向こうの医者と話す時間はない。
だから、向こうの医者なら少し希望があることを説明できない。
やるしかない。
ミカゲの家に着くと、ミカゲのお母さんが出迎えてくれた。
「ミカゲの命を救うために、別の病院に移送したいんです。そこの医者なら希望があります。今の医者じゃ希望がないんです」
お母さんは驚いた表情を浮かべたが、僕の真剣な目を見て、というか、強引に丸め込んで、すぐに頷いてくれた。
ミカゲのお父さんも話を聞いてくれ、家族全員で医者のもとへ向かった。ミカゲは一人っ子だから、これで全員だ。
医者もついに渋々同意してくれた。ミカゲの移送の手配が進められることになった。
その日のうちに、ミカゲは移送された。重病人だから、優先されるらしい。
僕は移送先の病院で、手術されるミカゲを部屋の外で待っていた。ミカゲの両親もいる。
僕は起きていようと頑張ったが、気が付いたら寝落ちしていた。さすがに疲れたのか。
ミカゲの両親は黙っていた。その表情はとても深刻そうだ。
目が覚めて、朝になっていた。手術はまだ続いていた。
病院の近くのコンビニで、僕は三食分のパンを買ってきた。
それで、ずっと部屋の前でミカゲを待った。
今夜は寝落ちしたくない、と思ったが、ずっと座っているということも案外疲れるのか、また寝落ちした。
明日、ミカゲが生きていて、無事であることを信じて。明日は一緒に話せることを、夢見て。
目が覚めたのは、また翌日の朝だった。医者が出てきて僕たちに告げた。
無慈悲で、残酷で、絶望的な言葉を。
「申し訳ありませんが、手術は成功しませんでした……」
その言葉に、僕の頭は真っ白になった。
「ミカゲは……?」
声が震えているのを自分でも感じる。
「彼女はもう……お亡くなりになりました」
医者は静かに告げた。
ミカゲを救うことができなかった。
何度ループしても、どうしてもミカゲを救えない。絶望感が僕を支配した。
ミカゲの両親も泣いていた。彼らの悲しみが痛いほど伝わってくる。
僕はただ、無力感に苛まれるだけだった。
悲しみが、湧かない……?
なんでだ、ミカゲが死んでしまっているんだぞ……?
自分の感情が麻痺してしまっているのを感じる。そんなこと、許されてたまるか。
「ミカゲに会わせてください」
僕は医者に頼んで、手術室に入らせてもらう。
冷たくなったミカゲを見た瞬間、膨大な悲しみが押し寄せてきた。
やっぱり、何度見ても慣れるものではない。
僕はまた、その額に触れた。
「僕はどうすればいい?」
今回、できることはやったはずだ。
つまり、結論はどうあがいてもミカゲは救われないということ。
いや、ちょっと早いか。
まだ、あきらめちゃいけない。
次は、ミカゲの両親なしで医者を説得して、もっと早くミカゲを移送してもらおう。
それなら大丈夫なはずだ。絶対大丈夫なはずだ。
僕はそのまま病院で、0:00になるのを待った。
時計が、0:00を告げる。
5周目
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
僕はよく分からないまま、ミカゲに抱きついていた。
なんでか?分からない?
「……?」
よく分からないけど、ミカゲを目の前にしたら、耐えられなかった。
ミカゲがものすごく戸惑っている。
僕はミカゲを放し、そのまま黙って部屋を出た。
「……っ!」
ミカゲが何かを言おうとしていたかもしれないが、無視した。
とりあえず、医者のもとへ。
僕はひたすら粘る。医者はうなずかない。
どうしてなんだよ。
お前、助けたい気持ちはあるって言ってただろ!?
気が付いたら、時間というのは過ぎてしまうというもの。
医者と話している間に、前回ミカゲの両親とともに、医者を説得した時間は過ぎてしまっていた。
僕は悔しかった。
ミカゲの両親を呼ばないと、医者は説得できない。
ミカゲの両親を呼ぶのが最短経路だったのだ。
それでも間に合わないというのに。
やっぱり、ミカゲは助けられないのか……?
僕は医者と看護師になだめられ、強制帰宅させられた。
しかも、出禁にされてしまった。ミカゲに会えない。
家の中で布団にもぐりながら考える。
もう、無理なのか……?
腕に書かれた数字は減っている。
24553。
これは一体何なんだ?
分からないことが多すぎる。
どうしたら、いいんだ?
僕はずっと、布団の中で過ごした。病院にいきたくても出禁だし。
そのまま3日が過ぎて、3日目の0:00になる。
また、ループするのかな……?
6周目
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
何だか慣れてきた流れ。でも、毎回感動してしまう。
冷たくないミカゲが目の前にいることに。
「じゃあ、3日。ずっとここにいていいか?」
僕は尋ねた。今はただ、ミカゲと一緒にいたかった。
前回、ミカゲに会いに行けなかった。それが僕には苦しかった。
「もちろん、うれしいよ」
ミカゲが笑う。それはとても儚くて、美しい。
その後、話題もなく、ただミカゲの隣に座っていた。昔からずっと一緒にいたミカゲ。その隣はとても居心地がいい。
しばらくした後、ミカゲが口を開いた。
「シオンくん、ちょっと変な質問してもいいかな……?」
落ち着かないのか、目が忙しなく動いている。
「もちろん、なんでも」
ミカゲの話は全部聞きたい。
「本当にもしかしてなんだけど、シオンくん、ループしてる?」
……?
……!?
この時の僕はどんな表情をしたのだろうか。
とにかく、とても驚いた。
「……どうして、そう思うんだ?」
ずるい答えであると分かっているが、質問に質問で返す。
「なんとなく、シオンくんって、私が死ぬ、とか言っても信じないで、普通に過ごしてそうだし」
それはまさに、ループする前、一周目の僕だった。
「だからさ、未来を知ってるのかなって」
確かに、僕は知っている。ミカゲが本当に死んでしまうということを。
「僕は……ループしている」
正直に答えた。嘘をつく理由もなかった。
「そっか、どっかの図書館で、ループについての本、読んだんだよね」
僕は何も言えなかった。
「もうやめてよ、絶対に何か代償がある。シオンくんはシオンくんの道を生きてるのに……」
何か言いたかった。
「私のことは忘れてよ」
そう言い放ったミカゲの目から涙が出ていた。
「ごめん、無理」
僕は口を開く。
僕がミカゲを忘れることなんて、ミカゲの死を回避することよりも無理だ。
「シオンくんは……優しすぎる」
僕は、そのまま黙って部屋を出た。
「……」
ミカゲは何も言わなかった。
図書館に、ループに関する本があるはずだ。それを見つける。
そこになにか、ミカゲを助ける手がかりがあるかもしれない。
僕らにとって図書館といえば、家の近くにある、地域の大図書館だ。
そこへ行って、司書へ尋ねる。ループに関する本を。
なんと、一時間前に借りられてしまったらしい。
だったら、ループしてすぐに来るくらいじゃなきゃ読めないじゃないか。
僕は病院へ戻った。
さっき黙って部屋を出てしまったので、若干気まずいが……
ミカゲは眠っていた。僕も、横で眠った。なんとなく。
目が覚めた。
ミカゲも起きていた。
「おはよう、シオンくん」
ミカゲが優しい声で話す。
「昨日はごめん」
僕は思いっきり頭を下げて謝る。
「いいよ、私こそ、変なこと言っちゃった」
ミカゲは静かに首を振っている。
「僕は、ループしている。そして、またループする」
僕は、そっと、呟いた。
正直、ループはきつい。何度もミカゲが死んでいくのは、苦しい。
でも、僕はきっと、抜け出せない。
だって、ミカゲがこのまま死んでしまう未来というものが受け入れられないから。
僕たちはなにも言わなかった。
もう、話すことはなかった。
ミカゲも、少しは希望を持っていたのだ。無事に治るんじゃないか、と。
しかし、僕がループしていたと告げたことで、その希望がなくなった。
悪いことをしてしまったな。
でも、黙っていても心地がいいのがミカゲの隣。
僕はいったん外に出て、最寄りのコンビニでたくさんパンを買う。
そしてミカゲの病室に戻る。
これで、3日間ミカゲと一緒にいられる。
そうして過ごした沈黙の日々。それでも、ミカゲがそばにいるだけで幸せなのはなんでなのだろうか。
なんか、今回は、今までの中で一番幸せだったかもしれない。
だからこそ、絶望は大きかった。
3日たち、ミカゲは冷たくなってしまった。
なんだか眩暈がした。それでも、僕はミカゲのそばにいた。
今回はもう、離れたくなかったから。
でも、刻々と時間は迫ってきていた。
時計が0:00を告げた。
7周目
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
僕は黙って部屋を出た。
「ちょ……シオンくん!?」
とても心苦しいが、ミカゲは無視した。
今回で、ループについて調べる。
僕は急いで図書館へ。
司書の人に話し、無事、本を読むことができた。
すべての謎が解けた気がした。
まず、ループの条件。
それは、本当に深く愛する人物の死亡。
たしかに、これなら僕がループから抜け出せないのも説明できる。ミカゲへの愛が薄れるわけがないのだから。
これは、とんでもなく重く、深い愛じゃなきゃ駄目らしいのだが、僕はなぜか当てはまっているっぽい。
相手が超素敵なミカゲだから、当然なのか?
腕の数字。
ループを経験すると表示されるようだ。
これは僕の余命だった。あと何日生きられるかということらしい。
今の数字を見る。
24535。
ここから計算しよう。
余命だから、一日生きると1減る。
また、ループすると、さかのぼった分の日数が減るらしい。
僕の場合、3日生きて3日さかのぼることを繰り返しているので、一回のループでこの数字が6減ることになる。
だから、あと……4089回ループして、一日余るような計算になる。
今は7周目だから、合計4096回できたのか。
あと、この本の末尾に書かれていた無慈悲な言葉。
「愛する人は絶対に救えない。これは、ただの呪いである」
ループについて理解はした。
僕は、これが呪いだとは思わなかった。
だって、素晴らしいじゃないか。
これを使えば……
僕は家に帰った。そして、覚悟を決めた。
ループを使い切って、一日目に死んでやる。
時計が、3日目の0:00を告げた。
ここからはひたすら、繰り返しだった。
8周目。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
腕の数字は24529。
とりあえずミカゲと三日間過ごす。
なお、ループしていることは毎回ばれた。
そして、ミカゲを看取って、0:00を待つ。
これをひたすら繰り返した。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
何度も何度も、冷たくなっていくミカゲ。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
何度も何度も、自分を忘れてほしいと言って、涙を流すミカゲ。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
何度も何度も、笑ってくれるミカゲ。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
何度も何度も……
苦しかった。つらかった。
でも、こうすれば一生ミカゲと一緒にいられる。
狂ってる。
自分でもそう思う。
でも、そんなことはどうでもいい。
僕は今、たしかに、幸せなんだ。
そういって自分を洗脳しなきゃいけないほど、惨たらしかった。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
何度も何度も、冷たくなっていくミカゲ。
でも、なんどでも会いに行くからな。まだ生きているミカゲに。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
ねえ、やめてよ。苦しいよ、シオン!
1000周目。腕の数字は18583。
このころには僕の中の人格が分離し始めていた。
苦しみに耐えられず、もがいている僕と、ただひたすらミカゲを求める僕。
うるさいだまれ。
ここまで来たら、やるしかないだろう!
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
何度も何度も、ミカゲが目の前で死ぬ。
でも、毎回ちゃんと、その結果を受け入れた。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
そうしないと、ミカゲに申し訳なかったから。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
2000周目。腕の数字は12583。
ここまでくると、苦しみ程度に耐えられない弱い僕は完全にやられていた。
ただ、ミカゲのぬくもりだけを求めて、僕はめぐり続ける。
3日間を永遠にさまよい続ける。
永遠じゃ、ない。そう、だな。
4096回やり直せば、終わるんだ。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
ふと、計算した。
4096回ループしたら、何年分生きたことになるのだろうか。そしたら、大体34年だった。
上等だ。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
34年間ミカゲと過ごすっていう幸せな日々を送ってやる。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
3000周目。腕の数字は6583。
なんだかいける気がしてきた。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
それは、ミカゲのおかげだろうか?
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
ループしちゃうくらいに、僕がミカゲを好きだからだろうか?
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
まあ、つまりミカゲのおかげだ。
だったら、僕も全力で駆け抜けてやる。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
4000周目。腕の数字は583。
終わりが見えてきた。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
なんだかんだ、ミカゲとずっと一緒にいられる日々というのは良かった。
ミカゲが冷たくなってしまうのはとてもとても辛かったが。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
僕は考えていた。最後の4097周目、ミカゲに何と言おうか。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
恥ずかしいけど、告白……した、い……なんちゃって。
いや、でも、後悔したくないんだよな。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
言うだけ、言ってみるか……?
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
なんだかんだで日々は過ぎるもの。
4096周目。腕の数字は7。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
これが終われば、次で最後だ。
時計が0:00を告げた。
4097周目
僕は緊張していた。本当に、最後の最後だ。
「私、あと3日で死んじゃうんだ」
俯きがちなミカゲ。でも、その直後、ミカゲは悪戯っぽく笑った。
「嘘だよ、私もあと1日で死ぬの」
……?
僕は動揺した。私も?
それはまるで、僕も余命1日になっていることを知っているかのような……
「僕も、余命1日だ」
僕は、袖をまくってミカゲに腕の数字を見せる。
1。
ミカゲも袖をまくった。そこには僕と同じように赤い文字で数字が刻まれていた。
その数字は、僕と同じものだった。
1。
ミカゲが得意げに笑っている。
「びっくりしたよね、私もループしたんだ」
ミカゲが語り始める。
「私が3日で死ぬって言ったら、シオンくんが1日で死んじゃったの。そしたらね、その日の0:00になって、ループした。私の余命は多分3日だったから、過ごした分の1日と、ループでさかのぼった分でもう1日減って、残り1日になったよ」
そうか、僕のほうが先に死ぬ場合があったのか。
そして、僕たちは示し合わせたわけでもないのに、同時に、同じ言葉を、呟いた。
「「ループしちゃうくらいに君が好き」」
僕たちは笑っていた。単に面白かったからなのか、はたまた嬉しさか……
「ちなみに、シオンくんは何回くらいループしたの?」
ミカゲが首をかしげる。とても愛らしい。
「4096回」
僕は苦笑いで答える。
「2の12乗いっちゃってるじゃん。愛が重いな……」
ミカゲは困ったように笑う。
僕はそんなミカゲを抱きしめた。
「何度も目の前でミカゲが死んだ。辛かった」
抱きしめた、ではない。泣きついた。
「私は1回だけどさ、十分きついよ。シオンくんが死んじゃうの」
ミカゲも泣いていた。
お互い様だ。
二人で思いっきり泣いた後、なんだか面白くなって、思いっきり笑った。
今、僕たちは最高に幸せだった。
そして、二人は共に、最後の最後の1日を過ごした。
評価、感想等いただけるとありがたいです。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
シリーズでミカゲ視点があります。